勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

閑話 母 その4





 魔王領に先ぶれなく訪ねてみることにした。
 王国との関係も悪化していたし、王国の代表として会うのだからなじみの深いとはいえアーシュがいない今は警戒されているはずだと考えた。


 それから魔王領の悪魔と接する際に、仲間内のような態度ではなく国と国のやり取り同様の立ち振る舞いをするように言われた。
 彼女たちにはそんなもの、余計な警戒を与えるだけだと言っても聞いてくれなかった。
 王国が悪魔より下の立場である事は絶対にあってはならない事。王国の中央騎士団に所属するのならば、相応の威厳を見せる必要があるのだと。
 話がこじれそうで気が重かった。




 空間転移ゲートを使い、騎士団班長クラス数名、副団長と我で魔王城へとやって来た。




「な⁉ 突然押しかけて何事!」
「す、すまぬ……すこし話が――」
「無礼物! シルフィ騎士団長が直々にお越しくださったのだ! 礼儀をわきまえよ! ……(騎士団長、威厳ですよ)」




 あまりに尊大不遜な態度に我が驚いてしまった。
 騎士団の班長クラスはいつの間にか、ヴィンセントの息のかかった物だけになっていた所為か、全員が悪魔を下に見ていた。




「我はグランディオル王国騎士団長のシルフィである! 話を聞いてもらおう」


「ちょっと! シルフィ? これはどういう――」
「ええい! 黙って聞け! 我がグランディオル王国軍が悪魔の兵隊をありがたく徴用してやろうと来たのだ!」


「なにそれ?」
「王国は条約違反をしております。破棄通告をしたはずですが、今更何か?」




 ルシェの対応にぞっとした。とても冷たい目でこちらを見下している様子は、かつての仲間などというなれ合いは一切ない。
 その態度にさらに団員たちは荒れ狂った。
 だが我は言わなくてはならない。王国の代表として来ているのだから。




「ふざけるな!! 悪魔ごときが我々の要請を断るとは何事だ!」
「一部隊で構わぬ。危険な目にはあわさぬ。どうしても借り受けたい」
「……だめね。 そんな無茶を聞き入れるわけにはいかない。ましてや――」






「アーシュがいないのだから」






 彼女はわざとらしく一息ついてからアーシュがいないこという事で、強調した。つまり我の尊大不遜な態度も、我儘も、それから仲間という意識もアーシュがいればこそであった。


 アーシュがいなければ我と魔王領の関係はとても希薄だ。アーシュがひろってくれなければ一切関係を持つこともなかっただろう。現に存在を知りながら数千年は一度も関係していないのだから。
 その一言は我に重くのしかかり、心を騒めかせた。




 ……何をするのもアーシュ、アーシュ、アーシュ、アーシュ!




 何なのだと言うのだ。我は魔女であり王国騎士団長というとても高い地位にいる人間と精霊のハーフ。
 アーシュがいなくたってここ数千年は問題なく生きて来たし、周囲からも天才と敬われてきたのだ。
 我の中でもアーシュの存在は大きかったが、いなくたって一人でやれるはずだ。見た目通りの子供ではないのだから。




……我の中でアーシュは愛する存在ではなく、憎悪の対象になった瞬間だった。




 今まで彼に腑抜けにされていたのだ。
 彼さえいなければ、平穏に研究や好きなことにいそしんでいたし、あの奴隷のような状態も自力で何とか出来たはずだ。
 我の寿命を考えれば、たかが数百年程度拘束されたからといってどうってことはない。むしろ魔女としてはそんな経験も自分を強くするものだと考えるのだ。
 だが今はどうだろう。完全にアシュイン・・・・・に甘えるだけの愛玩人形的存在に成り下がっていたのではないか。
 それがたたってこの体たらく。


 どうせもうアシュインとの契約もないのだ。どこかでのたれ死んでいるかもしれない。
 ならば今の地位を享受して、うまく利用して強かに生きていくのが処世術と言うものだ。




