俺はこの「手」で世界を救う!
第44話
「天聖教ねぇ……」
「どうされたのですか?」
自室で教科書を広げ、今日の授業内容を整理していると、フォーナさんが紅茶を持って部屋に入ってきた。
「フォーナさん。いえ、今日の授業で聖大会と天聖教について習ったものですから、その復習をと」
ビクッ!
「ん?   フォーナさん?」
フォーナさんが身体を跳ねさせた。
「……えっ、あ、な、なんでもありませんよ」
テーブルにティーセットを置いてくれる。
「そうですか?   そういえばプッチーナが」
「きょ!   今日はもう寝ますね!   お休みなさい!」
フォーナさんはそのまま、隣の使用人室へ急いで駆け込んでしまった。
「えっ?   あの……一体どうしたのだろう?」
フォーナさんが天聖教と関係あるというのは本当なのか訊ねようとしたのだが……ま、いっか。また聞けばいいし。
「宗教ってややこしいなぁ」
聖大会と天聖教は、元々”聖神教会”という一つの宗派であった。
しかしある時、教義の違いから分裂したのだ。一方は本当の神は天におり、シーナ山に顕現されると主張、もう一方は現人神であらせられる神皇帝グリムグラスの名を冠するものが神であり、それ以外には神は存在しないと主張した。先の方を主張していた聖神教会の信徒が天聖教を、あとの方が聖大会を作り、今も対立が続いているのだ。
今は聖大会が正統な派閥であり、天聖教は国に仇成す反乱軍扱いなのだという。
--コンコン
「ん?   はい」
フォーナさんだろうか?
「クロン、失礼しますね」
いや、この声はエレナさんだ。
「エレナさん、どうしたんですか?」
俺は後ろを振り向き扉から入ってきたエレナさんを見る。
「あのぉ、なんだかフォーナの様子がおかしいのですが、何かあったのですか?」
「えっ、そんなにですか?」
「そんなに、ということは何かあったのですね。教えてください」
エレナさんが勉強机まで来る。そして俺と目線を合わせた。
「えっと「教えてください」
鼻と鼻が当たりそうなほど顔を近づけてきた。
「ちょ、近いですって!   その、フォーナさんが天聖教と関係があるかのようなことを先生が授業で言っていたので、気になって聞こうとしたら、いきなり部屋に戻ってしまったんですよ」
「……なるほど、天聖教の。それであんなに」
エレナさんが顔を離す。ふう、エレナさんもフォーナさんに負けず劣らずの美人なのだから、心臓に悪いことはしないでほしい……俺だって子供だけど男なんだぞ!
「あの、エレナさんは知っているのですか?」
「はい、勿論。私とフォーナの仲ですから。あーんなことやこーんなことも知っていますよ?」
エレナさんがニヤニヤと口角を上げる。
「そ、そうですか。それで肝心の中身は?」
「それは…なるほど私の口からはいえません」
「え?」
「きっと……フォーナが自分で話しますよ。それまで待っていてあげてください、ね?」
「はあ」
「じゃあ、私はもう寝ますから。お休みなさい」
チュッ
ほっぺたにキスをされた。
「!   ま、またそういうことをして!   そのうちやり返しますよ!」
「えっ?   どうぞどうぞ」
今度はあっちがほっぺたを差し出す。
「じょ、冗談ですよ……お休みなさい」
「はい、お休みなさい。未来の旦那様っ」
投げキッスまでされた。
「んんーー!!」
「うふふ〜〜」
エレナさんは俺が怒り出す前にそそくさと部屋に戻ってしまった。
最近身体的接触が多いな……悶々として困るのだが……
--チュンチュン
ん?
