勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

締約会議 その1





 午後は王国との今後の方針のための会議。
 参加人数が多いので、広い会合の間で執り行われる。




 エルダートが誘拐されたことと、今回の魔王領との締結に後ろ盾を得られたことで、グランディオル王国は大々的に宣戦布告をした。
 さきの侵攻や、メフィストフェレスの引き抜き。レイラの身柄を狙っていることなど、帝国の好戦的な態度はそれに十分値する。




 その傾向がみられていたので、今回はエルダートの事がなくとも宣戦布告は十分あり得た話であった。
 今回の件で多くの派閥は反対しなくなったという。まだ来て間もない帝国出身のエルダートの人望の厚さには驚きである。


 時期的にも、優位性が明らかになった今では丁度良い。




 ただいくら準備をしていたと言っても軍の指揮官を失った穴は大きく、作戦も立て直し、任命もし直し。さらに魔王領の協力は貴族たちが思っていた以上に手厚いことも鑑みて、文官たちは大慌てで方策を練り直すこととなった。


 レイラと宰相が牽制しあっている。
 普段からあまり仲が良くないのかもしれない。




「宰相はもともと第二王女……いえ前国王派だったのでわたくしの派閥であるレイラとは常に相反しています。ですがそれが良い成果を生んでいるのも事実ですが」
「好敵手のような立場なのかもね」












 王国側にはエルランティーヌ女王、ロゼルタ姫、レイラ王宮魔導師、ジェロニア宰相。そして王宮騎士団長のエルダートが不在の為、臨時で指揮したシルフィが王国側として参加する。


 魔王領からは代表アイリス、執務のルシェ、軍部のベリアル。そして末席にボクが座る。
 人を惹きつけることに向いていないと思って、自分から裏方に回るように申しでたからだ。
 アイリスもルシェも賛成してくれたからだ。
 やはりアイリスの魅力で推していくことが一番である。




 それに魔王領はもう最初の一歩は大きく踏み出せている。その役目を終えたボクはほとんどやる事もない。
 だからこれからは『勇者の血』に抗う手段を探したい。
 シルフィやクリスティアーネがそのきっかけを作ってくれたのだから、今度はボクが踏み出す番だ。






 となるとこの場にボクは不要である。ミルとナナは王都へ買い物に行くといっていたから、ボクもそっちへついて行けばよかったかもしれない。




 ……むしろ買い物に行きたかった。












「ところでベリアル。その子誰?」
「んふふ~騎士団の見習いの子。かわいいから拾ってきちゃった」




 ボクも騎士団の訓練見習いだった時代があったから、抱きかかえられている彼を見ると見につまされる。
 さすがに場をわきまえるルシェは止めようとするが、ベリアルはあの胸で『いやいや』している。それに釘付けになっている貴族たちは少し面白い。




「いや、きちゃったってダメでしょ? 大事な会議だよ?」
「いいじゃないのぉ!! かわいい子をだっこしていないと集中できないのぉ!!」
「ベ、ベリアル様? さすがに会議中は……」
「じゃあアーシュをだっこしちゃうわよぉ?」
「「なっ⁉」」




 その発言にギロリとベリアルに視線が集まる。その視線はボクとベリアルを交互に見ているが、お互い緊張していた空気が和らいでいることに気がついた。




「ふふ……冗談よぉ? 早く始めましょう?」




 ベリアルは立場上、こうした場に慣れているようだ。主になじみのない相手方の貴族文官たちの緊張が解けている。むしろベリアルの胸ばかり見ている。
 さっさと終わらせて少年を愛でたいだけかもしれないが、場の空気を換えて思い通りに事を進める術は素直に感心した。




