勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

因子の行方





 みんなが食べ終わって、食後のお茶を淹れる。
 クリスティアーネはボクの作った夕飯を美味しそうに食べていたけれど、食べ方がへたくそで、食べかすが散らばってしまっている。ほんとうに残念な子。


 女性陣が寛いでいる横で、ボクが給仕しているのもなんともおかしな光景だ。今はみんなで情報の共有をし合っている。




「それでクリスティアーネ。魔王の因子はどうしたのだわ」
「アア、アイリスちゃんの……まま、魔臓から摘出、ふふ、封殺してある……よ?」
「それ、危ないからあちが預かるのだわ。おまえじゃ不安なのだわ」
「いいよぉ……ちょ、ちょっとまってぇ……」




 クリスティアーネはちょっと不吉なマークが付いた箱を持ってきた。
 研究の成果や資料、記録で危険な物はこれに入れて鍵をしておく。今入っているのは、魔臓の研究に関係するものだけのようだ。




「それから魔王の生成なんて危ない研究しているの?」
「……そそ、それどこで?……あれは副次的、ああ、あぶないからもうやらない……」
「その研究途中の資料も封印するのだわ」


「……あれぇ??……あれ……うへ」


 クリスティアーネがものすごく青ざめている。慌てて泣きそうになっている。ものすごく嫌な予感がする。魔王の因子なんて危険な物が野放しになったら大変だ。




「ど、どうしたの?」
「……な、ない……こ、この箱にいれておいたのにぃ」
「……それ。まずいんじゃ……」
「はぁ……そんなことだろうと思ったのだわ……」
「ううううぅうわ~ん。白銀に呆れられたぁ……もも、もうおしまいだぁ……」




 因子の紛失より、シルフィに呆れられたことが悲しいようだ。これは不可抗力とかクリスティアーネが残念な子だからということではなくて、悪意によるものの仕業に感じる。




「嫌ってないから、泣くな!鬱陶しいのだわ……」
「ほほ、ほんとぉ?……ま、まだお友達ぃ?」
「おー友達なのだわ。それよりここに出入りできる人間は?」
「……だ、だれでも?……でも不気味で気持ち悪いって、ほとんど人、来ない」




 シルフィも同じ考えのようで、状況確認をしようとしている。
 そしてボクは何か引っかかっている。重要なことを忘れているような気がしてならない。ちなみにあの鍋の事ではない。




「あのノインくんという青年は?」
「……ご、ご飯届けに、くる……でも今日は断っているから」




「そむ、その箱を最後に開けたはいつなのだわ?」
「アア、アイリスちゃん……ま、魔臓改変手術から……い、いじってないよぉ」
「じゃあ結構経っているから、その間なら誰でも盗めたんじゃない?」
「かか、鍵、かけてたから……だ、誰でもでもない……」




 箱は物理的な施錠だけではなく、クリスティアーネによる魔力でもロックされている。彼女にしてはと言っては失礼だけれど、しっかり管理されていると思う。




「つまり鍵を開ける技術があって、尚且つ魔力がクリスティアーネ以上のものに限られるのだわ」
「うーん。悪魔の幹部クラスの強さってこと?」
「悪魔の幹部、上位魔女のどちらかになるのだわ。あ、あちはちがうから!」
「し、知ってるよ」




 シルフィを疑うわけがない。もちろんアイリスは信じているし、魔臓改変から、アミぐらいまで魔力が落ちているから不可能だ。
 どうみてもここにいない人間だ。




「シルフィ。魔女について教えてくれる?」
「まず王国の言う魔女と、あちたちが認識している魔女はちょっとちがうのだわ」
「どうちがうの?」
「王国は魔力が一定量あって、一般的ではない上級魔法を使う者を認定しているみたいなのだわ。でも本来は上位魔女に認められて不老長寿薬エリクサーを飲んだ者なのだわ。」


 現存する魔女は1000名弱ほど。その中でシルフィが知る生存している上位魔女は1名だけになる。その上位魔女は大森林で人身御供をしているから除外できる。
 もし他の上位魔女が生きているかどうかは分からないと言う。
 となるとやはり幹部も疑わないといけないのだろうか。




 それから認められると必ず魔女の教典バイブルを渡される。
 それをクリスティアーネはこともあろうか、お茶をこぼしてぐしゃぐしゃにしたから捨てたらしい。




 貴重な物に何をしてるんだこの人は……。
 まともな生活もできていないみたいだし……すごく心配になってきた。




「……うぇええ……おお、怒られるかなぁ……」
「ケケケ。怒られてくるといいのだわ」
「……い、いっしょに……」
「いやなのだわ」




 このまま混沌の魔女カオスウィッチのいるという大樹の大森林への探索は避けたい。ずっとルシェに魔王領をまかせきりだし、飾りでもなんでも代表が長期間不在にするのはまずい。
 それに今は契約の都合で、長期間ボクとシルフィが分かれて行動はできない。




「ずっと帰ってないから、一度魔王領に帰りたいね」
「ええ……わたしもアーシュにまかせっきりだったから」
「いやルシェがほとんどやってくれているから、戻ったら褒めてあげて」
「ふふ……そうね!」


 魔王領に帰るという話になると、クリスティアーネはすこし悲しそうで、もじもじと言い難そうにしている。この後クリスティアーネはどうするつもりだろうか。




「……あ、あのアシュインちゃん」
「なに?クリスティアーネ」
「あ……うう、うん。あの……あのね……魔王城……ああ、あたしも……」


「うげ」
「『うげ』ってそんなに嫌がったら可哀そうだろう……でも大事な本をもらいに行かなきゃいけないんだろう?」
「ケケケ、そうなのだわ!」
「……あ、あたし……また一人……」




