勇者が世界を滅ぼす日
カルド海戦 その2
なんとも言えない、やるせない。そしてどこか諦めたように彼女たちを見た。
きっと恐れている。
それを見てしまえば、もうこれまでの関係ではいられない。それ以前にやつに取られてしまっている現状では、もう会うことも許されない。
「アーシュ‼ つっよ~い!」
「さすが‼ アーシュ‼」
「……へ?」
ぽかんとした。彼女たちのなんとも明るいボクへの賞賛に。アミはアミでボクを傷つけたことを気にしていたが、既に修復していることに安堵していた。
やはり事情があって、あちらに付いているのだと言う事を確信した。そのことが嬉しくて、口角が上がるのを自覚する。
「……さて、紅蓮の魔女。 彼女たちを返してもらおうか」
「……ぐっ……貴様こそ左腕を返せ!!」
普段は攻撃をくらう事なんてほとんどないのか、殊の外痛みに耐えかねているように見える。威勢のいいことを言う割に根性がない。
すると隣接している敵艦から、何かが甲板に降り立った。
「なんだぁ? 上位魔女がだらしねぇなぁ! 助けてやろぉか?」
「……ふんっ! 安っぽい男になんって助けられたくない!」
「……えっ⁉ お前……ベルフェゴールじゃないか⁉」
「あん?」
まさか連合軍の中には悪魔も参戦しているのか⁉ それにしても他に悪魔のような奴はいない。悪魔軍が出し渋って一人という事なのか。
参加していたので見た限りはグランディオル王国海軍、ヴェントル帝国海軍、魔女、そして悪魔。完全に混成の連合軍だ。
しかしこんな形で再会するとは……。
「だれだぁ? うっほぉおお! コイツぁ別嬪だなぁ! お嬢に匹敵するぜ!」
「ボクだよ! ボクボク! ボクだって!」
「なんだぁこのボクボク詐欺は! いや待てよ? 以前ルシファーにそんなこと言われた気が……まぁいい!」
奴はその肩に海賊用の剣を携えていた。そしてこちらに殺気を向けているのは分かる。ベルフェゴールは単体での戦闘力はすごく高かったはずだ。ただ教職、指揮するのは苦手のようだった。
「おう、ウララ! 付与! 頼むぜぇ!」
「そ、その名でよぶなぁ!!  炎獄・絶対零度付与!!」
「なっ!」
――豪快にもかかわらず正確な一振り。
その剣技は紅蓮の魔女以上だ。避けたと思ったがわずかに斬られた。
「むぅ? ……お前……どこかで……」
かつては仲間だった気のいい奴。こいつもできれば戦いたくない相手だ。仕方ないから少しの間退場してもらおう。
奴の視界から消える。何のこともない、瞬きの瞬間に移動し、死角に入るだけだ。そして――。
「な⁉ 消え――」
「悪いね……ベルフェゴール」
――最小限の圧で腹に拳を入れる。
奴は後方へ吹っ飛んで行き、海へと投げ出される。あそこは何人も魔女が落ちているから死ぬこともないだろう。
そう思っていたが、奴が着水したところが、爆ぜて爆水が浮いていた魔女ごと巻き込む。
「ベルフェ!! アミ!! こいつに攻撃だ!! ナナはこっちで治癒だ!!」
「は、はい……ご、ごめんなさい! 反魔核・塊!!」
――再び放たれた魔法を、今度は避ける。
避けた魔法がぼろ艦に当たるとその部分が奇麗すぎる丸にえぐり取られた。
アミは反魔核を応用した魔法を何種類も使いこなしている。それらは明らかにアミ固有の魔法だ。初見で避けるのはかなりつらい。
こんなところでアミと戦うはめになるなんて……それに強い!!
