勇者が世界を滅ぼす日
王位継承の儀 その1
ロゼルタ一行が入場すると、騒めいていた会場は一気に静寂へと向かう。ひそひそと静かな話声は聞こえる。
通常の王位継承の儀の式典と、儀礼とは別に行われ、儀礼は国民の目に触れることはない。そこでは国璽の授与や書類の署名、血判、宣誓などが行われ魔法による契約が行われる。
しかし今回はその一から最後まで、すべて国民の前で行われると言うのだ。これはロゼルタの王位継承の信憑性を確保するために考えられたものだと言う。
確かに通常の式典だけでは、ロゼルタの場合は役不足になってしまう可能性を懸念してこの形になったのだ。
しかしこの場合は警備上の問題が発生するので、式典を仕切る教会の人間は近くに入るもののそれ以外は一段低い場所までしか行けないようになっている。
台座の周囲は上位魔女が常に待機しているという念の入れよう。
クリスティアーネにも要請は来ていたが、「面倒くさい」という理由で拒否したようだ。もちろん彼女には彼女の役目がある。
今彼女はシルフィの子の呪い解呪を行ってもらっている。タケオ、ジンがついているので終わり次第、連絡をくれる手はずだ。
エルの護衛をお願いする予定だったが、その穴はアミ率いる熊同盟がエルの護衛に就いている。
彼らの中にはロゼルタに懐柔されているものもいたので、当然その人間は省いた。
そしてその集団はすでに会場入りしている。ナナの『隠匿』で隠れているのでこちらからは見ることはできない。
彼女たちのリーダーであるアミの魔力があれば見つかることは少ないだろう。彼女もすごく成長していた。
「……き、緊張します……」
「何があっても守るよ」
「……う、うん!」
ロゼルタ姫を中心とした王国の文官たち、それから護衛騎士は周囲を固めている。集団は舞台袖に待機し、舞台中央には教会の人間が準備をしている。
あそこにいるのはミザリだ。
彼女は早々に新教皇となったようだ。死霊と化した教皇、枢機卿などでは教会運営が立ち行かなくなる。
彼女の実力ならば十分務まるだろう。
会場には各国の首脳、貴族、護衛、低い階には王国民を中心とした一般人や町、村の首長などが参加している。そして悪魔領からは参加の席をもうけてもらったが、そこは空席だ。
少なくともルシェとベリアルは参加すると言う返事をもらっていたが、やはり『悪魔の奴隷化』に警戒したのかもしれない。
今回も公演の時と同じで、魔道具による拡声がされている。ある一定の大きさの声はすべて拡声されるが、逆に小さく話せば広がることはない。
『諸君!我は新教皇ミザリである。此度は教会再編のため、我が天啓を授かり全世界の信者への慈悲を与えたもう』
大きな騒めきと共に、感嘆が聞こえる。
近年は王国から手を引いていた為、同時にその力を失っていた。しかしクリスティアーネが押し入ったことで息を吹き返したが、つい幹部全員を死霊にしてしまったので、女性神官をしていたミザリが全てを引き継いだ。
国民たちは元々信者であったため、教会の衰退は悲しむべきことだった。しかしこの場を借りて宣言したことで、嫌でも期待の目を向けられたのだろう。
あれからすこしもまれたのか、ミザリはスカラディア教皇らしい風格を見せている。
『――そして慣例に則り、此度の王位継承の儀を取り仕切る』
儀の進行はあくまで教会と言う体は取られているが、ミザリとしてはあまり乗り気ではなかった。その為、王国の文官たちの都合のよい進行順になっている。
そしてこの儀の経緯を説明している。
『――先の女王、エルランティーヌ女王の亡命によるもの。王が存在しない王国は不安定で多くの民を混乱に陥れるのだ』
『最たる例が『戦争』である。……然らば早々に王位継承は必要であろう!』
彼女のあたりの良い威風の言葉は、国民たちには受け入れられたようだ。どよめいていた歓声は、怒号交じりだが力強い覇気が感じられるものに変わった。
『よってスカラディア教典の第八十二項第三条に則り、非常時に伴う例外的王位継承の儀を執り行う!』
