勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

ソウルイーター





 テーブルを囲んで食事をしながら、次にどうするのかを話し合った。リーゼちゃんはボクの親指が気にいってずっと舐めている。
 まだ生後間もないので歯がないから、噛んでいるつもりかもしれない。


 あの時の計画に集中しすぎて今後の事を全く考えていなかった。これからボクは人間や悪魔から狙われる立場になる。
 いずれここにも居られなくなるだろうから、悠長にもしていられない。


 シルフィの懺悔の旅のお手伝いはしたいが、公の場に出られない以上は基本的に陰から応援するしかないだろう。




「やめとけぃ……全人類に謝る気かぁ?」
「で、でも……」
「ふひひ……あ、あたしも教会幹部……みなごろしぃ……ぐひひ」
「な、なにをしているのだわ?」














 あれからの激動の一年半を聞いた。


 ボクの所為でどんどんと窮地に追いやられる彼女は、辛かっただろう。その傷や業は簡単には消えてくれない
 一通り話を聞いた後に、クリスティアーネは彼女をギョロヌと真剣な目で睨む。


「シ、シルフィ……アーシュと生きる覚悟……で、出来たんだから……こっちも……う、受け止める覚悟を……」
「……」




 懺悔をしたところで、そうですかと納得できるわけがない。家族を殺された恨みはたぶん一生消えない。
 謝って終わりだなんてありえない話だ。


 とは言えけじめは必要だろう。彼女の選択に応援すると決めたボクはただ彼女を見つめた。悩んでいる様子だけれど、あまり迷っている様子はない。




「わかったのだわ……ただ魔王領の村、アイマ量の北の村。そして帝国との国境付近の村で弔いに行きたいと思うのだわ」




「……うん。それがいいと思う」
「そうだな、そうやって折り合いをつけるしかねぇ」




 シルフィの抱えている問題は、解決はしない。だけれどやることは決まった。その手助けはしてあげたい。


 一方ボクは造物主ヘルヘイムについて考えなければならない。
 ぶっ潰してやるという目標は、まだ達成されていないのではないだろうか。ロゼルタは殺害したけれど、中にいたヘルヘイムは殺せていない気がする。
 あの様子を上空にいた小鳥を通して二人は見ていたはずだ。少し意見がききたい。




「アーシュちゃん……ぞ、造物主……し、死んでない……と思う」
「……そんな気はしていた。ロゼルタの手ごたえはあったけれど、そのあとでもヘルヘイムの意識があった」
「見た限り、奴はただ意識を乗っ取っただけ。……この世ではないところから、何かしらの魔法で現世に現れた……彼女はただの降霊の為の巫女なのだわ」




 ボクはクリスティアーネと一緒に情報を集めていたからある程度把握しているし、現世には存在していないという予想は立てていた。
 しかしシルフィは少ない情報で同じ印象を持った。こういうことについては衰えていなくて安心した。




「造物主はきっと現世に現れるために触媒となる人間が必要だけれど、きっと条件がたくさんあるのだわ」
「ぐひひ……す、すごいぃ……」




 彼女の思考が急に超回転をしたように、思うさまを述べていく。それは同じ結論に達していたクリスティアーネの話にさらに上乗せする内容が出て来た。




「禁書書庫に入った後からだったかもしれない。ロゼルタが政治的に頭角を現して変わっていったのは」
「あそこはまだ何かありそうなのだわ」




 ただあの書庫はぽんぽん入れる場所ではない。それに今の現状では、エルにお願いすらできる立場ではないだろう。




「そういえばあの時、なぜ呪いをリーゼちゃんに狙いを定めたんだろう?」
「さっきの勇者の血ブラッドを吸う能力のせいかもなのだわ……」
「ぐひひ……わ、わかったかもぉ……」




 クリスティアーネの推察では、造物主の狙いはやはりボクの勇者の血ブラッドだ。それを発動させたがっているかもしれないという。
 そして偶然かリーゼちゃんの能力をしって狙いを定めたということ。




「しかしそれはいくら造物主でも一人でできるのかな? あの時アルフィールド領主城にいたんでしょ?」
「ぐひ……ひ、ひとり……じ、じゃなかったら?」


 たしかに複数の可能性は否定できない。
 まだ向こうも現世への発現に苦労している様子だったならば、時間的余裕はあるはず。複数のときの対策は考えておいた方が良いだろう。




「リーゼちゃんの能力を見てもらえるかな?」
「ばっか野郎!! 飯を食い終わってからのしろい!」
「そ、そうだった……」




 話がやや深刻な方向にいったから、つい止まっていた。ボクに抱かれたまま寝てしまったリーゼちゃんを寝台に寝かせてご飯にすることにした。




「あの木の寝台……赤ちゃん用? ……わざわざ用意してくれたのか」
「あんなもんねぇから、先ぶれ貰った時に作ったんだよ! ばかやろう」
「うへへ……す、すごい……」




