勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

演技練習





 午後は演劇の練習。
 見学のために広い演習室へとやって来た。
 中へ入るとすでに劇の練習が始まっている。ボクたちは見学用に用意されていたテーブル席へと案内された。
 ミルが張り切っていたので楽しみだ。


 昼食後に先に来ていたアミとナナも忙しそうに、準備や台本のチェックをしている。衣装合わせまでやっていて本格的だ。




「へ~グランディオル王国で演劇ね。すごいわ!」
「オロバスの人気や、みんなの力のおかげだね!」




 失踪中に進めた企画だったから、その様子に感心しているアイリス。
 この試みはきっと魔王領の礎になるだろう。アイリスに喜んでもらえたなら間違いではなかったと確信をもてる。




「……わたしはいなかったから、すこし羨ましいわ」
「ボクもみんなに任せて、不在にしていたから同じだよ」
「ケケケ。そういう意味ではあちも同じなのだわ」
「……うぇへへ……た、たのしみぃ……」




 クリスティアーネは相変わらず目が血走っていてあまり楽しそうには見えないけれど。
 演劇は魔王領でもA地区の町だけだから、それはみんなが楽しみしているだろう。


「おう、集まっているな。通しで練習するわけじゃないが寛いで見ていてくれ」
「ああ、邪魔しないように見ているよ」




題名は『英雄オロバスとハーフの子』。
練習しているのは、人間にも悪魔にもイジメられているシーンだ。アミが脚本を書いているから、妙に現実味がある。




 壇上では主役マーニィ役のミルが中央でイジメられている。




「お前悪魔が混じってるんだろ?混じりものめ!」


ドンッ!


「……ひっ!」


「人間が混じっているだからこっちに来るなよ!」


ドンッ!


「……い、いや――




「ぐひぃいい!!……いいいい、イジメないでぇえ!」




「わぁっ!びっくりしたぁ!」
「いじめないのだわ!おちつくのだわ!」




 トラウマに触れたらしい。クリスティアーネがイジメシーンに反応して泣き出している。そしてあまりの恐ろしい声だったようで、劇を練習しているメンバーの注目も浴びてしまっていた。




「ご、ごめんね!続けて続けて!」




 ボクがそう言うと、向き直ってまた練習を再開する。一番の友達であるシルフィがなだめている。なんだか面白い光景だ。




「おちつくのだわ……」
「……ごご、ごめんなさいぃぃ」
「ま、それだけミルたちの演技が上手だったってことだろ?」
「うん。すごく上手ね!」






 次はシーンは戦乱に割って入るマーニィ。




「人間め!食料を奪ってやりますわぁ!!」
「そんなこと、絶対にさせない!」
「食料はぼくたちのものれす!」




 悪魔、人間、獣人が揉めている。悪魔役はシャルロッテ率いる数名、獣人役はミミくんと数名。人間役はナナ率いる数名だ。


 ナナは経験者だけあって、演技がすごく上手だ。しかしシャルロッテはちょっと我が強すぎて、シャルロッテそのままだ。
 そしてミミくんにいたっては可愛すぎて獣人ぽくない……いや獣人らしい。




「まったまった!シャルロッテはもうちょっとシャルロッテらしさを抑えて!」
「わたくしらしさを抑えるとはどうやるんですの?」




 なんだこれ、面白いぞ?
 劇の練習は思った以上に面白そうに進行している。やっている本人たちは真剣そのものだから、黙って見ていよう。




「……た、たのしぃぃ……うへぇへ」
「ケケケ。シャロロッテは相変わらずなのだわ」
「シャルロッテだろ。いい加減おぼえてあげなよ」




 同じシーンを何度も練習している。けれど今のシーンは何度やってもうまくいかないから、先に進むことにしたようだ。
 ふたりはうまくいかなくて、すこし落ちこんでいる。




「アーシュ……あたしの演技を見てどう思ったか聞かせてくれるかしら?」
「……ボクのも聞きたいれす」




 正直に言うかすこし迷う。あまりきつく言っても落ち込んでいるところへ追い打ちをかけてしまう。すこし柔らかくいってみる。




「うん……シャルロッテは上品すぎるかな?悪魔でシャルロッテぐらい上品なやつって滅多にいないだろ?」
「まぁ……上品だなんて」


「ミミは……可愛いんだけれど、元気がたりないかな?あと丁寧な言葉もあの役にはいらないだろ?」
「はいれす……それが……できないのれす……」
「ミミは優しいからだろう?」
「ケケケ。あちがちょっと鍛えてやろうか?」




 シルフィが演技指導?罵る指導に名乗りを上げる。




「まぁ!おねぇ様!ぜひお願いしますわ!」
「……ぼくもしたいれす」




 そういうとシルフィは少し離れたところへ行き、指導を始めた。
 アイリスが戻ってきてからあまりべたべたしなくなった。でもボクとしては今まで通りにいてほしい。
 ほとんど距離を置くほど離れるときがなかったから、シルフィの重みのない左腕がかなり寂しい。




「……アーシュ?」
「いや、なんでもない。それよりもうちょっと演劇の練習を見ていこう。そういえばマニはきていないのかな?」
「あの……アーシュ。マニちゃんは演劇の役がないから、練習の時はいないの」