視線を感じ振り向くと、片方を開けっ放しにしていた両開きの窓の縁に、小鳥が止まっていた。
もう夜なのに珍しい。
「どうしたんだ、迷子か?」
白の体に目が赤い珍しい鳥だ。俺は頭を指で撫でてやる。
「チュン」
「あっ」
鳥は一度鳴いた後、飛び去ってしまった。
「……もう寝るか」
魔導ランプを消し、ベッドに横になる。
「……神、聖大会、天聖教。やはりよくわからん。宗教は難しいな」
「クロン、今日は食堂に行こうぜ!   定食が一割引きなんだ!」
「へえ、そうなのか。わかった、行こう!」
「おう!」
次の日の昼休み、午前の授業が終わり、昼食を取りにカッツと二人で食堂に向かおうとする。と
「クロンさん、私も行きたいです!」
「え?   ああ、アナスタシアじゃないか」
「あ、アナスタシアさんっ!」
アーナジュタズィーエことアナスタシアが駆け寄って来る。カッツが顔を赤くした。最近のカッツはどうもこの娘に惚れているらしい。
「……私も」
「それにプッチーナも。今日は弁当じゃないのか?」
この二人は寮の部屋が隣同士らしく、よく一緒の弁当を食べている。
因みにアナスタシアの付き人兼学友の高慢ちき娘メシュナは、主人の言いつけで最近は随分と大人しくなった。今も他の友達と話をしているようだ。
「えっと……二人とも寝坊してしまって、てへっ」
アナスタシアが舌をペロリと出す。
「そうなのか、珍しいな」
この二人はその辺の学業などについては結構しっかりしてると思ってたんだけどな。まあそういうこともあるか。
「……嘘、クロンと一緒に食事をしたいからでしょ」
「え?   俺と?」
「なっ!   なんで言っちゃうの!」
「……嘘はダメ。そんなことしても意味ない」
「もう、プッチーナの意地悪!   ……と、ということで、い、一緒に食堂で食事を……」
アナスタシアが少し下を向き、モジモジと足をこすり合わせる。制服のスカートは短く生足が太もも付近まで見えているので艶かしい。
「うほぉ……」
カッツ、声が漏れているぞ。気持ちはわかるけども。
「全然構わないさ、な、カッツ?」
「も、勿論!   さ、こちらですアナスタシアさん」
「どうも、カッツさん。プッチーナ、クロンさん、行きましょ」
「……うん」
「あ、ああ」
カッツが手でアナスタシアをエスコートしようとするが、さらりと躱された。
「くっ、素気無い態度……だかそこもまた良いっ!」
カッツがぐっと拳を握り目をキラキラと輝かせる。
……お前はどこに向かっているんだ?
--チュン!
「……ん?   鳥?」
「どうした、プッチーナ」
後ろを振り向くと、プッチーナの肩にあの白い小鳥が止まっていた。
プッチーナがその頭を撫でる。
「……可愛い」
「ですね!   白い鳥だなんて珍しい。どこから入って来たのでしょうか?」
「確かに。でも、アナスタシアさんの方が可愛いですけどね」
「アリガトウゴザイマス」
「ほっ、褒められた!」
今のは違うと思うぞ、カッツ。
「チュンッ!」
「っ!」
「なっ!」
撫でていたプッチーナの指を、小鳥がつついてそのまま飛び去ってしまった。血が少しずつ流れ出て来る。
「プッチーナ、大丈夫か!」
「プッチーナ!」
「おいおい、なんて鳥だ!」
「……大丈夫。保健室に行く、先に行ってて」
「そ、そうか……無理はするなよ」
「……ありがとう」
プッチーナは保健室のある方向へ歩いて行った。
「大丈夫でしょうか?」
「鳥につつかれただけだから、よっぽどのことはないと思うが……」
「焼き鳥にしてやろうか、あいつ!   プッチーナさんの綺麗な指を傷つけやがって!」
俺たちは残った三人で食堂へ向かうことにした。
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みーつけたっ♡
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「こんにちは、確か、クロンさんでしたね」
「ん?」
食堂で昼食を取っていると、全身を濃紺のローブで覆い、アナスタシアが何時ぞや付けていたような布で顔を隠している人が近づいて来た。食堂にいる人々の視線がこのひとが一歩歩くごとにこちらに集まる。
「誰ですか?」
「ん?」
パンを頬張っていたカッツも一緒に振り向く。
「ああ、申し遅れました。わたくしエナと申します」
エナ?   エナ……ああっ!
「もしかして、聖女様?   あの、先日は本当にありがとうございました!」
「聖女様!?   どうしてこんなところに!?」
カッツが驚いている横で俺はすぐさま頭を下げる。
「いいえ、お気になさらず。本当にたまたまでした故」
顔が見えないが、声色から笑顔なのだろうと想像する。まさに鈴の音のような綺麗な声だ。透き通るがよく響く不思議な声。
怪物となったエセスナ先生を包み込んだ謎の光は、この聖女エナ様のスキルによるものであった。聖女と呼ばれるだけあって、いくつもの凄まじい力を持っているのだ。
その力の一つ、瘴気を浄化するスキルによって怪物エセスナの身体は崩壊し、俺たちは助けられた。
また、その後の俺たちがくんずほぐれつ仕掛けた医務室での事件も、エナ様によってことなきを経た。
あのエセスナの胸から発射された白い液体は催淫作用があったらしく、俺と先生は一時頭が冷えはしたがまた発症する可能性があるということで、念のため訓練所を浄化して回っていたエナ様に俺たちの身体も浄化してもらったのだ。
