勇者が世界を滅ぼす日
閑話 センシティブ その5
グランディオル王国王城裏口――00h12m32s
「これは死霊の魔女様。なにようですかな」
すでに門番にまであたしの通り名が行きわたっていた。そして素直に通してくれそうにもない。でもあたしには時間がないのだ。
「シ、シルフィ騎士団長に会う。 ……通して?」
「それはできませんなぁ! 貴方は魔王りょ――」
「ぐぇへへ……」
面倒だから霊魂抜いて生きる屍にした。騎士団の鍛えられた筋肉は良い屍になってくれる。
この男が班長だったから部下にも命令させる。
「班長⁉ なぜ通すので――」
「うわぁあ⁉」
「ぐひぃひ……こ、答えは“はい”のみ」
「「はい!!!!」」
言うことを聞かない子は、問答無用で生きる屍にした。やはり活きの良い生きる屍は扱いやすい。
シルフィは王城内にある騎士団本部の騎士団長執務室にいるそうだ。あたしはその班長を従えて進む。
貴族が数人阻んできた。
「おやおやぁ? これ――」
「うわぁあああ!!」
同じように生きる屍にした。
目的地に着くころには貴族と騎士が十数名ほど生きる屍になってついてきていた。
執務室へついて中へと通される。――00h20m12s
「ゲェッ⁉ くそばばぁ⁉」
「ぐぇへぇへ……シ、シルフィ……て、手伝って」
シルフィはふんぞり返って、部下にあれやれこれやれと下らない命令をしているだけだった。だからあたしが使ってやる。
拒絶するなら戦闘も辞さない。一度負けたけど、魔力のない今の彼女に負ける気はしない。やはり気づいていないけれど、彼女に『停滞』が起きていた。
今なら彼女を生きる屍にすることすらできるだろう。
「貴様⁉ いくら魔女と言えど、無礼であろう⁉」
「ここは騎士団本部! 生きて帰れると――」
シルフィの側近があたしに突っかかってくる。
面倒だから生きる屍にした。
「……てて、手伝って?」
「……いやだ。我はここで指示するのが仕事だ」
「ぐへへ……ま、魔力……きゅ、急激に減っているでしょ?……り、理由知りたくない?」
「な⁉ なぜそれを……」
シルフィは考え込んでしまった。
あの決断力があって、なんでもすぐこなしてしまうシルフィがこんな無駄な時間を使うなんて、やはりこれも『停滞』の影響だ。
「ア、アーシュちゃんが……雪崩に飲まれた。掘り起こしたい」
「……え……アーシュ……が?」
酷く動揺している。だと言うのにすぐに動き出そうとしない。
それで気がついた。
彼女はアーシュちゃんが逃亡したという噂を真に受けていたのだ。確証を得るためにすこし揺さぶる。
「……そ、それとも……は、犯罪者に手は貸せない?」
「そそそ、そうだ! 我には立場がある!」
やはりそうだ。
彼女は『次元の魔女に無理やり千切られた』ことを知らない。
無理やり千切られると言う行為はそんなに簡単にできることではない。普通の事ではないはずなのに、それに至る思考を持っていないのだ。
これに違和感があったけれど、今は彼女に構っている余裕がない。くだらないことで動き出さない彼女にいら立ちを感じ、意思を無視した。
「……うぇへへ。まずアイマ領近くに飛べるゲートあったらお願い」
「誰がやるか――」
「……しなかったら……おお、王国民全員……生きる屍」
「……なっ⁉ 出来るわけがない!!」
「「「うわぁあああああ!!」」」
それを聞いていた騎士たちが一目さんに逃げ出した。生きる屍とシルフィにあたしだけが残る。
「……ああ、あたし上位魔女になった……そ、それくらい余裕」
「なんだと⁉ 我がなるはずだっただろうが⁉ 音沙汰がないと思っていたら……なぜだぁ‼」
だんっとテーブルを叩き悔しがる彼女。本当くだらないプライドだった。
上位魔女と目されていても、実際にならなければ通知は来ない。だから見送りになったことも何も知らなかったようだ。
あの天才と言われた白銀の精霊魔女も『停滞』が起こってしまえばこの体たらく。
