勇者が世界を滅ぼす日 アナザーストーリー
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あたしはマニ。魔王領に住む悪魔と人間のハーフ。
ある日、魔王領が人間に襲われた。
お父さんとお母さんは、勇者が襲ってきたと混乱している。
お父さんは悪魔でお母さんは人間。悪魔の人たちはみんな優しいから、人間のお母さんでも受け入れてくれていると言っていた。
「襲ってきた勇者パーティーは五人だ、それぐらいなら魔王軍の精鋭が何とかしてくれるだろう」
「あぁ、しかし……グランディオルの王め……話が違うじゃないか」
非戦闘員は村長さんの家に避難している。お父さんは戦いに出てしまってあたしとお母さんだけここに来ていた。
村長さんの話は難しかったけれど、何となく概要が見えて来た。
魔王領と人間との間には、取り決めがあったらしい。ただその取り決めは広い隣国、グランディオル王国の全国民に周知されていないため、稀にこうして襲ってくる人間がいるのだそうだ。
しかし今回襲ってきたのは勇者で王国の紋章を付けている。
となれば個人の暴走か、あるいはその勇者も嵌められているかのどちらかだと言う。
色々考えるのは大切だけれど、いまは生きるか死ぬかの瀬戸際だからゆうしゃをけちらさなきゃ先が無いのだ。
がやがやと話をしていると、突然入口の方から爆発音が聞こえた。悲鳴を上げながら奥へと後ずさる。
あたしもお母さんに抱き寄せられて奥へ。
入って来たのは二人の男女だ。
「アシュインとレイラは?」
「今強い悪魔と交戦中ですよ。 だから今のうちに処理してしまいましょう。彼に悟られては面倒です」
周囲は阿鼻叫喚。地獄絵図だった。ここに居るのは戦闘ができない、女性子供老人、それから病人しかいない。
だというのに容赦なく斬り殺された。
あたしはお母さんにくるまれて、外からは見えないように匿われた。お母さんの身体が震えているのがわかる。
「おい……こいつだ……」
「ふん……厄介なことをしてくれましたね」
――ずぶり。
そうとしか形容できない、肉を指すような音が何度かした。すると「うっ」というお母さんのうめき声が少し上がって、やがて体は震えなくなった。
……いや……おかぁさん……しんじゃいや……
あたしは必至で震える声を堪えた。いまあたしはお母さんに守られている。そう命を賭して。なのにそれを無駄にしてはならないと。
「これで完了。この村にもう用はない」
「そうですね。アシュインたちと合流しましょう」
生き残ったのはあたしと、数名の男たちだけ。お父さんは殺されたが、意外にも外の方は被害が少なかった。この村長宅だけが一番凄惨な現場となったのだ。
となれば子供のあたしでも察しはついた。
この村で唯一の人間のおかあさん。きっとお母さんを始末にきたのだ。
アシュイン……それがこの敵のリーダーだ。
あたしはその名前を憎しみと共に記憶した。
あの時、勇者パーティーに魔王を討たれた。魔王の娘、アイリス様は魔王領民みんなから慕われている人気のお姫様。
彼女が継ぐかどうか、これから決まるそうだ。
あたしは村の狩人夫婦に拾われた。いつまでもその夫婦に頼っていられないと、必死で狩りを覚えた。
幸いお父さんに剣を習っていたので、技に関しては狩人夫婦に引けを取らない。
「マニ……よくやった!」
「マニ! すごいじゃないか!」
「……ありあと」
そっけない返事しかできない。でも二人はそれでも伝わっていた。あれ以来、あたしは笑いことができなくなっていた。それでも彼らはあたしを引き取り育ててくれている。
今はお礼を言うのが精いっぱいだけれど、いずれは……。
「マニ、これに通ってみないか?」
「!」
養父は一枚の羊皮紙を手渡す。魔王領で羊皮紙を扱うのは偉い人だけのはずだから驚いた。まさかこんな田舎の村のそれも一個人が持っていいものではない。
――魔王領立オロバス学園 生徒募集
「マニは魔力も十分。それに同い年の子たちが集まるから友達を作ってほしいんだ」
「とも……だち?」
行きたくない。この人たちと離れたくない。そう思った。友達なんてできるわけがないのだ。ここの村の同い年の子ですら虐められているのだから。
「嫌……れす。 ……どうせ虐められる」
「そんなことないさ。 今度魔王領の代表になったのがアイリス姫とその婚約者なんだけれど……」
「なんとそれが人間だって言うじゃないか」
「……え?」
「もしかすると、マニの話も聞いてくれるんじゃないかな?」
それにあたしはとても興味があった。悪魔と人間のハーフであるあたしは、どこに行っても煙たがられる。
養父のこめかみには冷や汗が垂れている。
そう、それはこの夫婦でも例外ではない。おそらく村長から追い出せと言われているのだろう。彼らも追い詰められているのだ。
だから魔王領立の学園に入れてしまえば、それが無くなる。これ以上迷惑を掛けない。それが恩返しだと思った。
「わかった。 ……でも献上品……ない」
「そうか! いや献上品はいらないんだ。 なんとその新代表のおかげで無料でいけるんだよ」
「!」
なんという破格の条件。それはまだ大人になりかけのマニでもすぐに理解できた。だってそこは寮が完備されていて、成人までしっかり生きる術を教えてくれると言うのだから。
