勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

汚染調査





 水の都アルデハイドはこんな状態では無ければ拠点として優れている良い町だ。再び戻って来ることを考慮して、近場にゲートの魔法陣を設置してからボクたちは調査に発った。
 町の水路のから、川を伝い水源を目指す。上流のどこかで汚染源があるはずだ。










 クリスティアーネは先ほどから、ずっと何か考え事をしている。川を観察しながら歩いているので疲れてしまったのか、何やら機嫌が悪い。




「……クリスティアーネ? 疲れちゃった?」
「……うぇへ……ぐひぃ……」




 ずっとこの調子である。
 ボクの後をついてきてくれるので、そのまま考え事が終わるまで、川の観察に集中する。






 しばらく歩くと河川の分岐に差し掛かったあたりで、大きな建物を見つけた。
 屋根からは煙突がのびて、もくもくと大量の黒煙が吹き出ている。かなり身体に悪そうな色だ。




「あれじゃないか?」
「……ぐひ……ア、アーシュちゃん……猛毒の魔女ヴェノム・ウィッチかもぉ」
「……えーと、誰だっけ……あ……上位魔女の一人!」




 この毒の成分を調べて解毒を作った彼女は、ずっとそれを考えていたようだった。まだ確証を得ているわけではないが、あのメリル一家が冒されていた菌は、新種の細菌による猛毒ヴェノムだった。
 毒草の類なら、ちょっと長けた魔女でも生成できる。しかしこんなものを扱えるのは彼女以外にはいないそうだ。




「じゃあ、あの建物にいるかもしれない」
「……う、うん……こ、こわいぃ」




 川沿いに建てられたその建物は石造りではあるけれど、ボクたちが知る建物より精巧に平の壁で違和感がある。さらに窓枠には木ではなく鉄だ。
 何か革新的な技術で建てられたような建物だ。


 クリスティアーネを抱えて、川を飛び越える。さらに近づいて窓から中を覗くと、多くの人が何かを作っているようだ。
 その中で取り仕切っている人間がいた。




 ……エルダート⁉




 かつては帝国将軍だった男は、グランディオル王国へ亡命しさらに帝国に拉致された。そして誰もが彼は既に殺害されていたものと思っていた。
 まさか生きて、こんな場所で工房の管理者をしているとは予想外だ。




「うぇへ……あ、あの排水が汚いぃ」
「なんだって⁉」




 作っているものはわからないが、汚染源はここで間違いないようだ。帝国の内部事情も確認したいし、うまくいけば汚染も止めることができるかもしれない。










 奴に接触するために機会をうかがう。
 しばらくして夕飯時になると今日の作業は終了の様だ。エルダートは工房長室という板がかけられた部屋へと入って行く。


 孤立した今が好機だ。
 細菌を扱っているので、無防備にいけば感染する恐れがある。ブレイブウォールを掛けてから侵入した。








 しんと静まり返る建物の内部。
 ここはあまり警戒されていないのか、見張りが誰もいない。いや川の反対側の門番には厳戒態勢が敷かれているが、それに安心して川側からの侵入には無防備なようだ。
 奥の先ほどエルダートが入った部屋に入る。




「失礼……お久しぶりですエルダート元将軍・・・?」
「……なっ⁉ き、貴様は……アシュイン‼ なぜここに⁉」




 ボクの来訪は本当に予想外だったようだ。目を丸くして驚いている。かつては王国軍騎士団長を務めていた威厳はもはやない。




「まぁ色々あってね……それよりエルダートこそ、なぜ?」
「……ふん。笑いたければ笑え……」




 その風貌や立場のことを言っているのだろう。
 元将軍の見る影もなく、ただの工房の親方にしか見えない。それもなんだか萎びて背中を丸めている、情けないただのオヤジの風体だ。




「いいや。 レイラを第一に考えている貴方を笑うわけがない。 ボクは貴方を見くびってはいない」
「……おぉ……ぉおおお……」




 この男に対してボクは蔑むつもりなど毛頭ない。
 帝国に所属していても、老練で狡猾でそして芯の通った男だ。それにレイラの義理の父親になったその想いは本物だったと確信していたからだ。


 その言葉を聞いた彼は、打ち震えている。
 大の男が顔をくしゃくしゃにして涙をこぼしている様子は、レイラを心配した父親であり再会を夢見て必死に生きて来たことを物語っている。




「何があったか聞かせてくれないか?」
「その前にレイラは……レイラは無事か⁉」
「……あぁ……今は……身を隠しているが安全だ」
「……そうか……」




 直接確認したわけではないが、カタストロフの元で匿われている。厳重な情報管理がされているあそこでなら安全だ。エルダートは背もたれに背中を預けて、心底安堵した様子。よほど心配していたのだろう。
 そしてあの日からの経緯を語る。








 彼はあの初公演の日に、力の強い召喚勇者二人に拉致された。
 帝国側に戻ったエルダートは拘束されたまま、皇帝に問い詰められた。レイラの動向についてだ。現在の皇帝ハインリッヒ二世は殊の外レイラにご執心だった。
 皇帝ともなれば女はいくらでも抱ける。しかし彼の欲望が満たせることはなかったと言う。レイラを出汁に交渉すれば何とでもなるそうだ。
 レイラと深い交流があり、尚且つ父子関係の彼の言い分を信用した。レイラの所作や考え方、その容姿や意外な一面などの話を皇帝はたいそう気に入った。


 皇帝の鶴の一声で、処刑される立場だったエルダートは罪を免れた。
 しかし軍の情報を持ち、尚且つ王国軍の情報を持つ彼を野放しにはできない。それに周囲への体裁もあることから、メフィストフェレス将軍の意向によりここに配属されたとそうだ。今でも稀に帝都へと召喚されて、レイラの話をしに行くという。