 なんだか可哀そうになってきたな。




「わたしは構わないわよ?恩人でもあるのだし、ちゃんともてなすわ」
「……え!……ほほほ、ほんとぉ?」
「まぁ、魔王城の家主はアイリスだから仕方ないのだわ」
「ボクももちろんいいよ。でも本はいいの?」
「……うぅ」




 クリスティアーネはまったく威厳のない魔女だ。こんなのでよくアイリスの手術をしたものだ。受ける方も相当な覚悟が必要だと思う。




「ふむ……じゃあ魔王城に戻って、アーシュとあちがばばぁに付き合うのだわ」
「あら?わたしは?」
「いつまでもアイリスもアーシュの二人があけっぱなしはダメなのだわ」
「そうだけど……ね……」
「後でよければね。アイリスとすこし一緒にいたいし」
「アーシュ!!」




 嬉しそうに腕を組むアイリス。ずっと離れていたから甘えさせてあげたい。




「うえぇへへ……あああ、甘いねぇ?……ベべ、別にすぐじゃなくていい……よ?」
「あほ!長い間あれを手放していると何が起こるか知らないのだわ」
「……うひぃ!……なな、何かあるの?」


「たしか呪われて死ぬはずなのだわ?捨ててからどのくらい経つのだわ?」
「……わ、わすれた……の、呪いきてた。でで、でも平気……帝国のこわい人に押し付けた……」
「……うへぇ。そういえばばばぁの得意分野だったのだわ」
「ちなみにその帝国の怖い人はどうなったの?」
「……げひひ……あ、あの髭のおじさん……細胞が維持できなくて、どろどろ」


「「ひぃえええええ……」」




 グロい……。
 この子を怒らせてはいけないのだと、みんながうなずいて肝に銘じた。






 今日はもう時間も遅いので、一泊してから明日に出発だ。クリスティアーネもここを引き払うので、魔女の形跡を消すために更地にする必要がある。




 この日は久々にアイリスと一緒に寝ることができた。
 この先ずっと、この幸せが続くと信じたい。
 そう思いがらボクたちは同じ夢を見た。












 次の日の朝。
 クリスティアーネは、花を使って保存がきく薬を何本も作っていた。朝食を準備するのはボクとシルフィの役目だ。
 シルフィは料理をしないとおもっていたけれど、踏み台を使ってちゃんと手伝ってくれた。ボクはシルフィを侮っていたようだ。おかげで朝食は一品ふえた。






 朝食を済ませると施設の片づけをする。荷物はクリスティアーネの空間書庫部屋へ。建物は魔法で破壊して更地にした。もともと岩場なので少し経てば周囲と見分けがつかなくなるだろう。




 準備が整ったので、里を出ようと出口の広場へとやってきた。
 そこには住人の数名が集まっているけれど、雰囲気が悪い。たしかに住人はクリスティアーネを気味悪がっていた。




「じゃ……じゃあね……ノインくん。み、みなさん」


「おーやっと出ていくのか……不気味なのがいなくなって清々するぜ!」
「そうだそうだ!気持ちわりぃんだから早く出ていけ!」




 クリスティアーネへ、ものすごい罵詈雑言を投げつけられる。さすがにボクは止めに入ろうと思っていると、シルフィに先をこされた。




「ばかたれ!だれも気が付いてなかったのだわ?」




 シルフィが手に腰をあてて、クリスティアーネの前にたつ。




「か、かわいい子だな……なにがだよ」
「こいつが来てから、害虫や獣で花が荒らされる被害は減らなかったのだわ?」
「……たしかに不気味だって噂のころからだな、ここまで花の収穫量がよいのは……え?まさか……」
「コイツのおかげなのだわ?」




「……は、白銀の……い、いいよぉ不気味って……いい、言われるの慣れてる……」
「うるさい!黙っておくのだわ!」




 シルフィはクリスティアーネを指差して、大げさに彼女を持ち上げる。




「この!魔女クリスティアーネ様にかかれば、収穫量どころか里の繁栄は未来永劫約束されるのだわ!」
「……も、もりすぎぃぃ」




 シルフィの役者がかったお芝居に、里のドワーフたちが感心している。その甲高くも可愛らしい小芝居に、住人があつまってきた。




「さぁ!この魔女クリスティアーネ様を末代まで崇めるがいいのだわ!」
「「おお~クリスティアーネ様ぁ!!」」




ドドォオオン!!




「……うぇへへ……」




 ドワーフたちは完全に洗脳されてしまったようだ。シルフィのほうが魔王代理にむいているじゃないだろうか。ボクは裏方で、クリスティアーネにブレイブウォールを使っている。
 もう勇者の壁はこれが正当な使い方で良い気もする。




「こ、これ……け、怪我したら飲んで……」
「「女神クリスティアーネ様ぁ!」」




 今朝せっせと作っていた薬は、花を原料にした効能の高い癒しの薬だった。住人やノインくんにお世話になったお礼だそうだ。
 それを渡すと、今度はブレイブウォールの光の柱と相まって、女神とあがめられだした。里の住人の手のひら返しの様子は、シルフィのおかげだ。






 すこし去るのが惜しくなる気持ちを残して、ボクたちは里を後にする。
 ひどい扱いだった彼女も最後には崇められて、手を振って見送られた。そんなことは初めてだったようで、ずっと泣いている。


 その感傷的な気持ちと魔王の因子の行方という不安を抱えながら、ボクたちはゲートをつかって魔王領へと戻って行った。







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