俺はこの「手」で世界を救う!

ラムダックス

第61話


「起立、礼!」

ガチャッ

鎧の擦れる音が、大会議室に響く。

俺たちも、同じように返礼をする。

「着席!」

向かい合うように座る国軍兵士と国立学園討伐遠征隊。

今、俺たちは天上宮殿グリムグラセス敷地内にある国軍に割り当てられた敷地に赴いていた。
実際の国軍の施設は皇都の別の場所に存在するのだが、国とのやりとりのために宮殿内に部署が設けられているのだ。
その中の大会議室と呼ばれる多人数が一度に介し話し合いをする部屋へ来ていた。
二列に並べられた机の左側に学園、右側に国軍の人達が座っている。

国軍側は幹部達が、学園側は各部隊長と副部隊長が出席している。
因みに俺は副部隊長だ。部隊長様のアナスタシアのありがたいご指名により就任させられた。職権乱用だ。

別働隊は名目上遊撃部隊となっている。
部隊は全部で六つあり、俺たちを除いたら五つだ。
四十人を1部隊とし、各々のスキルに合わせて編成されている。
前衛は歩兵部隊と砲兵部隊。
後衛は、工兵部隊に偵察部隊。
あとは衛生と輜重を合わせた補給部隊だ。
遊撃部隊は前衛となる。

「それではまず、軍団長から身分と階級をお願いします」

軽い歓迎の挨拶も終わり、対面する机の真ん中に座る男性が言う。

「うむ。私の名前はペクタール・フォン・シバド。シバド公爵だ。歳は五十、階級は大将だ。第二軍団の軍団長を任されており今回の討伐遠征の総司令官となる」

なるほど、この人が一番偉い人なんだな。
短髪の茶髪に、上向きの口髭を蓄えている。
公爵家……ということは、皇族に連なる血筋ということだよな?

「次は僕ですね。僕の名前はエーカ・ザン・シビルディアス。シビルディアス侯爵を賜っています。三十八歳で、階級は中将。皆さんが所属する第六師団の師団長です、よろしく」

この人が、俺たちが隷属する師団の長か。軍では珍しく髪を伸ばしており、男性ながら中性的な顔立ちで、少し癖っ毛のある波打った白っぽい金髪が肩に掛かるギリギリまである。
また、左目に片眼鏡モノクルを付けている。目が悪いのか?

「俺はベーヘイ・ディ・バストボロス。バストボロス伯爵を賜っている。歳は四十二歳、階級は大佐。皆さんの所属する連隊の連隊長だ、よろしく頼む」

軍人らしくお堅い雰囲気のスキンヘッドの男性だ。俺たちが隷属するは、第三連隊だ。

「最後は私ですね。ツヴォー・カラマンタ。カラマンタ子爵家の長男で歳は二十九歳です。まだ爵位はありませんが、ゆくゆくは家を継ぐことになると思います。階級は中佐で、第五大隊長として、みなさんの直属の上司となります。よろしくお願いします」

ツヴォーさんは茶髪をマロクリンの実のようにツンと上へ尖らせた、少しつり目気味の男性だ。口元が『ω』の形をしている。
子爵か、フォーナさんと同じだな。



さて、グリムグラス神皇国には四つの軍がある。
主力となる第一軍
次戦力である第二軍
全国の都市等の警備を担当する第三軍(近衛・騎士団含む)
予備戦力の第四軍

第一軍>第二軍>第三軍>第四軍と数字が小さい方が主戦力であり、

第一軍(八十万人)ーー東西南北四方面軍+皇都駐留一軍団

の下には

方面軍(十八万人)ーー三軍団

があり、その下には

軍団(六万人)ーー五師団

が。更に下には

師団(一万二千人)ーー四連隊
(旅団(九千人)ーー三連隊)

がある。
そこからは

連隊(三千人)ーー三大隊

大隊(千人)ーー五中隊

中隊(二百人)ーー四小隊

小隊(五十人)ーー五分隊

分隊(十人)

となっている。

俺たち遊撃部隊は、この内の小隊にあたる。
人数は十五人と少ないが、戦力的には十分だということでこの扱いとなった。
他の五部隊は普通に小隊扱いとなり、国立学園選抜隊全体としては中隊として扱われる。

今回越境の主体となるのは第一軍隷下北方方面軍隷下第二軍団の人達だ。第一軍団の人達は越境せずに神皇国側で守りに入るらしい。
主力は国内で温存し、いざという時は迎え撃つということか。



「同格から下の者達は、また後ほど現地にて顔合わせ願います。では、学園側ということで」

エーカさんが言う。先ほどから進行役を務めているのはこの人だ。

「フォルテ・マルカートです。マルカート伯爵の正妻です。歳は四十四歳、今回の学園側の責任者となっています、よろしくお願いします」

フォルテ先生は六年一組担任の女教師だ。自身も伯爵家出で、元は女弓師スナイパーとして名を馳せた軍人だったが、同じく軍で出会ったマルカート伯爵との結婚を機に軍をやめ、学園で教師になることにしたのだそうだ。

