勇者が世界を滅ぼす日
一万年の恋
周囲の魔道具の照明は弱められ、舞台のみが明るくなる。そしてチリンとベルが鳴らされた。これが開始の合図。
役者は美男美女。舞台の小道具や背景の絵も本格的で、洗練されていた。舞台脇ではリュエリという楽器を構えている吟遊詩人がいる。
役者がいる演劇なので、彼は楽器の演奏に徹するようだ。
徹底した舞台の演出は長い年月、回数を経て観客を楽しませてきたのだろうことがわかる。
静寂の中。
ポロン、とリュエリの音色が響く。
悪魔と人間の時を越えた禁断の恋――
悪魔の少女はある男に恋をした。
ある村に美しい悪魔の少女が暮らしていた。
村はある日突然、人間の侵略を受ける。
そして少女は大怪我を負ってしまい、森の奥で動けずにいました。
そこに現れたるは一人の青年。
彼は、その傷ついている少女が悪魔であることに気がついていました。
けれどその絶世の美しさに一目ぼれしてしまう。
気がつけば少年は彼女の手当を懸命にしていた。始終無言でそれを受け入れていた少女。治療で一週間も経つと、次第に彼に心惹かれていきます。
「あり……がと」
「早く元気になるといいね」
斯くして悪魔の少女も恋に落ち、人間界の彼の家で暮らすことにしました。
一緒に暮らし始めた二人はとても幸せです。この世にこんなに楽しいことがあったとは、思いもよりませんでした。
それを見ていたある人間の少女は嫉妬しました。青年に片思いをしていたのに、悪魔の少女に取られてしまったのだから。
そしてある日、人間の娘は覗き見てしまったのです。
――彼女の正体が実は悪魔であることを。
人間の娘は周囲にその事実を広めます。一晩で村中に広まり、近隣の町から王都までに広まってしまいました。
急いで魔王領へと彼女を逃がす青年。
必ず迎えに来るからと、名残惜しそうに彼女の手を離しました。
約束を胸に待ち続ける悪魔の少女。
しかし青年が戻ってくる様子はなく――
年月が経ち1万年後。
悪魔の少女は百年をすぎた頃には、すでに諦めていました。ですが心のどこかでずっと諦めきれずに待ち続けてしまったのです。
人間の寿命は50年足らず。一方悪魔は万年単位で生きる。だから感覚の違いが彼女を狂わせていた。
だがよくよく考えてみれば、すでに生きているわけはなく寿命が尽きているはずだ。
彼女はそんなことは分かっていながら、やめることができずに1万年を待った。
とある日。
勇者が魔王領へと侵攻してきました。
勇者はとても強くて、悪魔の少女は再び大怪我を負ってしまいます。
たまらず森へ逃げ込みました。そう。一万年前と同じように。
動けずにじっとしていると、彼女の前に一人の人間が現れます。
そしてお互いの目が合った瞬間――
「「やっと会えた」」
彼女が追い続けた恋。
彼の遺伝子の記憶。
それは心臓の内側から水泡のように浮かび上がり――
はじけて溶け合った。
二人は一万年の時を越え、世代を越えた恋は成就するのであった。
おしまい。
壮大で、賛否が分かれそうな話だ。
お話の元が吟遊詩人が扱ったものだからか、宮廷歌人が扱えば極刑にされそうだ。
むしろ一部の地域でひっそりと語りあう恋物語。何かを教訓とした伝承のようなものに感じた。
……そして、とても身につまされるような思いがした。
「……ぐす……ぐす……すてきすぐる」
ルシェは隣でとても感動して泣いている。こういう運命的な恋って、女の子にとっては憧れなのだろうか。
ボクにも無関係ではない話なので、もしこの話を歌う吟遊詩人がいるなら伝承を詳しく聞いてみたい。
「うわ~~ん! せつない~!」
「ぐす……アーシュゥゥ!」
少し離れたところで、聞き覚えのある声が……。
ボクは声のするあたりをよく見てみると、そこには大号泣をしているミルとアイリスがいた。
「キミたち何してるの?」
「わっ! みつかっちゃった!」
「あああああああああああ、アーシュ!」
「はい、アーシュだよ」
ボクたちのことが気になって付けてきた二人。完全に出歯亀である。
ちょっとはしたないけど、彼女たち抜きで遊んでしまったのでお互い様ということで許した。
「みんなで美味しい物を食べに行こう。ルシェ、いいかな?」
「うん! みんなと一緒がいいよ!」
「いい子じゃ~! いい子がおる!」
「は、敗北感……」
せっかく誘ったのにがっくりとしている二人。悪いことをしてしまったようだ。
それから四人で町を歩き、すこし高級なお店を探した。お金はたくさん持っているから彼女たちを喜ばせたい。
中央の噴水近くまでもどってくると、見知った顔を見つけた。
「よぉ~魔王代理! い~いご身分じゃねぇか!」
「ベルフェゴール、調子はどう?」
魔王幹部の一人ベルフェゴールだ。開発工作を任せているが、ここにいるということは暇なのだろうか。
彼の逆立っている赤髪とはだけているシャツを見ると、周囲からはすこし敬遠されている。
ボクはそれも彼の特徴だと思っているし嫌いじゃない。
「まぁ任せてもらうのは、うれしいもんだしよぉ。やりがいはあるぞ? だが……」
「ん?」
ばっ、とボクを指差して啖呵を切る。ざわざわとしていた周囲も静かになって注目している。
「オレァ、おまえを魔王代理と認めた覚えはねぇ!! 俺より強いやつじゃなきゃダメだ!!」
「あーんた、何言ってんの? 魔力をみればアーシュのほうが強いのは一目瞭然じゃない?」
食って掛かるベルフェゴールに、冷ややかな目を向けるアイリス。まるで火花でもちりそう。この二人は相性が最悪だ。
あえて空気を読まないルシェが間に入って行く。
「ボクも、キミじゃアーシュに勝てないと思うよぉ?」
「あん? 誰だ? この女ぁ」
「ボクだよ、ボク!! ボクボク」
「なんだぁ? ボクボク詐欺かぁ?」
「もういいや」
あ、諦めた。
ベルフェゴールは引き下がろうとしないけど、今日は楽しく遊びたい。拳で語り合うのはまた今度だ。
食事に誘って酒でも飲ませてしまおう。
「いいぞ、ベルフェゴール。ご飯を食べた後にやろう」
そう言ってボクは拳を突き出す。
「お、話が分かるじゃねぇか。カカカ、気にいったぜ!!」
ベルフェゴールもそれに拳を交える。
「じゃあベルフェゴールもめしに行くぞ!!」
「おうよ!!」
「「「え~~~!?」」」
三人は不服そうだったけれど、みんなで食事をした。
文句を言っていた彼女たちも、美味しいものをたべたら機嫌が直った。
ミルが言うように、美味しい物を一緒に食べるのは正義だ。
それから……。
「らぁしょーぶらろ~~!」
「お、おう本当に?」
「やるらろ~!」
ベルフェゴールはシュワプを大量に飲んで、昼間っからこの泥酔状態だ。
とても勝負どころじゃない。
狙ってやったわけだけれど、こうも思惑通りに騙されてくれると、悪い気がしてくる。
「ンゴ~ンゴ~」
「「「こりゃだめだね」」」
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