勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

魔王領の統制





 しばらくは見つめ合い、お互いの気持ちを探り合う。そんな時間もとても楽しい。そうして交じり合うことで気持ちが一つになっていく。
 初めての体験に、顔が紅潮してくのが隠せない。




「……アーシュってボクのこと?」
「ええ……嫌?」
「ううん、うれしいよ、アイリス」




 ごまかすように話題をふると、彼女はさっきとは打って変わってとても愛らしく、やさしい音程で声を紡いだ。
 愛称ニックネームで呼ばれたのは、人生で初めてだから戸惑ってしまう。その嬉しさと同時に王国では勇者の力だけ見られていたことを、嫌でも実感させられる。


 抱き合っていた腕をほどき、月明かりに照らされた窓に視線を移す。
 彼女の恍惚とした瞳は、天を仰ぎ、そして深紅がまた強くなると同時に拳を握った。




「勇者は……殺すわ……‼」




 艶やかで冷たく、それでいて力強い声に寒心足らしめられた。そして心にずしりとのしかかる。彼女に魅入られたがゆえの咄嗟で最悪な手段に、もう後悔し始めている。
 それでもケインは勇者として成り代わったのだから、それぐらいの責任を擦り付けても文句はないだろう。
 『魔王領の復興』の手助けそして懺悔。これが当初の目的だ。しかしボクは願ってしまった。




 ……彼女がほしいと。




 それが願わぬ想いなのはわかっていたが、今は彼女の魅力、魔力の美しさに魅入られた心の渇望に身を任せたいと思った。




「……人間の国へ……攻め込む……‼」




 再び発した強い意思だったけれど、これにボクは賛同しかねた。彼女は今、深い怒りに飲まれようとしているのではないだろうか。




「……それは……やめたほうが良いよ」
「……どうして……‼」




 そんなことをすれば、もとより悪魔への畏怖があるのに、さらに増長して攻め込まれ、無辜の民が死に絶える可能性がある。


 それに悪魔たちの暮らしを見た限りでは、戦いを望んでいるとは到底思えない。彼女を含め悪魔たちの持つ強い力があっても、力推しではいずれ破綻する。




「……だからすこし考えがある」




 勇者を殺したいという彼女の願いはさておき、戦争を起こさせずに魔王領の長期的な安全の確保はしたい。
 人間の世界で一番の大国グランディオル王国への干渉、浸透。そして悪魔の地位確立による将来の担保。




「……やれるかしら? ……できるのなら……やってみたい‼」
「……きっとやれるよ」




 そのためには魔王領がまとまる必要ある。
 魔王領の構成として大多数が知能を持たない魔物。悪魔族に分類される知能の高いものは少数だ。おかげで今までは魔王が君臨することである程度の統制は取れていたが、力による支配だ。
 それが無くなり、さらに己の好き勝手に行動をしてしまうだろうと予想される。
 統制しないままでは復興に何十年かかり、滅ぶ。であるならしっかり復興のための効率的な統治を推し進めたい。


 ボクはかいつまんで彼女に説明すると、内容に満足してくれているようだった。




 そして握手のための手を出してきた。
 けれどそれは握手ではなくて、するりと指を絡めて恋人がつなぐように手を繋いだ。




「ふふ……」




 ……再び心臓が跳ねあがる。
 手から伝わる彼女の気持ちに、また紅潮して嬉しくなった。深紅で妖艶な笑みはこちらじっと見ている。気持ちを荒らすように彼女の尻尾がくるりと回って二人を取り囲む様子が可愛いい。




「アーシュ……今日はずっと一緒にいよ?」




 その魅力的なお誘いに、流されるままに従った。
 彼女といる時間は、勇者で味わった悲しみを忘れさせてくれる。そしてボクも彼女の哀しみを忘れさせてあげることができる。
 その日は二人で夢に堕ちていった――




































 次の日はすっきり目覚めることができた。
 アイリスとの朝はとても眩しく、これからの新しい暮らしと未来を感じさせた。






 そして招集してくれた悪魔族の幹部たちが、今目の前にいる。
 彼らの容姿は、尻尾や角があるくらいで人間とほとんど変わりがない。
 ただ魔力は多いので、下々を抑えるだけの貫禄がある。基本的に悪魔の統率はそれで十分。
 しかしそれでは不満もでるし、効率も悪い。これから変えていけばいいのだ。


 アイリスが彼らを紹介してくれる。








「やぁ人間くん。面白そうなこと、するんだって? 期待してるよ!」


 堕天使ルシファー。
 ホワイトブロンドの髪に、中性的で整った顔立ち。貴族のような衣装で身を包み、優雅な所作はまるで王子様のようだ。すこし軽い口調も、親しみがあって好感がもてる。
 幹部の中では一番多く、魔力をもっている。










「へっ! 俺たちを使うってぇ? できんの?」


 怠惰ベルフェゴール。
 身長が高くて細身で、雄々しく筋肉質な男だ。太々しくて攻撃的な目つき、ツンとした赤髪が彼の性格を物語っている。そして何故かシャツの胸のボタンを開けている。
 見た目通りに、単騎戦闘が好きだそうだ。それから意外な事に技術工作が得意だ。










