勇者が世界を滅ぼす日
ウォールゴー
ベリアルが提示した方法は『ウォールゴー』というボードゲームだ。
最近魔王軍内で娯楽として流行っている2~4人で遊べるゲームだ。
ベリアルがテーブルにどんっとマス目のついた板を置く。独特の形をしている。9×9のマス目の間に溝がほってあって、そこに板壁を挟めるようになっていた。
コマを動かすか、壁を置いて相手の邪魔をするか、一回ずつ行い、自分のコマを対面へ到着させるという単純なルール。
相手の道を完全にふさげないなど、細かいルールも教えてもらった。
単純そうにみえてこれは難しいと思う。それも初心者のボクたちでは、全く歯が立ちそうにない。
「ほぉ~これはウォールゴーとは。なつかしいのだわ」
「しっているんだ。さすがシルフィだね」
「ふふん。あまり得意ではないが、これは先見を鍛えるために有効な遊びなのだわ」
物知りなシルフィはやはり知っていた。それでも得意ではないというのは珍しい。先見というのは先を読み切る力。ボクもあまり得意ではないから丁度いいかもしれない。
「アーシュは初めてでしょ?だからハンデをあげる。こっちはここにいるミミくん一人で相手してあげる。そしてそっちは二人のうちどっちかが先に到着すれば勝ち。どう?」
「はんっ!なめられたものなのだわ!やってやるのだわ!」
ベリアルが参加しないそうだが、ミミくんはどれくらいの腕前なのだろうか?
軍で流行っているということは、やり慣れているはずだ。片やボクは初心者だし、シルフィーは得意でもないし久しぶりなのだろう。あまり有利には思えない。
「……ミミひとりれすか?……」
「……だいじょうぶよ~!ミミくんなら、こんな田舎者二人にまけるはずがないわ!」
「だれが田舎者だわ!あちは『白銀の精霊魔女』とまで言われた女なのだわ!どちらが田舎者か思い知らせてやるのだわ!!」
シルフィは完全に対抗意識を燃やしている。シルフィの勝負好きの魂に火をつけてしまったようだ。
「ルールはいいかしらん?」
「うん、おてやわらかに」
「……は、はいれす」
「ぶっ殺してやるのだわ!」
いやこのゲームそういうゲームじゃないだろう。
ウォールゴー
<ミミ> VS <シルフィ+アーシュ>
はじめはミミから。後手の方が有利に働くそうだ。つまりボクたちはさらにハンディをもらった。これにもシルフィは腹を立ている。
「序盤はすごい地味だね」
「甘く見ているとやられるのだわ。序盤から思考戦がはじまっているのだわ」
範囲は9×9マスで決まっているのだから、相手の動きとこちらの手を序盤から見極めないとだめということか。
これはシルフィがいっていたように、軍隊を動かすときに先を読む練習になる。ある程度常勝できるなら、指揮官向きともいえる。
(これはボクはむりじゃないのか?)
(そうでもないのだわ。むしろあちが囮になるから、アーシュは最短でゴールをめざすのだわ)
ボクたちは念話があるから、本当に二対一で戦っているようだ。それでもミミくんは冷静に、かわいらしく耳をぱたぱたさせている。
「んかわう”ぃう”ぃ~」
「ベリアルがだんだんと壊れてきている……」
「あらんアーシュ。嫉妬?」
「め、滅相もない……」
(アーシュ、そこ右)
(その先に壁)
シルフィは的確にボクに指示をくれる。ミミくんは盤面に集中していてこちらを見ていない。ボクは先見をみるより、顔色をみてその場で対応をかえるほうが得意だ。
ただミミくんの表情に変化はない。やはり定石があったり、読み慣れているのだろう。
(あちが壁をつくったのだわ13手先で、ミミが気が付いて壁を置かれない限り、あちたちの勝ちなのだわ)
(そ、そんなに先まで読んでるの?)
(ミミもよんでいるのだわ。ケケケッ!罠にかかるかどうか見ものなのだわ。それで実力がわかるのだわ)
ミミくんはシルフィと読み合っているようだ。それだけでも実力はかなり高いのではないだろうか。それでもまったく表情を崩さずみみをぱたぱたさせている。
(こんなに可愛いのに……)
(む!まぁ見ておくのだわ)
「……あっ!?」
「んふふ~~!甘いわね!13手先に罠を張ってたけれど、8手目の可能性をシルフィは見逃したわね」
「ぐやぢいいいいいい!!!!」
ダンダンダン!
シルフィは悔しそうに地団駄を踏んでいる。めずらしいくも……ないか。
「……す、すごいじゃないか!ミミ!あのシルフィを倒したよ!!」
ボクも参加していたけれど、実質ミミとシルフィの戦いだった。シルフィは何でも知っているし、頭もキレる。幅広い知識もあるのだけれど、これに特化して言えばミミのほうが上手だったようだ。
ボクはなんだかうれしくなって、ミミを撫でてしまう。気持ちよさそうにしていて、すごく蕩けた顔をしている。なんだか余計撫でたくなる衝動にかられた。
「……えへへへ……あふぅ」
「ちょっとアーシュ!撫ですぎよ!わたしのミミくんよ!」
「あ!つい……」
あまりに気持ち良さそうにしてるし、なすがままだったから、ついずっと撫でてしまった。
ボクは慌てて手を放す。ベリアルが慌てて、ミミを抱き上げて、自分の席へ連れて行った。
……でも少し遅かったようだ。
「……アシュインさま、なでれくれうのすきぃ~」
「んぎゃ!!!!これがいわゆるネトラレ?なにこのきもちぃ!!くやしいのに、なぜか期待してしまう!!」
「あーあ。ついにベリアルがこわれたのだわ……アーシュのせいなのだわ」
「え、ええぇ……?」
ちょっと驚いたけれど、ミミは優秀な魔王軍の精鋭だ。まだ実戦経験はないけれど、参謀を任せていると言う。訓練では負けがない程だ。
シルフィも悔しそうではあるけれど、彼女ほど優秀な人間だと同等の人間はうれしくもあるのだろう。
「ミミとやら。また対戦するのだわ!今度は負けない!!」
「……はいれす。アシュインさまのとなり、ほしいれす」
「な!!!なまいきなのだわぁ~~!」
た、たのしそうである。
それからボクたちが負けたら、ベリアルの言うことをなんでも一つきかなきゃいけないことになっていた。
今の様子だと忘れていそうだけれど、何やらされるかちょっと怖い。
「そうだ!アーシュ!わたしたちが勝ったんだから、言うこときいてもらうわよ?」
「な、なにをすればいいの?」
「そうね!その劇にミミか獣人族を参加させなさい!脚本は今考えているのでしょう?」
「う、うん。いいけど、ミミをちょっと借りることになるよ?獣人族をみんな知らないだろうから」
「ぐっ!!!!ほ、本当に寝取られてしまうの?……ミミくぅん」
「……ベリアルさま、すきれすよ?」
「んまぁ!!!ミミくぅうううん!!」
「なにこれ?」
「なんのなのだわ……」
いまなら案をまとめている最中だし、参加は大歓迎だ。それでもわざわざ勝負を仕掛けて勝ち取ろうとするとは。とても気安くて、軽い態度とは裏腹に律儀なところがある。
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