「「ぉおおおおおおおお!!」」
まだ始まったばかりで主役でもない彼女がそう宣言しただけで、ものすごい期待感に包まれた。それほど国民は困窮している。
エルがいなくなった期間は宰相とロゼルタ派の治世であったが、それは最低限であり主軸は政と戦争に費やされていた。
困窮し、死体が積みあがる中、ロゼルタが正式に就任することで何かが変わるのではないかと言う国民の期待は大きい。
俯瞰してみることのできる情報を持っている人間であれば、それが幻想であることは分かる。しかし今の国民にはそれが必要なのだろう。
『では次期王位継承者、ロゼルタ・グランディオル。宣誓のお言葉を』
ロゼルタが壇上に呼ばれる。少し緊張の面持ちで立ち上がる彼女にボクが微笑むと、頷いて奮起する。
「行ってまいります」
そう一言を残して、壇上へ向かった。舞台から一段高い壇上へは人一人分の高さがあり、彼女は階段をゆったりと昇っていく。
ボクが壇上へ視線を向けると、紅蓮の魔女がこちらを見て鼻で笑っているのがわかった。
何に対しての優位性なのかわからないが、少し嫌な予感がする。
ロゼルタが登壇すると、騒めく参加者が自然と静粛になる。
『我はロゼルタ・グランディオルである。先の女王、エルランティーヌにより引き起こされたヴェントル帝国との蟠りを解消し、グランディオル王国の発展と安寧の為にこの命を捧げることを誓う』
そう宣言されると、多くの一般国民は感極まって涙を流すものが現れた。静寂の中にすすり泣く声が響き、より哀愁と感涙を誘う。
ロゼルタはこうした目を惹きつけることがとても上手である。わざわざこの場を国民に見せることも、すごく効果が高いはずだ。
ロゼルタが国民に向き直り敬意を示す姿勢になり礼を尽くす。
『我は王国民のみなさまと共にあります』
前代未聞のその最大限の演技にさらなる大歓声が上がる。国王がこんな『国民主義』を自ら打ち出すのは、王国始まって以来の出来事だ。
その演技にはさすがにボクも驚かされた。彼女が自ら考えたのなら、政においてはかなうものはいないだろう。すこしその誇り高い自分に酔いしれている感じはするけれど、国民はそれ以上に心酔しているように見える。彼女は聖女ではないか、神の御子ではないだろうかなどと勝手な妄想を呟いている。
ミザリもその国民主義宣言に唖然となり、進行を忘れて棒立ちになっていた。それにイラついたロゼルタは次の言葉を発してしまう。
『そして皆さまに……重大な発表がございます……この度、ロゼルタ・グランディオルは、アシュイン・アイマ卿との婚約をいたします。アシュイン……こちらへ』
「「おぉおおおおお!!」」
ここでボクを呼ぶ。詰まったミザリの隙をついて、婚約発表を先にしてしまおうというつもりなのだろう。どこで発表されるかは知らされていなかったので、少し驚く。
確かに無名なボクが婚約者として登壇するならば、国民が好意的にとらえているときが好機だろう。
「おい……先に発表されてしまったぞ……」
「こちらの考えを読まれているのかもな。 戦犯のときにボクを晒上げれば、それでいい」
ジェロニア宰相が耳打ちする。
奴はすっかり気弱になって、あまり自分で状況を判断できなくなっている。以前の彼であれば、柔軟に対応できたはずだ。
簡単に指示を耳打ちして立ち上がる。
ゆっくりと登壇し、先ほどから殺気を放っている紅蓮の魔女に一瞥をくれる。
少し離れた位置の猛毒の魔女。そしてそのさらに向こう側には三名の魔女。おそらく通常の魔女だ。
「……すごく素敵な方……アイマ家の方かしら?」
「いや殿方? ……美しい女性に見えるが……」
「いやいやどっちにしろ……姫より美し――もがもが」
「滅多なことを言ってはなりません!」
会場からはボクに対する評価の声がいくつも聞こえる。しかしボクの本来の立場の情報がほとんどないため、見た目だけの評価をしているようだ。
ボクを知っているのは貴族の中でも役職以上の人間だけだ。知っている人間にはすこぶる評判が悪いけれど。