「白銀の……やるぅ? そ、それとも生きる屍になるぅ?」
「……ひっ……」
彼女があたしに向けた視線は『恐怖』だった。友達で憧れだった子から向けられるその視線がとても悲しい。でも今はアーシュちゃんを優先しなければならない。
「……や、やればいいのだな?」
「はやく」
そして白銀があたしにしがみついてゲートを使う。あたしたちが以前使っていたゲートとは毛色が違う虹色の光に包まれる。
術式が以前よりぐっと複雑になっているが、転送時間が早い。
アイマ領 領主城裏の森――00h45m52s
白銀がゲートを使うと、アイマ領の領主城裏の森の中に出た。これも白銀専用の魔法陣の様だ。
この抜け目なさはさすがと言える。まだ彼女には可能性があるかもしれない。なぜ『停滞』になってしまったのだろう。
「……で? アー…… いやアシュインはどこだ⁉」
「死霊馬車で行く」
ここからは馬車で行くしかない。全速力でも三十分はかかる。今は幸い彼女と二人きり。少しは建設的な話が出来るかもしれない。
あたしは死霊馬車を走らせる。
「げひ……ア、アーシュちゃんのこと好きじゃなくなった?」
「お前に何がわかる……我は……一方的に契約破棄にされた……絶望したのだ」
ぽつりぽつりと白銀が感じてきた事を語りだす。
アーシュちゃんとも一度会っていたようだ。そして彼は『白紙化』の方法を探すと豪語して王都を去った。
「白紙化なんて……出来るわけがない……契約はそんなに簡単な物じゃない」
実はもう手元に『白紙化』の薬がある、とは言ってやらない。そんなことをしたらアーシュちゃんの計画が台無しだ。それに『停滞』の望みも絶たれてしまうだろう。
言えない事がもどかしい。
それに諦めた彼女に、単なる元友人の言葉だけでは届きそうにない。だからあたしは何も言わない。
でもわかった事もある。彼女はまだ彼の事を愛している。
けれども、彼女は大罪を犯してしまっている。
アーシュちゃんが国民の恨みを引き受けて、表面上は禊が終わるだろう。それをしたところで彼女の心の中には重い十字架としてのしかかるのだ。
彼女が生き続けると言うことはそういうこと。アーシュちゃんがわからせたあとに残るものだ。
アーシュちゃんは支えると言うだろう。また自分を犠牲にして……。
自分の為に犠牲になってくれると言う行為はとてつもなく重い。あたしもいまそれを痛感している。でも彼の寵愛を受けると言うのはそう言うことだ。
それを理解して想像してしまうと、いくら愛していても一歩引いてしまう。アーシュちゃんが居なくなってみんなそれに気がついたのだ。
みんな重くて耐えられない。
きっと彼女は、そんな自分に絶望をしたのだ。
高山麓の雪崩現場――01h20m22s
白銀の話は自虐的で暗くてつまらなかった。過去の自分を見ているようで、すごく嫌な気分になった。聞いているうちに目的地に着いたようだ。
馬車の外に出ると、また極寒の厳しさが頬を撫でる。
「高次元索敵使う」
「ま、魔力が……」
彼女はもう魔力切れを起こしていた。アーシュちゃんからの供給がないから、ほとんどを生命維持に使っている。
その所為で魔法を使うと寿命分は消費しない代わりに、すぐに体力が削られて動けなくなる。その分はあたしの魔力増強剤で補充可能だ。
仕方なく、いつぞやの借りを返すように魔力増強剤を五本ほど渡した。
「す、すまない……」
もたもたしている彼女を見るとイライラしてくる。なんとも覇気がなく、丸まった背中が可哀そうになって来るのだ。
彼女が飲み終わると、高次元索敵をつかった。
あたしたちを中心に魔法陣が広がる。一瞬、空間が揺れ魔法陣が一気に広がっていく。そのまま魔法陣は雪の世界へと消えていった。
雪成分のせいで魔力遮蔽があって見つけることができない。かといって死霊が出来ているわけでもないので、単に魔法が反射してしまっているだけだ。