「はい、マルカートさんには少佐としての位が与えられます。国立学園討伐遠征隊長として、中隊長扱いとなります」

「畏まりました」

エーカさんの言葉に先生は淑やかに顔を伏せる。こうして見てみると、本当に軍人だったのか?   と思ってしまうな。

「ガルムエルハルト・ディ・ボンバルディウス、エーカ中将と同じ三十八歳で、ベーヘイ少将と同じ伯爵の位を賜っております。今回参加させていただく別働隊の指揮官を任されております」

ガルムエルハルトさんはいつものキリッとした表情で自己紹介をする。

「はい、よろしくお願いします。ガルムエルハルト殿には、騎士団の時と引き続き大尉の位が授けられます」

「なんと!   ありがたき」

ガルムエルハルト様は机に両手をつき深く頭を下げる。
大尉か。小隊ならば、普通はせいぜい少尉がいいところなはずだ。遠征においても、第八騎士団の副騎士団長としての立場は残されているということか。
階級によってできることは限られている。ガルムエルハルト様は、今回の討伐遠征においては中隊副隊長と同格の権利を有しているというこのになるな。



その後も五班の隊長及び副隊長と、国軍側のそれぞれの隊の指揮官となる兵士たちの自己紹介が成された。
因みに俺たち別働隊はガルムエルハルト様が指揮官なので、国軍からは誰もついてこないこととなっている。
俺たちだけ別の動きをすることについて、どう話を通したのかわからないが、官僚達があれこれと調整したのだろうか?



「----遊撃隊の隊長、アナスタシアです。十二歳で、国立学園の一年一組です。スキルは<吸収ドレイン>、相手の力を吸い取ることができます。また、過剰に与えて魔力などを暴走させることもできます」

「ほう、貴方がロンデル王国のアーネジュタズィーエ王女殿下であらせられますか!   遠征隊の中にいらっしゃるとは伺っておりましたが、遠くからしか眺めさせていただいたことがありませんで、初めてお顔を拝見させていただきました。この度は御臨席を賜りありがたく存じます」

国軍の人達が頭を下げる。

「いえ、私は今は国立学園生として、ただのアナスタシアとしてこの場にいさせていただいておりますゆえ、お気になさらず。それに来年には連合国となる皆様にそのような態度を強要するわけにも行きません」

そういえば、アナスタシアって親善のためにこの国にいるんだったな。祖国のロンデル王国も復興途中で、反乱軍の残党が潜んでいるとも限らない。お父様のタイタヌス国王陛下はすでに帰国されたらしいが、彼女はスキルホルダーということもあって、数年はこの国で過ごすんだった。
学園の外の人にとっては、やはりお姫様なんだな。

「ではお言葉に甘えて……アナスタシアさん、よろしくお願いします」

幹部達が頭をあげる。

「アナスタシアさんにも、他の隊長同様に少尉の位が与えられます」

俺たち副団長は、曹長だ。

「はい、わかりました。賜った階級に恥じない行動を心がけます」

先程から皆がいう”賜る”というのは、神皇帝に授けられるものだという建前からくるものだ。実際は国軍内にある程度の人事権があるため、陛下は誰が少尉になったのか、なんて細かいことまで知らないだろうか。

「はい。では最後、君、お願いします」

エーカさん以下対面に座る人達が俺の顔を見る。
国軍の幹部軍人だけあって、やはり威厳があるなぁ。

「はい!   一年一組の、クロンです!   九歳です。スキルは<光あれビーム>、光の筋を放ち相手を撃ち抜くことができます」

「ほう、それは具体的にどういうものなのかね?   弓よりも早いのか?」

と、ペクタール大将が問いかけてきた。

「え、えっと。はい。恐らくは……」

「なんと!   射程はどうなのかね?   威力は?」

な、なんでそんなに食いつくんですかねえ?

「どちらとも、込めた魔力によって変わります」

「ふむ……魔法による長距離攻撃はかなりの魔力を消費するものばかりだ。スキルホルダーという利点を活かせたら帝国に対してより優位性を保てるだろう」

「は、はあ」

「軍団長、そこら辺の戦略戦術はまた後ほど……」

「ああ、そうだな。では、一旦解散とする!   一時間後、昼食後に今度は転移門へ向かう。遅れないように!」

転移門??