一挙手一投足にまで気を使い、出来る限り上流の貴族の立ち振る舞いでそつなくこなす。むしろ好感触を得るぐらいがちょうどいい。
そして落ちた時の落差が大きければ多い程、こちらに注目が集まるのだから。
壇上に登りきると、彼女の前まで近づき片膝をついて訴えかける。
『ああ……愛しのロゼルタ姫。女王が国民を想う気持ちに感銘をうけました。
このアシュイン・アイマ、姫の騎士になるために……私は婚約の申し出を、受けたいと思います』
彼女の手を取り、敬服を誓うキスをする。
『……あ……アシュイン!』
彼女はボクの言葉に紅潮し、その瞳からは一粒の涙が零れている。よほど気に入ってくれたようだ。
「きゃぁ~! 言われてみたい!」
「これは……」
「……本物の王子のようだ……」
…………。
自分で言っていて鳥肌が立つほどおぞましい。どこからこんなに歯の浮いたセリフが生まれてくるのか、自分でも不思議だ。
その時、観客の一部から騒がしい声が聞こえてきた。
「ふざけるな! そんなことボクは認めないぞ! こんな式典ぶち壊してやる!」
あの聞き覚えのある声は、ルシェだ。どこに隠れていたのか、一般国民に紛れていたようだ。よく見ると近くにベリアルらしき人物もいるが、彼女は静観している。
扮装をして人間にしか見えないが、声だけはそのままだからすぐにわかった。
王国騎士団の騎士たちは、簡単にいなされていく。当然と言えば当然だけれど、それでも彼女たちは不殺を徹底しているようだ。
そしてこちらにかなりの速度で駆け寄る。
途中で騎士たちが抑えにかかるが、ルシェの速度に対応できるわけもなく空を切る。
しかし壇上の端に立つ紅蓮の魔女のところまでくると、あっさりと取り押さえられてしまう。
「……ぐっ!! くっそぉおお!」
「カカカッ! 甘いなぁ! おっ! よく見たらかんわぃいいお嬢さんだ! あとで美味しく頂いてやるよ!」
なぜこんな浅はかなことをしたのかは、わからない。だがルシェならこれすらただの演技、何か目的があってわざと捕らえられたと考えるのが自然だ。
「いぃ~い機会だ。 こいつを使ってみるさね!」
そういって彼女は持っていた隷属の首輪をルシェに嵌める。そして魔法陣が展開されて契約がなされてしまう。
「……ぐっ!」
「カカカッ! やった!! 久々に上物が手に入った!! 今夜が楽しみだぜ!」
紅蓮の魔女は結構大きい声で欲望丸出しの汚い言葉を吐いているが、魔道具の範囲外にいるので、儀には影響していない。
ルシェの決死の抵抗もむなしく、儀は一切の滞りなく進行している。
婚約発表は無事に終わり、壇上の脇に控える。
ルシェが何をするつもりだったのかわからない。
そう思っていたら、彼女の視線がこちらを向いているのが見えた。紅蓮の魔女はもう警護するように周囲に警戒を戻しているおかげで、ルシェの様子に気がついていないようだ。
口をぱくぱくとして何かを伝えたいようだ。しかしここから話しかけるわけにもいかないので、読唇術で読み取れと言う事だろう。
もちろんボクにそんなスキルはない。それらしくしか読み取れないだろう。
(あ・い・い・す・う・か・ま・っ・た。)
……あいりす、うまかった? いや、アイリス、捕まった……か? ボクは表情に出さないように、わずかに微笑み先を促す。
(ひ・さ・く・あ・り・あ・わ・せ・て)
……ひさくあり、あわせて……秘策アリ、合わせて……か。アイリスは捕らえられたけれど、相手の懐に飛び込んで何か策を弄する予定なのだ。
ボクにはそれに口裏を合せろと言う事なのだろう。
再びわずかに微笑み了承を伝える。
ただ、悪いけれど単にそれに乗ってやるつもりはない。利益がぶつかってしまった時にはこちらを優先させるしかないのだ。
となれば悪魔の奴隷化の話に乗じて彼女が姿を現すはず。
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