「ふん……王国の要請を断った事……いつか後悔するぞ!」
「騎士団長! その通りだ! この悪魔め!」




 やはりこの男も、他の班長たちも悪魔を差別している。それをどうにも思わなくなった自分もまた同じ穴の狢ということだ。
 そのままゲートを使い王城に戻る。ゲートで戻った先には多くの召喚勇者を従えた宰相が待っていた。
 召喚勇者たちはダメな子供でも見るような馬鹿にした目でこちらを見ている。




「なんだ?」
「その顔、結果は芳しくないようだな」
「……っ」
「……いいネタをくれてやる! 貴方の愛弟子が魔王領の学園にいるであろう?」
「どこでそれを!!」
「人手不足にあえぐ魔王領は彼女たち学園上級生をも軍に編入させたのだ。これは使えであろう? やらなければ……わかっているな?」




 明らかな脅迫だ。
 おそらくアルバトロスから監督責任を問われているのだ。だから奴もなりふり構っていられなくなったのだろう。




「…………わかった」




 彼女たちにお願いをして、ダメなら腹をくくろう。環境は最悪だが一人でも子は産めるだろう。それもダメなら潔くあきらめる。
 だが彼女たちには悪いが、子供の為には悪あがきはしておこう。


 あとから聞いた話では、どうやらアルフィールドは安泰だが、ロゼルタ姫が政治的な頭角を現してきたため、ロゼルタ派は分裂し、新ロゼルタ派、新ジェロニア宰相派、そしてわずかに残っているエルランティーヌ女王派と王城内の派閥は細かく分かれてしまっているのだと言う。
 アルフィールド家はもとよりグランディオル帝国の屋台骨だ。そして忠誠を誓っているのも派閥や王族というより王国そのものだ。
 したがって王位のある派閥に必然的につくことになる。このままエルランティーヌが行方をくらませたままであるなら、いずれスカラディア教典による法に則って、王位継承が行われる。
 その時は確実にロゼルタ派をアルフィールドが後援する形になる。


 そうなればもうジェロニア宰相のいうことは聞かなくて済むようになるそうだ。せめてもの救いになる情報だった。


 しかし今の悪魔の徴兵はアルフィールドの意向でもあるのだ。実現させなければ、我はおろかヴィンセントの立場も危うくなるというのだ。末っ子だからか、彼も利用されている立場なのだと初めて知った。




「そのときは、僕がシルフィ様を守りますよ!」
「……なっ! ……ふ、ふん。 あてにはしていない」




 そう言いながらも、少し気が休まった。そんな彼には次第に心を許してしまっている自分に気がついた。
 体調も悪く、立場も最悪だ。むしろこの立場に置かれている一端は彼にある。しかし守ってくれるという彼の言葉は心強い。


 それでもこの男を好きになるまでにはならない。おそらく一生ないだろう。それはアシュインの愛が重すぎたからだ。
 きっとこのままヴィンセントを愛してしまえば、アシュインとの愛に押しつぶされて、魔力を暴走させて無理やり消費させて自殺してしまう。
それほどまでに彼の愛は重くて恐怖した。
 こんなところまで我の心はアシュインに蝕まれていた。何をするにしてもアシュインの愛という恐怖がついて回ったのだ。




 再び魔王領へと空間転移ゲートを使って、今度は学園へとやって来た。情報を集めたところによると、軍の訓練場や宿舎はいっぱいなので、上級生の部隊はそのまま学園の宿舎を使っているということだ。
 訓練も学園の演習場で行われている。




「あっ!! お久しぶりですわ! 師匠!」
「おひさしぶり……師匠」




 対照的な二人を見て、懐かしく思って笑ってしまう。でもあの楽しかった世界がもう戻らないと思うと、それだけで胸がちりちりと焦げた。
 すこし事情を脚色して、彼女たちに頼めないかお願いしてみる。今日は一人で来ているから体裁を気にしなくていい。あの者たちを連れてくればどうせまた悪魔を下にみて拗れるに決っている。




「内緒で? 大丈夫かしら?」
「……でも、師匠、困っている」
「そ、そうね! そうですわ! 恩に報いるためにもやらせていただきますわ!」
「ほ、ほんとうか⁉」
「ええ……ですが我々第七部隊も準備が・・・必要です。今夜、迎えに来てくださいまし」
「恩に着る!」




