勇者が世界を滅ぼす日
ほしいもの
ゲートでやって来たのは魔女の里の祠だ。
祠への道は不思議な力で捻じ曲げられている。そのため人の手も入る事なく、魔法陣はそのまま残っていた。
他の場所はおそらく消されたか、魔法陣の式を変えられている。
効率を考えるなら後者だ。メフィストフェレスが帝国へ寝返った時にも、そうする意見があった。その時はまだ仲間意識が残っていたから残しておいた。
今回は魔王領から出たのはボク一人。完全に王国と魔王領から排除されていることになる。
もし『勇者の福音』の揺り返しが起きたら、とてつもなく重くのしかかってくるだろう。幸い今はまだ発動はしていないはずだ。
祠をでて鍾乳洞を抜けると魔女の里へとやってきた。
オババや上位魔女には会いたくはないが、事情が事情だから出来れば協力を得たい。魔力を対価にしてもいいだろう。それにここにはまだアミが居るはずだ。
もしこじれるようなら頼りたい。
「あら? アシュイン様!」
「わ~アシュインだ!」
「デカチンきた~!!」
最後の子ぉ……。
この三人は相変わらずだった。
この子たちがまだここにいるということは、さほど時間が経過していないだろう。変わらない彼女たちの様子をみて安堵した。
それから気になってアミについて聞いてみる。
「アミって、あの?」
「あの子、白銀様以来の天才だよ!!」
「……まじめっ子」
珍しく最後の子が落としてこない。たしかに彼女とは馬が合わないのかもしれない。そういえばミーシャは覚えていたが、他の二人は名前を聞いていなかった。
「あたしはメリーナ」
「あたち、ニキ」
前回お世話してくれたからお礼を言って撫でると、嬉しそうにしている。ボクは撫でるのが癖になっているようだ。
「アシュイン様、それ反則ですぅ~」
「……ふぁ~」
「スケコマシ」
……最後の子ぉ! じゃなかったニキぃ!!
「それでアミはまだ二つ名が無いから『四色の元素魔女』ってつけられていたよ」
「カッコいいね!」
アミは本当に頑張っていた。みんなに天才なんて呼ばれていたらしいが、ぜったいに彼女の努力の勝利だ。
でもいち早く修練を終えて、帰ってしまったそうだ。つまり……
「ちょっといい? ボクが前に来た時からどれくらい経っている?」
「えーとぉ? 一年半ぐらい?」
「アミが一年とちょっとで帰ったよ」
……ボクは絶望した。
つまりあの演劇の日から、約一年が経過してしまっている。明らかにシルフィの契約者の魔力が足りないはずだ。それは他者から補填できない。
……消滅? いや魔力を抑えていればあるいは……まだあきらめるのは早い。
「大丈夫?アシュイン様?」
「……もっと撫でて~」
「……みんな待って。顔が真っ青」
彼女たちが何か言っているが、耳に入ってこない。
焦燥感だけが膨らんでいく。
ボクはこういう事態に何度も遭遇する度に、焦って失敗して彼女たちに助けてもらっていた。しかし今はもう頼れる人はいないと思わないとダメだ。むしろボクが頼られる位置にいる。
焦らずにまず優先順を付けてやるべきことしなくてはならない。
はぁっと息を整え、顔を上げる。
「ごめん大丈夫。それよりグランディオル王国や魔王領について何かわかる?」
「……戦争中……貴族はみんな避難している」
「だからあたしたち、もう卒業だけど、いさせてもらっているの」
「……原因があった」
……すでに開戦していた。