 シャオリンの時といい、こいつはかなり子煩悩の様だ。照れながらもぶっきらぼうに繊細な気遣いがすごい。
 ご飯もこの島国周辺で取れる幸ばかりで、とても繊細な味で美味しい。魚を生で食べるなんて、腹を壊すと思った。
 でもなんとも舌の上にのると蕩ける身がとても新鮮な食感だった。




「うんまぁ」
「うぇへへ……お、おいしいぃ」
「そうだろう! そうだろう! 沢山あるから食え、食え!」




 かなりの量を勧められて食べてしまった。もうお腹いっぱいで動けないがリーゼちゃんが寝ている隙に調べてしまいたい。
 まだほとんど動けないとはいえ、泣かれたら大変だ。まだ泣いたところを見たことがないけれど。
 シルフィの話だと、泣くとすごいらしい。




「ぐひぃひ……じゃ、じゃあその魔法陣の……真ん中に……」
「うん……」
「だ、大丈夫……なのだわ?」




 シルフィは魔力がまだ回復していないから、クリスティアーネの魔法で調べてもらうことにした。魔力量は多いと思うが、どんなスキルを持っているか興味がある。
 この子が将来困るスキルを持っていたら、封印でもした方がよさそうだ。




「ぐひ……じゃ、じゃぁやるね……」




――――
リーゼ
魔力値93,200 Mps
霊魂喰らいソウルイーター
――――




「うぇへ……な、なにこれ? し、しらないスキルぅ……」
「なんていうの?」


「……ソ、霊魂喰らいソウルイーターだってぇ……」




 とてもすごそうな能力だけれど、危険な響きでもある。しかし生まれた時からいきなり発現しているとは、将来有望のようだ。きっと強力な力の持ち主になるだろう。




「先天的なスキルとしてはかなり強力な部類だとおもうのだわ」
「ぐひひ……リ、リーゼちゃん……造物主……も喰えるかもぉ?」
「な⁉」




 深読みしないで、単純に自分に危害を加えられる存在の出現を恐れたと言う事なのかもしれない。
 ……いや……一石二鳥を目論んだということか。


 単純に恐怖で恐れているのなら、呪いではなく殺してしまうはずだ。こんな回りくどいことをする必要がない。


 ロゼルタ殺害の時に思ったのは、造物主ヘルヘイムを殺せるのは完成した神剣だけではないだろうかと思った。
 しかしリーゼちゃんのこのスキルが要になるかもしれない。










 その日の夜は久々に三人で寝た。ジョウウが変な気を効かせて離れの部屋を用意してくれたのが気持ち悪い。
 部屋は広い客室のようなこの国らしい内装でとても居心地がよさそうだ。




「わぁ……いい部屋なのだわ」
「ぐひひ……あのじじぃ……や、やるね」




 二人は気に行ったようだ。
 もう夜も遅く寝ようかと思っていると、シルフィが真剣な目で居直り、こちらをじっと見つめている。




「アーシュ……ほ、ほしいぃのだわ……」




 シルフィはもう契約は切れたままのはずだ。『薬は飲んだ』と聞いていたから、もうボクが魔力を注がなくてももう生きていける。
 そう思っていたら――




(これならどういう意味なのかわかるのだわ?)




「わぁっ⁉」




 久々に耳元というより脳内に直接話しかけるような声を聞いた所為で、驚いてしまった。久々に聞くシルフィの声が脳内に響くとそれは何とも言えない甘美なお誘いだった。




「ぐぃひひ……ご、ごめんね、アーシュちゃん……あ、あれ嘘」
「え⁉ 嘘?」
「『白紙化』……じゃなくて、『再契約』できる薬……つ、作った」




 シルフィが飲んだのは『白紙化』ではなかった。クリスティアーネが作ったのは実は『繋ぎなおす』薬だったというのだ。
 それは彼女なりの意地だったのかもしれない。
 クリスティアーネはさっき、『アーシュと生きる覚悟』と言っていた。つまりその覚悟を試して、シルフィは飲んだと言うことだ。




「……い、嫌だった?」
「ううん……うれしいよ!」
「本当なのだわ?」




 また彼女といっしょにいて、彼女の力になれるのならそれで十分だと思っていた。一緒にいられるのなら契約何てなくても良いと思っている。
 以前とは違う距離感で寂しくは思っていたけれど、そう納得していた。




「……また選んでくれて、うれしいよ」




 けれど彼女は覚悟をしてボクといてくれる選択をしてくれたことに、感極まった。
 以前とは違う距離感。
 それでも彼女が求めてくれるのはとてもうれしい。


 クリスティアーネはシルフィ覚悟を試したのだろう。あれを作った彼女ならその権利もある。
 彼女の厳しさに少し感謝した。シルフィが立ち直れたのはボクじゃなく彼女のおかげだ。

















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