<天上宮殿グリムグラセス地下二階>

「な、なんだこれ…………」

部屋全体が半球状の黒いアーチで囲まれている。ざっと数えたところ全部で二十四本あるようだ。遠くの方は少し霞むくらい広い。

地下二階、その奥の奥。厳重に管理された分厚い扉の先は、全面が真っ白に染まった不思議な空間だった。
中央には、灰色の床に紫色で幾何学的な模様が描かれたとても大きな魔法陣が刻まれており、そこを中心として鳥籠の形にアーチが守るようにそびえ立っている。
アーチの根元ギリギリまである円形の魔法陣は、一体何人乗ったら埋まるのだろうというくらい大きなものだ。

そこに今、総勢千二百名もの人間が立ち入っているのだ。それでもまだまだ入ることが出来るだろう部屋の大きさには言葉も出ない。

白に黒が浮かぶように並ぶ部屋。そこに佇む完全防備の兵士達。明らかに異質な空間であった。

「こんなものがあるだなんて、聞いたことがありません。単純に私が聞かされていなかっただけかもしれませんが……」

アナスタシアもぽかんと口を開けてそう呟く。王女殿下も知らないとは、やはり国内で秘匿されている技術なのだろう。

「静粛に!」

例に漏れずざわついていた学園生を前に、ペクタール第二軍団長大将が大きく声を張り上げる。
学園から来た二百十九名を、第五大隊の千人の兵士が取り囲む。実は、既に他の師団の兵士達は北方へ向かったが、この人たちは俺たち学園生が来るまで待っていたらしい。

今回参加する第二軍団は、五師団からなる総勢六万人もの大軍だ。
二百人程度なんてまさに虫けらほどの戦力だろう。
でも、ここでの経験が、将来の進路の指標や自らのスキルの力を最大限発揮する糧となるのは確実だ。スキルホルダーは軍に入る者も多いと聞くし、その事前訓練と思えば学年上位に入って遠征に参加する旨味もあるのかもしれない。

二百人はそれほど危なくない場所に出し、適当な相手を見繕って戦闘させるつもりだ、とガルムエルハルト様は仰っていた。無論俺たちは死と隣り合わせだろうけどな!
国立学園の存在意義、というものを国軍に見せつける意図もあるのだとか。戦功をあげれば覚えめでたい生徒も出てくるだろう。

「これから、長距離転移を行う!   皆の魔力を少しずつ吸い取り、転移に必要なエネルギー源にするのだ!   人によっては転移すると酔う者もいる。心しておくように!」

え、そんな代物なのかこれ?
っていうか転移と言われても未だに信じられない。事前説明は受けたには受けたが、そもそも宮殿の地下にこんな大きな施設があるとも想像していなかったし。

転移とは、魔法陣を用いた長距離移動用の魔法だ。
これ一つで、一瞬で街と街とを行き来することができる。必要な魔力・魔法陣の規模は距離に応じで大きくなるため、この部屋のように予め施設を作っておくことがほとんどだ。
そもそもこの転移という魔法の存在自体、先ほど存在を知らされ軽い説明を受けただけだ。なので実際にどのように運用されるのかなど、詳しいことはまだ理解しきれていない。

ただ、よっぽどの方がない限り国立学園生兼勇者候補の俺のような者でさえ存在を知らされないような、秘匿される国にとって重要な技術であることは間違いないだろう。

そして今回の転移先は、北の大都市モスカシュ。
開拓村を治めていた街含め、その他中規模都市など、北方地域全体を統治する立場にある。
全国の東西南北斜八つある大都市のうちの一つだ。

転移にかかる時間はほんの一瞬だという。俺の村から皇都まで、ランガジーノ様が乗っていた高級馬車をどこにも寄らずに飛ばして八日かかる。飛ばさずに馬や乗客のことを考え普通に行けば更に倍はかかる。一般人が買えるような安物の馬車では更に倍、約一ヶ月かかるらしい。六万人などという大軍勢であればなおさらだ。

それが、大隊ごとに六十回に分けて転移すると言ってもほんの一日足らずで事足りる。
大軍の移動時間を縮められるという軍事的な要素はもちろん、補給物資の資金等金がかかるものを抑えられるため、このような大きな部屋を作ったとしても、経済的にもモトが取れるのだろう。

因みに、北だけではなくこの皇都にある転移門を中心に、東西南北へ飛ぶ・・ことができる。北から南に行くには一回この皇都を経由しなければならないが。



千二百人が魔法陣に立つ。

「では転移をする!   転移酔いを防ぐため、目を瞑らないように!   景色で酔うかもしれないけどな!」

それ、目を開ける意味あるんですかね?
事前に言われた通りに、足を肩幅に開き、前に立つ人の肩を持つ。

「クロンさん、しっかり掴まっておいてくださいね」

「あ、ああ、わかってるよ」

間を詰めているため、アナスタシアの背中が俺のお腹にくっつく。仕方ないこととはいえ恥ずかしいな、これ……




--瞬間、体の力が吸い取られるような感覚に陥り、目の前の景色がぐるりと回った。



          

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