 助かった……。
 彼女たちのおかげで首の皮が一枚繋がったようなものだ。だからと言って気は抜けない。彼女たちは絶対に守りきらなければならないのだから。














 前線の町の奪還は彼女たちのおかげでつつがなく行われた。しかしその時には防衛していた敵側の召喚勇者がほとんどいなかったためである。再び取り返しに来られたら、おそらく危うい。
 防衛に何か手を考えて彼女たちを安全な場所に移動させなければ。




「よくやってくれたシルフィ騎士団長殿! では次はその隣の採掘場の奪取およびその付近にある村まで進行だ!」
「なっ⁉ なんだと!! これ以上彼女たちに負担を負わせる気か?」
「悪魔なぞいつまでも使えるわけがないのだ。 使えるうちに存分に使わせてもらえ! 成果が上がれば我も、貴様も立場は安泰ぞ?」




 なんという醜悪な面だ!
 いや……保身ばかり考えていた我も同じ面をしている。何と言う醜さだ。宰相の醜さは、まさに鏡に映った我のようだった。
 ……これもアシュインのせいだ。




 わかっている。ただの当てつけだ。
 彼女たちを徴兵してしまった時点でもう後戻りはできないのは分かっていたのだ。最後まで自分の為だけに、悪になりきるしかないようだ。






 侵攻は行われた。奴にいいように使われているのは分かっているが、生まれてくる子供の為にはもうすべてを犠牲にする覚悟はあった。
 そうしているうちに最悪な一報が入った。




「前線は苦戦している模様。 召喚勇者が現れたそうです! 悪魔の部隊も半壊……いかがいたしましょうか」




 ちょうど宰相が来ている最中の報告だった。にらみを利かせているために撤退命令を出すことができない。「出せば立場を追われる覚悟でしろ」と釘を刺されてしまう。
 しかし召喚勇者が来ているのでは、増援をしてしまえば死者が増えるだけだ。王国の被害を抑えるのであれば、彼女たちや前線で戦っている騎士たちは諦めるほかない。




「でしたら悪魔以外は全員撤退させましょう? そしてこう言うのです。『悪魔が勝手にやった』と」
「なっ⁉」




 一人の班長がそう提案する。なんとも言えない卑劣な顔をしているが班長連中はそれが当たり前の様だ。
 今更ながらぞっとした。ここでは止める者がいないのだ。それが当たり前かのように悪魔を道具としてしか見ていない。
 あまりの酷さに、急に吐き気がして洗面所へと駆け込んだ。




 げぇぇえええええ!




 我はあれと同じ⁉




 あんな醜悪な連中と同じにまで成り下がったのかと思うと、涙が出た。そしてまた気持ち悪くなって吐いた。




「悪魔部隊は全滅だそうです……」
「……っ!!!!!!」




 ……やってしまった。


 いや、結果はあの時わかっていたのだ。こうなることがわかって指示を出したのだから。
 必ず彼女たちを生きて帰すと誓ったのに、まったくなすすべなく殺してしまった。




 ……彼女たちは我が殺したようなものだ。




「く、くそぉおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
「シルフィ団長!!」




 強く執務机を叩き、悔いた。我を慕って我を信じてくれたあの子たちを、自分の保身のためにむざむざ殺してしまったのだ。
 それもこれもアシュインがいないからか? 我は魔女で一匹狼。人を従える能力はないからアシュインを頼れということか?
 憎悪が溜まっていった。






 それからは自分が闇に堕ちていくことを止めることができなかった。考えても始まらないのだ。開き直って立場を演じるしかもうやれることはない。
 赤子の為の醜女になると決めたのだから。




 そんなある日。魔王領の最南端の村を襲撃しろと言う命令が下る。これ以上悪魔に損害を与えるなどと考えたくもなかった。
 そして考えるのを止めた結果、また奴らの言いなりとなって命令通りに王国軍を魔王領へと向かわせた。
 今回の作戦は上位魔女も参加すると言う。そして可能な限り悪魔を攫ってきてアルフィールド領の騎士に引き渡すと言うのが作戦内容だ。


