俺はこの「手」で世界を救う!
第59話
「え、エナ様!?」
『!』
部屋に入ってきたのは、聖女エナ様とその付き人の使徒ウーリエィル様だった。エナ様は聖女専用の紺色のローブを見にまとっている。顔を隠す布はつけていないようだ。
ウーリエィル様も同じような少しデザインの違うローブと、使徒を表す”知の帽子”と呼ばれるものを被っている。
部屋にいる者たちは皆、一様に驚いた顔をしている。
それはそうだろう、聖女様は教皇猊下と同等のお立場なのだ。この国で二番目に偉い、それだけの権威があるお方だ。
この学園の生徒であることは入学式の時点で既に知れ渡っているが、実際にあったことがある者など、同じクラスである俺とアナスタシア以外ほぼいないだろう。
「エナ様からお話があります。静聴するよう」
ウーリエィル様の言葉で空気が変わる。
「皆様、こんにちは。一年一組二番のエナです。この度、皆様と同じミナスティリアス帝国軍討伐遠征別働隊に参加させていただくこととなりました。よろしくお願い申し上げます」
凛とした表情でそう言って、ぺこりと頭を下げた。
しーん。
皆、どう反応していいか困っている。かく言う俺もだ。
聖女様が、俺たちと同行する、と言うことだよな……?   何故そんなことになったんだ?   各地を回って重症重傷な病人怪我人の治療にあたっていたんじゃ……
「こほん、喜びなさい。怪我をしても、たとえ腕が吹っ飛びようとも、エナ様がいらっしゃる限りすぐに戦列に復帰できるのですから。まあ、そうならないように上手く立ち回ってほしいものですね。エナ様のお力を乱用するのも避けていただきたいですし」
ウーリエィル様が若干睨むように、俺たちの顔を見渡しながらそう言う。
「ウーリ、あまりきつい言葉を使うものではありませんよ。アナスタシアさん、クロンさんとは同じクラスですので知っておりますが、他の皆様のお名前など、教えていただけますでしょうか?」
エナ様が微笑む。空気が少し緩んだ気がした。
「じゃあ、年長者からかな……僕は六年一組のローソ・ファミです、よろしくお願いします、聖女様」
ローソ君が眼鏡をくいっとあげ自己紹介をする。
「聖女様はやめてください、もう私たち、仲間じゃないですか。エナ、でいいですよ」
「そうですか、では。六年一組一番の、マリアネット・フーツ・フィン・グリムグラスです。以後よろしく」
マリアネットさんがカーテシーをする。
そしてそれに続き皆が自己紹介をし始めた。
「--一年一組四十番のクロンです。よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いしますね」
ふう、これで全員か。十二人の自己紹介が終わり、エナ様……さんは満足しているようだ。
「さて、ここからが本題じゃ」
俺たちに成り行きを任せていた学園長が話し出す。
「ガルムの奴から伝言を預かっておるでの。エナは後方支援に回って欲しいとのことじゃ。ま、妥当じゃろうな」
ようは回復薬代わりということか。
ということはこれで、
俺、アナスタシア、テーズラさん、ガルーチョ君、モアさん、フィエさん、トルツカ君が前衛部隊。
ローソ君、パフルさん、エナ様が後方支援か。
ギャザラク君とヴェナテリスさんは、状況に応じてどちらにも入ることになっている。
「私も参加いたしますので」
え、ウーリエィル様も?
