勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

閑話 操り人形 その1





 あたし佐倉 琴子さくら ことこ高校二年だ。今年生徒会会長になったひびき君の事が好きだ。
 彼はイケメンだけあって、取り巻きが多い。あたしもその一人。なんとか隙を見ては点数稼ぎをしたいと思っていた。
 でも根が暗い私はいつも周囲の明るい女の子たちに負けてしまう。取り巻きの後列について行く金魚の糞だ。


 彼の隣にはいつもクラス委員長のあやがいた。美男美女で付け入る隙が無く、すでに付き合っているのではないかと噂されている。
 でもあたしは知っていた。


 彼の事をずっと見ているから。彼はあのあたしと同種の熊沢 亜美くまざわ あみが好きなのだ。
 勘付いている子も結構いる。




 だから亜美はイジメられていた。除け者にされるだけならまだしも、体操服を隠され、他にも多くの物をなくしていた。
 あたしはそこまでしなかったけれど、見て見ぬふりはしている。一年の頃に仲が良かった奈々も怖くて見て見ぬふりをしていたのだから、それぐらいは許されるだろうと思った。




 今日も取り巻きの後列で響君と話をする事ができずにいると、何故かクラスごと異世界召喚されてファンタジーのような、中世ヨーロッパのような世界に来てしまった。
 特殊なスキルや魔法が存在する時点で、もう現実とは程遠い。




 夢かと思っていたが、女王や貴族たちの政治的な動きや訓練の辛さが嫌に生々しくて、これが夢ではないと思い始めた。
 召喚時に得たあたしのスキルは、『偽装カモフラージュ』。汎用性がありそうでなさそうな微妙なものだ。
 でも女王たちに悟られていいように利用されてしまうのは嫌だと思ったから皆に埋もれるように、文字通りスキルを偽装した。




 あたしたちは来るべき魔王の復活に備えることと、王国の喧伝活動のために召喚されたという。
 しかしそれはいくらなんでもおかしい。


 クラスのみんなは疑っていなかったけれど、こんな大掛かりな召還なのに求める内容が軽すぎるのだ。
 きっと裏があると思った。




 そして委員長のあやたちのパーティーが殉職したという一報が伝わって目が覚めた。
 このままではいずれこの国に使いつぶされてしまう。


 運よくあたしは響君と一緒のパーティーになれたので、亡命を提案した。




「ああ……彩が殺され……熊沢さんまで……僕の手で打ち滅ぼす!」
「私は彩の復讐がしたい……許せない!」
「……あたし、調べるの得意」




 あたしは亜美のことなんてどうでもよかった。好きでも嫌いでもないし、虐められていたのも傍観していただけ。
 彼が亜美に好意を寄せているのがわかったから、手伝いたいとも思わなかったけれど、彼と一緒にいるためには役に立たなければならない。
 紅葉が一緒についてくるのは誤算だったけれど、三人で隣国のヴェントル帝国へ亡命した。




 あたしたちが召喚勇者であることを正直に話すと、帝国は快く受け入れてくれた。
 この国は軍事より技術に主眼を置く国であったことも選んだ理由だ。できれば無用な政治を避けたかったのだ。


 将軍様は薄気味悪い人だったけれど、妙に地位より知的探求心を優先する人だった。
 そのおかげで、くだらない命令は避けてくれた。




 そして将軍様の許可を得て諜報部の数名を借り、彩が殺された事件の情報を集めた。
 するとあれは彩の暴走だったと言うことがわかった。魔王領へ攻め込むという命令など出ていなかった。にもかかわらず手を出してしまったのだ。


 そこに現れたのが魔王代理のアシュインという人間。魔王代理と言われているのが人間だと言う事にも驚きだったけれど、この世界のただの人間に、召喚で能力を得てS級勇者となった彩が殺されるなんてありえない。
 そう思って興味が湧いた。




 休暇をもらい単独で調べることにした。将軍様も勝手にしろと許可をくれる。いい加減な将軍様で助かった。


 あたしのスキル『擬態カモフラージュ』は思ったより使えた。変装も容易にできるし、物も擬態で来た。
 通行許可証の偽造なんて簡単だ。




 移動は馬車を乗り継ぎ、やっとダムランの町にやって来た。ここから魔王領へは徒歩でいかなくてはならない。
 でもあらゆるものに擬態しながらいけば、戦う事はできないけれど忍び込むのは容易だ。


 森を駆け抜け数日かけてやっと、村にたどり着いた。そこは人間と同じような農村だった。
 なんとものどかな風景。事件から時間が経っているから、荒れた様子はもうない。悪魔に擬態をして、村人に話を聞いてみることにした。




