勇者が世界を滅ぼす日
レイラの告白
ゲートを使ってグランディオル王国の王城へやっと戻ってくることができた。
王国への移動は以前アイリスが設置した魔法陣を有効活用している。
レイラとエルダート意識を戻したり眠ったりを繰り返して順調に回復をしているそうだ。
起きてはいられない状態なので医務室へと直行だ。
レイラたちを送り届けたあとは来賓室で、雑談ををしている。
ボクたちはエルの好意でお城に一泊することになった。
もともとの旅の予定が十日を見込んでいたけれど、五日で帰ってくることができたのだ。
王都でお土産を選ぶ時間くらいはあるだろう。
「それにしてもベアトリーチェは女王を野放しにしたらだめでしょ」
「すみません!!」
……まるっきり反省の色がない。
「アーシュ!とても楽しかった。ありがとう」
「う、うん……それはよかった」
ボクはひどい目にあったけれど、エルが楽しめたならよかった。女王の執務に追われていた彼女には良い刺激になっただろうか。
「ケケケ。女王さまも魔女の里では酷い扱いだったのだわ」
「……うへへ……か、かわいそうなエルちゃん」
「クリスティアーネもしこたまオババに怒られてたのだわ」
「……うぇ……お、思い出したくない……ぐへ」
「そうだ。話しそびれたけれど、オババと紅蓮の魔女の話をしておくよ」
魔女がボクの敵対勢力になる可能性があるから、二人には絶対に知っておいてほしい。味方になってくれるのは信じているけど、彼女たちも命の危険があるのだから。
「ケケケ! あちはもとよりアーシュの味方なのだわ!」
「……うへへ……あ、あたしも……み、味方だよぉ」
「それに魔女同士はそんなに仲良くないのだわ?」
「……シ、シルフィとは仲がいいよぉ……ぐへへ」
「……ふ、ふん!」
二人は当然のように味方してくれる。
でもそれがとても頼もしくて、うれしかった。彼女たちの知識とボクの力があればきっと大丈夫だ。
問題は魔王領に迷惑がかかること。魔王城のみんなはきっと大丈夫って言ってくれるだろう。でも領民は別だ。
魔王領とボクの関連性はできるだけ表に出ないようにするべきだろう。
「あとは……魔女の戦力は知っておきたいな」
「ケケケ。ちゃんと生存している上位魔女については聞き出しているのだわ」
「さっすが!」
シルフィは聞き出していた事を紙に書き記してまとめてくれていた。
混沌の魔女以外は会ったことがないから、おおまかな情報だという。
『混沌の魔女』
混沌を扱い不老長寿薬を精製できる。口は悪いが、魔女たちに慕われいている。
彼女に敵対されると、ほとんどの魔女に狙われる可能性がある。今はこちらから危害を加えない限り、静観しているだろう。
『紅蓮の魔女』
その名から炎を得意とするが、実態は温度、大気、物質に作用する現象を専門としている。とても口が悪い。
彼女は明らかにボクを敵対視していた。むしろ男性嫌いという感じであった。ボクはそれが気に喰わなくて、食って掛かってしまった。
『猛毒の魔女』
ありとあらゆる毒を扱う。調合、薬剤に特質しているがあくまで毒を好む。戦闘は特とはしない。
一見問題なさそうにみえるが、一番厄介と言う。
例えば『媚交感薬』も、彼女にかかれば快楽死させるほどの猛毒となりえるそうだ。現在は遠方の小国に滞在中。
『次元の魔女』
空間を支配する魔女。次元のはざまに漂うエネルギーを利用するための研究を長年している。根っからの研究者で、温厚な性格をしているという。
しかし空間を断絶できる力があるので、決して弱いわけではない。それから空間のはざまに取り残されたら、いくら巨大な魔力をもっていようとも、簡単に封殺されてしまう。
『真理の魔女」
真理という概念を扱う。条件次第では因果律を捻じ曲げる。
常に真理を追って、意味不明なことをつぶやいている。そのため周囲と交流がほとんどできない。
ただ依頼はきっちりこなす。
運命を変えるようにも見える、その神のごとく力は権力者にとても人気があるそうだ。
彼女の自身ではなく、依頼人に警戒するべきだろう。
どの魔女も魔力や肉体的な強さでは抗えないような、異次元の能力を持っている。可能な限り敵対したくはない。
「今、警戒するのは紅蓮の魔女ぐらいかな?」
「いんや。やつは平気なのだわ」
「え?どうして?」
「あれはレズなのだわ」
「は?」
「……うぇへへ……し、しかも……む、むっつり」
「ケケケ。ほぼずっと、あちや女が側にいるアーシュなら襲えないということだわ」
「えぇ……」
心配して凄く損をした気分だ。
でも女性を盾にしているみたいで、すごく気分がよくない。
「むしろ警戒すべきはぁ……『猛毒の魔女』なのだわ」
「猛毒ってどれくらいだろうね」
今まで使われたことがある毒は、ブレイブウォールでも対処できるので、苦労はなかった。目の届く範囲の仲間に掛けることも可能だから、警戒するほどかは微妙だ。
「とにかく用意周到らしいのだわ。一週間前から行動を予測されて、毒の仕込みを綿密にするそうなのだわ」
「す、すごいね……きがつかないうちに使われるってことか」
「アーシュをみたら、きっと毒の被検体にされるのだわ……」
「うへぇ……」
猛毒の魔女……。
