勇者が世界を滅ぼす日
ベルゼブブの憂鬱
ゲートで魔王城へと戻ると使用人たちが出迎えてくれた。
今お城では小間使いのゴーレムや使用人の悪魔が働いている。
以前はかなり寂れていた魔王城。悪魔の意識改革も兼ねて、一番初めに環境維持を積極的に行うよう命令した。
彼らの待遇改善もできるからだ。
おかげで人間のお城より清潔に保たれているし、周辺まで手入れが行き届いている。
まだ少人数だけれど、誇りをもって出迎えてくれるメイド姿の侍女や、モーニングを着た執事。彼らを見たミルは、お姫様になったかのようだと、はしゃいで中へ入って行った。
「ミルは物怖じしない性格だね」
「ふふ……まるでわたしたちの子供みたいじゃない?」
「ははは……」
そんな冗談も、きっと彼女の願望なのかもしれない。
ミルが使用人達と楽しそうに話しているのを、ほほえましく眺めているアイリス。その母性を思わせるような楚々に思わず見惚れた。
執務室にもどると、ルシファーを呼ぶ。
魔王領の運用、統制はほぼ彼に任せている。アイリスとボクはあくまで代表という冠だ。大きな方針が必要な時や判断に困ったときだけ指示する。
普段は状態の把握ばかりしている。
「いつもありがとう。明日はベルゼブブの話を聞きに行きたい」
「伝えておくよ。それからベルフェゴールが器具を考えてくれて収穫効率が上がっているよ。食料確保は順調。農作物の病気がすこし気になっているってさ」
食料問題はすぐに片がつきそうだ。優秀すぎる腹心あってこその進行速度。ルシファーは無理をしていないだろうか。
「ありがとう。ルシファーは何かない?いそがしいでしょ」
「ううん。楽しいよ?それにキミも面白いし」
「面白い?」
「ふふ……ボクはキミが描く物語に期待しているのさ。じゃあまたねっ」
すこしキザったらしい言葉を残して去っていくルシファー。でも今の言葉は女性らしく、そしてすごく艶っぽくて少し見とれてしまった。
……ってボクは何を考えていたんだ。
ギュリリリリリリリリ!!
「いたい!」
「アーシュ? よからぬことを考えたでしょ?」
「え~! アーシュ浮気⁉」
「ははは。何をおっしゃいますかお二人さん。ボクはノンケですよ」
「あ~そゆこと」
「アーシュってニブチンなんだ。か~わい!」
……子供にかわいいって言われた。
いや、ボクだってまだ15歳だ。子供とさほど変わりない。むしろミルのほうが色々と物分かりが良すぎて、大人だ。
ミルを子ども扱いするのはやめよう。
予定通り次の日は、C地区を拠点にしているベルゼブブを訪ねた。
人間から『蠅王』と呼ばれ、畏怖されているベルゼブブ。
でもいまの彼を見て、誰もそうは思わないだろう。それほど彼はとても温厚で、恰幅の良い普通の男性。
すこし話をするのに不自由しているようだ。
「んもっもっも」
「やぁベルゼブブ。調子はどう?」
「んもっ~」
何を言っているかわからないかもしれないが、ボクもよくわかってない。でも感覚を適当に読み取っている。こういうのは感性で何とかなるものだ。
「ほうほう。そうか農作物の病気の原因を知りたいんだな」
「何言ってるの? 彼は『わたしたちが夫婦みたいで羨ましい』って言ったのよ」
……ぜんぜんちがった。
このままでは会話ができないので、アイリスに通訳をしてもらう。話を聞くと、彼は作物についてではなく住人との関係に悩んでいた。
「ベルゼブブ様は本当にやさしい方ですわ」
「そうです! ベルゼブブ様はとてもやさしい方です!」
慕ってはいるけれど、少しよそよそしい村人たち。彼が求めているのはもっと気さくな関係。
ベルゼブブは、んもぉ~っと大きいため息をついている。
すごく寂しそうだ。
ボクも王国では友達と呼べる人間が誰もいなかった。いや仲良くなったつもりだったけれど、全員に騙されていたのだ。
この件ではあまり役に立てそうにない。
ここは物怖じしないミルに頼ってみることにした。
「ミル。ベルゼブブが、村のみんなと今よりもっと仲良くなるにはどうしたらいい?」
「美味しいものをみんなで食べる!」
ほとんど悩みもせずに回答をだしたミル。彼女の明るく物怖じしない性格に説得力があった。
「へ? そんな簡単なこと?」
「うん。美味しいものを一緒に食べて、『美味しい』って言いあうの。それで大体仲良くなれるよ」
「……そうなのか」
それでも裏切られたら、どうすればよいのだろうか。そんな考えが彼女たちに伝わってしまったのか、さらに提案してくれる。
「……うん、じゃあわたしたちもいっしょに食べよ!」
「いいね! じゃあバーベキューがいい!」
ミル発案で村全員のバーベキュー大会をすることになった。
調理器具や食材を揃えるのは大変だけど、準備も一緒にやる事が大事だとミルは言う。
「よーし! やってやろう!」
「「おー!」」
「んもー!」
良い機会だから手の空いている幹部も誘った。
これなら交流のへたなボクでも、少しは親密になれるだろうか。
ボクは焚火台と網を設置しながら周囲を見渡す。
火起こしの炭は男たち、食材の調理は女たちが担当して準備している。みんな楽しそうだ。
役割を割り振ったらボクのやる事なんて何もなくなった。仕方ないので、準備しているみんなの様子を見て回る。
「アーシュは休んでいてね」
「そうそう、主役だからね!」
「アーシュすき~」
「ずるい!!」
……のけものにされてしまった。
隅っこでお茶を飲んでいると隣にすわる女性。ベリアルだ。
「アシュイン。ふふ……ありがとね」
「ベリアル。楽しんでる?」
「ええ! とっても!」
腕に寄り掛かって、ボクを見つめる。ものすごく距離が近い。
それに彼女のウェーブのかかった青紫の髪が触れると、良い匂いがしてその毒牙にかかってしまいそうだ。
「それと……ベルゼブブのことよ」
「ん?」
「あの見た目でね。いつも一人だったの」
「そう……でも今は彼も楽しそうだ」
ボクはベルゼブブを見て、すこし微笑むと釣られたように彼女は顔をよせる。
「ふふふ……本当にいい男」
「ちょ――
ズドウゥウウウウウウン!!