「自分の娘を、交渉材料に使うなんて下衆だろぅ……」
「……ボクは貴方が下らない事で命を落とすほうが無責任だとおもうが?」
「……ぅ……お主は何故、私の欲しい言葉を吐くのだ……」




 ボクにも痛い程その気持ちがわかる。大事な人のために反吐を吐き、みっともなく這いつくばっても守ろうとするのは、当たり前のことだと思っているからだ。
 今までは分かち合う仲間がいなかったのだろう。気分が良くなって、棚から高そうな酒をだす。




「帝国産の高級酒だ。 やるだろう?」
「うぇへへ……の、のむぅ」
「いただくよ」




 クリスティアーネは酒が強いのか、話は参加せずにぐびぐびと飲んでいる。彼女としてはあまりエルダートの話に興味はないようだ。










 それからこの工場についての話。
 ここはやはり細菌兵器を製造する工房だった。
 その細菌兵器は大量に作っているわけではなく、一つ作るためにこれだけの規模の工房が必要だそうだ。そして莫大な水を使うため、当然排水される。
 それに細菌が混ざって下流に位置するアルデハイドの町が被害を受けた。


 扱っている細菌は、感染して多く体内に蓄積すれば死に至る。ここに配属されるということは実質死刑に当たる。




「私ももうここで朽ちる運命だと思っていたのだ……」
「……まだ抵抗する気はあるか?」
「……ない……いや、なかった・・・・。 お主が来るまでは」




 そう言った彼の目はギラリと鋭くなった。そのぼさぼさな毛や髭が一気に似合わなくなる。この男はまだ死んではいないようだ。
 ならば彼に手柄をたてさせて、帝国内の高官に復帰もらう方が得策だ。


 クリスティアーネにお願いして、先ほどつかったろ過できる装置を排水の管に設置してもらう。魔道具の機工を使うので定期的に魔力を注入する必要はあるが、それはエルダートでも問題ない。
 これを上位魔女に作るよう依頼したことを報告すれば十分だ。


 上位魔女への伝手があるという個人は、世界にとってそれだけで国賓級の地位と名誉を得ることができるほど。本来は国単位でしか依頼できないものだからだ。




「おぉおお……ありがたい魔女殿……」
「ぐひ……ア、アーシュちゃんのお願いだから……じゃ、じゃなきゃやらない」
「ありがと、クリスティアーネ」
「うぇへへへぇ……」




 本当に彼女には頭が上がらない。
 クリスティアーネの地位や技術をボクが悪用しているので、なんだか気が引ける。そんなことも意に介さず、ボクに撫でられてごろごろと小動物のように頭を擦りつける。人前なのに気にしないのは少し酔っているからかもしれない。






 それから、この毒についての話だ。
 この毒は不特定多数を殺害するには即効性、確実性に欠ける。散布した場合はアルデハイドの町のように、全体が病気にはなる。ただそれが直接死に至るわけではなく、結果として衰弱死や餓死をするだけだ。


 しかし濃縮し掛け合わせた毒を魔道具にすることによって、外傷泣く気づかないうちに短時間で死に至らしめる猛毒ヴェノムとなる。
 その毒はおそらくボクにも悪魔にも、生けとし生ける生物に効く。




「ぐひ……ア、アーシュちゃん……」




 クリスティアーネはそれを聞いて、狙いがボクではないかと考えたようだ。ボクもその予想はした。しかしおそらくそれは違うのではないかとエルダートは言う。


 メフィストフェレス将軍はボクを知っているけれど、皇帝や軍部はほとんどボクの存在を知られていない。
 直接ボクを狙う理由がわからない。利害が無いのだ。




 それからこの猛毒の製法は、やはり猛毒の魔女ヴェノム・ウィッチによる提供だった。はじめに魔女から指導を受けたと言う。
 しかし上層部の管理下にないこの施設。むしろ管理者がエルダートだ。




 だとするならばこの猛毒ヴェノムの工房は猛毒の魔女ヴェノム・ウィッチ主導によるものだ。
 何等かの報酬として僻地に施設と人員を帝国が提供した。
 クリスティアーネも良くそうした形で報酬を受け取ったことがあるので、その方がしっくりくるそうだ。
 このあたりはエルダートに後々探ってもらうしかなさそうだ。








 それからこの国についてだ。
 町できいた印象は王国側で見てきた印象と逆に近かった。エルダートにとってはどうなのか聞いてみる。




「国民にとっては悪い国じゃない」




 彼の生まれは帝国だ。
 帝都周辺はやはり軍部が幅を利かせていてあまりいい状態ではない。それから緩衝地帯近隣は年中王国と小競り合いが起きている。
 しかしそれ以外は至って平和。生活を守ってくれている皇帝や軍の支持は厚い。


 むしろ生活を脅かしているのは王国側だという認識は誰もが共有していた。侵攻に関しても王国側が先だったそうだ。
 当時はエルランティーヌ女王の治世だ。急激に国が疲弊したため、資源を奪取するための侵攻が行われた。これは明らかに協定違反であり略奪行為。


 戦場の「やったやられた」という話は、虚偽の情報が入り混じる。どちらが本当のことを言っているのかなんてわかりはしない。


 しかし帝国は王国に比べれば力のない国だ。王国に攻め込まれればひとたまりもない。そうやすやすと侵攻出来ないはず。
 そうした事情を考慮するならば、帝国側の主張のほうが状況的にはしっくりくる。




 エルは王国復興のためにかなり無茶をしていたのは知っていたが、もしこれが本当なら明らかにやりすぎている。
 だから正してやろうなんて気はボクには一切ないし口を出すつもりもない。
 ただエルの治世に戻すには断っておきたい話だ。







コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品