勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

思いの丈





 次の日はカタストロフとの面会だ。またボクたちは使用人達に着替えさせられて貴族用の衣装に身を包んでいる。
 ボクとしてはクリスティアーネの奇麗なところが見られてうれしいけれど、彼女は目を閉じて淑やかにしているのはやはりあまり好きじゃないようだ。
 呼ばれた場所も執務室でも接見の間でもない。エルたちがいる空間の歪の向こう側の部屋だ。
 入るときも使用人たちが周囲を警戒してくれている。




「きたな。 久しぶり、二人とも。」
「久しぶり。手紙、ありがとう。……助かったよ」




 手紙で聞いた話を改めてどう思っているのか聞いてみることにした。
 『奴隷化計画』はアイマ領にとって利益があまりない。むしろ従わなければ忠誠を疑われてしまうので、厄介ごとでしかないのだ。
 だからボクが言うひっくり返る・・・・・・事態に期待していた。


 それにいくらここが断絶された空間とは言え、やはり危険度が日に日に増していくことには変わりがない。ロゼルタが王位を継承してしまえば本格的に抹殺計画が発動するだろう。




「アシュインが考える計画を教えてくれないか?」
「……でもボク一人で考えていた計画なんだ。クリスティアーネ以外は誰も知らない。それに行き当たりばったりの部分があるから、そのつもりで聞いてくれ」




 まずこのままボクは召喚命令が下る。王位継承の日までロゼルタに傾倒している様子をみせるのだ。彼女の恋心を利用して信用を深める。
 そして当日はボクとの婚約発表が同時に行われる予定だ。その発表された直後に宰相がいくつかの証拠をもってボクに戦争責任を負わせる。
 姫を誑かした罪人として国民のさらし者になれば、敵意、怨念はボクへむかうだろう。それで三者の諍いを無くすつもりでいた。
 これが当初の計画だ。




 しかしここ一か月で事が大きく動いて、次期王位継承者の婚約者の首では禊は終わらない。それにロゼルタ側がそのボクの役目を全て魔王領に押し付けるつもりだろう。


 そこで少しずつ計画の変更をしている。
 大枠では変わらないが、三者の敵意をこちらへ向けたい。奴隷化計画が発表される前に、ボクが魔王の役目を引き受けるのだ。
 そしてすべての人間とすべての悪魔に魔王討伐という大きな目標を与える。そしてエルたちにやってもらいたいのが、本当の意味でも勇者システムの復活だ。
 ボクが壊してしまったまがい物ではなくしっかりしたものを作ってもらえれば彼らへの期待が希望にかわる。




「……おまえ……人類の敵になるっていうのか?」
「うん。 ……元をたどれば、この混沌もボクのせいでもあるから」
「師匠はそれでいいの⁉」
「……ぐひ……」




 レイラは納得いかないようで、クリスティアーネにその胸の内の同意を求めている。きっと彼女ならボクを説得できるという考えなのだろう。
 でも彼女はそんなボクを許容してくれている。納得はしたくないけれど、受け止めてくれている。だからレイラのことは聞けないだろう。




「……あ、あたし……が、我慢……で、でもずっといっしょ」
「し、師匠……」
「アーシュ……あなたは悪くない。 ……むしろひどい目にばかりあって……なんでそこまで……」
「ボクは王国なんて知った事ではないと思っているよ。 でもシルフィがいるからね。それにこのままいけばアイリスだって奴隷にされる可能性がある」




 もっと賢いやり方はあるのではないかと、反対しようとしている。けれどここまでこじれてしまった王国を中心とした勢力は、明確な共通の敵がいないとまとまることは出来ないだろう。




「わかりました……この際、死ななければ御の字でしょう。少なくともここにいる人間たちは生きて終わりたい」
「……わかった。マインドブレイクを張っておくから、その物語の通りに国民や参加者に認識されるわ」
「ああ……嫌な気持ちにさせてごめん」




 そして参加者の敵意がこちらに向いた頃合いにボクは……。






 ――ロゼルタを惨殺する。






 そう言うと彼女たちは、ひゅっと息をのんだ。これは悪魔の奴隷化計画を聞いた時からずっと考えていた。彼女はやり過ぎたのだ。


 この国の未来とか、


 可愛らしい女の子だからとか、


 倫理に反するとか、


 正義がどうとか、


 王族だからとか、










 そんなものはくそくらえ……だ!!










 ボクは全人類を敵に回してでも彼女を殺す。いくら子供の頃の思い出があろうとボクの一番大事な物に手を掛けようとしたのだ。
 ボクは机に肘を置き両手を握って顔に着ける。そしてふつふつと沸き、煮え滾るその憤怒が周囲に行かないように抑える。




「ひっ!! ……」
「ア、アアア、アーシュ!!」
「……アシュイン!!」




 この場にいた全員がボクを恐怖の目で見た。いやわかっていても強大な殺気が漏れてしまったせいで恐怖せざるを得なくなってしまったようだ。


 とその時、ふわっと背中から抱き着かれる。良い匂いがして急に殺気が霧散した。




「……ぐひひ」




 彼女だけはこんな殺気ぐらいでは傾倒しない。能力的にもそうだけれど精神的にも彼女は強い。きっと今ボクを抑えられるのは彼女だけだろう。
 しばらくその状態で怒りと殺気がおさまるのを待つ。




