勇者が世界を滅ぼす日
鬼人の子
運用を始めて、数日後のある日。
慌てた様子で、ルシファーが報告へやって来た。
「アシュイン様、非常事態です!」
「どうしたの?」
王国領に近いB地区にあるアカシ村が、王国の人間によって襲撃された。
対処のために、ベリアルの命で軍部から二つのユニットを派遣。
防衛、警備は完了しているから追撃はされていない。しかし女性と子供が奴隷として連れていかれたのだ。
軍部がさらにユニットを増やして、奪還作戦を敢行すればグランディオル王国と戦争になりかねない。ベリアルから判断を求められている。
「さわれた人質は何名?」
「子供が10名、女が8名の18名です」
「多いな……バラバラに囚われていたら、全員を救えない。それにおおっぴらに軍をだしたら、戦争のきっかけを与えてしまう」
「そうね……だったらゲートをつかうわ。アーシュも使えるはずよ」
設置した魔法陣へ瞬間移動をするゲート魔法。高い魔力を保有している者のみ使用できる。行先に魔法陣が設置されていることが必須のため、必然的に魔王領内の移動と、王国から魔王領に帰還する時だけ使用する。
トップの二人が魔王領を離れるのは好ましくないけれど、今回に限っては時間をかけずに一気に救出したい。
「アイリス。感情的にならずにいられる?」
「………………たぶん」
「ま、まぁできるだけ善処してくれ」
アイリスに教えてもらった通りにゲートを発動する。
描いた魔法陣は、一気に真っ白い世界へとボクたちを誘う――
そしてその純白の光が収束してくと、ふぁっと行先の世界が浮かび上がる。無事B地区のアカシ村へと着いたようだ。
思っていたより小さい集落だ。今は軍部のユニットが警備している。しかし日常的に守り人を出すほど人数に余裕がないだろう。
突然現れたボクたちに村人たちは驚いている。
前魔王の時代にはあまり使用されていなかった魔法陣。それが久しぶりに稼働したことで村人たちは活気づいている。
「おお~アイリス様だ! た、助かったぁ!」
「となりの男は誰だ?」
魔王領では、ボクはまだ無名な人間だ。
幹部たちはボクを人間と知って集まってくれていた。でも領民はそうではない。まずは知名度を上げる必要がある。
「皆の者! よく聴きなさい! この者はわたしのフィアンセ! 魔王様の代理よ! わたしと同等の権限を持つものとして、敬いなさい!」
「「「ええ~~~!!??」」」
ボクも思わず驚いてしまった。
フィアンセという言葉をアイリスから聞けるとは思わなかった。確かに親しい仲になったから、嫌ではなくむしろ嬉しい。
それにこれは好都合だ。
アイリスが出してくれた助け船を無駄にすることはない。
「我が名はアシュイン! 我に従えば、すべての魔王領民の安寧を約束しよう!」
ドウゥウウウウン!!!!
