勇者が世界を滅ぼす日
新教皇ミザリ
講堂は慌ただしくなってしまったので、教皇たちに任せてボクたちは図書室へとやって来た。ついでに資料を探したいと思っていた。
すでに教会本部の幹部は生ける屍になっているので自由に使い放題になっている。
ミザリと女性神官たちは後についてきたようだ。
「彼はよほどキミを慕っていたんだね……悪いことをした」
「ぐぇへへ……そ、そんなこと知らないぃ」
まだ少しご立腹のクリスティアーネ。
枢機卿は彼女が前回来た時に恩義だけではなく、恋心も抱いていたようだ。
彼女はボクとの仲が深まれば深まるほど、奇麗になった。仕草一つ取っても、涎を垂らしながらギョロ目でボクに突進していたとは思えないほど女性らしい。
ボクがいないときに、若い新教皇も彼女に見惚れて迫っていた。彼女だけ一番の客室に通されて、ボクと別室にされたのは新教皇の指示によるもの。
二人の利害は一致し、ボクを遠ざける手助けをしたと言うことだった。
「あの……ありがとうございました」
「げひ……ア、アーシュちゃん……いじめたやつ……こ、殺しただけ……ぐへへ」
ミザリはついてきて、クリスティアーネに仕切りにお礼を言っている。日頃の彼らの蛮行によほど耐えかねていたようだ。
枢機卿は正統派の教義を重んじる派閥だったはずだ。しかし今や教会は新教皇派、枢機卿派、軍、国が入り混じっていいように使われていた。彼女もその使われていた一人だ。
「がんばってね」
「……貴方に言われるまでもありません」
やはりここはクリスティアーネにだけ尊敬のまなざしを向けてボクは蔑まれているようだ。先ほどまで強姦の犯罪者と疑られていたのだから、そういう目になるのも仕方ない。
「……し、死ぬぅ?」
「し、失礼しました!! ……くっ!」
ミザリはボクを睨みつけると、足早に去っていった。女性神官たちもミザリの後を追って行った。
二人になったので、彼女に『神の怒り』を見てもらうことにした。彼女は預けていた本を亜空間書庫から取り出して開く。
「……うぇへへ……こ、こっちも読める」
褒めてと言わんばかりにこちらをじっと見上げる。撫でてあげると嬉しそうに目を細める。だんだん彼女は小動物化している気がする。
『神の怒り』
―神の怒りとは1
『創造主』が天啓を受け、創ったとされる『浄化の因子』。
才覚がある人間の卵巣に『浄化の因子』を付与し、女性の胎内で増殖。胎児に付与されて生まれてくる。
浄化の因子を付与された母親の子は成否問わず、全て異常な魔力を持つ。成功したもののみ『勇者の血』という名で印紋と共に発現する。
『勇者の血』の持ち主は人間反魔核と呼ばれ、魔法の反魔核同種の効果を生む。ただし規模は大きく、山一つ分程度。
「……うへ……あ、あれ?」
「……どういうこと⁉」
シルフィやオババから聞いていた情報とは異なる。確かに脅威ではあるが、世界そのものを滅ぼすほどの威力はないのだ。おそらくマグマを消したあの威力が最大だ。シルフィは知らなかったのだろう。ただオババは知っていて隠していた可能性がある。
「ぐへぇ……た、たぶんこの書をオババは見られない……」
「なんで? ってクリスティアーネ⁉」
彼女はでろんと上をむいてのびていた。急いで彼女の隣にすわって支える。これは魔力切れだ。この書を読む為の必要魔力は、今のクリスティアーネでもギリギリだったのだ。
つまり上位魔女を含む多くの魔女でも警告以上の事は知らない。
「なんという罠……」
「うぇへへ……な、内容が高度だから……」
魔力を渡しながら先を読み進める。
『神の怒り』
―神の怒りとは2
『勇者の血』は一種の試練。
『勇者の血』の保有者は『勇者の福音』『勇者の壁』も同時に保有する。
『勇者の福音』によって世界の因果に作用し、保有者に影響を及ぼす。悪影響があれば『勇者の血』が発動し、『勇者の壁』防ごうとする。
