勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

聖女の身請け





 禁書の書庫でクリスティアーネ以外にも、もう少し調べてみることにした。
 ボクたちとは別に、女王と女騎士もいくつか教会や女神に関することを調べている。




『異世界召喚術』
 ナンバー00007魔女が創造した術。
 異世界の人間を召喚することが出来る。召喚された人物は、特異な能力を授かる。そのうち『勇者の福音』は扱いに注意が必要である。ただし天然で取得したものよりは効力は弱い。
 術の使用には大量の王族の血が必要である。クールタイム30年。






『勇者の福音』
 歴代の真の勇者と称される者が授かる。授かった本人及び、信頼する集団へ、豊穣、富、安寧、力を与えることが出来る。ただし信頼を裏切られた時に『揺り返し』が発生する。
 『揺り返し』は集団へ与えた物、分だけ反転する。本人にもその呪が発生する。裏切りを与えた人物の記憶を霧散させ、嫌悪感を抱かせる。
 追記:ナンバー16656魔女 愛し契りを交わした場合には、その本人に向かう呪を回避することが出来ることをxxxx年に発見。




『勇者の血』
 閲覧禁止。上位魔女のみ閲覧可能。




「勇者の血?とはなんでしょう?」
「い、いやなんでもないよ」


(これシルフィでもだめなの?)
(そうなのだわ。あちの『勇者の血』に関する知識も聞き伝えの話。正確な把握はしてないのだわ)
(これもいずれみたいね)
(むむむむ。上位魔女で生きているのなんて一人しか知らないのだわ)
(会えるの?)


「魔女図鑑をみるのだわ」


 シルフィはおもむろに立ち上がって、さっき机に捨てた図鑑を開く。


 『魔女図鑑』
 魔女ナンバー000006
 混沌の魔女カオスウィッチ
 混沌の研究者。あらゆる混沌を制御する。不老長寿薬エリクサーの開発者。グランディオル王国南方の大樹の大森林にて、人身御供として魔力を捧げている。




「この人なのだわ。大樹の大森林の中心にある神木が朽ち果てていないから、きっとまだいきておるのだわ」
「混沌のなんていうから怖いかと思ったけれど、良い魔女なのかな」
「魔女に良いも悪いもないけれど、あちたちに害を加える人ではないのだわ」
「この人とも会いたいね」




 シルフィはカオスウィッチとも会ったことがあると言う。ただその時も衰弱して、見ている方も痛々しい程だった。ただ勇者の血の扱いに困ったときには彼女の知識が絶対に必要になる。ぜひとも会いたい。




 調べたいことは大体調べることが出来た。ここには禁書指定されたものしか置いていないので、特異な物以外は外の図書室へいけば良い。
 禁書の書庫の閲覧権は女王同伴でなければ許可されないけれど、外の図書室は自由に使っていいと言う。
 でもそとの図書室にある資料のほどんどはシルフィに聞けば出てきそうでもある。








 女王は執務があるのでこれで解散となった。
 今日はお城で一泊するので、部屋をあてがわれる。
 もどってきたルシェは、ナナだけ連れてくるとおもったらアミもつれてきた。




「わざわざごめんね。ナナ」
「ううん!アーシュの役に立ててうれしい!」
「それからアミも来てくれたんだ」
「あ……うん。あの……山田くん……キョウスケと会うって聞いたから、連れてこられたんだ」
「んーとね。前の世界でキョウスケはアミが好きだったんだよ!」
「も、もうやめてよっナナ」




 これはもしかして交渉材料につかえるとおもって、気を効かせてくれたのかもしれない。ただアミは以前の世界で虐められていたはずだ。


「察しの通りアミはイジメられてて、それを助けようとはしていたけれど、童貞の意気地なしだったから勇気が出せなかったみたい」
「ひ、ひどい言われようだね」
「うん!だって、女の子がその場で困っているのに、ストーカーみたいにチラッチラみるだけなんて変態以外の何物でもないよ」
「ナ、ナナははっきりいうなぁ。でもあたしも山田くんは嫌かなぁ……」


 本人が嫌っている人物に会うのはどうかと思うけれど、アミはここに来て色々なお手伝いや仕事をこなすことで、すごく成長した。
 はっきり意見をいえるようになったし、もともと分別が付く。




「ねね!この部屋で泊るの?すごい広いし、お酒もあるよ!」




 そういうと、ルシェがどこからかお酒とグラスを取り出してきた。使用人に確認したら自由に飲んでよいという。




「ケケケッ!のむのだわ~!」
「ちょっと!明日は大事な会合があるんだから、ほどほどにだよ?」
「「は~い」」






……


……


……






 はっ!?


