勇者が世界を滅ぼす日
案内役のシャオリン
それからふと、あの会場での出来事を思いだして落ち込む。
潜入の時、シルフィを優先させたかった。にもかかわらず、まったくそれができずに去るしかできなかったからだ。
「またやってしまった……」
ボクがアシュリーゼに扮装していることを、シルフィは全く気がついてくれなかったのも落ち込んでいる原因だ。
「ぐひ……ア、アーシュちゃん……ま、魔力増えているから……」
「……そういうクリスティアーネだって」
「じゃぁはか~ってやるぜぇ?」
そう言っておもむろに腰に下げていた袋から小さな器具を取り出す。以前の魔力スカウターの進化版だった。
それは小型化されて、眼鏡型になっている。以前の者は大きくて重かったから、かなりの進歩だ。
「ほぉ~う。やっぱすんげぇ量だぁな?」
――――
アシュイン()
魔力値35、893,200 Mps
勇者の血 勇者の福音 勇者の壁 勇者の剣技 基本魔法 初級魔法 空間転移魔法
――――
「勇者の血だぁ? な~んだぁこのスキル」
「……え⁉ それスキルも見られるの?」
「……うへぇへ……ほ、本、もぅよんだのぉ?」
先日、皇城で彼女が渡した本は魔導師になるための本だった。
あれに以前シルフィが使っていたボクのスキルを調べる心眼と同等に値する魔法陣の記載があったそうだ。
もともと開発改良を続けていた魔力スカウターにその技術が加わってすぐに完成した。
小型化した密集型集積回路に組み込むことで、それを眼鏡の眼鏡部分に映し出すという最新技術だ。
奴は以前から召喚勇者から異世界の技術の形態の話を良く尋ねていた。おかげで新しい閃きと技術、それからこの世界の技術を組み合わせる事で新しいものを生み出せるようになったという。
「さすがだな! これまさか量産化してないよね?」
「こいつぁ、むぅ~りだなぁ。それにこんなもんで回ったら色々とひ~っくり返っちまうわぁ。そんでそのスキルはなんだ?」
さすがにもうごまかせない。
メフィストフェレスはもう信用していいとは思っている。目的はボクとは違うから、利益がぶつかればそうでもないが、基本的にはこいつも悪魔だ。
その温厚な性格や気のいい部分は持っている事を知っている。だからボクについてもしっかり話すことにした。
「するってぇと? おめぇが完成体で、その失敗作が前魔王様って~ことか! そりゃ驚きだぁ!」
スカラディア教会本部の本のことについて話すと、もうそこまで理解していた。『勇者の変異体』というものについて聞いても、ボクを蔑むことはないようだ。
「難儀なやぁ~つだなぁ。お~もしれぇからつきやってや~るぜぇ」
「……おう、ありがとうメフィストフェレス!」
「メフィストでいぃいぜ?」
ヤツは新しい研究素材を見つけたかのように、目を輝かせて協力してくれるという。あるいは本当にそうかもしれないが、今は少し心強い。
「ケケケ! 師匠がいればあ~んまり役に立てることはねぇがな!」
「……も、もう魔導師……し、資質は十分。……あ、あの本の最後に記載があれば、か、格が上がってるぅ」
すでに魔導師の格にあるという。王国や人間が社会的に認める魔導師と違い、万物に通用する格付けが上がるのだ。
名乗ってもいいし、名乗らなくてもいい。
そもそもその最新型の魔力スカウターにつかう魔法陣自体が魔女や魔導師の格がないと扱えないから、もうなっているのだそうだ。
レイラにもその本を渡していたが、なれなかった。それをメフィストは達成したのだった。
「じゃあ師匠のもみ~てやるぜぇ?」
――――
◆クリスティアーネ(死霊魔女)
魔力値827,867 Mps
特:上位魔女
死霊魔法 呪詛魔法 操作魔法 上級魔法三属性 基本魔法 初級魔法 空間転移魔法高次元索敵
――――
「上位魔女ってすんげぇ~なぁ、た~ぶんよぉ前魔王様にそのうち追いつくぜぇ?」