この一連の流れによって、保有者の許容を越えると『浄化の因子』が世界を包む。
これについてもボクは間違っていたようだ。
ボクが『勇者の壁』で『勇者の血』を抑え込む行為は逆効果だった。むしろそれを擦る事で世界の寿命を縮めていたと言っても過言ではない。
ただわかってしまえば、あとは気を付ければいいだけだ。
『神の怒り』
―造物主とは
世界中に点在する賢者を指す。
彼らの種族は様々。努力、環境、意思によって生物として高い格を得た物。魔女の不老長寿薬を得ることも一つの手段。
上位魔女の中でもこの書を読める者は、いずれ造物主としての格を得る可能性が高い。
造物主になると天啓を受けられるようになる。
彼らは、その天啓を纏めた造物主の原典に従い行動する。
「クリスティアーネが造物主になっちゃうかもしれないね?」
「うひひ……ア、アーシュちゃんの『勇者の血』……け、消したいから……が、がんばる」
彼女は彼女なりにボクの『勇者の血』について考えてくれていたようだ。でも上位格になればなるほど、何かに縛られていくような気がしてならない。
彼女はこのままでいてもらいたいと思っている。
『神の怒り』
―神剣とは
神の怒りへの対抗手段。とある時代の造物主によって創られた遺産。神の反感を買い、造物主の争いに発展。分散した祠に秘匿することで神剣を存続させた。
すべての力を得た神剣は概念すら捻じ曲げる、神の上位大神に匹敵する力。
―最後に
この書を読んだ者は、絶対的な秘匿を要求する。もし公になれば死より辛い未来が襲い掛かるであろう。
この書そのものが、神への対抗手段なのだから。
xxxx年 造物主が一人 フレイヤ・ウル・バルト
「……思ったより重要な本だったね」
「うぇへ……こ、こわいぃ……こ、これ亜空間書庫に入れておく」
この書に記されているように、かなり上位の格を持つクリスティアーネなのに、いつも通りなのがなんだか可笑しかった。
それにしても多く勘違いしていたようだ。
造物主に対してぶっ潰してやると息巻いていたけれど、彼らも神という概念、因果律によって支配されている傀儡だ。
その中でもこのフレイヤという造物主は、神という因果律に抵触しない仕組みでこの書に残したのだろう。
これはボクのような変異体の為なんかではなく、きっと世界で一生懸命生きる生物たちの為だ。
その他にせっかく図書室に来たので、これから必要になる資料をあさる。
その中で、世界地図を見つけた。
ここにある世界地図は一般的な地図よりもっと広域、それに詳細に記されている。
この猶予期間に、祠も行きたいと思っている。
はじめに行った場所は南の『流麗』。あの小島は未開拓地だから当然載っていない。わかるのはカルド海のどこかということだけだ。
それから中央であろう魔女の里にある祠。そこからおおよそでどこに何があるのか予想できそうだ。
ヴェントル帝国のさらに東に位置するジオルド帝国という小さな島国がある。ヴェントル帝国がすぐ済むようなら向かってみるのも悪くない。
図書室での情報は十分得られたので客室へ戻ることにした。
彼女の周囲には最初と変わらず女性神官が取り囲んでいて、ボクを睨んでいる。一度ついてしまった強姦魔のイメージは中々払拭できそうにない。
「では魔女様……いえお姉様……こちらでお寛ぎくださいまし」
「……ぐひぃ……」
ボクもそれに続こうとすると、再び彼女たちに止められてしまう。
クリスティアーネはまた機嫌が悪くなったので、ボクが笑顔で頷きそれを止める。そのまま部屋の外へと連れ出された。
「貴方はこちらですよ? アシュイン様?」
「……しつこい……」
さすがに二度目で黙っていられるほど紳士ではない。それにいつまでも物腰の良い優しい人でいるから、毎回なめられるのだ。
