勇者が世界を滅ぼす日

みくりや

軌跡





 王都では勇者ケインパーティーの凱旋パレードが行われている。
 何頭もの騎馬が列を作って国旗を掲げていた。その列の中央の馬車に勇者たちの姿が見える。勇者たちが手を振ると、人々が盛大に拍手や歓声でその雄姿を讃えた。




 彼らは美男美女だから、とてもよく映える。村出身で小汚い鎧を着ているボクとは大違いだ。




 ポーターだったケインは今や今世紀最大の勇者。隣にいるレイラのとても幸せそうな笑顔が眩しい。
 戦士ガランも英雄の一人として眺望の眼差しを受けている。楚々に着飾っているユリアも、彼に寄り添い涙を流して喜んでいる。




 ボクはといえば、そんな彼らを遠巻きにリンゴをかじりながら眺めていた。




 ……もうここに居ても空虚なだけだ。
 今を思えば、王都を去るのは二度目。過去にも地方へ追いやられたことがあったが、その時はこれほどの悔しさはなかった。


 ……きっと仲間を、そしてレイラともしっかり向き合ってこなかったせいで、失ったからだろう。
 王都にはもういられない。


 パレードで手を振っている彼らを見ていると、冒険の数々が脳裏に再び蘇る。




 ……そうだ。


 魔王討伐へ向けて旅をしたときに立ち寄った場所を、訊ねてみようと思う。勇者としての軌跡、頑張った証拠を確かめたい。


 勇者なんて肩書はいらない。でも努力が無になるのは悲しいから。だから助けた人たちが、少しでも覚えていてくれたらそれで満足だ。




 ――食べ終わったリンゴの芯を路地裏に投げ捨てる。




 王都を去り行くボクの足取りは意外にも軽かった。
















 まず訪れたのは王都から徒歩2日程度のムアンの町。馬車であればもっと早く着くけれど、もう急ぐことのない旅だからとゆっくり歩いて来た。


 街中はすっかり平和になっている。王都から来る行商人、露天商、店を構える商人。中央広場には芸を披露する芸人や吟遊詩人。それに群がる人々。あの頃よりはるかに栄えている。


 以前来た頃は、ボクはまだ駆け出しだった。近隣にできたゴブリンの巣の殲滅依頼を受けたことを覚えている。
 ゴブリンは徒党を組んで、女性を攫って孕ませる。強くはないけれど被害が大きくなる、狡猾で厄介な魔物。
 ゴブリンの巣にたどり着いた時には、ちょうど女性が襲われている最中。まさに間一髪で助けることができた。


 救助で来た数名の女性を連れて町へと戻ると、「英雄だ」「救世主だ」と歓声が上がる。その日は祝勝会が行われ、豪華な食事を振舞ってくれた。


 助けた中で一人だけ、特にボクと仲良くしてくれたマインという女性がいた。ずっと持て成してくれて一番の友人となった彼女は、今どうしているだろうか。








 町の中を散策していくと、何人もの人たちとすれ違う。
 それでもボクの事を覚えている人はいないようだった。ここは人の往来が多い町だ。
 救ったとは言え、ただの冒険者であったボクを覚えているはずがない。そう思うと覚えてくれている人がいるかもしれない、というおこがましい期待をした自分が恥ずかしくなった。


 少し残念な気持ちだったけれど、平和だったから良しとしよう。そう自分の中で区切りをつけた頃。
 あの子が丁度買い物帰りの様子で歩いているところを見つけた。




「やぁマイン、お久しぶり」
「……っ。あの時の……! 来ていたのね」
「元気そうだね」




 名前を呼ぶと、マインは明らかに怪訝な顔をした。なぜここまでとは思ったが、覚えていてくれただけでも嬉しい。




「あのアシュインくん。悪いけど、呼び捨てはやめてくれないかな……」
「……え? そう呼べって、マインが」
「……っ! あたし結婚したの! 昔の男みたいな面されると迷惑だわ!」
「っ! ……そ、そうか。すみませんでしたマインさん・・