シルフィが指揮しているならば簡単にやられることはない。ただ福音の効果が無かったから、召喚勇者クラスの人間が攻めてきたら即死してしまうだろう。
その分だと魔王軍は確実に駆り出されているはずだ。
三人の実家はロゼルタ派だ。家族から情報を仕入れていた。
公演は歴史的な転換点だった。
その直後に何故か女王派が衰退し、代わってロゼルタ姫派が王国の主軸となったそうだ。それだけならまだしも、中心人物であるジェロニア宰相は好戦的な男だった。
欲張った彼は魔王軍を無断で使用して、帝国へ攻め入ったのだ。だが帝国も抵抗しそれを退けた。
これをきっかけに帝国と魔王領は戦争状態へ突入。さらに激怒した魔王領は王国との締約を破棄。三つ巴の状態になっている。
……最悪の事態だった。
しかもこの原因はボクだ。
次元の魔女との口付けで身動きが取れなくなってしまったせいで、王国軍の福音効果が望めなかった。そして宰相との約束を果たせなかった責任をエルが取ったのだ。
ロゼルタ姫があの老練な宰相を制御できるわけもなく、今に至ってしまった。今までみんなで積み上げてきたものが、一瞬で壊れてしまった。
……ボクのせいで。
だとしたらシルフィは王国軍に匿われている可能性が高い。魔王領に戻ってアイリスにも会いたいが、まずは命の危険があるシルフィへの魔力供給が最優先だ。
「ボクは行かなきゃ」
「……行ってしまうの?」
「やだ~アシュイン!」
「……死ぬんじゃねぇぜ」
そう言って親指を立てるニキ。
……この子、かっこよすぎる。
とにかく今は王国へ早く戻らなければならない。ボクが焦って出ていこうとすると、オババがゆったりと歩いて出てきた。
「カカカッ! アシュインじゃないか。 突然デカい魔力が現れておどろいた」
あまり会いたくない人物が来てしまった。以前来た時にはやや追い出される形で別れたから、すこし気まずいが、オババはあまり気にしていないようだ。
ボクはある程度情報を選んで、事情を話すことにした。やはり魔女の様子は気になるようでシルフィの事を心配している。
「ゲートは使えるだろ? 術式とは違うが、王国につなげてあるやつがあるから使いな」
「……あ、ありがとう!」
「白銀を殺したら、あたしがあんたを殺すからな」
言い方は乱暴だが、オババは魔女を傷つけなければ基本的に理解ある魔女だ。
それと今回の事の発端は次元の魔女。その貸し分はオババが補填してくれるという。
「あいつは腹黒いから気をつけな」
「もう実感しているよ……」
「さて……さっさと行きな」
ボクに時間が無いことを察してくれる。
「……気を付けてくださいね、アシュイン様」
「ぜったいまた来てね……」
「地獄で会おうぜ!」
「おう!地獄で会おうぜ!」
最後はニキに合わせてみることにした。
わずかな滞在だったけれど、顔なじみに会えて少し勇気をもらえた気がする。魔女の仕業だと思いたいほど目を覆いたくなる惨状だが、すこしだけ救われた。
そしてゲートの光に包まれていく――
オババが設置した魔法陣は墓場だった。
王城の裏手で、いつもは奇麗で厳粛な雰囲気の場所のはずだった。今は戦時中なので、埋葬できていない棺が並んでいる。
それどころかここに来ることさえも出来ない遺体もたくさんあるだろう。
「だれだ!!」
一人の青年が声をかけてくる。おそらく墓守番だ。
「……すまない。アシュインという。王国騎士団長代理にお会いしたい」
「ア、アシュイン⁉ 極悪人のあのアシュイン⁉」
「……ご、極悪人?」