「エナ様の護衛ですので。一応、皆様のこともお守りいたしますが、いざという時はエナ様を最優先で保護します、悪しからず」
まあ、そうだろうな。
「エナ様は回復役でしょうけど、ウーリエィル様はどのような役割で?」
ヴェナテリスさんが訊ねる。
「私は障壁を張る力を持っています。ただの障壁ではありません、ほぼ絶対と言っていいほど破られないものです」
「絶対……ですか」
魔法にも障壁を張るものがあるが、半端ない魔力量が必要だ。何も攻撃されなくても一秒間に十くらい消費するし、一発攻撃が当たればさらに十ほど消費する。今の俺が展開したとしても、一分ちょっとしか保たない計算だ。
ということは、ウーリエィル様も異能持ちということなのだろうか?   何らかのスキルなのであれば、あの自信も理解できる。それか、それほどの魔力を有しているかだ。
「とにかくそういうことじゃ。わしから伝えることは伝えた。あとはお主らで好きなことを話し合うが良い」
学園長はそれだけ行って、部屋を出てどこかへ立ち去ってしまった。
「はじめに一つ、いいですかね?」
ローソ君が手をあげる。
「はい、どうぞ」
エナ様が笑顔で返事をする。
「エナ様は聖大会の聖女として、そのお力を発揮されるとともに。国内各地にある聖地を巡礼されていたはずです。それはよろしいのでしょうか?」
聖地を?   それは初耳だ。
聖地とは、国内に十三箇所存在する、神聖な場所として人々から崇め奉られている建物などを指す。
聖大会の本拠地である海上都市アトラムーティカは街そのものが聖地として登録されており、信者が死ぬまでに訪れたい場所として一番に挙げられている。
他にも、歴代神皇帝の中でも偉大とされる人物の墓や、魔導師の塔と呼ばれる斜めに傾いた不思議な塔などがそれに当たる。
「聖女様は、就任された最初の仕事として、聖地巡礼をなされるのですよ。数百年ぶりの出来事なので、だいぶ大変らしいですが」
「そうなのか、ありがとう」
アナスタシアが小声で教えてくれた。
「ええ、つい先日、十三番目の聖地である、ここ皇都にあるグリムグラセス地下神殿に参拝いたしました。なのでそのままこの学園で期末試験を受け、こうしてここにいるのです。遠征に参加するのも、色々と思惑がありまして……察してくださるとありがたく」
「わかりました、ありがとうございます」
「本来ならば、このようなことはお話できないのですが。皆様は勇者候補がゆえに、ある程度の機密情報が与えられるのです。決して立場に甘んじることなく、また他言無用ですので、そこのところはお忘れなく」
ウーリエィル様が少し厳しい口調で言う。勇者候補はそれだけ期待されていると言うことなのだろう。
その後も、聖女と勇者候補の交流は暫く続けられ。
「----そうなのですか、聖女様が……」
フォーナさんが頷く。
「その聖女様は、美人さんなんですか?」
「え?」
俺の顔を見下ろすエレナさんが、笑顔で訊ねてきた。
「美人さんなんですか?」
「えと、まあ……そうですね」
「へえ〜〜」
あの、怖いです……目が笑ってないんですが?
ちょ、ちょっと、頭を撫でる手が痛い!
「いてて、エレナさん、もう少し優しく!」
「…………」
「え、エレナさん?   聞こえてますか?」
「……はっ、あ、すみません。考え事をしていました」
虚ろな目で何を考えていたんですかねぇ。
最近は、二人によく膝枕をしてもらうようになった。
今日はエレナさんの番だ。そもそもが先日の時に味をしめた彼女が提案したことだ。
でもこの太陽のような笑顔で頼み込まれて、断われる男がどこにいようか?
「気分が優れないので?   私が変わりましょうか?」
「やっ!   渡さないもん!」
「むぐっ」
頭を抱きかかえられ、胸に押し付けられる。
「もん、て。そんなおもちゃを取り上げられた子供みたいな顔をされても。それにクロン……やけに嬉しそうですね?」
今度はフォーナさんの目から光がなくなる。ゴゴゴゴゴ、と背後で暗黒の空気が揺らめいているような……
「そ、そんな、く、クルシイナー」
「…………はあ。どっちにしろ、明日は終業式なのですから。早めに寝ないと起きられなくなりますよ。エレナもほどほどに!」
「「はーい」」
「私は書き物がありますから、使用人室へ戻りますので」
そのまま扉を開け、部屋へ入っていった。
「……むっふっふ〜」
「?   どうしたんですが、エレナさん?」
急にニヤニヤと笑いだす彼女。
「フォーナはいつも制限をかけてきますからね。珍しくいなくなった今、私の願望が遂に……?」
「願望?」
「クロン」
「はい?」
「キスしましょう!」
「…………!?」
は、はあっ!?   いきなりすぎて一瞬声が出なかった。
「そ、それは、頬にということですか?」
「いいえ、お・く・ち・で、です」
ピンク色の艶やかな唇を、頭を抱える逆の手で撫でるエレナさん。
……ゴクリ。
「流石に、いや、でも……」
え、エレナさんとちゅー。初めての。
う、ううん。ここは断るべきだよな?   でも、こんな美人さんとできる機会なんて今後あるかどうか……
デートの時は、頬にしてもらったけど、それでもすごく恥ずかしかったし嬉しかった。それが今度は唇と唇を……
「ク♡ロ♡ン♡?」
トロンとした目で俺の顔を見下ろす。
んー、と言いながら、唇が近づいてくる。
どうしてもしたいというのであれば、今度のデートの時でもいいんじゃないか?