「そんなに? 逆にいえば他の上位魔女もそれぐらいつよいってことじゃない?」
「ふへ……う、ううん……じょ、上位魔女の魔力は……そ、そんなに高くない」
上位魔女として格が上がれば高くなるのは確かだけれど、その者の資質や行動に大きくかかわるので、やはり本人次第だそうだ。
そう考えるとやっぱりクリスティアーネはすごいのだろう。
次の日にはメルリの家へとやって来た。
たいしたことはしてやれなかったから少し気がかりではある。それに同い年くらいの町にいた少女をボクは見捨ててしまっている。それも気になっていた。
メルリの家にやってくると、元気そうにしているメルリと母親がいた。
「あ! おねぇちゃん! 来てくれたんだ!」
「その節は、本当にありがとうございました!」
母親がボクの手をもって涙ながらにお礼をいっている。彼女も衰弱死しそうなところまで弱っていたから、歩けるようになっていてよかった。
浄化装置を取り付けたあとはすぐに町の水は奇麗になった。食料はわずかしか残っていなかったとおもっていた。しかし水が奇麗になり、動けるようになった兵士が巡回を再開したところ、町長が備蓄を独り占めしていたことが発覚したのだ。
彼の信用は失墜し、拘束されて帝都送りとなった。副町長だった男が町長になったことで、備蓄倉庫を解放した。
おかげで飢えに関してもすぐに解消されたという。
それから近くに住んでいるあの倒れていた女の子の特徴を教えて今の様子を聞いたが、その子は生きているという。
安心したとおもったが、その子の父親が衰弱で命を落としてしまったそうだ。
あの時助けを求めていたのは、彼女もそうだが彼女の父親が危険な状態だったのだろう。
「あ! アーシュさんにクリスティアーネさんそれに……将軍様⁉」
「えぇ⁉ このおじちゃんが将軍様だったの⁉」
「いんやぁ……将軍はやめちまったから、今はただのおじちゃんだぁぜ?」
メルリの父親も仕事から戻って来たところで、すっかり元気な顔を見せてくれた。彼も戻ってきたことで、にぎやかになった。
ボクはすこし時間をもらって一人であの子のところに行くことにする。きっと恨んでいるだろうから、クリスティアーネにあまり見られたくないとおもったから一人だ。
手土産変わりじゃないが、露店で果物を買っていく。
その子の家は薄暗く、灯りもついていない。石造りの家は日の光が入りづらいから奥は魔道具の灯りがないとまっくらだ。
それに床には物が散乱していて荒れ果てている。
「いるか……?」
「……っ⁉」
誰かが息をのむ音がした。あの女の子だろうか。奥へと歩みを進めると、かりかりと逃げ場を探しているような焦った音が聞こえる。
「大丈夫だよ……」
「だ……れ……?」
女の子の声なのに、酷くかすれてガラガラ声だ。もう水は奇麗になっているのに何も水分を補給していないようすだった。
「アーシュだ。 あの時に助けられなかったことを謝りに来た……」
「……!! あな……たが!! あの時……!!」
暗がりから出て来た女の子はボロボロの毛布に身をくるみ、ぼさぼさになった髪も構わずボクに走って突っ込む――。
そしてボクに届かずに力なく倒れた。
「大丈夫か⁉」
「さ……わ……るな‼」
そう言われても、力なく倒れた彼女は抵抗できずにボクの腕の中へと納まる。それが嫌でわたわたと暴れるが、まるで力が入っていない。
完全に栄養失調と脱水症状を起こしている。
慌ててボクは持ってきた果物の袋からリンゴをだして、握りつぶす。ぐしゃぐしゃになって柔らかくなった実と汁を彼女に無理やり飲ませる。
口の中に指を突っこむと、舌の行き場が無くて強制的に甘い汁が味覚を襲う。そうすれば嫌でも飲まざるを得ない。
やや乱暴だけれど彼女が命をおとしたらやりきれない。名前もしらない子だけれど、町のみんなは助かっているのに彼女だけ命を落とすなんてひどいと思う。
