勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

汚い子共





 アルマーク町は今後、魔王領の起点になりそうなほど急激な発展をしている。
 裁量権を与えたとたんに、ここまでやってのける町長は優秀だ。参考にしたい。




 町長にその手法を聞いた。
 アルマーク町は同じA地区にあるライズ村と提携した。
 ライズ村は以前から王国の村と交易があったことに目を付けたのだ。そして人間との物流はライズ村に一任して、アルマーク町へその文化を流入させた。
 すみわけをしたことで、アルマーク町には人間は入ってこない。おかげで悪魔たちが安心して遊びにくるようになったという。
 相手が悪魔の為、物を献上すれば通貨を得られるようにした。そして物はライズ村で行商人へと流通する。
 ものすごくよくできた仕組みだ。


 おそらく近い将来、魔王領中に王国通貨が流通すると町長は言う。そうなれば、いよいよ財政部門が必要になる。








 そして実際に行われている様子や治安を視察するために、ライズ村へとやって来た。


 ライズ村は行商人と村の男たちが、血気盛んに取引をしている。まるで王国領にあった市場のようだった。
 村は潤っているせいか、しっかりとした作りで気密性の高い奇麗な家が建ち並んでいる。




「こんにちは!」
「あっ!アイリスちゃんだ~」
「おお~アイリス様じゃ~ありがたや~」
「隣の男が魔王様代理か?」




 アイリスはさすが魔王の娘。知名度があるし彼女の魅力も相まって、親しそうに挨拶してくれている。
 彼女を先頭に視察をすることで、村の人たちとも友好的な関係になれるだろう。


 それからもう魔王代理の噂は届いている。信用とまではいかないが、興味があるようだ。




 アイリスを先頭に、その盛んな様子をみながら村長の家へと向かっている途中で、ボクの足に違和感を感じた。




 足を見ると、何かが引っ付いている。




「……」
「……どうしたのかな?」
「……」




 引っ付いているのは、薄汚れた格好をした小さな女の子だった。声をかけてみるが返事がなく、じっとこちらを見上げている。
 アイリス様ご一行に失礼が無いようにと、村人がはがそうとしているが、いやいやと首を振って離れない。




「いいよ、可愛いじゃないか。抱っこしてあげる」
「……」




 すこし目を潤ませて、嬉しそうだ。
 ボクが撫でると、少しうっとりしている。
 よく見るとこの子は人間のようだ。薄汚れてはいるけれど、三つ編みにした銀髪にくりんとした瞳がとてもかわいらしい。




 ……ボクは何故だかこの子にすごく魅かれた。




 おもわずじっと見てしまった。
 けっして少女趣味があるわけではないが、何か不思議なものを感じる。




「しゃべられないの?」




 ボクがそう聞くと、コクリとうなずいた。
 何かの疾患だろうか。




「いいな~あたしも抱っこされたい」
「帰ったらね」
「うん!絶対だよ!」




 ミルもすこしお姉さんくらい歳だから、抱っこが気になってしょうがないようだ。


 そのまま村長さんの家を訪ねる。
 ドアを開けると、20代くらいの男性が出迎えてくれた。村長さんの息子さんで、実質村を取りまわしていると言う。
 奥にいる白髪長ひげのおじいさんが村長さんのようだ。




「ようこそ。中へどうぞ」




 中へと入ろうとすると村長の息子がジロリとボクを睨みつける。だっこしている子が気に障ったようだ。




「おい、その子供は入れるな」
「なんで?」
「人間だろう?いくら交易がある村だとしても一線は守ってもらっている」


「……」




 女の子はあまり表情を崩していないけれど、間近で見るとやはり悲しそうにしている。涙をこぼしてしまいそうだ。




「そうか。ではボクとこの子は外で待っているよ」
「なんでだ?おまえは魔王代理だろ?」
「ボクも人間だ。村のおきてを破るつもりはない」
「なっ!?人間が魔王代理?」




