勇者が世界を滅ぼす日
理解
今日は帰還の日。
朝、起きたらごっそりと魔力がなくなっていることに気がついたけれど、あえて黙っておいた。
ボクたちは挨拶するために、レイラのいる医務室へとやってきた。エルダートはすでに医務室を出て、普通の生活を始めたからレイラだけだろう。
「もう平気よ。まだ歩けないけど。座っていられるから執務はできるわ」
「無理しちゃダメだよ……ボクは魔王領へ戻るけれど、すぐに遊びにくるよ」
帰ることを告げると、やはり寂しそうだ。少し俯いて、声が震えているように感じる。
「あの……アシュイン……」
「ん?」
「……ううん。なんでもない」
なかなか切り出せない彼女。そういえば彼女はずっとアシュインと呼んでいるけれど、もう気持ちはお互いがわかっているからアーシュと呼んでほしい。
「……ねぇレイラ……アーシュって呼んでよ。親しい人はみんなそう呼ぶんだ」
「あっ……い、いいの?……あのあたし」
「うん呼んでよ」
やっぱり操られていた時の記憶はあるから、後ろめたい気持ちがあると思う。でもそれもお互い様だ。そんなことより今の気持ちを大切にしてほしい。
「ア、アーシュ……アーシュ。あたしね。グランディオル王国を復興させたいの」
「……うん」
「だから……」
「……わかってる。これから魔王領との交易も増えるからすぐに遊びにくるよ」
「……っうん!」
レイラは魔王領に来ることは選択しなかった。彼女には彼女の矜持というものがあるし、夢もあるだろう。ボクはそれを応援するだけだ。
そしてレイラを抱きしめて別れを告げた。
医務室をでると、一足先に療養を終えたエルダートが廊下で待っていた。
「やぁエルダート騎士団長?」
すでに騎士団長として任命されているので、元気になったお祝いにあえてそう呼んだ。
「あぁ。アシュインくん。レイラを応援してくれるようだな」
「まぁね。今までしてもらったことを考えれば足りないけど」
「いや……改めていう――」
一拍をおき、真剣なまなざしを向ける。
「娘と私の命を救ってくれて、ありがとう!!」
そういって、目を真っ赤にしている。いわゆる男泣きだ。ボクはこういうのに弱い。
「これからはボクはずっとついてやれないから、エルダートが守ってあげてよ」
「ああ……必ず……!!」
そう言ってがっちりと握手をする。
シルフィとクリスティアーネにも、丁寧に頭を下げてレイラのいる医務室へと入っていった。
「……レ、レイラちゃん……が、頑張ってる」
「……うん」
「だ、だから……ああ、あたしもいく……ね?」
「え?」
「クリスティアーネはヴェスタル共和国へ用があるのだわ」
「……一人で?……だ、大丈夫なの?」
ものすごく心配だ。今まで生きてこれたのが不思議なほど危なっかしいのに、ほんとうに大丈夫なのだろうか。主に生活面が。
「……い、いままで一人でも……だ、大丈夫だった」
「これから大丈夫なんて保障はないだろ?……行かなきゃだめなの?」
「……う、うん……し、心配……う、うれしぃよぉ……」
それだけで顔を真っ赤にして泣いている。本当に大丈夫なのだろうか。
「ケケケ。ゲートは教えておいたのだわ。アーシュとずっと一緒にいるから魔力も増えたし」
「……う、うん……じょ、上位魔女の……ち、近くまで増えてた」
「すごいじゃないか!シルフィは天才と呼ばれているけど、クリスティアーネも天才なんじゃないか?」
「……ほめすぎぃぃ」
身体がねじれるほどクネクネしている。本当に心配になってきた。でもよほど重要な用事のようだ。行く意思は既に固い。
「わかった……あぶなくなったらにげてくるんだよ?」
「……う、うん……うへへ」
頭をぽんぽんと撫でてあげると、落ち着いて気持ちよさそうにしている。目を細めると、血走った眼球が見えないせいですごく可愛く見える。
落ち着くと、お城の中庭にある馬に乗った将軍のような人物の像にむかって、魔法をかける。
「あれ……名のある将軍の死霊なんじゃないか?」
「……うへへ……じゃ、じゃあいってくるねぇ……」
それを見ていた周りの使用人が、ひぃいいっと悲鳴を上げていた。本人は地味なつもりだけれど、思いっきり派手な出立だ。
「いっちゃったね……」
「ケケケ。まぁ資料を漁りにいくだけなのだわ」
「目的をしってるんだ?」
「……しっているのだわ」
ちょっと俯くシルフィにこれ以上問い詰めることはしなかった。なんとなくその声の色で、何を調べに言ったかわかってしまったからだ。
「クリスティアーネ、演劇を楽しみにしていたのに間に合わないかも」
「あー……たしかに」
すこし考えて、思いついた。
「……よし、彼女の為にちょっとみんなに頭を下げてみるさ」