「はぁ……ごめん……ありがとう」
「ぷはっ!! さすが師匠……あたしちょっとちびった」
「こっちは一般人なんだ!! 手加減しろ!!」




 もう恐怖の目でしか見られないとおもっていたのに、普通に話してくれている。こんなにひどい状態のボクでも殺気さえなくなれば、すぐにいつも通りに話してくれる彼らに感謝した。




「ははっ……領主が一般人なわけがないだろう」
「言えていますね!」




 そういってみんなは笑いあっているが、エルは複雑な表情をしている。それもそのはず、実の妹であるロゼルタの惨殺宣言をされて殺気をばらまかれて平静でいられるわけがない。




「エル……ごめん……彼女はやりすぎた」
「ちがうちがう! ……エルは別の意味で動揺しているの!」




 レイラは彼女の事をよく理解していた。ボクは姉妹愛がわずかに残っていて、悲壮感を感じているとばかり思っていたが、そうではないと言う。
ロゼルタ殺害に関しては認めているというより、むしろそうせざるを得ないと思っていた。それを彼女が下すのか、ボクが物理的に殺すのかの違いだけだ。
 ただボクが惨殺するという言葉に、喜びを感じている自分の残虐性に動揺していたと言うのだ。




「つまり、ボクがやらなければエルが処刑していたのか」
「ええぇ……。 彼女には子供のころから色々と煮え湯を飲まされ続けましたから」




 彼女は病弱だったことを盾に、さまざまな悪さをしてはエルに押し付けていたそうだ。そして趣味趣向が似ているせいで、エルが持つものをなんでも奪っていった。そして今王位すら奪おうとしている。




「……そのうえ……そのうえアーシュまで奪われたら、やってられない! わたくしが変わって殺してやりたいぐらいですわ!!!!」
「うぉおお……アシュインよりおっかねぇぞ……」
「エ、エル……?」




 彼女は何か今すごく重大な事を言ったような気がする。彼女もそれに水から気がついたようで、真っ赤になっている。でもその勢いに乗せてこちらへ近づいてきた。




「この際だから言っておきます!!」




 エルはそう怒鳴って、大きく息を吸う。




「わたくしはあの時、初めて会った時からアーシュの事が好きで、好きで、好きで、好きでいずれ結婚するとおもっていましたの! それなのにこともあろうに『勇者の福音』で一番この世で大切な人の名前を忘れてしまったのです……。そんな自分を許せなくて、憎くて仕方なかった。レイラと仲良く旅立ったときも羨ましくてたまらなかった! それでも国があるからと我慢した! さらにアーシュは悪魔領で幸せを見つけていたから諦めていた……。それでも再会して少しでも長くいっしょに居たくて、危険な旅にもついて行った! なのに寵愛を受けていたアイリスもシルフィもアーシュを見捨てた! それが悔しくて悔しくてたまらない!! あれだけ沢山いた周囲の女の子が残っているのはクリスティアーネだけではないですか! もし彼女が許すのならわたくしも側においてほしいくらいですわ!!」




 はぁはぁと肩を揺らして息を切らしている。よほど溜まっていたのか、すべてのうっ憤をボクにぶつけるように投げかけた。
 その思いのたけにボクはただただ圧倒されていた。 さすがにこの勢いに周囲も固まっている。こんな姿を見たのは今まで誰もいないだろう。レイラですら驚いている。
 クリスティアーネは……そうでもなかった。




「エル……ボクは――」
「いいえ、アーシュを困らせるつもりはありません。ただ後悔する前に気持ちを言っておきたかっただけです」
「ぐへへ……ア、アーシュちゃんの……ちょ、寵愛は重い……よ?」




 クリスティアーネからみたボクがどう見えているのか興味があった。エルもレイラも、なぜかベアトリーチェやカタストロフさえその話を聞きたがっている。


 いわゆるボクは重い人間だそうだ。
 その人のためになら平気で命を投げ出す。今もその通りの事をしようとしていた。彼女の指摘にビクリと身体が反応してしまう。
 ボクの気持ちに答えるには、契約の上に胡坐をかいている愛なんてただの仮初だという。きっとアイリスとシルフィのことだ。


 彼女も二人の態度に据えかねていた。
 契約何てものは相手を縛るだけで愛でなんでもない。そんなものがなくとも深く愛し合っていれば、心は通じ合える。


 彼女の言葉は重みがあった。相変わらず口下手で、どもりながら一生懸命解説しているけれど、それが真実と言わんばかりの説得力がある。
 とくにボクはそれを実感していたからだ。


 ボクの計画を今はちゃんと話したけれど、それまで詳細まで言ってはいなかった。それにもかかわらず何も言わずに彼女は全てを理解していた。
 そして次にやることもわかっていたし、あんなアシュリーゼへの変化の魔法まで用意していた。あれは彼女の趣味もあるだろうけれど。


 人の少ないこの機会にクリスティアーネも思いをぶちまける。エルの告白に同士を得たとばかりにボクの事を語りつくす。




「うぇへへ……そ、それで……アーシュちゃんのアレ・・は……み、右にちょっと反れていて……うへへへ」
「ちょっ⁉ 何を話しているの!」




 そんな詳細を話さなくてもと、思っていたら彼女のコップにはワインが注がれていた。どうやらいつの間にか話に興が乗って、使用人が気を効かせて酒を用意していたようだ。
 ボク以外はみんなすこし酒が入って上機嫌になっている……。


 これから起きる嵐の前の静けさ……もとい嵐の前の別の嵐の様だ。そんな彼女たちの何気ない話題に、気持ちが軽くなるのを感じて苦笑した。













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