「……んっ……ぺちゃ……んんっ」
「……噛んでいいから飲むんだ」
彼女はぺちゃぺちゃとの身ながら、こちらを睨んでいる。それに抵抗しようとボクの指を噛んでいる。力が全く入っていないからくすぐったいだけだ。
しばらく静かな空間で、彼女がリンゴの汁をボクの指ごと舐める音が響いた。そしてやがて力が抜けていき、完全に身を預けてくる。
お腹が満たされて寝てしまったのかと思ったが、そうではなかった。
「……んっ……ぺちゃぺちゃ……んっ」
「もっと飲む?」
もう手の中にリンゴは残っていなかったが、指に着いた汁を執拗に舐めているのでおかわりを用意した。
再びリンゴを握り潰して。彼女の顔に近づけると、また汁をすすってぺちゃぺちゃと舐めだす。
その様子は獣人のミミくんやシャムのようだった。ただ彼らよりは大きく、ボクと同じぐらいの年の子だから、あまり舐められるのもちょっと恥ずかしい。
「……すこしおちついた? ごめんね……あの時助けられなくて……」
「……んっ……んっ……ん? ……はっ⁉そ、そうらった……!! あんらの所為で!」
ずっとボクの指を舐めてうっとりしていた彼女が、我に返ってボクを罵る。顔が近くなりこちらをじろっと覗き込むように睨むが、ボクの指を舐めるのを止めようとしない。
「おろうらんは……しんらったよぉ……うあぁああ……んっ……ぺちゃぺちゃ」
ボクの指を舐めながら泣いてしまった。まるでボクの指が精神安定剤化のように、なめることで心が壊れていくのを防いでいるようだ。
もうリンゴの汁なんてなくなるほど舐めきって、逆に彼女の唾液でボクの指がべっとりになってしまう。
彼女を追落ち着かせるように撫でてあやしてやると、泣き止み、気持ちよさそうにしている。それでも指は放してくれない。
「ゆ、指ふやけちゃうからまた今度に……」
「んっ……んっ……あ……ありがと」
そういっておずおずとまだ欲しそうにしているが指を返してくれた。少し顔色も戻ってきているので、クリスティアーネ製の滋養剤を飲ませ、果物を渡して食べさせる。
彼女はシャオリン。その独特の名前の響きは、王国や帝国の名前ではないことがすぐにわかった。
父親はボクが立ち去った時には既にこと切れていたそうだ。けれど絶望の中何にも救いがなくて恨みを向ける相手もいなくて打ちひしがれていた。そこにボクが来たと言うことだった。
「ご……めんナさい……貴方わるくなイ……」
彼女はよそ者だという。だから復旧しても支援が受けられず、まさに今衰弱で命を落とすところまで来ていたようだ。他に身寄りがなく、父親がい無くなればこれからずっと一人だった。
故郷に帰れば祖父がいるらしいが、もうお金も底をついて身動きが取れなくなっていたと言う。
「故郷ってどこなの?」
「ジオルド帝国ノ……イラハギ……村」
これは偶然か必然かわからないけれど、ボクが向かう先もジオルド帝国だ。彼女に案内役を頼めれば行動しやすいだろう。
依頼中の生活の一切を面倒見ることを条件に提示してみるけれど、彼女は首を振る。
「貴方……指……また舐めたい」
「なんで⁉」
なぜかボクではなくボクの指を気に入られてしまった。ふやけてくすぐったいから、できればやりたくない。
ただ伝手もない国へ行くのに案内できる人がいるのは心強いのだ。背に腹は代えられない。
悩んだ挙句に指も追加するからとお願いした。
治癒も掛け、滋養剤を飲ませた彼女はすでに血色が戻り年相応にみえるまでには回復していた。クリスティアーネが作った滋養剤のおかげでかなり早い。
もう少し休めば馬車の移動も大丈夫だという。
引き受けてくれたことは嬉しいけれど、彼女のボクの指を見る目がより艶やかになっていることに不安を覚えた。
……なにがそんなにいいのか。
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