爪先から繰り出された超圧縮魔弾は、ボクとベリアルの間を抜けて後方で大爆発を起こす。
「……ふふふふ。アーシュ?」
「あら残念。邪魔者がきちゃった。またねアーシュ!」
ひゅっ、と素早く避けて去っていくベリアル。彼女は思ったより仲間想いなのだ。
それがわかっただけでもよかった。愛称で呼んでくれたし、仲良くやっていけそうだ。
……それからアイリスは思った以上に嫉妬深いのか。
ベルゼブブの方へ視線を移すと、村の子供たちと一緒に仲良くジャガイモを剥いている。
「んもっんもっんも~~♪」
「ブブちゃん上手~」
「んもっ」
「わたしも? うれし~」
「ブブちゃん切るのも一緒にやろ~」
「んも~~~♪」
……ボクより交流が上手じゃないか。
心配は杞憂だった。
きっかけさえあれば、ボクと違って彼はすぐに人気者だ。ミルはそれが分かっていて、バーベキュー大会を開いたのだろう。
ほんとうに凄い。
準備が整ったので、大会の挨拶をすることになった。
「集まってくれてありがとう! ボクは魔王代理のアシュイン。みんなが楽しくなる領にするよ! よろしくね!」
「いいぇ~~い!」
「魔王様代理最高!!」
「アシュインすき~」
「んもっんもっんも~~~~♪」
「かんぱ~い!」
「「かんぱ~い!」」
乾杯の音頭の後は、みんなは自由に飲み食いしている。
ボクもアイリスやミルと一緒に食べていると、オロバスがやって来た。
「はっは~キミは!! 最高だな!! ムンッ!!」
目の前でポージングしている筋骨隆々の男はオロバス。とにかく暑っ苦しい正義の英雄だ。
腕の力こぶに子供たちがぶら下がっている。
「楽しんでいるね!」
「オロバスかっけ~!」
「おじちゃんだっこ~!」
「おじちゃんではない!! 正義の味方オロバスだ!!」
「わ~」
男の子に特に人気だ。子供たちとじゃれ合っている姿は、まるで世話焼きの休日お父さんだ。
でも彼のように暑っ苦しくなってほしくはない。
お腹いっぱいになってくると、雑談やお遊びをしている者もいる。
今回の本題はベルゼブブのための交流会だ。
彼の様子をちょくちょく見ているが、本当に心配はいらないようだ。つねに子供たちや、打ち解けた村人と一緒に楽しんでいた。
そして何かに気がついたようで、立ち上がって座っている一人の女の子のもとへ歩いていく。
「んもっんも?」
「あたしの足。人間にやられちゃったの……」
「んも~」
一凛の花を差し出す。
そして彼女の頭にやさしく付けてあげる。ピンク色の花があの子に良く似合う。
「ふふ……ありがと……これは?」
「んももっ」
「ほんと? ……ありがと……すごくうれしい」
ベルゼブブは「可愛くてよく似合ってる」とでも言っているのだろうか、女の子はとてもうれしそうだ。
「ブブ様……だいすき!」
「んも~も~♪」
すっかり打ち解けて、胡坐をかいて座ったブブの膝にあの子が座ってお話している。
本当にボクとちがっていい男だ。
……羨ましい。
そう感じているとアイリスが寄りかかって来る。まるでボクの心のうちを見透かしているようだ。
そうだ……。ボクにも慕ってくれる、絶世の悪魔がいるんだ。
アイリスが手を握ってくれると、ふと気がついたことがある。
王国では子供のころからずっと感じていた不安の正体は、孤独感であったということに。
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