勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

キレる男





 王都で買い物を兼ねた情報収集を行うことにした。
 主だって三人の関係を少し和らげる目的もある。衣装対決になって、思った以上に仲が戻っていたようだ。




「ひさしぶりだぁ……やっぱり王都は人が多いね」
「少し前はそうでもなかったのだわ。 たぶんエルランティーヌが戻ったからなのだわ」
「……ふぎゅ! ふぎゅ!」




 たしかにロゼルタや宰相の治世では、貴族を中心とした物だった。しかし国を支えているのは町や村の人の活動によるものだ。
 エルランティーヌはそこをよく理解している。


 それを行うには、王族による強権を使って周囲の人間を抑え込む必要があった。そして後ろ盾。
 この活気はその上で成り立っているのだろう。そう思えばエルがよく頑張っている成果だ。


 みんなで歩いていると、かなり注目されているのがわかる。みんな可愛いし綺麗だ。子供連れとはいえ女性だけで歩いているように見えれば仕方ない。
 ボクもアシュリーゼを少し変えて衣装や髪型を整えてもらったから、女性に見られている。


 男性の変化の魔法はないのかとクリスティアーネに尋ねると、頑なに否定されてしまった。魔法陣に組み込む絵が上手く書けないそうだ。






 すこし注目を浴びながら歩いていると、露天商が並んでいる一角があった。以前魔王領のアルマークで見たような歩きながら食べられる料理が沢山売っている。




「よぉ! 美人のねぇちゃん! ひとつ……やべぇ……ほんとに美人だった!」




 店のごついおやじが話しかけてきて、『くれいぷ』なる食べ物を勧めている。ガレットの生地に真っ白いクリームと果物を挟んでいる。
 なんだかアミやナナたちの世界のお菓子の様だ。




「おいしそ~!! みんな食べる?」
「食べるのだわ!」
「げひ……あ、あたし……い、いらない」
「遠慮しなくていいよ! 一緒に食べようよ!」




 まだクリスティアーネはルシェに物怖じしているのか、遠慮してしまっているようだ。そんな彼女を引っ張ってくれるのもルシェの強みだろう。
 おやじから受け取ると、ルシェが払ってくれた。ボクが払うっていっても聞いてくれない。




「んー! あまぁいのだわ!」
「うん! ってこれアミやナナの故郷のお菓子じゃない?」
「ふぎゅ~」




 皆が食べている間はボクがリーゼちゃんに山羊の乳を与えている。さすがにリーゼちゃんにクリームはダメらしい。
 シルフィはしっかり母親の知識を乳母から叩き込まれていた。




「リーゼちゃんもおいしい?」
「ふぎゅ!」




 しばらく歩きながら食べていると、目の前に道をふさぐ男たちが現れた。邪魔だと思いつつ面倒ごとは避けたいので、右に避けて通り抜ける。
 するとその男たちも右に寄る。




「ちょっと待ちたまえ! お初にお目にかかります! 我が名はアーノルド・アルフィールド! その麗しいお姿にもかかわらず、私が知らないはずがありません。となれば異国の方とお見受けいたします。どうか私めにエスコートさせていただけませんか?」




(……アルフィールドってシルフィしってる?)
(アルフィールド家の長男だったとおもうのだわ……それに後ろに隠れていて気がつかなかったけれど、ヴィンセントもいるのだわ)
(つまり王国軍か)




 ぞわりとした。
 貴族の嗜みかもしれないけれど、挨拶なんてしたくない。でもしないと無礼者とか因縁つけられて、相手に付け入る隙を与えてしまう。
 それに周囲は人だかりになっている。暴れてしまえば皆殺しになってしまう。




「初めまして、アルフィールド様。わたしは『オマージ村のアイラ』と申します。卑しい身でありながら、そのように言っていただけてとても嬉しく思います。アルフィールド様のような高貴なお方を辱める訳にはまいりません。大変申し訳ありませんがお受けでき兼ねます」




(ケケケ……息を吐く様に嘘をついたのだわ)
(政治の最中でもまれたからね……)




 アーノルドは顎に手をあてて、考え込んでいる。何か怪しいと勘付いているのか、それとも……。何にせよ何事もなくやり過ごして、買い物の続きをしたい。こんな中途半端でおわったら余計もやもやしてしまう。




「はて? オマージ村にそんな娘いただろうか?」
「わたくしは村の為に食料を買って帰らなければなりません。お暇させていただきますね」




 数名の騎士の横を通り抜けようとすると、再び呼び止められる。




「待て……その赤子……見覚えがあるぞ……」




 しまった……リーゼちゃんの変装を忘れていた……。
 自分の子と他人の子を比べるなら、一発で見分けられるけれど他人の赤ちゃんを見分けるなんて誰も思わなかった。
 それにシルフィとリーゼちゃんは一時アルフィールド家で匿われていたのだから、面識があっても不思議ではない。