「……クロン、ただいま」
「あ、プッチーナ」
頭をあげると、エナ様の後ろからプッチーナが現れた。
「プッチーナ、もう大丈夫なのですか?」
アナスタシアが指を優しく掴み確認する。突かれた人差し指には軽く包帯が巻いてあった。
「……うん、早めに治療したから傷になることもないって」
「そう、良かった。あの鳥、見かけによらず凶暴でしたね」
「……んーん、勝手に触った私が悪い。動物は本能的に大きいものを恐れる」
「確かに」
村にいた頃は弱肉強食の世界だったためよくわかる。弱い動物はより強い大きな動物を恐れ常に縄張りを警戒していたからな。
ま、このスキルのおかげで森や草原では俺が一番強かったわけだが。
「それで聖女様がなぜ食堂に?」
カッツが再度訊ねる。
「保健室でプッチーナさんと会ったので、ついでに皆さんに会えるかなと」
「なるほど」
エナ様はなんと、一年一組の、休学中という二番の生徒なのだ。クラスメイトに聖女様がいるだなんて羨ましいと他の組の生徒からも言われた。
そもそも聖女とは何か?   入学式の後フォーナさんに教えて貰ったことだが、聖大会が認める称号の一つで、奇跡を起こす力を持つ人物に送られるものだ。数百年に一人単位でしか現れないとても稀有な存在であり、そのぶん大切にされ、また崇められる人物なのだ。
「その指も直して貰ったのか?」
「……まさか、聖女様の力をこれくらいで使うわけにはいかない。もっと重い病気や傷を負いながら治療を待っている人がいるはず。少しでも多くその人たちに使われるべき」
プッチーナは首を振りそう言った。
「わたくしは別に構いませんと申し上げたのですが……」
「プッチーナは優しい子ですからね」
アナスタシアが後ろからプッチーナに抱きつく。
「うほっ」
カッツ……クロン鼻の下が伸びているぞ。
「ところで、その布は?」
顔を覆う、ローブと同じ色をした薄い布を指差す。
「ええ、私が来ていることが知られると、途端に人に囲まれるものですから。同じ学園生なのに特別扱いされているみたいで、恥ずかしいのと同時に少し困ります」
布の奥で苦笑いをしているのだろう、そんな声色だ。
「ですが、みんなこっちを見ていますよ?」
「え?」
エナ様が後ろを振り向くと、いつの間にか俺たちの周りを取り巻いていたいろいろな色のネクタイをした生徒たちが、一斉に顔を逸らした。聖女様だけあって、学年関係なく注目されているのだな。
「エナ様!」
と、集団の合間から一人の女性が歩み出て来た。
「うっ、ウーリ……どうしてここに」
「当たり前です。私はあなたの護衛なのですよ。離れるわけがありません」
ウーリと呼ばれた女性は、エナ様と同じく濃い紺色のローブを着ている。眼鏡をかけ、頭には四角に丸い筒がついたような帽子を被っている。
「皆様、お騒がせしました。エナ様の身はこれより聖大会が使徒の一人、ウーリエィルが預からせていただきます」
ウーリエィルさんは深く頭を下げ、エナ様の手を取った
『し、使徒!?』
数瞬遅れて、皆が一斉に叫ぶ。
「な、なあ、使徒って今日授業でやった、全員で十人いるとかいう聖大会内の独立機関のメンバーだよな?」
プッチーナに小声で訊ねる。
「……恐らく」
ということは、今この場には聖大会の偉い人が二人いるってことか……!
「使徒様よ!」
「聖女様に使徒様まで、なんていい日なんだ!」
「聖大会万歳!   今上陛下万歳!」
騒ぎが一気に大きくなる。
だが。
「<鎮静!>」
エナ様が両手の指を組んで胸の前に持ってき、そう唱える。と、人々が騒いでいたのが幻であったかのように、一斉に黙った。
「……ありがとうございます、エナ様。それでは皆様、また」
エナ様とウーリエィル様は一度お辞儀をして、食堂を出て行った。
「……い、今のもスキルなのか?」
「……恐らく」
アナスタシアが頷く。
「さすがは聖女様だな!」
カッツはもう食事を再開したようだ。って、昼の授業までもう十分しかない!
生徒たちは急いで食事を終え、それぞれの教室に戻って行く。
「……聖女様、か」
戻る廊下でふと考える。
「どうしたのですか?   まさか、惚れたんじゃ?」
アナスタシアが言う。
「まさか、大変だなあと思っただけですよ」
「……確かに、学園生になれたのに、まともに授業にも出られてない」
「でもあれだけの力があれば、今更スキルに関する授業を受ける必要はないと思うけどな」
カッツの言う通り、小さい頃から宗教関係者の間では有名な女の子だったらしいから、態々学園に通ってまで勉強することなどあるのだろうか?
一般常識も、聖大会の施設で習えるんじゃ?
「……人それぞれの事情がある」
「それもそうか」
プッチーナのいう通り、俺たちが邪推することもないな。もし今後登校されることがあれば、クラスメイトとして仲良く接せばいいだけの話だ。
「つきました!」
ようやく教室に着いた。全く、建物が広すぎるのも困りものだ。
「お前たち、遅いぞ!   後一分遅れたら遅刻扱いだったな」
ティナリア先生がすでに教壇の前に立っていた。
「あ、危ねえ」
「すみませんっ!」
「すみません」
「……せーふ」
--カーン、カーン
「では、午後の授業を始める!」
          
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