俺はこの「手」で世界を救う!

ラムダックス

第30話


春の一月五日、俺が起きた次の日、プッチーナを引き連れてフォーナ子爵邸に向かうことにした。魔物はもう居なくなったし、いつまでも騎士団分舎でお世話になるわけにも行けない。

それに七日間続く新年の行事の殆どがなくなったらしく、俺が参加する予定だった諸々も中止となった。ただ、学園に被害はなかったため、八日の入学式は予定通り行われる。
フォーナ様が今後どうされるのかも確認をしないといけない。もし被害が大きければ当主としてその復旧に努めなければならないだろうから。

「……もうすぐ着く」

プッチーナが操縦する馬車の御者席に二人して乗って、貴族街を進むと、フォーナ子爵邸が見えてきた。因みにプッチーナはいつも持ち歩いているという予備の変声機を使っている。結構高いらしくその点について落ち込んでいた。
俺もプッチーナも馬車と同じく騎士団から借りた服を着ている。ガルムエルハルト様には感謝しなければ。

んん?   様子がおかしいぞ?

「何か言い争いをしているな」

「……顔までは見えない。取り敢えず門まで行く」

「わかった」

プッチーナが馬車の速度を少し上げる。

近づくにつれ、どうやら男と女が話をしているということがわかる。

「--から、とおして--」

「--といわれている--」

女は身振り手振りを交えながら何かを必死に訴えている。男は門番のようで、その訴えに対して拒否する態度を示しているとみえる。

「ってあれ?   あの女の人、エレナさんじゃないか」

「……クロンの召使いの」

「召使いじゃないけどな」

そして邸に着く。やはり、言い争っているのはエレナさんと門番の人だった。

「……ん?   おお、プッチーナさん、それにクロンさんも」

門番は右手を兜に当て敬礼する。最初にこの邸に来たときにいた人とは違う人だな。交代したのだろうか。

「ん」
「どうも」

プッチーナは手綱を握っているため頷いて返礼する。俺も頭を下げた。

「あっ!   クロン様!」

と、エレナさんが俺のことに気づいたようでこちらに歩いてくる。俺はそれを出迎えるように御者席を降りた。

「エレナさん、無事だったんですね!」

大丈夫だとは聞いていたが、宮殿で別れたあとしばらく会えていなかったのだ。俺は嬉しくなり、エレナさんの手を握る。

「ええ、クロン様こそ、ご無事で!」

エレナさんも手を握り返す。がすぐに離し、今度は俺に抱きついて来た。

「えっ!?」

「良かった……フォーナ様もクロン様も、生きていてくれて……」

エレナさんは膝立ちで俺の身体を抱きしめながら涙を流す。ちょっと照れくさい。

「あ、あの、外ですので……」

俺は抱きつき返すわけにもいかず手を宙に浮かしたままだ。

「そ、そうですね」

エレナさんはわかってくれたのか俺の身体を話し、指で目元の涙を拭った。

「それで、どうしてここに?   宮殿の方はもう手伝わなくて大丈夫なのですか?」

「えっと、その……」

エレナさんは何故か視線をそらす。

「エレナさん?」

「な、なんでもありませんよ、ええ!   大丈夫ですっ!   なのでこうしてフォーナ様の様子を見に来たのですが……どうやら部外者は立ち入り禁止だとかいうことで、少し熱くなって言い争ってしまいました」

「なるほど。門番さん」

「ああ、すまない。クロンさんのお知り合いだったんだね。すみませんお嬢さん」

門番はエレナさんに軍人らしくきっちりと頭を下げる。

「いえ、こちらこそ」

エレナさんも頭を下げ謝り返した。

「……もういい?」

プッチーナがいつの間にか降りて来ていたようで声をかけてくる。

「あ、ごめん。門番さん、ということで入ってもいいですか?」

「大丈夫ですが……ご主人様、フォーナ様とは現在面会できませんよ」

「へ?」
「え?」
「……どうして?」

「どうしてもいわれても……希望する人がいればそう言えといわれているもんだから、理由までは。ただ、この邸に帰って来てからのご主人様はかなり落ち込んでいらっしゃるようで。そのせいじゃないですかね」

「あのフォーナ様が?」

フォーナ様がそんなに落ち込んでいるところなんて想像できない。一体何があったのだろうか?