「ケケケ……アーシュは女にはやさしいのだわ」
「誰でもってわけじゃないからね?」
「ケケケ。そう言うことにしておくのだわ」
あまり遅かったらボクは追いかけるつもりだ。またふらふらしているなんて言われるかもしれないけれど。
挨拶に執務室へ来ると、忙しそうに執務をしているエルと暇そうに本を読んでいるベアトリーチェがいた。主人より怠けてていいのだろうか。
「じゃあエル……ぼくたちはもどるね。次に会えるのは公演の前日かな?」
「ええぇ……アーシュ。本当に色々ありがとう!!」
「無理しないで。それから困った事があったらすぐ来るよ」
「……ふふ。たのもしいわ」
「それからベアトリーチェも、姫様をあまり甘やかしちゃだめだよ」
「はい!! 姫様は甘やかしません!!」
「声がでかい!!」
「……アーシュ……アーシュ」
シルフィーがボクの服をひっぱる。
「ん?」
「逆なのだわ……」
「なっ⁉」
「や、やりました~!! アシュイン殿をだませましたよ!!ひめさま」
「こ、こらベアトリーチェまだ早いですわ!!」
「……き、キミたち」
「いえ、先日すぐに見破られてしまったので、悔しくて……お城の技術、化粧、魔法陣の粋を凝らして試してみたのです」
「ケケケ……これこそ技術の無駄遣いなのだわ」
「つ、次はすぐに見破るよ!!」
シルフィはよほど面白かったのか、ずっとニヨニヨにやけている。そこまで面白がることはないと思うけど。
最後に芸をいれてきたけど、今回の旅は満足いく結果だったようだ。
ボクたちは執務室でゲートを使い魔王城へと帰還した。
光が収束して、目を開けるとゲートの目の前には誰もいなかった。予定より四日ほど早く帰って来たのだから当たり前なのだけれど、少し寂しい気がする。
執務室へ入ると、そこではルシェとアイリスが忙しそうに執務をしていた。
「ただいま二人とも、ごめんね」
「アーシュ!! はやかったね!」
「アーシュ! さみしかっだよぉおお!」
わずか六日だったけど、アイリスは思っていたより寂しがっていた。出るときは気丈にしていたけれど、やっぱりさみしい思いをさせてしまったようだ。
がっちりと抱き着いて放してくれない。
「劇場の視察を言伝てくれてありがとう。ボクたちも見てきたよ」
「よかった!! 思った以上の規模になっていたからね」
「それだけ期待されているってことだね」
ほかのみんなは学園で授業や演劇の仕上げをしていた。いつもどおり夜にはもどってくるだろう。
いつもはルシェかアイリスが迎えに行っているらしいが、今日はボクがいってみよう。
そして二人に旅の報告をする。
まずクリスティアーネがいないことを心配されてしまった。あの調子だから、やっぱり心配する気持ちはよくわかる。
レイラとエルダートを救出したこと、帝国の動き。メフィストフェレスについては情報が無かったこと。
魔女の里、それから上位魔女との対立。聖剣のこと祠のこと。クリスティアーネがヴェリタス共和国へ向かったこと。
そして劇場に王国とは別の間者。おそらく帝国の間者が歩き回っていたこと。
「演劇の警備体制の見直しが必要かなぁ?」
「いや警備にはボクも参加するよ」
「え⁉ 一緒に見たいのに!!」
「うれしいけど……みんなが頑張った演劇を絶対に成功させてあげたい」
「……うん……そうだよね……」
すこしがっかりするルシェにここで提案だ。
「……メインメンバーでやるのは初公演だけだろ?」
「そだよ?」
「たぶん、ボクの為に動いてくれているクリスティアーネは初公演に間に合わないと思うんだ」
「……あーたしかに」
「すごく楽しみにしていたのに……だからみんなにお願いして悪魔領でももう一回公演できないか頼もうと思っているんだ」
はっとなって、わなわなと震えているルシェ。怒らしてしまっただろうか。あれだけ色々やってくれて忙しいのに、厄介ごとを増やしてしまったのだから。
「……うん!! いい!! すごくいいよ!!」
そう思っていたら、にぱっと明るい顔で拳を上げた。
「だからその時なら一緒にいけるだろ?」
「……ほんと⁉ やった~っ!! じゃあボクもがんばっちゃうよ!!」
「いや、これはボクの我儘だから、ボクがみんなに頭をさげにいくよ」
「ふふ……アーシュらしい。彼女も喜ぶわ。恩があるし、わたしも一緒にお願いに行くわ」
「あ、ありがとう!!」
初公演の一週間後位あとを目途に検討がはじまった。ただやっぱりこれはボクの我儘だ。そんな我儘を理解してくれる彼女たちに感謝した。
……ボクも警備に全力を尽くそう。
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