勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

アイリスとの再会





 いよいよ、アイリスの探索の旅へ出発。行くのはボクとシルフィだけだ。
 北にそびえる高山へはボクがシルフィをだっこして走るのが一番早い。それに旅の物資はシルフィの亜空間の部屋へ入れておけば、いつでも取り出せる。


 目指すはドワーフの生息している区域だ。おおよその位置だけ調べてきたので、そこからは魔力検知を使いながら、空間の歪を探すことになる。






 半日ほど王都から北へ全力で走り、高山の入口へやってきた。管理用の小屋があって、おじいさんが一人で滞在していた。
 ほとんど人が来ないのか、ボクたちがやって来たことに驚いている。




「あれぇ……人がきたのじゃぁ」
「こんにちは、おじいさん。山の中に入るね」
「ま、まちなされぇ!!」




 すごく慌てた様子で、ボクたちを止める。管理しているぐらいだから、登録か何か必要なのかもしれない。




「なんでしょう?」
「ここの先は魔物がたくさんいてあぶないぞぉ?」
「平気です。では」
「い~やいやいやいや。だから危ないって!」
「大丈夫ですって」
「それだけじゃなくて、な~んと幽霊まででるのじゃぁ!」
「そうですか、では」
「まてまてまてぇ!だから危ないって!」
「えぇええいい!じゃまなのだわ!!」


ドカッ!




「ぐへぇ!」




 しつこいくらいに、ボクたちを止めようとするおじいさんにイライラしたシルフィは、軽く飛び蹴りを食らわせてしまう。




「ちょっとシルフィ、おじいさんが可哀そうだろ?」
「ふん……こいつドワーフなのだわ」
「え!?」
「あちたちを行かせないように邪魔しているのだわ」
「なんでそんなことを?」
「それをしられちゃあただでとおすわ――




ドカッ!




いってぇ!いたいけな老人になんてことを!この人でなし!」




 この老人……よくみれば意外と筋肉質で、立ち振る舞いも素人ではない。それでもシルフィにかかればただの老人であることにはかわりがないけれど。




「さて、じじぃ。どういう了見なのだわ?」
「じじぃっていうなガキが!」




ガッ!




 シルフィを殴ろうとしているからさすがに止めた。そのままでもシルフィがやられることはないけれど、勝手に手が動いた。




「ドワーフってこんな乱暴ばかりするのか?」
「くっ……」
「行かせたくないのは分かるが、事情ぐらい聞かせてよ」




 生産している花の群生地を知られたくないドワーフの事情はわかるけれど、険しい山の中とあれば、そこまで警戒することもないだろう。これは何かほかに理由があるのだ。




「ふん……里に来たクサレ魔女が脅して命令しやがる!」
「ここを通すなって?」
「その通りだ!うぅうう……どうしよう……あの魔女、こわすぎるんだよぉおお!!」




 ドワーフはがたがた震えだして、もう話を聞けそうにない。この人がいっている魔女とはクリスティアーネの事だろう。村を掌握してまでしていることとはなんだろう?




「ケケケ。あちたちが何とかしてやろうか?」
「え!?ほんとうですかい!?」
「その代わり場所を案内するのだわ」
「う……本当に大丈夫なのですかぃ?里の外のものは滅多に入れないようにしてるんでさぁ……念のためこれで調べさせてもらうぞ?」


「そ、それは!?」




 そういうと、ドワーフのじじいは魔力スカウターを出してきた。こんなところまで既に浸透しているのだろうか?
 今は魔王領で当たり前のように使われているけれど、外部に流通した話なんて聞いていない。ここにあることにすごく違和感を覚える。




「魔力をはかるきかいのでさぁ。魔王領のある人から譲り受けた逸品なのでさぁ!すごいだろ?」
「ふむ……まぁ良いのだわ」




ポチ




「なっ!!!?なんじゃこりゃぁ!!あんたら悪魔かいな?」




 おじいさんはスカウターのボタンを押すと、びっくりして腰を抜かしてしまった。




「信用できる?」
「あ、ああぁ……悪魔族なら問題なんでさぁ。人間だったら絶対に通すなといわれてる。それにこの魔力ならあのクサレ魔女を何とかしてくれそうだしなぁ!たすかったぁ!」




 やっと認めてくれたようだ。おじいさんは案内してくれるそうだけれど、この管理小屋からは、その足では一週間かかるという。そこまでかかっていたらアイリスがまたどこかへ移動してしまう。
 ボクはおじいさんをおんぶして、走る事にした。




「ぶひゃあああああ!し、心臓が止まってしまうぞぉおお!!」




 おじいさんは割と鍛えているようだったから、きっと平気だ。ボクは遠慮せずにスピードを出した。




「と、とまれぇええ!!そこじゃぁ!!行きすぎとるぅぅぅ!!」




ギャギャギャ!!!