「ふふ……それぐらい構いませんよ?」
「あら!! 話の分かる女王陛下でたすかるわぁ」




 エルの切り替えしにも相手方の文官が息を吐いて安堵している。


 ただ宰相と派閥の貴族は、こういうやり取りで毒気を抜かれることを良しとしない。
 空気を引き戻そうとしている。




「陛下⁉ こんな者たちで会議が成り立つのですか⁉」
「……ジェロニア宰相。王族と彼らは親しき仲なのです。その仲あっての締結であることをお忘れなきよう」


 ロゼルタ姫がそれを抑える。
 彼らのトップであるロゼルタは完全にお飾り人形だった。
 ただ公演の場を経験し、姉の背を見ることによって大きく成長したようだ。
 甘んじてその立場を受け入れ、最大限利用してやるつもりなのだろう。


 ロゼルタはこちらをみて、ニコリと微笑む。
 自らの功績を褒めてほしそうにしているように見えた。
 もし公の場でなければ、自然と撫でていたのかもしれない。
 いまは微笑み返すにとどめた。






 会議前のそんなやり取りがあって、牽制し合ったがやがてざわつきがおさまる。
 お互い準備ができたのだろう。




「よろしいですね。ではグランディオル王国と魔王領の公式会議を始めます」
「魔王領からアイリス様――」




 形式的な挨拶を交わし、会議が始まった。
 まずは進行役の文官が議題の項目を読み上げ、はじめの議題を告げる。




「まず演劇について。……これは大成功でしたね! この内容に異論を唱える者などいませんでした」




 そしてマインドブレイクの効果も十分あったという。それぞれの都市へこの話を持ち帰り、見世物小屋でも自由にこの話をつかって公演してよいことになっている。
 さらに大きい効果が期待できそうだ。


 そして公演を行ったカスターヌ町およびトムブ村への遠征に許可が下りる。まずそこで試験的に悪魔領での生産物を卸して、様子をみることになった。
 護衛についても両軍からつける。シルフィが王国軍の文官に割り振りを指示している。すっかり騎士団長の役割を果たしていた。




「魔王軍は絶対数が少ないから、護衛も王国軍が主になるけれど……」
「なんと……悪魔族の護衛なのに我が軍まかせとは、いささか調子に乗りすぎでは?」
「ケケケ……あほが!! 王国軍の騎士十人で悪魔軍の兵士一人分なのだわ」




 王国軍騎士団長がシルフィのおかげで、余計な諍いが減る。これも話が滑らかに進む要因だろう。




「ぐぬぬぬ……そこまでの差とは……」
「ジェロニア宰相。 今後その強力な魔王軍にご協力いただけるのですから、良いではありませんか?」
「はっ……た、たしかに……」




 人間の他国にむけていえば、王国が魔王領を抱え込んだとみられるだろう。それはどの国も王国を攻め落とそうなどと考えなくなる。
 これほどの抑止力はないだろう。




「むしろ大きい抑止力をもった王国は、他国を保護する立場になります。これからは世界への軍事力制御パワーコントロールが必要になる事でしょう」




 これはメフィストフェレスの事もそうと言える。意志の強い反乱分子が生まれれば、強力な軍事力からの引き抜きは当然起こる。
 その抑制や、起きた場合の対処をしてく必要がある。




「ただぁん? 魔王軍だけをあてにされてもこまっちゃうわけよぉ」
「……と申されますと?」
「魔王軍は数が少ないの。抑止力として使ってもらう分には構わないけれど、実践投入を頻繁に期待されても困るということよぉ」
「……それでは何のために手を結んだのか分からないであろう!!」




 宰相は帝国へ攻め込むつもりでいたのだろうか。もしそんなことをすれば、混戦必死で死者も増える。
 少し軍事に疎いのかもしれない。


 今回の宣誓はあくまで専守防衛。防衛のため、奪還のための攻撃はあり得ても、理由もなしに攻め込んで侵略することはない。




「宰相。すこし黙っていなさい。貴方の言い分では、無駄に死者をだす侵略戦争になってしまうわ」
「……くっ!!」




 さすがに耐えかねたレイラが止める。レイラもこういうことが板についている。
 ボクが出て行った王国で、ずっとこういうことをしていたのだろう。




 しかし、ベリアルの意見に王国も納得してない。王国軍を臨時で任されたシルフィも少し困っているようだ。




「いまの王国軍はあまり戦力にはならないのだわ……エルダートもそういう評価だったのだわ」




 たしかに王国軍がいつまでもこのままでは、魔王軍が戦わざるを得なくなる。
 それは無理な話で、あくまで抑止力としての協力と、稀に来る強力な敵の対処が魔王領としての限界範囲だ。