アイリス姫も前魔王様も、そんな教育に力を入れるなんてしたことが無かった。やはりその人間のおかげなのだろう。
落ち込んだあたしの心に、一筋の光が見えた気がした。
さっそく学園へ入学すると、制服や衣類、それにとても美味しい食事が与えられた。食べたことのないそれは、とてもとろりとしてしあわせな味がした。
「んもんも……お、おいしい……」
それだけで、すごく泣けてきた。たったそれだけなのに、両親が死んでから初めての優しさをもらった気がしたのだ。
あの狩人夫婦にも世話にはなったが、基本的に食事は自前。狩りの仕方はおしえてくれたけれど、取れなければ食事は抜きになる。
料理も当然自前だ。 あたしはやり方を知らないから、何でもかんでも焼いて食べた。一度も美味しいなんて思ったこともなかったし、そもそも味がない。
それに比べこの肉、そしてスープ、芋や葉っぱに至るまですべてが美味しい。
でも狩人夫婦が言っていた『友達』はできなかった。あたしは他の悪魔たちとちがって、肌が少し浅黒いし銀髪だ。その大きな容姿の違いに、村の用に馬鹿にされることはなかったけれど、敬遠されている。
ある日、なんと噂の魔王領代表が視察に来るという。
あたしはこれに期待した。会ってみたい。会ってハーフについて相談したい。イジメられないようにしてほしいと。
その人ならきっと変えてくれるんじゃないかと。
演習をしている時にその人間はやって来た。
「みんな、今日は魔王代理のアシュインが見に来てくれたぞ!気合い入れろぉ!」
「「はい!!!!」」
……え? アシュイン?
あたしは絶望した。
だって今一番期待していた人が、まさかあの村を滅ぼした勇者パーティーのリーダーだったのだ。なぜこんなところに……。
まさかあたしを殺しに……? いやそれは少し考えにくい。魔王領代表になって復興を手伝っているのにいきなり滅ぼすようなことはしないはず。
でも警戒はしなければ。あたしがやらなければ皆死んじゃう。
そのあたしの考えは杞憂だった。
シルフィという魔女と一緒に来た彼はしっかり見て指導してくれている。もしかしたら誤解があるのかもしれない。話したら真実はわかるだろうか。
あたしは色々なことが頭に浮かんでは消え、ぐちゃぐちゃになっていくのを振り払い。授業に集中することにした。
あのシルフィという魔女は、想像以上に強い。
それにあたしより小さいのに強大な魔力を持っている。魔女というのはそういうものなのかと思ったけれど、それだけじゃなくて戦闘能力がすごい。
魔力を使わなくても、恐らくここに居る全員が束になっても勝てない。
オロバス先生やベルフェゴール先生の戦闘も見たことがあるけれど、そんなのは比にならないほどだった。
シルフィだけで魔王領を滅ぼせる力があるのではないかとすら思える。
それだけではなかった、件のアシュインだ。
おおよそ人間とは思えない力を無理やり抑え込んでいる。すごく優しい顔をしているし、あたし達を微笑ましい様子で見てくれているのに、抑え込んでいる魔力はまるで太陽。あまり頂の高さに、今のあたしでは彼をはかり知ることができない。
そうしているうちに、お嬢様気取りのシャルロッテが啖呵をきったせいで、魔女のシルフィ対、先生とクラス全員の混成チームによる模擬戦をすることになった。
みんなはシルフィをバカにしているけれど、きっと負ける。
でもやれることはやろう。
結果は惨敗。それどころか全員の魔力を合せた合成魔法すらあしらわれて、指一本触れることさえできなかった。
それなりに頑張って来たし、お父さんに習った技もあるのに。団体戦だからそれも発揮できずに負けた。
それが終わるとジュースを配っている。こういう時があたしは一番嫌いだ。いつも数が足りなくて貰えなかったり、もらえても嫌な顔されたり、一番ひどいのはハーフだから要らないだろうと取られちゃったこともあった。
だから貰わないように端っこに隠れた。
だというのに、あの人があたしに近づいてきたのだ。
「おつかれさま。ジュースどうぞ?」
……いつももらえるはずのないジュースをもらえたのは嬉しいけれど、それ以上にこんなあたしを見つけ出してくれた人がいたことに、胸にこみあげるものがあった。
「……ぁ……ぁ……ぁ」
その気持ちを伝えたい、そう思ってもうまく言葉に出ない。いつもならそれすら待ってくれる人はいない。呆れて去っていく。
しかし……
「大丈夫。ゆっくりでいいよ」
そういって微笑みかける。なんと彼はあたしの言葉が出るまで待ってくれるというのだ。そんな人は人生で初めてだった。
こんなにやさしい人がいるのかと、あたしが何に困っているのか察してくれる人がいるのかと。
そういう人がいたからこそ、あたしは前に進もうと思えた。
深呼吸をして、懸命に発する。
「…………あり、が……と」
必死にでた言葉は、これが精いっぱい。それでもよくやったと言わんばかりに撫でてくれた。
――そこでまたあたしは驚いた。
この感覚は……お母さんだ……あたしは思わずその優しく撫でてくれる手に身を任せた。
本当は敵のはずなのに、なんでこんなに……。
……この憎しみと哀しみの坩堝には、いったん蓋を閉めよう、そう思った。
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