勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

水の都アルデハイド





 今度は南東へ下り、ヴェントル帝国の国境を越える。国境門には門番がいて厳戒態勢が敷かれていた。死霊馬車が近づくと、いきなり威嚇の弓矢が飛んできて警告される。




「ヴェントル帝国は厳戒態勢中だ! そこで止まって使いの者に用件を言え!」




 すると気弱そうな民兵の兵士が馬車の前までやってきた。死霊馬車の様子に怯えている。御者や馬まで死霊なのだから当たり前だ。




「すみません、すみません。身分証明とお名前を教えてください」
死霊の魔女ネクロ・ウィッチ様とその従者アーシュです。上位魔女に詮索は無用です」




 帝国ではアシュインと名乗らない。微妙に近いいつも呼ばれている愛称であれば、知り合いだけがわかるようになるのでアーシュと名乗った。


 同様に印章を見せる。一度民兵は戻り報告すると、門番責任者を連れてきて再度確認していた。ヴェスタル共和国ではすぐに教会本部へ向かったから、国の人間の会合要請が来ないうちに立ち去ることができた。
 しかしここでは門番から国に上位魔女が入国したことがすぐに知られ、いずれ召喚命令が下るだろう。
 それまでに国の情勢を知っておきたい。更に東にあるジオルド帝国についても少しわかればよいだろう。


 皇帝城へ召喚されれば帝国の中枢に入り込みやすいし、拉致されたエルダートや裏切ったメフィストフェレスの情報も手に入りやすいだろう。


 国境門は難なく通り抜けられた。
 死霊馬車は死霊の御者に任せているので、クリスティアーネは寝ている。
 ボクが門番と話している最中は、抱き着くものがなくて寝ているのに手がワキワキと動いているのが可愛らしい。
 同じところに座ると、その手がボクの腰をつかみまた定位置の腿に頭を乗せてすやすやと気持ちよさそうに眠っている。


 以前レイラに帝国の様子を聞いた時は、危険だからとエルダートに匿われていた。それから察するに油断していると、命取りになりかねない。






 帝国領の町が見えてきた。すでに周囲は明るく日が昇っている。クリスティアーネはまだ気持ちよさそうに寝ているが、もう活動する時間だ。


 町の近くからは石畳の道が整備されていて、栄えているように見える。周囲には山から流れてくる川のほとりから供給されてくる水のおかげで、空気も澄んでいる。
 まさに見るからに『水の都』というにふさわしい都市だ。


 しかし近づいていっても人の気配がない。もう活動していていい時間だ。中央通りを死霊馬車で走ったにもかかわらず誰とも会わなかった。




「うぇへ……さ、さみしい町」
「何かあったんじゃないか? ちょっと見て回ろう」




 中央広場は川の水が引き込まれている。とても澄んでいて飲んでも問題なさそうだ。
 町の中には至る所に水路が通っていて、水の音が響いている。
 少し路地を入ると、小さな子供が倒れていた。
 あまり奇麗な格好とはいえない孤児のようだ。




「きみ……大丈夫?」
「ぅう……お腹が減って……」




 小さな子はまだ五、六歳程度だろうか。クリスティアーネに頼んで果物を出してもらう。そのままでは食べることができないだろうから、すり下ろして食べさせる。




「……おいし……あ、ありがとねぇちゃん」
「ボク、おにぃちゃんだよ……ゆっくり食べてね……あと町の事、教えてくれる?」




 この子共はメルリ。まだ六歳の女の子だ。ちょっと汚れてしまっていてあまり女の子らしくない。川の水を使って洗ってあげようとするが、首を振って拒否する。


 この川の見た目とは違い、水は汚いのだそうだ。
 いま帝国は厳戒態勢で軍部は全てグランディオル王国側の警戒にさいているため、こうした事態に対応してくれない。
 水を使っていた人々は病気になり、それを知った商人たちはこの町に立ち寄らなくなった。そして軍は戦争中なので配給もなし。まさに手詰まりだった。