墓守番のひ弱そうな青年は、ボクの名前を聞くと一目散に逃げ行った。官憲か騎士団を呼びに行ったのだろう。
犯罪者扱いは気になるけれど、手っ取り早く接触できるならそれでも良い。
しばらくするといつぞやの騎士の男がやって来た。
「き、貴様!! よくノコノコと戻ってこられたなぁ!!」
殺人未遂をしたことは、意図的に忘れているようだ。あの時にいたもう一人の男も一緒にいる。罪に問われずにまだ騎士団に所属出来ているのは、やはり宰相の治世だからか。
「アシュイン。貴様は国家転覆罪の容疑がかけられている。大人しくしろ……」
「……お前たちが殺しておいてよく言う」
「な、なんのことだかわからんなぁ」
あくまで白を切るつもりのようだ。
だがそれを逆手にとって脅す。
「大人しく捕まってもいいから騎士団長代理に会わせろ」
「なんだぁその上からの物言いは!!」
「貴様はただの犯罪者だ!! 異論は認めない!!」
城の牢屋に入れられたところで、いつでも逃げ出せるし逃げ出す必要もない。大人しく捕まって様子を見るとしよう。
城の内情も探りたい。
「まぁ良いよ。ほら枷でもはめると良い」
「……くっ。こけにしおってぇ……」
「まぁいい。 捕まえられたのなら我らの手柄だ」
そんな小さい手柄なんて気にして生きているのか、この男たちは。
なんともつまらない人間に殺されたものだ。
ここは王城の地下。今は使われていない拷問部屋だ。
血なま臭さはない。
固まった血がついている拷問器具が沢山あった。ボクに使う分には構わないけれど、こんな汚い場所でシルフィとの再会はしたくない。
「……どうするんだ?」
「へへ……すぐに逃げ出せると思っているだろう? だからシルフィ騎士団長特製の枷を預かってきている」
……シルフィ騎士団長?
シルフィは正式に騎士団長に就任したようだ。
王国はエルダートの奪還を諦めたのか。
それからシルフィ特製の枷をわざわざ用意しているのなら、彼女はボクを投獄する気だと言うことだ。
あまり考えたくなかった。
……いや、シルフィを信じるって決めたはずだ。
大人しくその枷をはめられる。
ボクの魔力を吸い出し、その力で封印するものだ。本人の魔力を封じる力に使うようになっているから、封じられる物の力が強ければ強い程、拘束力が強くなる。
……これは不味い。
かつかつと音が聞こえて来た。
ここへの階段を下りてくるものがいる。足音は三人、騎士が二人に女性が一人。シルフィかもしれない。
「……アシュイン。 ……今頃きたのか」
「シ、シルフィ……シルフィ!!」
うれしくて、彼女の元気そうな姿をみただけでぼろぼろと涙をこぼしていた。
しかし物言いがすごく冷たく、彼らと同様に犯罪者を見る目だ。
「遅くなったけど、迎えに来た」
「……今頃来られても困るのだ」
そういってボクから目を逸らす。まるで厄介なものを見た目だ。確かにボクがいなくなったことでシルフィに大きい迷惑をかけてしまった。
それでもこんなに嫌そうな顔なんてしたことはない。
「魔力は大丈夫?」
「大丈夫……なわけあるか。 だがもういい」
「……もういいって?」
それ以上は聞きたくない
「我は諦めたのだ。 それでも後二十年は生きられる」
やめろ……
「もっともそのまえに……世界が滅ぶがな……」
シルフィ……なんで……
「――お前のせいで」
ドクンッ!!
不味い……本当に不味い……
「ブレイブウォール!!」
キィイン!!