「……あ……あの……うぁ……」
「……うぇへへぇ……な、なにぃ?」
あたしはこの事態にさらに苛立ち、ギョロヌと睨んでしまう。彼女は恐怖こそ感じていないが、何か葛藤して――
「うぁ……ぁああ……ぁああ」
ぼろぼろと大粒の涙をこぼした。
きっと彼女の中で何かが崩れたのだろう。でも彼女に付き合っていたらアーシュちゃんが死んでしまう。
もう限界だと感じて、彼女を生きる屍にするために霊魂に手をかける――
ばちんと弾け、彼女の中の精霊がそれを拒んだ。そして彼女の目に何かが宿る。
「やってやるのだわ!! ……手を貸すのだわ! クリスティアーネ!!」
シルフィが提案したのは精霊索敵は精霊が使える索敵方法。ありとあらゆる空間、次元のものを遮蔽阻害無視で索敵できる。
ただ彼女は純粋な精霊ではないため、そのままでは使えない。それに今の彼女では魔力も足りていない。だから合成魔法としてそれを使うというのだ。
相変わらず無茶苦茶な考え方だけれど、これぞ白銀の精霊魔女という天才だった。
「うぇへへ……す、すごい……」
「ふ、ふん……さっさとやるのだわ!!」
――01h35m12s
彼女の本質は変わっていなかった。必要なのは覚悟ときっかけ。
まだアーシュちゃんの寵愛を受け止められそうにはないけれど、もとのシルフィには戻れるかもしれない。
おそらくこれで生命維持用の魔力を使うことになる。『停滞』という病は消えた可能性があるけれど、これを使えば同程度の魔力しか残らないだろう。
でもこれもきっと彼女に必要な試練なのだ。
「いくのだわ……」
「……うぇ……う、うん」
「「スピリット・クロス・サーチ!!」」
ずわりとあたしの魔力が持っていかれる。それを精霊術として扱えるようにシルフィが変換をしていた。それをさらに半分あたしに戻して、二人で発現させるのだ。
魔法陣がふわりと広域に広がって、対象物に当たるまで拡大し続ける。すると村のあった位置よりやや南の雪の下に反応があった。
「……! あったぁ!」
「かはっ!! はぁ……はぁ……」
シルフィは魔力が足りなくて、やはり生命維持の魔力まで使ってしまったようだ。かなり疲弊している。でももう彼女の手は必要ない。
「ぐひ……じゃ、じゃあ掘る」
「どうやってやるのだわ」
「……じょ、上位二種の魔法を合成させて、爆ぜさせる」
上位魔法を二種つかってさらに操作系魔法を扱えるのは上位魔女ならでは。紅蓮の魔女が良く使っている合成して剣に付与しているあれだ。
得意な魔法ではないので合成にやや時間がかかる。
でもアーシュちゃんの勇者の剣技に匹敵するような物理的な力が無いと、この魔力を帯びた雪を吹き飛ばせない。
「合成 炎獄、絶対零度!!」
――超重低音の音と共に爆ぜた。――01h48m12s
「……アーシュちゃん!! ……アーシュちゃん!!」
近くまでくれば魔力、生命力を感じ取ることができた。まだ雪の塵が舞っていて視界が開けない。待っていたら時間が……。
……みつけた!!
駆け寄って雪を払う。
とても息が浅いけれど、生きている。彼は死ぬ一歩手前の段階だった。
「……ぐひぃ……よ、よかったよぉ……」
彼を抱き寄せて身体をこすって温める。ここで火を使うと周囲の雪が解けた後に蒸気になって、その瞬間に凍るので下手すると身動きが取れなくなる。
ここには死霊がいないので、なんとかアーシュちゃんを背負って広いところまで歩いて行く。身長が足りなくて彼の足を引き摺ってしまうが仕方がない。
さっきのところまで戻ると、シルフィの姿が無かった。地面に『帰る』とだけ書かれている。
彼の生存を確認ができたら、さっさと帰ってしまった。
まだ顔を合せづらいのだろう。
今の彼女……あの様子なら『停滞』はもうすぐ回復できそうな気がする。
……ありがと……シルフィ……。
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