 気が付けば朝。たしか部屋でみんなのお酒を嗜んで……。
 その後の記憶がない。でも隣で寝ていた彼女たちの様子から、大体察せられるけど。
 ボクはどうやら、ベルフェゴールを叱れるほど酒に強いわけではないようだ。






 そして、会合の時間。
 教会の交渉にユリアとキョウスケが顔を出すと、その場で拉致される危険がある。時間をずらして、まずは二人に了承を得ることから始める。
 ボクたちが部屋で待っていると、二人は侍女に連れられてやって来た。




「やぁ。ユリア、ひさしぶり」
「なっ!?アシュイン!……いや、みないで!」




 ユリアは自身の体を抱いて、頬を赤くしてその場で膝をついてしまう。


 久しぶりに会ったユリアは聖女の面影は消えていた。髪はぼさぼさで手入れされていないし、服も町娘が着る洋服だ。奴隷堕ちをしたけれど、キョウスケが出来る範囲で気を使われているのは分かる。それでも聖女時代に追い落とした人物に、自分の落ちぶれた姿をみられるのは屈辱なのだろうか。
 そのユリアの反応に、ユリアにご執心のキョウスケが不快な顔をする。そしてボクの視界をふさぐようにユリアとボクの間に立つ。




「キョウスケと申します。あなたがユリアを買いたいというアシュインさん?」
「よろしく。ボクがアシュインです」




 そういって握手する手を出すが、キョウスケには無視されてしまう。よほどボクのことが気に喰わないようだ。




(む~ふざけたガキなのだわ……)
(まぁまぁ)


 そうしていると、キョウスケはボクのよこについていたアミに気が付いたようだ。


「……え?く、熊沢さん?」
「あはは……山田くん?おひさしぶり」




 すごくぎこちない。けれど、キョウスケの顔は明らかに女子にデレっとする童貞男子だ。ユリアがいるのにこの反応はおかしい。奴隷として連れているなら何度も床を共にしているはずだが……。




「なんでキミがここに!?」
「いまはアーシュ……アシュインさんのところでお世話になっているの」




 アミがそう言うと、こちらに明らかに敵意を向けてきた。嫉妬心はいいけれど、男としてはちょっと情けない。




「さぁ皆様方、御席へおかけください」




 女王の掛け声で全員テーブルにつく。
 王国側から、女王と女性騎士。悪魔領からボクとアミだけ。人数が多いと警戒感が強くなってしまうから、シルフィ、それからナナとルシェは隠匿を使っている。
 相手はもちろんユリアとキョウスケだ。




「本日は、借金奴隷ユリアの身を案じて、魔王領代表として来られているアシュインさんが買い受けたいという申し出がございました」




だん!!




「手放すわけがないだろ!!」


 キョウスケはいきなり机をたたいて激高している。交渉事も向いていない。本当に子供のようだった。




「まぁ、そういきり立つなよ……借金が払えない以上いずれ手放さざるをえない」
「そう、今は教会が黙っていますが、キョウスケさんに白金貨10枚ははらえませんでしょう?」
「ぐっ!!!……くそぉ!!」




だん!!




 キョウスケの風貌をみても、とても払える立場ではない。よれよれのシャツ、薄汚いズボンに、一番安い木靴。むしろユリアに町娘の格好をさせるだけで手一杯だったようだ。




「買い受けた後、キミたち二人は帝国へ行ってもらうことになる。ただ二人を離れ離れにならないようにすることをは保障する。生活や地位の保証、それから身の安全を保障できるように魔道具もわたすよ」
「……え?アシュイン……わたくしはあれほどの仕打ちをしたのに……なぜ?」




 ユリアはボクのだした条件に驚いている。借金奴隷に堕ちて、すっかり自信がおられているようだ。




「あんなことがあったけれど、一緒に戦った仲間だからね」
「……ア、アシュイン!」




 ユリアはぽろぽろと涙して両手を口に当てて、こちらを見た。その視線に微笑み返すと、真っ赤になって、視線をしたのおとす。
 もちろんボクにも思うところはある。でも今は彼らがレイラの取引材料になってくれることが大事だ。


 ユリアはこの取引にのるだろう。あとはキョウスケを素直にさせるだけだ。




「ユ、ユリア!?こんな男を信じるというのか?」
「……キョ、キョウスケ……だって……」




「あの……山田くん。アシュインさんは良い人だよ?ユリアさんを悪いようにはしないとおもう。あたしもお城でいい暮らしさせてもらっているもん」
「い、良い暮らし?」




 ユリアがこれにぐいっと食いついた。よほどひどい生活をしていたのではないだろうか?