しかもボクが彼女を決して傷つけないことを知って計画された作戦だ。できるわけがないじゃないか……。
彼女の攻撃を避けながらも、ボクは情けなくも少し涙が零れていた。おそらく攻撃から近接ができないのだ。だから近づかせないように、超級の魔法を連射している。
でもボクはそれでも懐に飛び込むことは可能だ。
でもできない。まともに攻撃をしてしまえば、彼女を殺してしまう。
避けながらも考える。何とか現状を打開する方法が無いだろうか。それも彼女やナナを傷つけずに。
「……アミのほうが上位魔女に向いているんじゃないか⁉」
「……なんだと‼」
紅蓮の魔女を挑発する。こちらは攻撃できないのだから、勝利が望めない以上、情報を得て打開のための情報を得るしかない。
この女はあまり謀りができない性質だったはず。こういう駆け引きならこちらの方に分がある。
「さては上位魔女の地位をアミにとってかわられそうか?」
「……っ⁉ そ、そんなわけがあるか!!」
当たらずとも遠からずと言ったところだ。まだ情報が足りない。ただ上位魔女としての地位が危ういというのは図星なのだろう。
いくつかカマをかけてみるが、ひっかかってこない。
「子猫ちゃんたちに強制はしてないぞ? むしろお願いされた立場だからな?」
「……なんだと?」
事情があるのは察したが、彼女たちは自らこの戦争に参加している。それなりの取引条件があるのだろうか。
彼女たちの顔を見ると、首を振って答えてくれそうにない。ただ怖がらなかった彼女たちがいただけで、信じるに値する。
ここは深く追求しないでおくしかなさそうだ。
「カカカ! わたしたちの目的はもう完了している! さぁ戻るよ! アミ!」
「は、はい……アーシュ……ごめんなさい……」
「アーシュ……終わったら……いくから‼」
アミの周囲に魔法陣ができる。転移を使うのは分かったが、ボク達が使っている物とは違う広範囲魔法だ。彼女が単体でそれを使うとは魔力も膨大に必要だろうに。
すると他の魔女たち、沈没して投げ出された船員たち、すでに拾ってこちらの船で拘束されている物までが、身体が発光している。
……まさか‼
「組織空間転移‼」
「な⁉ なんだ、その魔法は? ま、待って!」
「――いくから‼」
ナナの精一杯の声を最後に、
――敵が全員消えた。
「くそぉおおおお!」
完全に弄ばれた。こんな大規模な戦闘を仕掛けて、何かのひょうしに目的を達して去っていった。あれほどの戦艦を使ってするほどの目的はなんだ?
ボクはそのボロボロになった艦に佇み、ただ呆然とするしかなかった。
「おおぉい‼ アシュリーゼ殿! 何がどうなっているんだ⁉」
「わからないけれど、魔女にしてやられたってことだけは分かる」
「でも敵戦艦は蹴散らせた。俺たちの勝ちだぜ! アシュリーゼ殿 勝鬨をあげてくれねぇか?」
ボロ艦にやって来た船団長がうなだれているボクに、勝利宣言しろと言う。
そんな気分ではなかった。でも彼らも命を賭けて戦ってくれたのだ。その熱を冷ましてやらないといけない。今回はボクだけの戦争ではなかったのだから。
いつのまにかこの艦の周囲にはほかの艦も近くまで寄せてきていた。縄でつないで、けん引するそうだ。
そしてボクは拡声魔道具を周囲に置き、大きく息を吸った。
「敵は蹴散らした! 我々の勝利だ‼ 誇れ‼ ジオルドの戦友ども‼」
「「「おぉおおおおおおおお!!!!!!!!!!」」」
その海域には怒号が響いた。海上は波の音でかき消され、音はあまり響かないと言うのに、その轟音は全ての戦艦に聞こえるほどだった。
彼らの晴れた誇らしげな顔をしりめに、ボクは俯き涙を少しだけこぼしてしまった。そして思い返す。
『カカカ! わたしたちの目的はもう完了している!』