「……とにかく入る。わたしはお世話がかりだから、会えるかもしれない」

「そうか、その手があったか」

「それじゃ、私もお願いします!   えと……」

エレナさんはプッチーナのことを知らないようで、困っている。

「……プッチーナ。フォーナ様のお世話係。よろしく」

と、プッチーナ自らが自己紹介をした。

「まあ、そうなんですね。私もクロン様のお世話係なんです!」

「……聞いている。フォーナ様と仲がいいとか」

「ええ、それはもう。じゃ、よろしくお願いしますね、プッチーナさん」

エレナさんがにっこりと笑う。

「……こちらこそ」

プッチーナも心なし笑ったように見える。流石はほんわかエレナさんだ。

「では、私は警備を」

と言って門番さんは敬礼をし、門の横に戻った。

「……私は馬車を。クロンはエレナさんを連れて先に邸へ入ってて」

「わかった。行きましょう、エレナさん」

「はい!   フォーナ様、今参りますからね!」




「これはこれはクロン殿、もう体調の方は大丈夫で?」

「はい、プッチーノさんこそ、ご無事で良かったです!」

「私など。それよりもクロン殿はフォーナ様主人さまのお命を救ってくださったとか。家臣を代表して御礼申し上げます。」

邸の中に入ると、玄関のすぐ側でプッチーノさんが待ち構えていた。どうやら俺たちが来たことを察知していたようだ。
庭もそうだったが、邸の中は所々補修がしてあり、本当に魔物に襲われたのだなと思い知らされる。こんなにするだなんて、全くなんと恐ろしい生き物だ。

プッチーノさんは両手を脇に揃え深く頭を下げた。

「いえ、そんな……当然のことですよ。な、プッチーナ」

「……おに…兄さん、頭を上げて。私たちはフォーナ様第一、家臣であるクロンに頭を下げなくてもいいと思う」

「お前にいわれるのは少し違う気もするが……それもそうですな。クロン殿は家老としての役割をしっかりと果たされたと言うことで」

「最後は気絶してしまいましたけどね。っと、それより、フォーナ様に会いたいのですが、門番さんから面会できないといわれてしまったのですが?   一体どうしてでしょうか?」

「あの、私も子爵様に御目通りしたく!」

エレナさんも一緒に訴える。

「それは……」

プッチーノさんは言葉に詰まる。何か俺たちにまで言えない事情があるのだろうか?

「……兄さん、一体何があったの、教えて!」

すると珍しいことに、プッチーノが叫ぶ。その表情は真剣だ。

「……仕方ありませんね。フォーナ様はその傷心からか、今は誰にも会いたくないと、ご自分の寝室に閉じこもっておられるのです。ここ四日ほどの間一度も部屋からは出られずに食事も手をつけれいらっしゃらない。このままではフォーナ様のご体調が悪くなってしまいます」

あのフォーナ様が、そんな感情的な行動を?

「ですが私どもが声をかけてもうんともすんとも……部屋には魔法で鍵がかけられています故開けることもできません。また、カーテンを閉め切っているのか、中の様子を伺うことすら」

プッチーノさんは『それでも会いに行くのか?』とでも言いたげな顔をする。

俺はプッチーナとエレナさんの顔を見る。二人ともやる気のようだ。

「それでも構いません。とにかくその部屋まで行って見ないことには何も始まりませんから」

俺たちとプッチーノさんが睨み合う。

だが少しして、プッチーノさんはその顔を崩し苦笑いをした。

「……ふう。皆さんの想いは充分に伝わりました、ここは三人にお任せしようではありませんか」

「……ありがとう」
「「ありがとうございます!」」

俺たちは、プッチーノさんの案内でフォーナ様の寝室へと向かう--








私はどうすれば

私が守れなかったせいで、皆が

ここまで五年間、共にいた仲間が何人も

あんな酷い姿になって、きっと苦しんで死んで行っただろう

私は主人失格だ。貴族失格だ

栄えある神皇国の臣民を無残に死なせてしまった

家族が、大切な人が、友人がいただろう、男も女も関係なくだ

邸は崩れ、兵は剣を握ったまま倒れていた

私なんかのために、最後まで戦ってくれたのだろうか?