台本にいろいろ書き込みをしているアミが答えてくれる。




「そっか。どこにいるんだろ?」
「う~ん、シャルロッテちゃんなら知ってるんじゃないかな?」
「わたしたちはここで見てるから、シルフィを連れて行きなさいな」




 さっきからシルフィを気にしていたことが、アイリスには悟られていた。少し気恥しいけれど、その気遣いはうれしい。






 みんなにはシルフィと図書室へ行くことを伝えて席を立った。シルフィの方へくると、さっそく練習をしている。




「ケケケ。復唱するのだわ!」
「はい!」
「このクサレ人間め!その食いもの根こそぎ我のものなのだわ!」


「「このクサレ人間め!その食いもの根こそぎ我のものなのだわ!」」




 この短時間におかしな方向へやさぐれてしまった二人。演技の練習とは言え大丈夫だろうか?それにシルフィの口調をそのまま真似しちゃってるけど。




「シ、シルフィ?」


「あっ!?アーシュ?せっかくあちが……」


(気を使わないでよ。シルフィがいつものところにいなくて寂しいんだ……)
(ふ、ふん……仕方ないからいてやるのだわ)


「んっ」


 そういうと、ボクの方へやってきて『だっこしろポーズ』をとる。わきをもって持ち上げて左腕に抱えるのがいつものスタイルだ。




「ちょっとシルフィを借りるよ?マニを探したいんだ」
「あらマニでしたら、図書室ですわ。練習の時はそこでわたくしを待っていて、待ち合わせをしているんですの」
「そうなのか。まぁ挨拶だけでもしてくるよ」
「ケケケ。じゃあ二人はそれ100回復唱なのだわ?」
「え、えぇ……お、おねぇ様ぁ……」
「……がんばるのれす」




 いつもシャルロッテには厳しい指導をするシルフィ。なんだかんだいってシルフィはシャルロッテ推しのような気がする。




「んふふ~。やっぱりこれが落ち着くのだわ」
「だろ?いまさら気を使わないでよ」




 図書室へだっこしたままゆっくり歩いていく。最近はみんな一緒の時間ばかりだから、シルフィとも話したかったんだ。それに念話で話していると、クリスティアーネにばれるようになったから。




「アイリスはなんて?」
「いやアイリスがシルフィのことを気にしてくれたんだよ」
「ケケケ。本当にお嬢様の癖によく気が利くのだわ」
「違いない」




 アイリスの様子を思い浮かべて二人で、にっと笑いあう。




「あ、それと図書室いくのならメフィストフェレスが書いたものが何かないか、ついでに見ていくといいのだわ」
「あるのかなぁ?」
「研究中のものは研究室にしかないのだわ。でもよほどの研究でなければ、完了した研究は本にして保管状態のいい図書室に置くのが定石なのだわ」
「そっか、そうだよね。研究室は薬品も扱うし、保存状態はわるそうだ」




 そうして、図書室へやってくると、マニが一人で真剣に魔法の本を読んでいた。ボクたちが入って行ってもまるで気が付いていない。




「……マニ?」
「もっと近づいて耳元でいうのだわ?」


「マニ?」
「……あ、あぁ……うあぁ……」
「ちょっ!?大丈夫マニ!」




 マニはボクの顔が突然近くにあったから、驚いて壊れた魔道具のように煙を吹いて放心している。




「ケケケ。ちょっと悪戯がすぎたのだわ」
「ご、ごめん。大丈夫マニ」
「……むー」




 マニは以前より自己主張できるようになっている。不機嫌な顔をしているのに何故か安心してしまった。




「……だいじょぶ」
「ごめんね。ひさびさにマニの顔をみたくて、ここに来たんだ」
「……ほ、ほんと?……うれし」
「ケケケ。アーシュ。この子の魔力はかなり修練されているのだわ」
「……ほんとだ!すごい!」




 マニは以前からストイックに修練する癖があった。その所為かシルフィに教えてもらってから、ずっと繰り返し鍛錬している。ここにいるってことは、自分で調べられることは全部調べているのだろう。
 この量と質。鍛錬で見てあげたときとは比べ物にならないほど伸びている。もしかして幹部並みにあるんじゃないだろうか?




「ちゃんと測ってみる?」
「ケケケ。城にあったのをパク……持ってきているのだ」


 そういって空間書庫から魔力スカウターを取り出す。お城にあったものだから最新版だろう。




――――
マニ
魔力値66,633
――――




 マニはあれから四倍程度に魔力が膨らんでいた。もう少しでベルフェゴールに引けを取らないほどの魔力になるんじゃないだろうか?




「うんすごい!魔力の質もいいし、そのままがんばるんだよ?」
「……う、うん。がんばる」




 それから少し雑談して、シルフィに魔法に関する質問をいくつもしていた。ボクは魔法に関してはほとんど素人だから、マニに教えられることはもうない。むしろボクが教えられる立場になりそうだ。
 これからはお城にいる機会もあるだろうから、また学園がお休みの日に鍛錬をする約束をした。






 マニとはそこで別れて、ボクたちはメフィストフェレスに関する本がないか、調べることにした。
 グランディオル王国の禁書書庫にあったような検索魔道具はないから、索引からしらべるしかない。
 書庫は、はじめから道具がないことがわかっているので、きっちりと整理されている。




「ふむ……直近の研究資料があったのだわ」
「へーあるものだね」
「オロバスが義務付けていたのだわ。きっと。本当に直近なのだわ」




 研究内容は多岐にわたる。
 異世界の道具についてもすこし書かれているし、魔臓についてもあった。さらにはキメラについてなんて不穏なものまである。


 クリスティアーネ以上に節操のない彼の研究内容。
 不安というよりむしろ寒気を感じる。オロバスに頼んで研究室の探索をさせたほうが良いだろう。







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