魔力の拘束枷の許容量を超えて光の壁に包まれる。枷は以前のボクの魔力量が許容量になっていたようだ。
「な!? 計算した数値以上の魔力?」
「……ぶはっ!!……がはっ‼」
びしゃびしゃと血を吐き出す。涙や涎、鼻水も同時に吐き出して顔がぐしゃぐしゃになっているが、気にする余裕もない。
やはりこの方法では体の負担が大きいが、最悪シルフィを巻き込まなくて済む。
「……そんな……ことも……わからなく……なったの?」
「……なんだと?」
やはりボクの言葉の意図すら読めない。
以前であれば何も言葉を発しなくても通じ合っていた。でも今は……。
「ボクの知っているシルフィは……ボクの魔力の増加量すらぴたりと言い当てるほどに先読みが出来ていた……増えている事すら読めないなんて」
「……うるさい!! この犯罪者が!!」
その胡散臭い軍人口調がさらに苛立たせる。
まるで夢を見ているかのようだ。それどころか次元の魔女の仕業を思わせるほどシルフィは変わっていた。
「どうしたんだよ……シルフィ」
「ふん……お前に愛想が尽きただけだ」
そんな……。他の事や王国ならあきらめがついた。おそらく以前ならあきらめていたはずだ。
でも……。
――絶対にあきらめたくない。
「……わかったよ。取引と行こうじゃないか」
「……なんだと?」
ボクは彼女の為に生きたいのだ。自分が嫌われていたって良い。
「魔力を提供しよう」
「……ほぉ? 対価はなんだ?」
――そしてボクは言う。
「キミの幸せ」
「……っ」
……それが本当に欲しいものだった。
それができるのがボクであるならうれしい。そうでなくても彼女が幸せである限りは許そう。
「拘束してもらって構わないし大人しく従う。魔力を必要な時に必要な分だけ持っていくと良い。気に喰わないなら拷問してもいい」
「……なぜそこまで……」
「……ボクの罪は甘んじて受ける。けれど……キミがキミの生を、幸せを諦めるのは許せない」
「……っ!」
シルフィは辛そうな顔をしている。
何が彼女をそうさせたのか。ボクはその答えを知らない。もう彼女との関係は取り戻せないかもしれない。それでも彼女の幸せは取り戻せるはずだ。
「……勝手なことばかり言って」
「そのあたりで良いでしょうシルフィ騎士団」
「どうせもう使い物にならないのだから、帝国に特攻させては?」
後ろにいた二人の騎士は、口をはさんでボクの処遇を意見している。それにシルフィの護衛についていた二人も参加して騒がしくなる。
シルフィは辛そうに目を逸らすだけだ。
(こっちで話せないか?)
念話で問いかけるが返事がない。
無視されているのかと思っていた。でも違うようだ。感覚的にいつも繋がっている感じがしていたのが、今はそれが全くない。
……まさか。
……うそだろう?
「シルフィ……まさか、契約が……切れている?」
「ふん……おまえから一方的に切ったのだろう? 今更そんなことか」
「ちがう!!」
なんということだ。
ボクとシルフィの絆でもあった契約が、いつの間にかに切れていたのだ。
だからシルフィは諦めた。
今までボクが分け与えていた貯蓄分をゆっくりと消費して、切れたら人生を終わらせる気でいたのだ。
すでに契約が切れているのなら、ボクの魔力をいくらあげてももう役には立たない。交渉材料としては使えなくなってしまった。
もう一度契約できないかと思ったが、精霊の契約は生涯で一度だけ。本来であれば破棄もできる物ではない。それを無理やり引きちぎられたのだ。
それはシルフィにとって絶望だろう。そして同時にゆるやかな死の宣告。
「……わかった。契約の白紙化の方法を探してくる」
「そんなことをしてどうする?」
「白紙化すれば、魔力の減衰は止まるだろう。あとは自由だ」
「余計なことはするな!!」
諦めてしまった彼女にとっては余計な事だろう。もう寿命を全うして、生を閉じる気でいるのだから。ただボクにとっては愛すべき人で、譲れないのだ。
「いいや。やる。絶対だ」
「……なんでそこまで……」
「――愛しているからに決っている!」
「……っ!!」
シルフィは今にも泣きだしそうに、口元を抑えている。これ以上そんな弱弱しいシルフィなんて見たくはない。いつものように尊大不遜で、憎たらしいシルフィが見たいのだ。
「ボクは行くよ……またね」
「……あっ……アシュ……」
ボクの名前を言いかけたが、アーシュとはもう呼んでくれない。それが今のボクには魔力のこもった鈍重な剣のごとく心臓に突き刺さる。
だから手でそれを征して、ゆっくりと歩いて階段を昇って行った。
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