 隠していたわけではないが、魔王代理が人間であることは幹部でないと知らない事だった。


 それより気になったのは、交易があるのに人間に偏見があることだ。
 利害の一致だけで行われる交易は、上っ面の信用だ。いつか必ず破綻する。
 交易が拡大する前に、それは絶対に解消しておきたい。




「それよりここはアイリスとルシェに任せるよ。いざこざを起こしたくない」
「アーシュ……わかったわ」
「アーシュ、気を落とさないでね。ボクがしっかり話してくるから!」
「たのむよ」




 村長との話はアイリスとルシェの二人にお任せする。


 ボクたちは村の様子を見に行くことにした。
 村人もあんな偏見があるようでは、この先、交易を続けるのは危うい。そうであるならボクは止める気でいる。




 大勢が遊んでいる広場へとやって来た。
 悪魔族の子共だけだ。さすがに魔王領に子供を連れてくる行商人はいないのだろう。


 この子を知っているか聞いてみる。しかし誰も取り合ってくれない。この子が悪いのか人間であることがダメなのか。




「あたしが話してみようか」
「頼めるかミル」
「うん!やるよ!」




 撫でると嬉しそうにするミル。彼女なら子供同士話しやすいだろう。


 いや、ボクの交流がへたくそだったから、気を使ってミルが交代してくれたということか。




「キミたち!ちょっと聞きたいんだけど~」
「なんだよ、チ……ビ……か、かわいい……」




 ミルは子供の中でも、すごく可愛い容姿をしている。急に話しかけられた少年は顔を赤くして鼻をすすっている。




「チビィ?……いやいやあたし、キミたちよりお姉さんだよ、たぶん」
「ま、まぁ、聞いてやるよ」




 何人かの村の男の子たちはミルが気に入ったのか、わらわらと集まって来た。
 でもお父さんの目の黒いうちは許しません。お父さんじゃないけど。




 ミルが集めてくれた子供たちが話を聞かせてくれることになった。




「みんな、この子の事を知ってる?」
「知ってるけど……なぁ」
「その子、お話できないの。だから名前も知らない」




 なんの情報も得られそうにない。でも人間だから嫌っているわけではなく、交流手段がないのだ。
 それを聞いて少し安心した。
 子供たちまで人間を嫌っているような村ではないようだ。




 でもこの子の情報が何もない。
 イエス、ノーで答えてもらったほうが早そうだ。




「キミは名前ある?」


(ふるふる)


「ないのか……じゃあ、『シルフィ』はどう?」


(こくこくこくこくこくこくこくこくこく)




 すごく頷いて、気に入ってくれたようだ。だっこされたままのシルフィがぎゅっと抱き着いてくる。




「わ~いいな。可愛い名前!そのきれいな銀髪にピッタリ!」
「いい……妖精のような名前でかわいいですね!」




 ミルとアミもとても喜んでくれた。それに村の子供たちも交流ができるとわかって、シルフィに興味津々だ。




「いい名前だな!シルフィ!」
「そうね!かわいい!シルフィ一緒に遊ぼ?」




 ボクの方をじっと見上げて、どうしようか悩んでいる。




「ちゃんと見ていてあげるから、一緒に遊んできなよ」




 シルフィはにっこり嬉しそうにうなずくと、抱っこから降りて走って行った。
 子供たちはやっぱり純粋だ。可愛い子であるならなおさら、種族なんか関係なく一緒に遊びたいと思うものだ。




「すごい!アーシュ!孤立していた子を仲良くさせちゃった!」
「いやミルのおかげじゃないか?」
「あ……あの……ほんとうにすごいです!」




 買いかぶりすぎだ。ボクは王国で孤立していたんだから。
 ちょっとしたすれ違いがあっただけだ。それがなくなればきっとうまくやれる。




 それより……




 シルフィに名付けた時にゴリゴリっと魔力が減った。通常の人間に名を付けたぐらいでは、そんなことは起きない。


 まるでアイリスと悪魔の契約をしたときのようだ。急に大量の魔力が減って、どっと疲れた。


 彼女は人間でもないってことだろうか?







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