「オレは! 支持するぞ! キミの野望を!!」


 誠実のオロバス。
 オールバックヘアで暑苦しい筋骨隆々の男。人間の年齢でいえば30歳程度の男性に見える。
 英雄のように子供たちに人気がある。
 今も子供たちを集めて、小屋で学問や鍛錬を教えているそうだ。








「ケッケッケ。お~もしろそ~うじゃね~の」


 錬金術メフィストフェレス。
 銀髪でぼさぼさヘア。白衣を着て見るからに奇人のような男だ。不精髭が気になるが、狡猾で頭もよいのだろう。
 あらゆる学問に精通し、普段からさまざまな研究開発をしている。








「あ~らかわいい! たべちゃいたいわ~」


 高邁なベリアル。
 青紫のロングヘアが特徴的だ。そして赤いルージュに鋭利な爪、豊満な肢体が、彼女の妖艶さをさらに演出している。
 軍勢を率いる能力が高く、魔王軍で指揮をしている。魔力もルシファーに次いで高い。
 となりでギリギリと爪を噛んでいるアイリスが面白い。








「我、汝を支持する」


 癒しサリエル。
 男性に珍しいストレートヘアのやせ型で聖人のような男だ。寡黙で、堅苦しい。そしてほとんど表情が見えない。しかしその細い目から覗く強い意思のようなものが感じられる。








「……っんもっんもっも」


 蠅王ベルゼブブ。
 何を言っているのかわからない、身体が大きくて太っている男。その身体とは裏腹に、とても温厚で内向的な性格だという。
 やさしそうな表情だけれど、周囲から少し浮いてしまっている。










 彼らは皆、人間の古い悪魔崇拝の文献で名前が記されている。
 しかし現実の印象とは全くの別物だった。


 それはすなわち、悪魔崇拝の書の伝承が彼らを示すものではなく、統制や意思操作を目的とした空想の産物・・・・・であったということを意味している。
 彼らは人間と同じように普通に生活する民。それが真実だ。






 集まった幹部たちは施策案に賛同してくれた。それにボクが人間でも、快く受け入れてくれている。
 癖の強い人物ばかりだけれど、とても頼もしい。仲良くやっていけそうだ。




 それぞれ得意な分野を担当させて、効率的に復興を目指す。




総務はルシファー。
技術工作はベルフェゴール。
研究分野はメフィストフェレス。
学問はオロバス。
軍事はベリアル
医療はサリエル。
食料はベルゼブブ。




 ボクとアイリスは基本的にただの象徴と、大綱を指示するだけ。実務、具体的な指示はルシファーに任せる。
 あとは幹部たちで対処できない課題を個別で対処する。


 興国をするわけではなく、数少ない悪魔の存続、復興の効率化が最優先だ。
 それから通貨は一部を除いて使われていないから、財務はいまのところ必要はない。もちろん税金はないけれど、王城への献上はされている。早く復興をさせないと不満もたまるだろう。




「さてルシファー、近々の課題はある?」
「はい、アシュイン様。防衛力と食糧です」




 勇者侵攻で知能のある悪魔族が減ってしまった。そして多く農民や漁民も犠牲になったから、食糧生産能力も落ちた。


 それを聞くと、ボクの心はザクリと抉られる。でも本当に痛いのは彼らだ。悔いる前にやるべくことをやろう。




「……そう。じゃあまずベルフェゴールは器具の開発工作で、ベルゼブブを助けてやってくれ」


「おう! やってやるぜ!」
「んもっんもっんもっ!」


「防衛に関してはすぐに攻め込まれる心配はない。監視だけ気を付けて」
「ええ、わかったわよん」
「それより育成がカギになる。オロバスが助けてやってくれ」
「おぅ! まかせとけ!!」


「いいわ。そ・の・か・わ・り~いい子がいたら食べちゃっていい?」
「だめ」




 ベリアルがちらりとボクの方へ視線を向ける。するとアイリスが視線を切るように立ちふさがって即座に否定した。




「アイリスお嬢ちゃんにはまだ早いかな~」
「いや、本当に食べる気なのか?」




「ううん、セッ〇スする」


「隠せよ」




 ベリアルは少し苦手。
 魔王討伐にかまけて女性との付き合いをないがしろにしていたから、女性への免疫があまりない。
 彼女にばれたら、からかわれてしまいそうだ。






 それからすでにある村や町の流通は、裁量に任せて盛んに行うように指示する。
 今までは抑制的で統制されていたから、首長はとてもつらい立場だっただろう。少しでも裁量権をあたえることで、やりがいを持ってもらいたい。








「さて、それぞれ取り掛かってくれ、わからない事があったら逐次連絡だ。報告・相談・連絡はしっかり頼む」








「おお~!」
「いえ~い!」
「うふ~ん!」
「……んもんも!」
「……ふ」
「やるぞ! 魔王領の為に!」
「……我、いざ行かん!」




 掛け声は合わせてほしかった。






 あとは彼らがうまくやってくれることを期待しよう。あくまで主役は彼らで、ボクは支えるだけでありたい。









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