「……まぁ良いだろう……覚えておくがいい。現グランディオル王国中央騎士団長アーノルド・アルフィールドの名を!」
「……かしこまりま――」
「次に会う時が楽しみだな……アシュリーゼ・・・・・・




 ……こいつ……。
 後ろにいる騎士団にも聞こえないように、小声で囁く。
 立ち位置と言い、魔力と言い、そしてこの頭の回転の速さ。かなりキレる男のようだ。そしてボクと分かっていて泳がす余裕。
 うかうかして、人間だからとなめてかかると、足元を救われてしまうだろう。




(この場は見逃してくれそうだけれど、この男は要注意だ)
(あちも前に少し探ったけれど、尻尾を捕まえられなかったのだわ)




 そのまま横を素通りした。他の騎士団は団長のお遊びだとおもってあまり関心を持たずに通してくれた。
 それと共に、人だかりは霧散していく。完全に注目の的だったようだ。




「あいつ……気を付けてね」
「うん。初めて会ったけれど、やばいのは分かったよ!」
「リーゼちゃんに変装させるのを忘れていたのだわ……」




 すこし気分が削がれてしまった。奴らの所為でせっかくの楽しい買い物が台無しだ。
 みんなでそう頷いていると、袖をつかむ手がった。




「うぇぇ……ア、アーシュちゃん、ちょ、ちょっと……」
「ん? 大丈夫?」




 そのボクの返答には答えず、彼女は一人で行ってしまった。少し顔色が悪いように見えたが、ついてきてほしくないと手で止められてしまった。




「あちがついて行くのだわ。そこの広場の椅子で待っているのだわ」
「頼むよ」




 そう言って二人で行ってしまった。ルシェとボク、それと腕の中のリーゼちゃんは、おとなしく広場の長椅子で待つ。
 また騒ぎで注目を集めたら余計な敵を増やしそうだったからだ。
 椅子に腰かけると、隣にちょこんとルシェが座る。




「……ねぇ……アーシュ」
「ん?」
「ボク、クリスちゃんに酷いことをしちゃったんだ……」




 蟠りがあったのは知っていたし、虐められたようなのは分かる。それがどの程度の物かはしらないけれど、今ルシェが後悔して落ち込むほどだから程度は分かる。




「前には戻れないんだし、ルシェが大変だったのも知っている。それにルシェが大変だった理由はボクだ」




 ルシェはそれに力なく笑い、首を振る。
 自分の意思でしたことは確かだからと、どうしても自分でしてしまったことを受け入れるつもりでいるようだ。




「やっちゃったことは戻らないけれど、少しでも前に近づけたらと思っていたんだ……でもすこし空回りしてたかも……結局『くれいぷ』を渡しても一口も口をつけていなかったし」
「いや……彼女はそれを理由に食べないということはしないよ」
「じゃあ……なんで?」
「……わからない。でももうちょっと長い目で見てくれるとうれしい」




 そういって彼女の頭を撫でた。
 納得はしていないけれど、渋々頷いてくれた。ルシェにも我慢させたくないけれど、こればかりは当人たちが話すしかない。


 そのほかにも何気ない話をした。ボクがいない間の魔王領の話、主にコトコについても話を聞けた。
 といってもルシェも長い付き合いではないのでさほど詳しくはない。アイリスとは意気投合している様子だったという。








 しばらくすると二人が戻って来た。シルフィの手を借りているが、大人の女性に変化しているとはいえ、まだ身長差が少しあるのでクリスティアーネが歩きづらそうだった。
 少しふらふらしているのが見えたので、慌てて彼女を抱きかかえる。




「シルフィ……彼女は……」
「今日はもう楽しめたから、ちょっと早いけれど空間転移ゲートで戻るのだわ」
「あ、ああ……」




 クリスティアーネは何も答えられないぐらい、気怠そうにしている。右手にはリーゼちゃんもいる。ちょっと抱きづらいけれど、二人を乗せて空間転移ゲートを使った。














――ジオルド皇城


 戻ってくると、シルフィはテキパキと使用人に指示をしている。ボクは何が何だかわからず、クリスティアーネとリーゼちゃんをベッドに寝かせた。
 シルフィは彼女についてよくわかっているようだ。
 話を聞きたいが忙しそうだ。




「シルフィ、急にどうしたんだろう?」
「あぁ、でも今はシルフィと使用人たちに任せた方がよさそうだ。ボクたちは大人しく彼女を見守っていよう」
「う、うん!」




 気怠そうにしていた彼女はボクの手をぎゅっと握っている。安心したかのようにそのまま寝息を立てて、寝てしまったようだ。
 何もできないのは悔しいけれど、シルフィが使用人に出している指示でこの事態の原因が何となくわかった。
 それは――





















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