 この分では昔話に興が乗る事はなさそうだ。ここまで嫌悪されてしまうのなら覚えていないほうがマシだったかもしれない。マインの返答に違和感を覚えたが、やはり結婚してしまうと変わってしまうのだと見切りをつけた。
 誰も知り合いのいない町になってしまうと、もうただの町だ。まるで何事もなかったように振舞われている町に……少しばかり恐怖を感じて去ることにした。


















 気を取り直して次はオマージ村へとやって来た。
 ムアンの町で焦燥感を覚え、走って来たので数時間程度しか経っていない。


 この村はグランディオル王国を縦断するサーヌイ川中流に位置する場所にある。近くに森もあるため農業、狩人、林業が盛んだ。


 以前パーティーで訪れた時には、近くの森で魔物の暴走スタンピードが発生していた。


 オマージ村は壊滅必至だったが、親を亡くした小さな女の子アイラの哀しみに感化されて、発起し、必死で戦ったことはまだ記憶に新しい。
 おかげで魔物の暴走スタンピードは直前で食い止めることができた。


 去り際には希望を取り戻したアイラが「いつか迎えに来て」と言っていたことを覚えている。
 彼女がそれを覚えているかどうかは分からない。気持ちもきっと変わっているかもしれない。
 でも覚えていてくれたら、それだけで嬉しい。




 村の中を歩いていくと、喧騒が聞こえてきた。
 力試し大会が行われているようだ。お祭り騒ぎで村人が楽しそうに煽っている。ボクも参加してみることにした。




「お兄さん、弱そうだけど大丈夫? これ書いてね」




 受け付けの青年はこちらを見て、訝し気な顔をしていた。参加者名簿に記入をすると、裏手にある待合場所で待つように言われる。
 参加者の男たちは熱狂していて、待合場所の幕裏まで怒号が聞こえてくる。




「おっと飛び入りの旅人アシュインだ!!」




 次はボクの番。対戦相手は……。




「ヴォホォオオ!!」




 まさかの鉄仮面をした死刑執行人エクスキュージョナーのような巨躯の筋肉だるまだった。
 しかも手の巨大な斧には血が滴っている。すでに何人か殺したような風体だ。
 ……でも負ける気がしない。




 相手の男は斧を構え、大振りに振り下ろす。




「ヴォオオオオオオオ!!」




 ――轟音と共に斧は空を切る。地面に叩きつけられた斧の衝撃で砕けた破片が飛び散る。
 その衝撃の重低音に観客は気を取られているが、周囲に土埃をたてただけだ。




 土埃が上がる中、軽く足を払う。そして――




 奴は再び轟音を立てて、しりもちをついて気絶する。村のお祭りなのにやり過ぎたと思ったけれど、相手があれでは仕方がない。




「勝者アシュイン!」
「ちょ、ちょっとあんた!! なんてことしてくれたの!」




 怒り心頭で顔を真っ赤にした女性が出てきた。その女性の面影を覚えている。あの時の女の子アイラだ。




「ア、アイラ?」
「はん! 誰、あんた? 気安く呼ぶんじゃないわよ! ああぁ! カラマーゾフ!! なんてことを!」




 アイラはすでにカラマーゾフという鉄仮面と恋仲にあった。しかしそれに納得が出来ない村の男たちを黙らせるために、この力試し大会を開催したのだった。
 それを倒してしまった。




「あんたなんか願い下げ! 彼のほうがいい男なんだから! 村から出ていけ!」




 ボクの事を一切覚えていないどころか、計画をつぶした悪党扱いをされてしまった。その修羅場の所為か、カラマーゾフを倒した番狂わせにか、村の男たちは興奮している。
 しかし村の人気者であるアイラに罵られては、ここにはいられない。仕方なく逃げるようにオマージ村を去った。



















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