 しかし上位魔女には、いつか聞いてみたいと思っていたのだ。オババからも言われていずれ我も上位魔女になると言われていたから、そろそろ打診があってもいいだろうと思っていた。
 上位魔女になればやれることが増える。
 さすればこんなひどい立場からもオサラバできるのではないかという期待があったのだ。




 しかし参加していたのは、猛毒の魔女ヴェノム・ウィッチ、そして紅蓮の魔女パドマ・ウィッチだった。彼女たちとは基本的に馬が合わないし、嫌な過去もある。
 話すこともでき無し、こちらをちらりとみたらすぐにそっぽを向いて行ってしまった。








 この作戦が追わると、ある首輪を送ってよこした。上位魔女主導の開発中の首輪らしいが、方々の詳しい人間に改良を試みさせているのだ。


 我は久々に反吐が出るような作戦や日々の謀り合いから離れて、研究ができるとおもって飛びついた。辛いことから現実逃避ができてしばらくは気持ちを落ち着かせることができた。


 そんなある日。
 ……死んでいたものと思っていたアシュインが戻って来た。騎士たちに連行されていまは拷問部屋に監禁しているという。
 まさか拷問したのではないかと心配したが、さすがに連行されてまだそれほど時間はたっていないことに気がついてほっとした。


 ……ほっとした? いや我はアシュインのせいで……!!






「……アシュイン。 ……今頃きたのか」
「シ、シルフィ……シルフィ!!」






 拷問部屋に行くと、今研究して改良中の枷をはめられていた。少し痩せたように思うが、元気のようだ。しかし我をみて感極まったのか、ぼろぼろと泣いている。
 それを見ているのが苦しかった。


 我はもうかつて一緒にいた頃のシルフィではないのだ。








 我が改良して本人の魔力を使って拘束する枷は、やはりいとも簡単に外されてしまった。
 おそらく全世界の生き物の魔力の最大値であるアシュインを基準に、魔力計算をして組み込んでみたのだ。




「ボクの知っているシルフィは……ボクの魔力の増加量すらぴたりと言い当てるほどに先読みが出来ていた……増えている事すら読めないなんて」




 言われてしまった。我が転げ落ちている最中であることを、この短時間で見抜かれてしまったかのようだ。
 確かに言われてみればそうだ。そんな簡単なことにも気がつけないなんて、我は落ちぶれてしまった。


 そんな彼を突き放すように言うが、諦めない。なぜこんなことになっているのにもかかわらず諦めないのだろうか。




「キミの幸せ」
「……っ」




 顔がかっと熱くなった。
 好きと言ってもらえたあの時を思い出したほど、うれしくなった。それと同時に悲しくなった。




「……ボクの罪は甘んじて受ける。けれど……キミがキミの生を、幸せを諦めるのは許せない」
「……っ!」




 どうしてこんなことになってしまったのだろうか。後悔しても、もう色々と諦め、来るところまで来てしまったのだ。今更言ってもどうにもならない。
 それに彼は契約が切れていることを知らなかった。


 それは一体どういう事だろうか。我の契約は一方的に切られたのだ。魂も傷ついて、寿命が決定された。
 その事実は変わらない。しかし彼が知らないと、いろいろとつじつまが合わない。どこで間違えた?


 契約が切れていることに気がつくと、我の寿命について気がついたようだ。それを解消すべく『契約の白紙化』の方法を探しに行くと言い出した。
 どこまでも諦めない男だ。
 もう我は諦めたと言うのに。




「……なんでそこまで……」
「――愛しているからに決っている!」
「……っ!!」




 ……もうだめだ。
 これだからこの男は!!


 泣き崩れてしまいそうになるのを必死でこらえた。彼が出ていくのをいつまでも見守る。周囲の騎士たちは罵っているがそれも虚ろに耳をすり抜けて頭に入ってこなかった。




 自室に戻り、枕を深夜まで濡らし続ける。
 散々泣いたせいか、その日は約一年ぶりにぐっすりと寝る事ができた。











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