 速度を落とし、滑りながら止まると、おじいさんの髪の毛がふわりと前方へとんでいった。かつらだった様だ。




「ひゃああ!わしの髪があぁ!」
「ケ~ケケケケッ!かつらだったとはっ!これはじわるのだわ!」




 ボクにだっこされているシルフィが、ボクのも胸板をバンバン叩いて、大爆笑している。




「そこは見て見ぬふりをしてあげなよ……男の最後の見栄なんだから」
「ぐぬぬぬ……こ、こいつらきらい……」


「さて……ドワーフのじじぃ。扉をひらくのだわ」
「ちょっと待ってくれぃ。ピュー!!」




 そういうと、一人のドワーフの青年が突然現れる。空間がねじ曲がっていてその亀裂から出てきたようだ。
 おじいさんと揉めていたが、しばらくすると渋々青年がボクたちを招き入れる。




ブゥアン!




 通過した時に一瞬だけ耳を圧迫するような、空気感が変わった感じがする。そして、ボクの頬をふわっと心地よい風が撫でる。
 見渡すと、先ほどとは全く違う光景がみえた。まず飛び込んできたのは花の畑だ。広大な土地に花がびっしりと育成されている。




「ほぉ~!これはすごいのだわ」
「きれいだね」




 シルフィと二人で口をぽっかりと開けて感心する。それぐらい広大でありながら規則正しく咲き誇っている花は圧巻だった。




「ここは高山ドワーフの里だ。おもにこの花を栽培して、いくつかの薬を精製して生計を立てている」
「いろいろな種類の薬ができるんだね」
「ああぁ。滋養強壮薬、魔核交感、強心、皮膚再生など幅広く使われる」
「ふむ。薬はどのように卸しているのだわ?」


 奥へと歩きながら、里について教えてもらう。おじいさんはもう戻るそうなので、青年が引き継いで案内してくれている。


 おもに人間の懇意にしている商会が、定期的に引き取りに来るそうだ。その商会以外は取引をしないし、この場所までは連れてこない。あくまで秘密主義だ。




「その魔女は女性を連れていなかったか?」
「ああ、奇麗な女性をついれていたよ。魔女も奇麗だったが不気味だ。それ引き換え、連れの女性は……その……すごく美人だった」




 青年もあのアイリスの美しさに魅了されたようだ。すごく顔を赤らめてもじもじしている。ボクは自慢したくなるほど誇らしげになった。ボクの”好きな人はすごいんだ”と。




「いまはどちらに?」
「そう!聞いてくれ!変な建物をおったてて、怪しいことを始めたんだよ!不気味で仕方ない!それに魔法で脅して命令するんだ」
「ケケケ、どんな命令なのだわ?」
「花を毎日50束納品しろってさ。それから死体を持ってこいっていうんだ!そんなの滅多にいないが、この前事故死した若い男の死体をわたしたら、すごく喜んでいて気持ち悪いったらありゃしない!」




 なんだろう?死体で喜ぶ?なにか非人道的な実験をしているのではないかと、疑わざるを得ない状況だ。


「ふん……あのばばぁはネクロフィリアなのだわ」
「なにそれ?」
「ようするに!死体に欲情する変態なのだわ」
「ひぃいいい!」




 それを初めて知った案内している青年が青ざめて悲鳴をあげた。そんなことに死体を運ぶ役目をおっていたとしったら、それは衝撃をうけるだろう。


 しばらく里の奥へと歩くと、大きな石造りの建物がみえてきた。この村の建物は基本的に木や藁で出来ている。しかしここだけは町の建物の様だ。外気を遮断するような設計になっているようで、研究には必要なのかもしれない。


