勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

閑話 やるべきこと その1





――グランディオル王国。王城、中央騎士団作戦本部執務室。




 カルド海の戦の次の日。魔女たちが帰還したのはここ、王都にある王城だった。好待遇で迎え入れられていたこと。そして報酬もよかったので、多くの魔女はすんなりと受け入れていた。
 しかしあたし・・・は報酬とは別の理由でこの作戦に参加していた。




「貴様!! なんだ、その体たらくは⁉」




 報告のために紅蓮の魔女パドマ・ウィッチあたし・・・が作戦本部の執務室まで来ている。
 いま大声をあげたのは、大領地アルフィールド家の長男、アーノルドだ。彼は中央騎士団の騎士団長をしている。
 今作戦は彼によるものだったが、指揮は三男のヴィンセントに任せていた。彼は前シルフィ騎士団長と婚約予定だったが破棄され、尚且つ騎士団長の座を兄に奪われたため、すっかり意気消沈している。
 おかげで作戦はほぼ紅蓮の魔女パドマ・ウィッチの好き勝手にやったため、目的・・は達成したものの大損害を負った。




「最新の戦艦を使っておきながら、十六隻中十五隻が大破とはどういうことだ!!」
「ふん……! 海上戦での奴が想定以上に強かった……くそ!」
「あ……あの……ウララさんの……腕……治療しませんか?」
「ウ、ウララってよぶなぁ!!」




 顔を真っ赤にして、抱き着いてくる紅蓮の魔女パドマ・ウィッチことウララ。本名なのだが似合わないと言ってとても恥ずかしがる。
 彼女の唯一の弱点だろう。


 くっ付かれるのはあまり好きじゃないけれど、あたしとナナには比較的やさしく接してくれているし、一応あたしを魔女にしてくれた方でもある。
 アーシュを毛嫌いしているのはとても嫌だったけれど、恩があるので彼女には逆らえない。
 それに今はナナの魔女査定中なのだ。












――王位継承の儀の後。


 あたしが祭り上げられた『熊同盟』は解散した。せっかくアーシュが用意してくれた王族の血だったが、帰還転移は失敗に終わった。
 やはり因果の力が働いたようで、三日ほどかけて準備したにもかかわらず冷却期間クールタイム中の今は発動することはなかった。


 あたしは魔女となり、不老長寿薬エリクサーのおかげでほとんど老いることが無くなった。だから帰る気はないけれど、冷却期間クールタイムの三十年なんてあっという間だと思ってしまった。
 その考えの落差ギャップが彼らの嫉妬心に火をつけてしまったのだ。




 これがアーシュやナナが言っていたものだと、やっと気がついた時にはもう手遅れだ。前の世界にいた頃のように罵られ、馬鹿にされ、あたしの元を去っていった。
 それでもナナだけは一緒にいてくれた。




「あの村にもどろ? 事が終わったらアーシュが迎えに来てくれるはずだから」
「う、うん」




 戻ろうと思ったときには肩を掴まれ、突然やってきた紅蓮の魔女パドマ・ウィッチに言いくるめられていた。




「だからわたしと共にいらっしゃい! ナナも魔女にしてあげる」
「え? ほんと?」
「せっかくの本物の友情も……落差ギャップでいつか壊れちゃうわよ?」




 その言葉は、想像以上にあたしの心を抉った。
 ナナとやっと通じ合える友達になったのに、彼女がいなくなったらあたしはきっとダメになる。その言葉に背中を押され、アーシュが迎えに来てくれることを待つよりこちらを選んでしまった。




「あたしはいいよ。 どうせ今のままじゃ、アーシュの側にいてもお荷物だもん」




 そう言って強い瞳を紅蓮の魔女パドマ・ウィッチに向けている。ナナも覚悟したのだと理解した。




「だってさ。どうする?」
「あ……あぁぁ…………あたしも……いきます!!」




 その選択は、勇気のないあたしにはとても苦しかった。ナナは本当に強い。あたしなんかでは遠く及ばない。魔女になって強くなったつもりでいただけだ。
 ナナについて行くように振り絞って声をだした。