船団長に後始末のお願いをする。沈められた戦艦や隊員の救出もまだ残っている。けれど完了するのは夕方までかかるだろう。
ボクは嫌な予感がして、一足に空間転移帰還することにした。
「こちらは大丈夫?」
戻ると周囲に使用人がいた。辺りは壁が傷つき、装飾品が壊れていた。それらを侍女が片付けている。
ボクたちが戦っている間に、やはりこちらにも侵入があったそうだ。やはり嫌な予感が的中していた。
焦って、ボクたちが間借りしている部屋へと走った。
「みんな! 大丈夫か⁉ ……えぇええ⁉」
駆けつけると、クリスティアーネがリーゼちゃんと遊んでいて、シルフィはお茶を飲んでいる。
ルシェもここにずっといてくれたようで、一緒にお茶をしていた。なんとも落ち着いた日常。
……ひとつだけ違っていた。
壁の方に騎士十名以上が整列している。
「アーシュ! おかえり!」
「ぐぇへへ……お、おかえり」
「おかえりなのだわ~!」
「ぱぁぱ! ぱぁぱ!」
いつものようにリーゼちゃんが抱っこと、ボクを要求する。アシュリーゼの変化魔法を解きベッドに腰かけて、手を伸ばすと勝手に吸い付くので、抱き寄せる。
「これってもしかして全部生ける屍?」
「そうなのだわ……こいつ、騎士共が扉を開けた瞬間に全員の魂を抜いたのだわ……」
「はっはー! 上位魔女って、すごいんだね!」
ここにも敵の騎士は攻め入ったが、まったく何もさせずに死に至らしめたようだ。シルフィは呆れている。情報を何も仕入れなかったことを咎めている。
無駄に危険に晒すよりはよいと思う。
となると、彼女たちの目的というのが気になる。目的がここだとしたら達成できていないからだ。
「紅蓮の魔女は目的を達成したと言った。 ……なんだとおもう?」
「ケケケ……やっぱりアシュリーゼなのだわ?」
「それが……ベルフェゴールも連合軍に参加してて、愛称で呼び合っていたんだ。 ……もしかして……」
やつは女の子……それも丁度年頃の娘好きという変態だったはずだ。だったら新しい恋に目覚めたと言う事だろうか?
「ええぇ? ベルフェゴールって、ベリアルに片思いしてたはずだよ?」
「な⁉ それは聞いちゃっていい話?」
「もういいでしょ! なんか振られてたし」
「ルシェ……それ以上はいけない……」
さすがにそれを暴露するのはベルフェゴールが可愛そうだった。
奴からすれば失恋から立ち直って、新しい恋を見つけたと言う事だろう。確かに紅蓮の魔女はベリアルと共通する部分がいくつかある。
「ケケケ! まぁ、わかりやすい好みなのだわ」
それから今日の戦でおきたことを一通り説明した。あまりにいくつものことがあって、整理しないと奴らの意図が見えてこない。
それとも一枚岩ではないのかもしれない。連合軍なんて統制がとれるとは限らないのだから。
「ア、アーシュちゃん……あ、あの鎧……ど、どこのだっけ?」
生ける屍たちを指してそう言う。改めて鎧をよく見ると、鷹と蓮の紋章、そして大きな十字が刻み込まれている。
「ん? あれ? あの鎧ってヴィスタル共和国騎士団のだ……なぜ?」
「やつらだって連合軍として参加しているのだわ」
「ヴィスタルって教会本部があるところだよね?」
やはりこれはエルランティーヌの立場が再び窮地に追いやられているのではないだろうか。彼女が舵を取っているのなら、ボクという魔王を利用して緩やかに飼い殺し、かつ目標はある状態を作るはずだ。
これではロゼルタの治世とあまり変わらない。
やはり政治的に違う構図を作り出さないと、この戦は終わりが見えてこないだろう。
「ファンタジー」の人気作品
書籍化作品
-
-
4
-
-
104
-
-
314
-
-
1
-
-
4405
-
-
127
-
-
3395
-
-
52
-
-
35
コメント