また彼女が暴走しないうちに早々にケリをつけてしまおう。
「……ミザリは?」
「ミザリ様を呼び捨てとは……」
女性神官騎士の彼女がぱちんと指を鳴らすと、大勢の女性神官が武器を持って現れる。修道服の女性が聖槍や聖斧それに鎌や円月輪までより取り見取りだ。
とても話し合いが通じそうにない。
「……これは失礼した。ミザリ次期教皇はどちらに?」
「ミザリ様は礼拝堂でお祈りを捧げております」
「じゃあボクもお祈りを捧げるから通してくれる?」
一歩踏み出すと、彼女たちは武器を構える。数にして約三十名。ある意味壮観だ。それも奇麗な神官ばかりときているから少しやりづらい。
それにクリスティアーネがまた暴れないようにと制止して出てきたのだ。無傷で無効化したい。
「お前に祈る神はいない! この非人が!」
そう言い放つと、一気に女性神官が襲い掛かって来る。はっきり言って王国の騎士より洗練された動きをしている。
彼女たちはどこで修練を積んだのか聞いてみたいところだ。
――躱す。
そして当身で気絶させる。
――五人同時に斬りかかってくるが薙ぎ払う。
それ等は囮で、一人が気配を消しボクに抱き着く。その女をみると魔道具を咥えていた。
ずんという重低音が響き爆発が起きる。その程度ではボクは無傷だけれど、命を賭してまで人間爆弾をやってのけた女性神官。彼女の頭蓋骨上部は吹き飛んで、下あごと身体だけになっていた。
「スカラディア教とはこんな異常者しかいないのか!」
「黙れ!! 化け物が!!」
早速一人の命が途絶えてしまった。できれば全員無傷で無力化をしたかったが、まさか自爆をするとは思わなかった。
このままでは全員に自爆されそうだ。
「みなさん? 聖戦ですよ! 神の祝福にお喜びを!」
「……」
ボクは剣を鞘に納めて、無手で収めることにした。さっさとやってしまおう。
――複数の武器が目の前に突き出される。
刹那、拳で殴りつけて全て破壊する。
その慣性力で武器を持っていた女性神官は前のめりになってボクに突っ込んできた。
――そしてもう一度、拳で殴りつける。
軽く闘気を乗せて『勇者の剣技』による拳圧で吹き飛ばす。ほとんどの女性神官たちは、壁に叩きつけられて意識を失ったようだ。
「あとはキミだけだ。 やる?」
「え、遠慮しておきます……」
なんとまだ小さな女の子が長棒斧を重そうに持っていた。ミルと同い年ぐらいの女の子は震えて漏らしてしまっている。
それにしても教会の人間はボクに異常な敵対心を持っていた。教皇や枢機卿の言い分であれば、ただの嫉妬のように思えた。どうやら別の理由がありそうだ。
ちょっと気になったので彼女に聞いてみることにした。
「ボク、すごい嫌われているのはなんで?」
「ひっ……そ、その肌の色……です」
言われてみればたしかにボクは彼女たちやクリスティアーネ、それからほとんどの人達とも違う、少し黄色じみた肌の色だ。
それを指摘されたこともなかったが、もしかして差別の強い国柄なのだろうか。彼女は完全に怯え切って、さっきからおもらしが止まらない。
これ以上は可哀そうなので解放してあげた。
その足で礼拝堂へ向かう。
礼拝堂の大きな扉を開けると、中央奥の祭壇に祈る一人の女性がいた。ミザリで間違いない。二人だけの大きな空間にボクの足音が響く。
「失礼、ミザリ次期教皇。お話よろしいですか?」
「……アシュイン様?」
「この国は差別が強いのか?」
その言葉に彼女は顔を歪める。こちらまで歩いてきている足音には怒気が感じられた。ボクの目の前までくると指をさす。
「勘違いしてもらっては困ります! わたくしは貴方だけが憎たらしいだけです!」
「……そう……ですか。ならば結構です」
「なっ⁉ それだけですか? 先ほどわたくしの部下が失礼をしたと聞きましたが」