 彼女について行った先は、アイリスの宿泊している王城の一室だった。これからきつい修行でも始まると思いきや、なぜこんなところに……。
 アイリスは魔王領や各国元首との会合でまだ王城に残っていた。彼女の立場はエルランティーヌに担保され、またエルランティーヌ女王はスカラディア教会、そしてアイマ領そしてもう一つの大領地が後ろ盾になった。
 今の段階ではアルフィールド派とは拮抗する形の勢力図ではあるが、それでも自身の王族という矢面にいる分、彼女の方が頭一つ出ている。


 その後ろ盾があるアイリスに何かしようものなら、多くの敵をつくるのだということは分かっているのだろうか。




「あ……あの……な、なにを……」
「し! ナナ……これはあんたの為の修行だ……」




 どう見てもアイリスの部屋に忍び込んでいるようにしか見えない。修行という体のいい言い訳を傘に、いたずらしようとしているのでは……。




(ね……これまずくない?)
(あたし……そうおもう……)




 アイリスはもう疲れて寝ているようだ。広いベッドに一人で寝ている。前にも思っていたけれど、彼女のネグリジェ姿は女のあたしでも誘惑されてしまうほどの妖艶さだ。
 年齢はたぶん千歳以上だとおもうけれど、容姿はあたしたちよりほんの少し若いように見える。だと言うのにこんなに色香を振りまくなんて、アーシュが一番好きなだけはある。
 はっきり言って、彼女に勝てる要素が全くない。




(くそぅ……アイリスってエロ過ぎじゃない?)
(あはは……それは同意するよ……ってちょ⁉)




 紅蓮の魔女パドマ・ウィッチがアイリスの髪を拾い上げて匂いを嗅いでいる。その変態的な行為に、身の毛がよだった。
 逆にあんなに可愛くなくて良かったと思えてしまうほどに。




「んっ……あっ……」




 こそばゆかったのか、艶めかしい声が聞こえる。その声もまた絹の様に繊細でいて、まるで声優さんのように可愛らしくて綺麗だった。
 そんな声が聞こえてくると、なんだかこちらも変な気分になってきて止める気になれずにいた。




「……んぁっ……やっ……」




(ちょっと……これ以上はやばいよ……)
(ナナ……彼女だけ解除……)
(ほいさ!)




「……んっ……アーシュ……んっ……ンン!?」
「……」




――深紅の視線。見つめ合う二人。




 紅蓮の魔女パドマ・ウィッチは彼女が自分に視線が来ていることに気がつくまでに時間がかかった。完全に二人ともぴたりと止まっている。
























「嫌ぁああああああああああああああああああああああ!!!!」




 アイリスの叫び声が響く――、次の瞬間部屋の暗がりから、何かが飛び出して紅蓮の魔女パドマ・ウィッチの頬に拳がめり込んでいた。




「このぉ!! 変態!! 変態!! 変態!! 変態!! 変態!! 死ね! 死ね! しねぇぇええええええ‼」




 その正体はミルだ。
 彼女は近くの暗がりで身を潜めて寝ていた。アイリスの声をきっかけに一瞬で詰め寄り、紅蓮の魔女パドマ・ウィッチを圧倒する。




「ぐっ‼ ……やめ……このぉ! 炎獄・インフェルノ・絶対零アブソ!! ……あぶ ……あぶ‼」




 ミルはありえないほど強かった。むしろ怖かった。
 たしか鬼人の系統を組んでいると聞いていたが、普段から明るい彼女からは想像ができないほどの冷酷で残忍な表情と彼女の爪に滴る紅蓮の魔女パドマ・ウィッチの鮮血。




 ……鬼だ……鬼がいる。




「くそぉ! あとちょっとだったの――」
「死ね‼ 死ね‼ 死ね‼ 死ね‼」
「――ぶっ! や、やめ……ぐっ……て、撤退……」




 さすがに可哀そうになってナナが『隠匿』を使って逃げることにした。いったいこの上位魔女は何がしたかったのか……。




 それにしても……ミル……彼女の強さならアーシュの側にいても一緒に戦えるし、アーシュの大切なアイリスを守れる。
 彼女もきっと頑張ったんだ。あたしもやるべきことをやろう。
























――グランディオル王国。王城、中央騎士団作戦本部執務室。




 たん、たん、たんと万年筆を、墨壺の淵を軽くたたく音だけが響く。執務室は重苦しい雰囲気になっていた。
 船上の甲板でナナが治療していたが、腕の修復はまだ済んでいない。あの時アーシュは彼女の腕を海に捨てた。
 組織空間転移チェーン・ゲートで回収は済んでいるが、必要以上に血を失っていたので凍らせてある。
 彼女が手術できる状態になってから、解凍し接合手術をする予定だ。