 クリスティアーネは水を採取している。薬品を使えばなんの有害物質か調べることができると言う。それはボクでは全くわからないので彼女に任せる。




「とぉちゃんとかぁちゃん……苦しくて寝ている……たべものもない……」
「お家に案内してくれる?」
「……う、うん……いいの? おねぇちゃんも病気になっちゃうかも」
「おにいさんだけど、大丈夫だよ」




 メルリに着いて行くと、すぐ近くの小さな家に案内される。階段を上り二階の部屋が彼女の家のようだ。
 中へと入れてもらうと、あまり掃除もされていないようで所々埃がかぶっている。水もくまれてきた様子はなく、少し饐えた臭いがする。


 奥のベッドには二人の大人が寝かされているが、ピクリとも動かない。ただまだ霊魂は出ておらず、ほんの僅かに魔力が残っている。
 まだ生きている状態でも毒に侵されている場合は、状態が悪いと助からない。近づいて助けられるかどうか診ようとおもうとクリスティアーネに止められる。






「ぐひ……ア、アーシュちゃん……か、壁つかって……」
「あ、うん」




 感染の恐れがあるので、ブレイブウォールで念のため三人とも覆った。それから脈を測り心音を確かめる。助かるかもしれないと、治癒をかけて滋養剤を飲ませる。
 やがて枯れていた息も次第に深くなってきた。血色も少し戻ってきているようだ。




「うん……ひとまず命はとりとめたようだ」
「……もう大丈夫?」
「いや……病気が治ったわけじゃないな」




 クリスティアーネにお願いした毒の検出が終わったようだ。どうやらこれは細菌による毒素だそうだ。侵された人間の飛沫から感染するので、食事を共にすると感染しやすい。
 メリルもすでに侵されている可能性が高い。クリスティアーネは既に特効薬を調合していた。




 ここで選択だ。
 ボクもクリスティアーネも無償で働くほど暇ではない。これはメリルに対する情報料としてこの一家は助ける。
 しかし町ごと救う気はさらさらない。やるには何か大義名分が必要だ。まずはメリルの両親に何か情報を期待しよう。
 クリスティアーネの調合がおわり飲ませている。




「このおねぇさんが薬飲ませてくれたから、もう大丈夫だ。」
「……ぐぇへへ……も、もうへいき」
「ひっ! ……こっちのおねぇちゃん怖い……」




 ついギョロヌとみて微笑んだつもりがニタリと笑ってしまう彼女。相変わらず子供には怖がられてしまう。




「このおねえちゃんは、本当は優しくてとっても可愛んだよ? とうちゃんとかあちゃんの為に薬も作ってくれたろ?」
「……うん……ご、ごめんね? おねぇちゃん」
「うひ……う、うん……」




 クリスティアーネも子供に素直に謝られたことがないのか、びっくりしている。子供は残酷であるけれど、純粋でもある。
 一度親しみを持ってしまえば、あとはすぐに仲良くなってくれる。




「おねぇちゃん……お名前教えて?」
「ク、クリスティアーネ……うぇへへ」
「ボクはアーシュだよ」
「クリスおねぇちゃんにアーシュおねぇちゃん! すき~」




そういって笑いながら抱き着いてくる。お兄さんだけれど、いつまでたってもお姉ちゃんのままだった。




「さてメリル、掃除だ。 こんな埃っぽい場所にいたら父ちゃんも母ちゃんも治らないぞ」
「する~!」
「うえぇへへ~」
「がんばるぞ!」


「「「おー!」」」




 三人とも拳を振り上げて、部屋中の掃除が始まった。
 クリスティアーネが浄化水の魔道具を出す。これで水を変換することができるそうだ。ボクはさっそく桶をいくつか持って水を汲んでくることにした。彼女たち二人は部屋の埃おとしとゴミの仕分けだ。




 町の道にはやはり人がほとんどいないが、裏路地にはメリルと同じように倒れている人を数人見かけた。さすがに今そちらに取り掛かる余裕はない。
 通り過ぎようとすると、ボクと同い年ぐらいの女性に足をつかまれて懇願されてしまう。