派手な光の柱は防御系の勇者の技『ブレイブウォール』。地面に使用するという本来とは違う使い方で、村人を鼓舞する。
一時的にでも村の住人の不安な気持ちを取り除くことが出来ればそれでいい。これから魔王領の住人を統制するには、絶対に必要なことだ。
ここで経験しておいて損はない。
「おぉおおおお! 魔王様代理だ! アシュイン様だ!!!!」
「すごい柱だ! この方ならやれるぞ!!」
「「「わ~~~~~!!」」」
思惑通り、村人は盛り上がってくれた。
ただこれで結果が伴わなければ意味がない。しっかり攫われた女性や子供を救ってきてそれは達成される。
「アーシュ! カッコいいよ!」
そう言ってアイリスは腕を絡める。大げさに演出した宣誓を気に入ってくれた。
アイリスに乗せられてすっかり魔王代理になってしまった。二人で成していこうと思っていたが、これではボクが舵取りをしているようだ。
ただ……。
村人が喚起する姿を眺めて、二人は微笑みあった。
この可愛くて愛らしい悪魔に、今度はボクが鼓舞されてしまった。
二人は魔王領の森を駆け抜ける。
移動に馬車は使わない。アイリスとボクならば走った方が早いからだ。
魔王領とグランディオル王国の境界線には塀はなく監視もいない。地図では点線がひいてあるが、明確な位置を決められているわけでもない。森を抜けたら王国領という認識だ。
森を抜けるとたしかに雰囲気が変わって、耕された畑があり、野原があり川が流れている。のどかな風景が、人間の領にきたことを表していた。
そして王国領のアイルレイン町へとやってきた。
もう日が沈み、辺りは真っ暗だ。門の周囲や、町の中は魔道具の灯りや松明が周囲を照らしてくれている。
入口の門には民兵が立っている。おそらく民間人の雇われ兵士だ。訓練もあまりされていないし、礼儀もしらない荒くれものが多い。
「よぅおつかれ~通るぞ」
「おい、いい女をつれてるじゃねぇか。おいてけよ」
何事も無いような顔をして通り過ぎようとすると、案の定止められた。アイリスのイエローブロンドの美しい髪はどこへ行っても目立つ。フードをかぶって角と尻尾は隠しているとはいえ、はっきり言って隠密行動には向いてない。
「通行料は払ったが?」
「おめぇにはもったいねぇ。おれが可愛がってやるよ。子猫ちゃん」
そういって民兵は、下種な笑みを浮かべてアイリスの肩に触れようとする。
その瞬間――
ザシュ!!
その乾いた音と共に、民兵はぴたりと動きを止めた。
切り裂いたにもかかわらず、一切の殺傷傷がない。
それは恐ろしいほどに滑らかであるために、血一滴すら零れないのだ。切られた本人も気が付かないままに、生命活動は停止する。
「……アイリス。感情的には」
「……ごめん」
民兵はすでにこと切れている。
兵士の死を気づかれるのは、交代要員が来た時。1時間程度がタイムリミットとみるべきだろう。
それまでには全員を確保したい。
一か所に監禁されていれば良いけれど、バラバラだと厄介だ。発見されたときに一人でも漏れがあれば、人質にされてしまう。
まずは情報を集めるために、冒険者を装ってギルドの酒場へやって来た。
ギルドの酒場は、冒険者ギルドの横の併設されている。時間が遅いせいか、すでに仕事を切り上げた冒険者が大勢いた。
「腸詰とシュアプを2人分、頼む」
二人でテーブルにつき、飲み食いしながら聞き耳を立てる。がやがやとした店内から情報を分離して、関係性のある物を拾い上げのだ。
しばらくすると襲撃に関する話をしている連中を見つけることができた。
話をしているのは冒険者四人組だ。いや三人と鼻息の荒いブタ野郎が一匹。
「魔王領から奴隷を仕入れたんだって?」
「ああ、もう娼館にいけば見られるぞ」
「なぜか悪魔族は、みんな美人ぞろいだ」
「ボボ、ボクはちびっこにしか興味ないんだな」
「あぁ子供も確保してきたらしいぞ?」
「ンモーー! 早くいってよぉ! ボクいってくる!」
ガタリと勢いよく立ち上がったブタは一匹だけで、外へ飛び出していった。
他の冒険者三人は呆れた顔でその様子をみて、関心がなさそうにまたシュワプを飲み始める。
さらわれてから娼館の見世物になるまでの時間が早い。その手際を見れば、常習的に悪魔族をさらっていたことがわかる。
「……ボクたちも行こう」
後をつけて娼館までやって来た。