そう言いかけたが、デートが出来るのは試験結果が判明してから、つまりは夏休み明けの夏の三月一日以降ということになる。
その前にあるのは一ヶ月丸々かけて行われる、国境に集まった帝国軍の討伐遠征。そこで待ち受けるは、初めての本格的な戦場。魔物とは違う、人という同種族が明確な敵意を持って俺を、俺たちを殺そうとしてくるのだ。
そして俺たちは、その中でも敵の最新兵器を調べるという危険な任務を課されている。警備は厳重と考えられ、気づかれて反撃されれば怪我をする可能性は高いし、下手をすれば死ぬかもしれないのだ。
死ねば、生き返ることはできない。聖女様のお力をもってしてもだ。
二人とデートをする前に、死んでしまう。俺がいなくなったら、悲しんでくれるかな。
……いや、そんな考えじゃだめだ。生きて帰らないと。生きて、二人とまたこの学園で過ごすんだ。そして、世界を、村のみんなの暮らしを守るために……
----あ、もうだめだ。
「エレナさんっ!」
「むぐっ!」
コツン。
いたっ。
「「ううっ」」
勢い余っておでこ同士をぶつけてしまった。
「だ、大丈夫ですか?   すみませんっ」
「ううん、大丈夫ですよ……はあ」
エレナさんは残念そうで、それでいて何故かホッとした、という顔だ。
「クロンったら、そんなにキスがしたかったのですか?」
うふふ、と口元を手で隠す。
「あ、いや……生きて帰らないと、と思ったら、急に心と身体が燃えるように熱くなってつい……」
「それは、愛ですよ」
「愛?」
いつのまにか、フォーナさんが俺たちの座るソファの横に立っていた。
「愛って、好きな人に向ける?」
「確かに、愛といえばそれが一番最初に思い浮かべる人が多いでしょう。でも、一言そう言っても、たくさんの愛があるんですよ」
たくさんの、愛?
「そうですね、フォーナの言う通りです。親愛、友愛、家族愛。恋人同士でなくても、大切な人の事を想う心。この人を守りたい、触れ合っていたい。そういうものは全て、愛なのですよ」
「…………」
それは、俺がフォーナさんやエレナさん、アナや父さんたちを想う心を指すのだろうか?
「そう難しく考えることはありません。無事にこの部屋へ戻ってきてくれる。私達は、それしか望んでいませんから」
「そうですねっ!   デート、楽しみにしています!」
「フォーナさん、エレナさん……俺、頑張ります!   一か月後、成長した姿を見てもらえるよう!」
「「待ってます♡」」
二人のその笑顔は、ここ最近で一番のものであった。
「おはようございます!」
「おはようございます」
「おはようございますぅ〜」
夏の二月一日。今日から国立学園は一ヶ月間の夏休みに入る。
討伐遠征隊に選ばれたのは、各学年上位四十名、合計二百名だ。
六年生だけは、就職活動があるため免除となっている。
それに加え、俺たち勇者候補と聖女様使徒様だ。勇者候補は一応全員が二百名の中に入っている(テストの具体的な結果は休み明けまでわからないが、順位だけは既に算出されている。因みに俺は学年三十四位だった)が、途中で離脱する。そのため追加要員という名目で十二名が新たに加えられている。
そこに軍事経験のある引率の教師五名、合計二百十九名が、今回の帝国軍討伐遠征に加わることになる。
「それじゃあ、行ってきます」
朝ごはんを食べ、顔を洗い、着替えもばっちり。学園から出た生徒たちは、一度神皇国軍本部へと赴き、そこで一日を過ごすこととなっている。着替えや武器なども全て支給される。学園で使っている模擬剣ではなく、本物の鉄の剣だ。斬れば、相手は死ぬ。
「生きて帰ってくるのですよ」
「そうですよ!   絶対ですよ!」
「わかっていますよ」
しばらく見つめ合う俺たち。と、二人の目が潤み始めた。
「「クロン」」
「はい」
二人が両側から片方ずつ俺の両肩に手を置く。
----チュッ、チュッ
「……………………えっ!?」
!?!?!?!?
唇に、柔らかい感触が。
「「うふふ」」
「え?」
「「待ってます」」
「あの、え?」
「「生きて、帰って来てね」」
「は、はい…………え!?」
ガチャン、バタン。
背中を押され、部屋から追い出されてしまった。
「え、なにこれ?」
          
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