「……た、たすけてくだ……さい」
「ごめんな。すぐには無理だ」




 そういって手を離させる。彼女は泣いて懇願していたが、彼女を救えば町中の人が群がってしまう。それに解毒できるのはクリスティアーネの薬だ。ボクの力ではない。
 勝手にできるなんて引き受けて彼女の負担を増やしたくない。




 水を汲んでメリルの家もどる。
 まだ埃を払って散乱しているものを片付けただけだが、結構奇麗になっていた。汲んできた水を浄化装置へ流し込むと、ろ過されてちょろちょろと下に水が出てくる。
 一気に全部は作れないけれど、ろ過機はしっかりと機能していて、出来た水に細菌は検出されなかった。




「の、のめるよぉ……うへへ」
「ありがと……クリスティアーネ」
「うひひ……」
「……おねぇちゃんたち……恋人ぉ?」
「うぇへへへへへ……」




 思わずメリルの前なのを忘れて、いつものように撫でて褒めてあげる。すると彼女もいつものように嬉しそうに目を細めてボクの手にほおずりし始めたものだから、小さい子でもわかるだろう。




「ははは……メリルはおませさんだなぁ」
「メリル子供じゃない。 れでぇよ!」
「それはそれは、失礼しましたメリル嬢」




 そう言ってボクはお辞儀ボウ・アンド・スクレープをすると、彼女は目を輝かせる。




「わぁ……王国のお姫様になったみたい!」








 少し経つとメリルの両親は意識が戻り、まだ起き上がることは出来ないものの少しなら話が聞けるようになるまで回復した。
 ただこのままだと、食べられるものもないのですぐに瀕死に逆戻りしてしまう。


 二人の話では、帝国は本来平常時でも食料の配給があるそうだ。それと自分達で購入したもの、生産したものを併用して暮らしている。
 配給のために軍が来ないのは、グランディオル王国と戦争が始まったからだ。ただ最初に仕掛けてきて侵攻しているのは王国軍側で、帝国としては防戦一方だという。
 こちらで聞いていた話とまるで逆であった。


 すべてを鵜呑みにするわけではないが、おそらく半分はその通りなのではないかと、ボクは思っている。
 ほとんど伝達で聞いているだけだし、事実は現場にいた人間でないとわからない。戦時中に情報操作なんてよくあることだ。




 それから帝国内部から見た皇帝や将軍などの中枢の印象を聞いてみると、意外にも好印象だった。




「皇帝陛下と将軍様のお力あっての帝国です」




 皇帝はハインリッヒ二世、将軍はメフィストフェレス将軍。奴はここに来て将軍の地位に就いていた。エルダート後釜だろう。
 メフィストフェレスについては黒いうわさがあるものの、成果を上げているので英雄視されていた。




「前エルダート将軍についてはどう思っています?」
「反逆者として追われていた方です。……それ以上は言えません」




 やはりある程度抑圧的な政治は行われているようだ。集団的な行動心理をうまく利用しているように思う。


 そのほかにも帝国についての文化や暮らしについても聞いてみる。戦争が始まる前は豊かな暮らしができていたそうだ。しかし年々ひどくなるばかり。
 それから王国ではお姫様の人形の話や演劇の噂が流れてきて、メリルは行きたがっているそうだ。帝国には娯楽がほとんどない。メリルもあと一年もしたら働くそうだ。
 外の世界が認識できないと、それが当たり前の生活になるのだと実感できた。それは抑圧的だけれど、彼らの慣習で社会。かってにこっちが正しいと押し付けるのは違う。




 いろいろと話を聞かせてもらったお礼に、水の汚染源の除去だけはすることにした。水質改善や生活基盤の支援までしていたら、明らかに時間超過してしまう。




「おねぇちゃんたち! ありがと!」




 早速向かおうとすると、メリルは手を振って見送ってくれる。結局ボクは最後までおにぃちゃんとは呼んでもらえなかった。

















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