「うん。使用人が色々お世話してくれるし、かわいいごれーむちゃんが力仕事もしてくれる。美味しいものもいっぱい食べられるし、服だって、ほら?」




 アミは自分の着ている洋服の上質さを見せるように、手を広げた。




「この世界で死なないように魔法の使い方も教えてくれる。それにやりたかったお話を考える役目もくれたり、それに……ね?」




 ちらっと頬を染めてこちらを見る。そんな顔されたら、撫でてやりたい衝動に駆られてしまうが、ここは我慢だ。でも何を思っているのか誰もがわかる仕草だった。
 アミを好きでいるキョウスケにこれは逆効果ではないだろうか?




「な!?……く、熊沢さんまでこんな奴の肩をもつというの?同じ異世界人のボクを信用してよ!」
「…………なんで?」




 急にアミの声の高さが低くになり、視線が冷たくなった。それに魔力が軽い威圧を放っている。彼女はシルフィに教えてもらって、魔力値が1万をこえる。
 それはおそらく既に人類の頂点グループにいるといっても過言ではない量だ。
 いままでユリアを養うことで手一杯だった彼では、恐怖で気を失ってしまうのではないだろうか?




「……ひっ!?」


 キョウスケはびっくりして、椅子から転げ落ちてしまう。床でへたり込んで、そこへゆったりと、アミが歩いて近づく。


「あたし……教室で虐められてた時、たすけてっていっても誰も助けてくれなかった。山田くんも見て見ぬ振りしたよね?」


「そ……それは……」
「……すごく痛くて……苦しかったんだよ?……それに、山田くん……あたしの体操着を盗んだでしょ?」
「……な、なぜそれを!!」




 へたり込んで倒れているキョウスケの前で、アミもしゃがみ視線を合わせる。




「……そのせいで、あたし、授業が受けられなくて、先生に叩かれた。ねぇ……あたしの体操着……何に使ったの?」
「……う……うぅ」




 アミは前の世界では、かなりうっ憤がたまっていたようだ。召喚者パーティーから彼女だけ拾い上げることができて、本当に良かった。
 いくら何でも、酷い仕打ちを受け続けた挙句に仲間の仕出かしたことで巻き添えを食らってスタンプの餌食では浮かばれなさすぎる。
 それに今は満足してくれているのがわかって、ボクは逆にうれしくなった。




「いまあたしが信用するべき人は、あなたじゃなくこの人なの……」
「……っ」




 キョウスケは追い詰められすぎて、絶望しているようだ。
 アミはそんな彼の頬に、ふわりとやさしく手をあてて微笑む。




「でもね?そんなあたしが信用できる人が、ユリアさんの借金を帳消しにして二人の生活や地位、安全も保障してくれるんだよ?」
「……あ……あ……」




 アミはこれは狙ってやってるのか?キョウスケは完全に堕ちた顔をしている。これはもうアミの完全勝利ではないだろうか。


 キョウスケは顔つきが明らかに変わった。だらしなくぼけーとした面持ちだった彼が、きりっと真剣なまなざしをこちらに向けている。よれよれのシャツの襟を正して、姿勢を整えてから言う。




「……アシュインさん……お、お願いします。ユリアを助けて……ください!」
「うん。キョウスケ。良い顔になったね。ちゃんと支援するよ」




 キョウスケと握手をして、彼の真剣な意思を受け止める。彼はアミが好きだったけれど、今はユリアをしっかり守ろうという気概に満ちている。
 アミに説得されたことで、踏ん切りがついたのかもしれない。本当にアミの独壇場だ。アミを連れてきたみんなにも感謝だ。


 ……ただユリアが瞳を潤ませてこちらをみているのが、気になる。




「……あ、あの……アシュイン」
「ん?ああ……しばらくはお城で暮らすといいよ。女王と話が付いている」
「へ?あ……ええ……あ、ありがとう……ございます」




 ユリアはすこし残念そうに肩をおとし、キョウスケと一緒に侍女たちに連れられていった。ちょっとかわいそうな気もするけれど、彼女を癒す役目はボクじゃない。
 それにキョウスケにはもうユリアしか残っていない。彼女が愛してあげないと、彼は絶望して、また揺り返しが王国に降り注いでしまう可能性がある。




彼らが去ると、三人が隠匿を解除してナナがアミに抱き着いている。




「アミ~~!!すごい!!それに辛かったよね……ごめんね!!」
「ううん。ナナ……あたしは大丈夫だよ。ナナもみんなもいるし、アーシュがいてくれるから!」




 そんな様子を見ながら一息ついて、次について考える。いよいよ教会側がくる。彼らには『勇者の福音』を持っていることを知られてはならない。











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