彼女は既に知っていたようだ。だが彼女たちを止められなかったというところか。それほど風土として差別が蔓延しているのかもしれない。
「確かにヴェスタル共和国は肌の色で差別されています。……ですがわたくしはそれに反対です。……いつか無くなればと思っておりました」
だからこそ、そんなことは一切関係ない魔女の奔放さと、前教皇の横暴を正してくれたクリスティアーネに魅了されていた。そして今回彼女が後ろ盾になって教皇にしてくれたことで、強い発言力も持つことができたそうだ。
そんなクリスティアーネといちゃいちゃするボクがやっぱり許せないという。
「でも、あなたは差別で襲い掛かった彼女たちを出来るだけ死なせなかった……感謝いたします……」
「いや、一人自爆させてしまった……ボクのせいだ……もうしわけない」
亡くなった彼女の死を弔い、礼を尽くして謝ると彼女は口を押えて涙こぼしている。親しい間柄の部下だったのだろうか。だとしたら本当に悪いことをした。
「本当にすまな――」
「ちがう! 彼女は自業自得だ……なぜだ⁉ 彼女たちは貴方を差別した! そのうえ殺そうとしたのだ!」
別に彼女たちの為や、ましてやミザリの為でもない。
クリスティアーネがボクの為にこれ以上暴走して、立場を悪くするのを避けた。それに王位継承の儀を、彼女たちにしっかりやってもらいたかっただけだ。
「事を荒立てたくないだけ……それよりキミのような真っ直ぐな女性がいてくれてうれしいよ」
「……え……?」
彼女が差別に抗おうとしているのを聞いて安心した。もし彼女の教会運営が進めば、世界中で差別が減る可能性すら見えてくる。
その世界を想像すれば、ボクへの差別や多少の嫉妬なんて小さいことだ。
偶然とはいえ彼女を生ける屍にしなかったのは、世界にとっても幸運なことだろう。
そんなことを感じていると、彼女はこちらをじっと見つめていた。目を丸くして固まっている。
「……? ミザリ次期教皇? どうしました?」
「な、なんでもありません! ……そ、それよりいつまでいらっしゃいますか?」
「いや……泊まろうと思っていたけれど、このままでは教会の人に怪我をさせてしまうから……」
すぐに発つことを伝えると少し悲しそうな顔をする。クリスティアーネともっと長く居たいのだろう。
行先は帝国だと伝えると、彼女は何かを思いついたように後ろの祭壇横の棚から箱をもってくる。手紙を書く道具のようだ。
「少々おまちくださいまし……」
そういって手紙を書いている。かなり筆が早いようだ。
礼拝堂にさらさらと筆の音が響く。書き終えると便箋にいれ封蝋で閉じている。封蝋に使われている紋章は教会本部のものだ。
「これを教会のマリーアンヌという司教に渡してください。支援をするよう書き記してあります」
そう言ってボクの手を取り、手紙を握らせる。彼女の手のぬくもりを感じて、少し打ち解けられたような気がする。
ミザリを改めてみると、意思の強さを感じる瞳でボクを見つめている。
後ろのステントグラスから差し込む光が彼女を照らして、ウィンプルから覗く白い肌とブロンドの髪を揺らめかせる。それはまるで神々しい聖女のように見えた。
きっと彼女はその魅力で、新しい教会を切り開いていくだろう。
素直にそう思えて、彼女の手を握り返して手紙を受け取った。
「ありがとう……また来ますね」
「えぇ……待っています」
そう言って微笑むと彼女も微笑む。
おそらく王位継承の儀で会うことになる。でも今はただの従者としてここにいるので、それは言わないでおく。
その時のおどろく顔は楽しみである。
そうして一泊することなく、スカラディア教会を去ることとなった。よく考えるとボクは教会で、クリスティアーネの足を引っ張ることしかやってないことに気づいた。
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