 ……ただ毎回ボクが出撃して、一人で全滅させて来るという案もなくはない。
 しかしこれをやると、ボクは『勇者の血』のスキルの有無に関係なく、世界を滅ぼす人になってしまう。




 ……くくく。勇者が魔王より魔王らしくなるなんて笑えない。


 ここは協力せざるを得ないようだ。それに今はシルフィが王国軍団長代理。
 協力を惜しんでいられない。




「王国軍を鍛えればいいんじゃない?」




 ずっと黙っていたボクが発言する。するとみんながボクに注目していた。そこまでおかしいことを言ったつもりはないけれど、みんな驚いている。




「……何を言うかと思えば……王国軍は常日頃、厳しい訓練をしておる!! 失礼にもほどがあるだろう貴様!!」




 宰相はボクを下っ端の文官だと思っていたようで、アイリスやシルフィたちの時とは明らかに態度を変えてくる。
 周囲の女性たちに頭が上がらない宰相は、やっと罵れる相手を見つけたと言わんばかりに、脂ぎった笑みを浮かべている。




「そこのブタ!! ぶっころあばばばばばば」




 シルフィが危険な発言をしそうになったので、さすがにこれは止めた。
 彼らに力で解決するような出方をすれば、まとまるものもまとまらなくなる。
 そうすることをしないのは、彼ではなく彼の下についている何千という貴族や領民たちも自ら賛同して動いてもらいたいからだ。




(シルフィ? め!!)
(あちはガキかっ!)
(ボクはこれぐらいじゃ怒らないから)
(で? そのこころは?)
(仮所属して訓練を見ているだけで、おそらく福音効果がでるよ)




「ぷはっ!! ……そうか……『福音』なのだわ!」
「なるほどっ! さすがはアシュイン様」




 『勇者の福音』の事は、王国内では王族と一部の人間しか知らない最高機密になっている。
 宰相はよくわからないという顔をしているが、女王やロゼルタ姫たちもそれで理解したようだ。




「……ふむ? 何のことですかな?」
「……いやこちらの話。 ボクが一か月、様子を見に通うよ。それで王国軍は帝国軍に負けない程度の戦力になるはず」
「はっ!! これはこれは大きく出たものだ! よいでしょう……」


「わたくしも賛成ですわ! ではアシュイン様に指導役を――」




「ただ!! 一か月の猶予を与えるのだから、出来なかった時の保険を付けさせていただきたい」
「宰相!!」




 レイラやロゼルタの制止もむなしく、彼の口は止まらない。




「……我々とていまは戦時下なのですぞ? そんな猶予を与えている間に、占領されましたではたまったものではありません」
「……くっ!!」




 反論できなくて悔しそうな二人。その気持ちはありがたい。




「……それどころか!! この者が魔王軍のご協力を阻み、帝国に隙を与えているとも取れますなぁ!」


「なっ……なんてことを言うのです!!」
「エル……エルランティーヌ女王陛下。構いません」
「……でも!」




 エルは泣きそうな顔をしている。そんな顔をしていては、女王失格だと思うが。




「アーシュ……」




 魔王領のみんなも、そんなことまで言われるならやめてほしいと思っているだろう。
 ボクも何の利益もなしに、ここまで言われてこんなことをやってやるつもりはない。


 シルフィは騎士団長代理を楽しんでやっている。やりたいことならば応援したいし、それだけじゃなくてある取引・・・・をしたいと思っているからだ。















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