たしかに言われてみれば、いつの間にかに無味無臭の強力な毒を使われたらひとたまりもない。
きっとボクだけなら大丈夫だ。
でも仲間を狙われたら一発で終わりだ。
しばらくは警戒が解けそうにない。
エルたちは執務があるそうなので、ボクたちは医務室に向かっている。いまはレイラもエルダートも話ができるそうだ。
近づくと、話声が聞こえてきた。
「ありがと……お父様……おかげで王国へ戻れたわ」
「いや……かえって危険な目に合わせてすまないレイラ」
お父様、レイラと呼び合っている。本当に親子のような関係なのだろうか。二人の事だからあまり立ち入らないようにはしたい。
「アシュインという男は……レイラの想い人か?」
「お、お父様! ……でもあたし……アシュインに酷い事を……」
「……そうか……そうだったのか……色々わかった」
「なにがわかったんですか?」
ボクはここで出て行った。この男はボクの事を探っていた。今は何もできない身であることは分かっているが、思惑は知っておきたい。
「あっ! アシュイ……ン」
「キミか……」
一瞬浮いた声のレイラ。すぐに声が沈む。うれしい気持ちと居た堪れない気持ちが、せめぎ合っているようだ。
ボクはレイラの寝ているベッドの横に座って話しかける。
「レイラ。……やっと会えたね」
「……アシュイン……あたし……」
「……ごめんね……レイラ」
レイラはボクが謝ったことに驚いている。
「……え?……だってひどいことをしたのはあたしなのに」
「いや……ボクの甲斐性がなかっただけだよ」
魔王討伐の旅の時にしっかりレイラの手を握っていれば、きっと違う結末だったに違いない。
「だって……誘惑にかかってしまったのはあたしの弱さ……」
「それは奴が狡猾だっただけさ。だから……ボクの事で気に病まないで」
「いや!」
「……え?」
ボクは言葉を間違えてしまったのかもしれない。交流下手がこういう時不便だ。
「……ずっと気にしていたいの……アシュインのことを考えると、うれしくて仕方ないの、切なくて仕方ないの……だから……」
弱弱しくボクに抱きつくレイラ。
「気にさせて……お願い……好きなの」
「……レイラ。うれしいよ」
ボクのほうからレイラを抱き寄せると、ぽろぽろと枯れそうなほどよわよわしく涙をこぼし始める。
「アシュイン!! ……アシュィィイン!!」
しばらくは抱き合って泣かせてやろう。
あの時からずっとずっとボクの為に酷い目にあって来たんだ。すこしぐらい報われなきゃ嘘だ。
ボクにももう大切な人たちがいる。
だからと言ってレイラをこのままにはしておけない。彼女が求めてくれるならボクも相応にこたえなければならないだろう。
あの時の気持ちは本物だったはずだ。だからまたきっと好きになれる。
「むぉっほん! い、いいかね?……アシュインくん」
くん?
……なぜかすごく気持ち悪い。
「なんでしょう?エルダート将軍閣下?」
「……ふん。すでに追放された身だ。いまはただのエルダートだ」
「そうか……」
帝国を追放されたという情報は、やはり本当だった。だとするなら、帝国の情報もほしい。
「あ、あのねアシュイン。……お、お父様は、あたしを助けてくれたの」
「お父様?レイラのお父さんなの?」
「う、ううん。成り行きで。……亡くなった娘さんにあたしが似てるんだって」
「そっか。……それで帝国でレイラを匿ったはいいが、バレて追放されたのか」
「……うむ。そのとおり察しが良いな」
……エルダートは国を失ったのか。
さきほどエルが来て王国の方でポストを用意してくれるということだった。帝国側の人間だったから中枢ではないが、おそらく騎士団長クラスにはなるという。
レイラは前と同じ王宮魔導師としてエルを支援していくと言う。王国にとって上出来の結果になったのではないだろうか。
「そうでもないみたい。帝国側に上位魔女が雇われた形跡がある。それから王国で召喚した勇者の半数が帝国へ亡命しているわ」
「なぜ?帝国へ行く利点がわからない」
「おそらく、戦い……だろう」
王国は基本的に戦わずして勝つことを基本としているため、国民を困らせている魔物以外は戦闘をしない。
そのうえ客寄せパンダになっているとなれば、不服が出るだろう。
その点帝国は常に覇権をねらっていて、グランディオル大国はおろか、周辺の小国まで侵攻を強めている。
戦い、それも人間同士の戦いにいとまがない。
「それから――
「まだあるの? レイラは起きたばかりなのに、すごいじゃないか!!」
「……はっはっは、そうだろうそうだろう!! レイラはすごいんだ!!」
「なぜエルダートが喜ぶ……」
「娘が褒められたら鼻が高いだろう!!」
「ケケケ。親ばかなのだわ」
「……うぇへへ……レ、レイラちゃん、し、幸せそう」
「あ! 師匠、おひさしぶりです。」
話が混線しだした。
エルダートが親ばかなのが悪い。
さきほどの話の続きは、夜にまた話すことにした。いまのボクたちにとってそれほど重要な事でもないのだろう。
にぎやかになってしまった医務室。
とうぜん医務の先生に怒られた。
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