陰から正面入り口の様子をうかがうと、さっきのロリコンブタ野郎が店員ともめている。
「ンモー! この子がいいのに!!」
「本日入荷したので、お披露目だけです。後日お引き立てください」
「このボクのパトスをどうしてくれ~~~るの!!」
「ですから……」
猛烈な猪突猛進を見せるロリコンブタ野郎。店員は為す術はなく困っている。
「キモいキモいキモいキモい」
アイリスは自分の腕を抱いて鳥肌を立てて震えている。よほどこの手のブタ野郎が嫌いなのだろう。ボクでも目を覆いたくなる光景だ。
それでも店員の目を引き付けてくれているので今は感謝した。
隙をみて裏手へ回り、娼館に入りこむ。
定期的に悪魔を仕入れていると思われる娼館は、しっかりとしていて豪華な作りだ。貴族の住まいと言っても過言ではないほど、高級な家具や絨毯があしらわれている。
いくつか部屋があったが、物音はしない。
奥へと進み廊下の角の先に、強面二人の見張りを立てて厳重に警戒されている部屋があった。
強面を滑らかに切断し、ドアを開ける。
すでに今日のお披露目は終えていて、悪魔の女性と子供が監禁されていた。
「全員いるか?」
「ううん……ミルちゃんがいないの……」
「さっき、貴族が気に入って買われちゃったみたいなの」
人数を数えてみると、やはり子供が一人足りない。
「くそっ! ……アイリス! ゲートで彼女たちを連れて先に戻っていて。ボクはその子のところへ向かう!」
「わかったわ。アーシュ気を付けて!」
捕らえられていた女性から情報を集める。
ミルちゃんを買っていったのは、アインリッヒ伯爵という名の貴族。貴族は名前がわかれば、ギルドで住まいを聞き出すことは容易だ。
ここは町の北側。貴族の屋敷が立ち並んでいる区域だ。町の兵士が警戒してうろうろとしている。
見つからないように裏の隙間をすり抜け、アインリッヒ伯爵家の屋敷へと忍び込む。
……シンと静まり返った廊下。
奥の部屋で何か聞こえてきた。
「ンフーンフー、なんと美しい子だ」
「……い、いや」
「大丈夫。優しくしてあげるから……」
「……うそ……」
「嘘なもんか。でも抵抗して怪我をしたらいけないから……この媚薬を使ってあげよう」
「……ひっ」
あの子がミルちゃんだ。他の子に聞いていた特徴に一致する。
手には力を封じる枷がはめられている。今まさに毒を盛られようとしていた。ギリギリ間に合ったようだ。
ガチャッ!
その行為を中断させるように、わざとらしく物音を立てる。こちらに気を引いておけば何とでもなる。案の定、アインリッヒ伯爵はこちらを向いて、驚いている。
「なっ!? 貴様は誰――
シュパ!! ……ゴトリ
驚いている刹那に、斬り落として転がる奴の生首。
それはまるで人形の様だった。交渉の余地もないから、有無を言わせる必要もない。
果物よろしく切断した生首は、しばらくしてからドクドクと血があふれ始める。
滑らかすぎる切断面の特徴だ。
「……あ……あ……」
「ミルちゃん? もう大丈夫。魔王代理のアシュインって言うんだ」
ミルはすっかり怯え切っていた。
それでもボクの魔力を感じ取ったのか、すぐに魔王代理という肩書を信じてくれたようだ。
「……こ、怖かったよぉ……うわぁああああ」
胸に飛び込んできた彼女を、優しく抱きとめる。しばらく泣き止むまで頭を撫でて宥めてやった。
「もう大丈夫……いっしょに村へかえろ?」
「……うん。ありがと、アシュイン……でもまだ怖いからだっこして」
「はいはい」
艶やかな長い黒髪に赤く短い二本の角が主張している。そして奇麗で真っ白な肌と美しい顔は、子供とは思えない艶美な魅力を感じさせた。
そのせいか、高慢な貴族に見染められてしまったのだろう。
おそらく彼女は鬼人の血を引いている。
鬼人は魔力が低いから、枷などで封じられると抜け出せなくなってしまう。ましてや子供だ。怖かっただろう。
抱っこして撫でてやると、安心して甘えん坊の子供のような仕草を見せる。
この屋敷は特に後始末もいらないだろう。まだ使用人にも感づかれていないし、悪魔族が関わっていた事が知られなければ問題ない。
離れない彼女を抱えたまま、ゲートでその場を後にした。
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