「ブブちゃんが人間に串刺しにされているところを、アシュインさまがやっつけてくれたんだ!」
「人間なのに、すごく強くて優しくてかっこいいの! すき~!」




 彩を倒した人物はとても慕われていた。人間と知りながらも受け入れられている。できればあたしたちもそんなところで暮らしたいと思った。
 ただその人物の事を響君は憎んでいるはずだから。




「そういえば来た人間でも、アミちゃんとナナちゃんもすき~」
「え?」
「あれ? しらないの? このお菓子も作ってくれたんだよ!」




 そういって子供に渡されたお菓子は、元の世界にあったクッキーだった。
 たしかに一部元の世界と同じお菓子を見かけたことがあったけれど、これは初めてだ。
 食べてみると、味も同じで甘くて美味しい。


 その口に広がる味にすこし涙がこぼれ、そして亜美と奈々がここで生きていることを確信した。
 亜美はあのパーティーにいたはずなのに生存していたのだ。そして行方不明になっていた奈々もここに。




 彼らに教えてもらって、さらに魔王領の奥へ進んだ。こうなったらそのアシュインという人物をみてみたいと思った。
 見ないと帰れない。
 元からあった学園がその魔王代理になってから改設されて、そこによくいると聞いた。


 拠点は魔王城なのだろうけど、さすがにそこに忍び込めばばれるだろうし、バレたら命が無い。そんな危険を冒すぐらいなら学園に忍び込むほうが、はるかにリスクが少ない。


 村から北上し、さらに数日かかってやっと学園にたどり着いた。森や岩場ばかりで、ここは人間では不自由過ぎる。
 気の弱そうな学生を見かけた。
 部屋に忘れ物を取りに行くようで、追いかけて縛り上げる。そしてその女の子に扮して生徒に紛れることにした。


 入れ替わった生徒は高等部の学生だ。年恰好も似ていたので入れ替わるのは楽だった。わずかな期間なので、情報が足りないのは諦める。
 急いで高等部へ行くと、外に移動と言われてついて行く。






 悪魔領は想像を超えていた。
 学園の実習なのに、実戦さながらの戦闘を訓練している。そして……いた!




「……かっこいい……」




 つい口に出てしまった。
 あたしの声が隣の子に聞こえてしまったようで、共感してくれている。
 このファンタジー世界。きっとスマホのゲームみたいにイケメンパラダイスが待っていると思っていたのに、王国の城の人たちは、それほどでもなくてがっかりしていた。
 でもここに本物がいた。


 それにすごく優しくて、しかも先生にも相手にされていない色黒の子に味方していた。差別はここにもあるのだと思ったけれど、それも彼だけは違うようだった。
 まるで美人の女性のような顔立ちの男性。
 あれだけカッコよくて、しかも響君みたいに嫌に正義感ぶってないのも、すごく好みだった。




 でも授業中これだけ人数がいるのに、あの子を見つけるなんて、しっかり生徒を一人一人見ている証拠だ。




 ……まずい。




 このままではすぐにばれてしまう。そう思って冷静にやり過ぎして、授業終了を待たずして抜け出した。
 そして気絶させていた本人の縄を解いて、その場を後にした。




 あれが敵?
 戦いたくない……そう思ってしまった。それにあの人と話してみたい。
 今はこんな立場だし、悪魔の巣窟。出ていけば侵入者でしかない。だからもっと自然な出会いがしたいと思った。






 また長い道のりを戻る。
 この調査をどうやって報告しようか悩んでいた。下手な報告をすれば、彼と戦う羽目になってしまう。
 隙をみてあのパーティーから逃げられないか模索し始めた。




 戻ると旅の疲れか自室にもどりぐっすり眠っていた。次の日に報告する予定だったのだけれど、いつの間にか報告を終えていた。
 した覚えのない報告まですでに将軍はおろか響、紅葉の二人もそのまま知っていた。




 ……あれ? ……あれ?




 そしてアシュインに対抗すべく、強くなる手段があるというのだ。ただそれは命の危険が伴う実験的なものだ。




「い~いぜぇ? だがま~だ成功例がない。失敗したらしぬぜぇ?」




 そんなことに命を賭けるなんて馬鹿げている。でも響と紅葉は止まらない……。
 いやだ! やりたくない! 助けて!
 そう心の中で叫んでいるのに、抵抗できない。




「うぐぉおおおおお!!」
「いやぁあああ!」
「……ぎゃぁああ!」




 痛い! 苦しい! 熱い!




