勇者が世界を滅ぼす日
奇妙な関係
ゲートの魔法の眩しい光から視界が開ける。
すると魔法陣の周囲には、先に帰還していたアイリスや村の住人が待ち構えていた。
同時に歓声が上がる。
村の大人たち、子供たち、それから軍の監視兵たちまで帰還を喜んでくれている。
「おお~! 魔王様代理がもどってきたぞ!!」
「ミルちゃん! 大丈夫だった?」
「うん、アシュインが助けてくれたの! アシュインすき~」
そう言って抱っこされていたミルはしがみつく。
「ははは……」
「アーシュ?」
あ……おわった。
ギョリリイリリリリ!!
「……はははは」
「……ふふふふ」
太ももが捻じ切れそうになるほどアイリスにつねられた。ボクたちは笑顔のままだけれどそろそろ痛い。
「アシュインをいじめたらだめ!」
「こら、おませさん?アーシュはわたしのよ?」
「ふんっ! いつかミルが奪ってやるんだから! 略奪愛よ!」
「ははは……ミルちゃんおませさんだな」
アイリスは嫉妬しながらも、嫌っているわけではなさそう。言い争いながらもじゃれ合っているようで可愛らしい。
今日は村が総出で、祝勝のパーティーを催してくれるそうだ。二人のじゃれ合いが終わるころを見計らって、用意されていた席へ案内された。
村人たちはもう飲んで食って、大騒ぎをしている。
アイリスもさっそく皆に慕われて、すでに囲まれていた。
魔王の娘という肩書もあるが、彼女の目を奪われるような楚々とした魔力は、男女ともに惹かれていくのは当たり前だ。
ボクは端っこの方でちびちびとシュワプを飲みながら、そんな様子を眺めていた。
「アシュイン様。さっそく武勲を上げられましたね」
「うわ! びっくりした。……ルシファーか」
突然ルシファーに背後を取られる。神出鬼没でとらえどころのない彼は少し怖い。ヘタな事をすれば寝首を掻かれそうだ。
「初めての時にはもっと気さくだったろ? そっちで頼むよ」
「ほんと? うれしいよっアーシュくん!」
今まで我慢していたようで、突然親し気な雰囲気で接してくる。こっちのほうがボクも気楽で、話しやすくて良い。
「それでね。一つ報告があるんだ」
すこし声色を変えて、真剣な面持ちになるルシファー。
「また襲撃?」
「ううん。王国が何か企んでるようなんだ」
「何を?」
グランディオル王国は大きい国だけれど、今は怯える必要もないと思う。
「アーシュくん。キミ、勇者パーティーの荷物持ちだったんでしょ?」
「うん、そうだよ」
「勇者パーティーは使い物にならない。それが今の王国の評価だって」
「ふーん」
「……おどろかないんだ? いいけど」
勇者ケインはポーターだ。ポーターの仕事はしてくれていたが、勇者の仕事が務まるとは到底思えない。
ただ魔物が出にくくなっている今は、戦闘員として勇者は必要ないはずだ。
となれば王国は勇者が必要な事態が発生しているということか。
「それで代替として『異世界召喚術』を使った形跡があったんだ」
「え?なにそれ?」
ルシファーは更に声の高さを落として、難しい顔をしている。
ボクはその言葉を初めて聞いたけれど、それがあまり良くないものであると直感した。
別の世界から勇者の称号と能力が付与された人間を呼び出す事ができる『異世界召喚術』。代償として王族の血が必須になると言う。
「その召喚者は強いの? 脅威になりそう?」
「現時点ではわからないよ。わかったら報告するね」
今は魔王がいない。
召喚者がボクと同じかそれ以上強くて、複数いた場合には太刀打ちできない。
それに未知の世界の力、勇者という称号があるなら何が起こっても不思議ではない。甘く見ないほうが良いだろう。
「じゃあ報告はおわり。ボクは戻るねぇ~」
「お、おいルシファー。一杯どう?」
「うれしいけど、まだ仕事が残ってるから……」
そう言って戻って行ってしまった。ルシファーはまじめな性格の様だ。その軽口とは裏腹に。
ボクも魔王討伐の旅の途中では、ずっと剣を振っていたから似たようなものだ。
彼が無理をしないように注意しておこう。
ボクが一人で飲んでいると、村人に囲まれていたアイリスがちょこんとボクの隣に来てくれた。
「アーシュ注いで上げるっ」
「ふふ……ありがと」
「ちょっと!! あたしも注ぐ!」
「ミル? もう寝なくていいの?」
「いや! アーシュと居るの!」
ミルはすっかりアイリスと仲良くなったようだ。それにボクにもアーシュと呼んで親しみを持ってくれる。
ミルはコミュニケーション能力が高いようだ。誰とでも明るくすぐに仲良くなれる。ボクにも気軽に話してくれるのはうれしい。
でもいちいちアイリスと張り合うのは、わりと面倒くさい。
次の日。
アカシ村とはお別れだ。ゲートですぐに来ることはできるけど、頻繁に魔法陣を光らせていると、村人も委縮してしまう。
ミルともお別れだけれど、ミルの親が見当たらない。他のさらわれた子供たちは親と一緒にお礼を言いに来ていた。
けれどミルは……
「ミル、お父さんかお母さんは?」
「……いないの」
「……ご、ごめん」
「いいの! それよりアーシュと一緒に行っちゃダメ?」
彼女は魔王領でも珍しい鬼人の先祖返りだ。王国に近いここでは、状態異常にかかりやすい彼女は、危険だと言わざるを得ない。
ただボクも王城に間借りさせてもらっている居候。連れていくならアイリスの承諾が必要だ。
ミルも懇願するようにアイリスを見つめている。
「アイリス……」
「もちろんいいわよ?」
「あ……ありがとう! アイリス!」
ミルは内心怖かったのではないだろうか。まだ10歳程度の子供。ここで見放されたらまたひとりぼっちだ。すこし涙をためて、嬉しそうにしている。
「それにお城はアーシュのものでもあるのよ? 承諾なんて必要ないわ」
「……いやボクは……」
「いいの!」
「……むちゃくちゃな」
「ライバルが増えるのは癪だけれど、この子を放っておくのはもっと嫌よ」
「……あはは! アイリスは可愛いな!」
そう言ってアイリスの頭を優しく撫でると真っ赤にしている。さすがに撫でるのは失礼だったかもしれない。
でも俯いている彼女の横顔は、にへらっと笑っているように見えた。
「よしミル、ボクたちと一緒にいこう!」
「やった~! ふ・ふ・ふ~これでアーシュは私のものよ!」
「なっ!?」
それを言ったら、またややこしいことに……。
彼女たちの話題はボクに集中しているけれど、それで仲良くなってくれるならばボクも嬉しい。
なんとも奇妙な関係の二人だ。
そんな二人をずっと眺めていたい光景だなと思って、ボクは苦笑した。
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