 扉もしっかりとした密閉性の高いものだ。装飾がされていて中央にノッカーがある。青年がノッカーを叩くと、真っ黒のドレスを来た女性が現れた。




「ぐへへ……ノノ、ノインくん?……納品?」
「いえ、クリスティアーネさんにお会いしたいという方々をご案内しました」
「あ、あああたしに?……そそ、そんな人がいるわけ……」




 そういって彼女がこちらを向く。長くて美麗な黒髪が目を隠していて表情が見えない。その隙間からは、ギョロヌとこちらに睨む血走った目が見えた。




「か、かっかっかあああああわいいいいいいいいいい!!!!ぐひひひいいいいいいいいいぃいいいいい!!!!!!」




 そういうと、少し小走りにボクの方へと駆け寄ってきた。奇麗な女性なのに、涎を垂らしながらみっともなく駆け寄る様子はすごく残念だ。




「うへぇえええええ――




ドガッ!!!!




ぶひぃえええええ!!!」




「アーシュにちかよるんじゃないのだわ!!くそばばぁ!」
「なななな、なんでぇ……あっ!」




 そこでやっと、シルフィの存在に気が付いたようだ。彼女とは因縁の仲だと禁書書庫の魔女図鑑にも記述があった。




「ははは、白銀ののののぉ!……ここ、こないでぇ!!……いじめないでぇ!!!」
「うるさいのだわ!!!!」




ドガッ!!!




「ぐひぃいいい!!」




 よく虐めていたのか?『戦争』なんて仰々しい因縁とは語弊があるようで、同じ立場のいじめっ子といじめられっ子という様子だ。




「シ、シルフィなんだか可哀そうだよ?」
「このキモばばぁはこれでいいのだわ?」
「うひぃい、……こここの子、天使?……あ、あああたしにやさしくぅうううう!」




 すごく面倒くさい女性がでてきてしまった。グランディオル戦争に参加した魔女というから、もう少し高齢の人が出てくるかと思ったら、ボクとあまり変わらない年齢の女性にみえる。はぁはぁと荒い息を立てているのがすごく気になる。
 全く話が進まない。青年もあきれて目をそらしている。




「それより、アイリスは?彼女はどこに?」
「ああああ、アイリスちゃん?……いいい、いる、いるよ。でで、でも……」




 魔女と話していると、建物の中からガタリと音が聞こえた。ボクはその音を聞き、中へと駆け込む。
 アイリスだ。




「ア、アイリス!!!!」




ドゴォオン!!




 建物の裏手が破壊されたようだ。轟音と共に爆風と土煙が立ち込める。


「あああああたた、あたしの……けけけ、研究所~……」




 ボクはクリスティアーネの悲鳴とも呼べる悲しみの声を無視して、その爆風の発生源へと突っ込む。やはりアイリスは裏手から逃げたようだ。その先へと駆け出すと、土煙に人影が見えた。




「アイリス!!!!まって!!まってくれぇ!!!」
「!!!」




 人影は一度振り返るが、また駆け出していってしまう。
次の瞬間――




「……アビスバインド」




 低く通る声でそれが発せられると、闇の触手がボクを拘束した。
 クリスティアーネだ。


 伊達に経歴の長い魔女をしていない。魔力差でいったら引き千切れそうなものだけれど、彼女の魔法の老練さにボクは簡単に拘束されてしまう。




「な、なにをするんだっ!!」
「クリスティアーネ!!!おまえ!!なにをしているのだわ!!」


「ごごご、ごめん、なななさい……アアア、アイリスちゃんに、いわれてて……アア、アシュインがきたら足止めしてって、この可愛い子がアシュインでしょ?ぐひひひひひいひ、か、かあいい~……」




 くそ!!この女は完全にトリップしている!相手にしていられない!!






「ぐぉおおおおお!!」
「アーシュ!ダメなのだわ!!」






 ボクは拘束されている闇の蔓を無理やり引き千切る。するとまた別の蔓が現れてまた拘束する。




 くそ!!!さすがは魔女だ。厄介な拘束手段を持っている。






「アイリス!!!アイリス!!!!!」




 さらに悲痛に叫んでも、アイリスは戻ってきてくれない。




「くそぉおおおおお!!!!」












ドクン!!!!








「アーシュ!!!!!」














































 やってしまった。


 その領域に踏み入れてしまった。シルフィがしきりに止めてくれていたのに……。










 ――そう。『勇者の血』の発動。









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