「十五隻を失うに足る成果は得たのだろうな?」
「ええ! 彼女さえいればアシュリーゼを服従させることが可能だわ」
「ほぉ? 本当かね?」
「今回の作戦でそれは証明された。 あとは……」




 こちらにちらりと目線をおくる。
 でもあたしは何のことかわからないので、首をかしげておく。いや……それではだめだ。できるだけ状況をよく見て情報を集めないと、気たるべきときにまた足手まといになってしまう。


 どうせ今はナナの事があるし、魔王領のことだってほっておけない。いくつものことが絡み合って、身動きが取れないのだ。
 だったら出来るだけ情報を集めて、彼らを出し抜くチャンスをじっと待つ――。














 いまだアーノルドのいびりが続いているので、思考にふけった。


 あの海洋戦での目的は聞かされていたが、いまいち要領を得なかった。あたしが受けていた命令はこうだ。
 アーシュが出てくるはずだから、勝たなくてもいいから戦えと。そして魔力核リバース・コアを使えと言った。




 意図がまるでつかめない。




 でもあたしなりには得るものがあった。
 アーシュと少し戦ってみて分かった。その強さに。


 あの最初にはなった殺気。あれは一般の魔女クラスでは耐え切れないレベルだった。現に多くの子が気絶したし、おもらししてしまった子が何人もいた。
 紅蓮の魔女パドマ・ウィッチすらも膝をつき、ナナも腰を抜かしていた。あの場で動けたのが、あたしだけだった。


 あたしもこの世界に来て、それなりには必死に頑張って来たと自負している。はじめの時よりも自信がついた。
 だからだろうか。かなり強くなっている自覚はあった。だからあの時動けたあたしなら、アーシュの隣にいても邪魔にならないんじゃないかと思えた。




 しかしそれは甘かった。
 瞬きをしていないにも関わらず、アーシュの動きが見えない。
 こちらの世界に来て、多少の非現実的なものとか魔法も自分で使っているから慣れたと思っていた。
 でも彼……今は彼女……その動きはまるでファンタジーだ。


 気がつけば紅蓮の魔女パドマ・ウィッチの利き腕である左腕を根こそぎ引き千切って、アーシュの手にあった。


 さぁっと血の気が引いていくのがわかる。
 恐怖で塗りつぶされそうになるところを、ナナのあっけらかんとした声に救われた。




「アーシュ‼ つっよ~い!」




 あたしが震えているのを感じとったナナがウィンクをしている。やっぱりナナだ。
 アーシュがとても悲しそうな顔をしていた。
 今を思えば、アーシュは自分の力を可能な限り抑えていたように思う。間近で戦いを見てそれがわかった。
 ナナは瞬時に彼のそんな哀しみと、あたしの恐れを感じ取ってフォローしたのだ。


――その時思った……ナナに「負けた」と。






 それを思い返して、逆に清々しくて自然と笑みがこぼれていた。




「……い!! ……おい!!」
「……きいているのか!!」
「……はっ⁉ す、すみません」




 アーノルドの話は長いから嫌いだ。
 延々と話しているのに、何一つ重要なことが無いという。だからいつも聞き流しているのに、最近よく絡んできて対応が面倒くさくなってきている。


 思わず恥ずかしくなって俯いてしまった。




「こほん…… お疲れの様子ですね……よろしければ、この後お食事でも……」
「おぉっと! うちの子猫ちゃんに手を出すんじゃないよ!」




 今度は二人してくだらないことを話しだして、なかなか報告会が終わらない。その話を聞き流しつつ、目的について考えた。


 作戦を立てたアーノルドはまさか戦艦があれほど大破するとは思っていなかったようだ。
 それをいつまでもねちねちと言っている。
 しかし死者はゼロ、負傷者もナナが回復している。彼女は治癒を体得していた。魔力量が増えて、補助系の魔法をいくつも覚えだしている。


 あたしは魔女になったと言うのに未だに反魔核リバース・コア系ばかりだった。
 自身の魔法について考えていた時に丁度、また二人に話題を振られる。




「じゃぁアミ・・ちゃん? アルフィールドに付き合ってね?」




 ――これだ。
 アルフィールドと聞いてあたしはピンときた。
 今回の本当の作戦の狙いについて。

















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