 とにかく負の感覚のオンパレード。あまりの事で脳が焼き切れそうになった。そしてやがて耐え切れずに、頭が爆ぜた。


















――どれほどの時間が経ったのだろうか。




「起きろぉい」






 響君と紅葉は無事だろうか。あたしはかろうじて生きていることがわかる。
 でもあまりの衝撃で体中のありとあらゆる場所から液体をぶちまけていた。
 血、涎、汗、尿、胃液。自分の臭いに気がつくほどむわっと臭ってきた。




 何故か帰ってからの記憶が曖昧なのだ。意思に反して、彼らに同調し、奇妙で命を賭けた実験に参加させられた。
 ただあたしたちは三人とも、異常な強さを身に着けていた。
 力がみなぎっているのは分かるけれど、響君なんて叫び出して、喚起し、怖い程の笑みを浮かべてアシュインへの悪態をつく。




 ……この人……怖い。




 彼の見る目が変わった。
 もう恋愛対象でも何でもない。ただの異常者。そうとしか思えなかった。あたしから誘った亡命だったけれど、完全に彼は壊れてしまった。もうついて行けない。


 やっぱりどこかで逃げよう……。




 逃げるまで彼らに従順なふりをした。アシュインを殺すなんて言いたくもないことを口にした。
 それに将軍様から驚きの情報が出た。




「前魔王クラス、お前らの五十倍ぐらいの強さだぜぇ?」




 ……え?




 あのカッコいい彼は、なんと強さも桁違いだという。あれはまさにチートなのではないだろうか。
 響君が、「ボクがこの物語の主人公だ」なんてよく言っていたけれど、彼に比べたら響君はただのモブだ。
 そう、彼こそが主人公たる人物だと思う。


 そう俯瞰してみれば、もしかするとあたしたちがやろうとしていることは、悪なのではないかと。
 さながら悪役三馬鹿トリオと言ったところ。




 そしてついに王国の演劇日に襲撃をかける命令が出た。これはチャンスだ。
 アシュインに会えるかもしれないという期待もあったけれど、今の悪役モブのままでは会いたくない。
きっと会ってもただのモブ扱いだ。
 癪だけれど、逃亡を優先させよう。


 ……襲撃当日にグランディオル王国カスターヌ公演場は大混雑。それに乗じて……




――あたしは逃げた。








 それからというもの、あちこちの街を転々としていた。行き先もなく、これからどうするべきか。
 この世界を見て回って、気ままに暮らすのもありかと思い始めていた。
 もう響君を追いかける必要もなくなったし、しいて言えばいつかアシュインと素敵な出会いをしたいぐらい。


 あたしはそれから冒険者コトコとして登録し、日銭を稼いでのんびり暮らす生活をした。


 王国内だったから様々な情報が入ってきてはいたけれど、さほど興味がなかった。中央では色々波乱があったようで、女王についていたらあのまま巻き込まれる可能性があったと思うとぞっとしない。




 ……あれから楽な生活になったと思ったけれど、時々記憶が混濁していることがある。
 きっとあの実験の所為だ。あのメフィストフェレスとかいうおっさんの所為で、おかしくなった。


 でもあのおっさんの改造を受ける前にもおかしくなったことがある。
 ヴェントル帝国へ帰還した時だ。
 あの時はいつの間にかに事を成していて、その間の記憶が一切なかった。おそらく今を思えば、あれはきっと紅葉のスキルだ。
 たしかいつかポロっとこぼしていた『侵食』。触れた相手に対して、真実を述べさせるから嘘をつけないそうだ。


 でも今の状態は、何となくその間の様子が感じ取れる。だから『侵食』の様に記憶がないのではなくて混濁だ。




 まるであたしの身体なのに、あたし以外の者が勝手に操縦しているような感覚。
 何もしていないのに歩いていくのだ。そして戦闘もこなす。あたしより上手に。




 ああ……また混濁している。




 いつの間にか、あたしは王国にいた。そして勇者であったことを明かしている。




……ああ……頭が痛い……。




 あれほど嫌悪した中枢へ出向き、脂ぎったおやじに命令されている。




 ……気持ち悪い……。




 本当におかしい。操り人形にでもなった気分だ。




怖い……。 いやだ……。 誰か……。




 そんな恐怖に震えながら人形になっているあたしに、ある人物が目の前に現れた。
 あたしの顎をくいっと持ち上げて、深紅の瞳が見つめる。




「……貴方。 中身と違うわ」
「……!?」




 なんと操り人形のように、中のあたしがいることを初対面で見破った。
 手を離すと、不敵な笑みを浮かべる。


 その彼女の行動に何の意味があったかわからないけれど、その瞬間にあたしの視界が生身と一致した。


 身体の制御が戻ったのだ。
 そして再び彼女を見るとそこに立っていたのは、この世の者とは思えないイエローブロンドが良く似合う美しい女性ひとだった。













「勇者が世界を滅ぼす日」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く