皆、私を慕ってくれていた。だがそれに報いることはできず

……私はどう責任を取ればいい

死ねばいいのか?   爵位を返上すればいいのか?

ご家族になんといえば?   パーティに行っていたら死んじゃいました、と?

私は……

私は…………



--コンコン


「……また」

また扉が叩かれた。ここ数日、ひっきりなしに叩かれている。
恐らくは私を連れ出そうと言うのだろう。だが出たくない。邸につけられた傷を見ると、みんなの苦しんだ死に顔を思い出してしまう。
嫌、今でも常に浮かんでくる。今更か……

夢を見ると、皆が『助けてください』と声をかけてくるのだ。そして目の前であのハエに刺され、身体が皮袋から水を抜いたように萎んでしまう。

お陰で眠ることもできず、食欲もないため水すら飲んでいない。いっそこのまま死んでしまえば、少しは罪滅ぼしになるだろうか?


--コンコン


やめてくれ、私に現実を見せないでくれ。
今はこの閉じられた世界に私を居させてくれ!

「……フォーナ様!   俺です!」


この声は、クロン!   そうですが、目が覚めたのですか……よかった

「フォーナ様!   エレナですっ!   大丈夫ですかっ!」

え?   エレナまで!?   私なんかのために、どうしてっ……!

「皆離れて!」

と、クロンが叫ぶ。一体何をするつもりだろう。この部屋には鍵がかけられている。もし開いたとしても、それは私が死んだ時だ。

……クロンは、私が死んだら悲しむのでしょうか?



ドーーン!



「きゃっ!」

突然、部屋の扉が反対の壁まで吹き飛んだ。私は衝撃で、抱えて居たぬいぐるみごとベットから床に落ちる。

『フォーナ様!』

何人もの私を呼ぶ声が聞こえる。私はこっそりとベットの陰に隠れた。だが

「……クマさん?」

ふぇっ?   エレナの声が聞こえる。

「……あれは、フォーナ様のお気に入りの……!」

プッチーナがそう言う。しまった、ぬいぐるみが見えて居た!

「お、ほんとだ!   フォーナ様、俺です、クロンです!   ってえっ、またそれを!?」

「え?   ひゃっ!」

クロンに手を取られ立ち上がった私を見て、彼が顔を赤くする。私は自分の格好をみ、慌ててシーツで身体を隠した。

「……クロンは変態、間違いない」

「嫌々、いまのは事故でしょ!」

「クロン様はこういう格好がお好みなんですか?」

「え、エレナさんまで!   やめてくださいよ!」

「うふふ、おませさんっ」

「……むう、私も触る。えい、ぷにぷに」

三人とも、私のことを無視してじゃれつき始めた。一体なんだというのだ。それにどうして扉の鍵が?

「フォーナ様、こちらを」

と、プッチーノもいたようで、羽織を手渡してくる。私はそれをベイビードールの上から身につけた。

「……どうして、皆……」

私はプッチーノのことを睨みつける。あれほど誰も入れるなと言っておいたのに!

「ご主人様、それは」

「俺たちが言ったからです。フォーナ様に会いたいと。ですので、プッチーノさんは何も悪くありません!   どうか、許してください」

クロン達が何故か、頭を下げる。どうして、謝るの?

「……別に、怒って……いません」

私が何か言わないといつまでも下げていそうだったので、取り敢えずは場をおさめる。

「そ、そうですか。それで、体調の方は?」

顔を上げたクロンは、床に膝をつき、私のおでこを手で触って来た。

「……特に何も」

今の私の体調なんて、どう捉え用もない。ただひたすら自己嫌悪だ。

「本当に大丈夫ですかぁ?」

エレナは少し涙目になりながら私の手を握って気遣ってくれる。だが今はその気遣いが辛い。

「やめてくださいっ」

「あっ!」

しまった、思わず手を払ってしまった。エレナは尻餅をついてしまう。

「……あ、その、すみません……でも今は、一人にしてください。本当に、お願いします」

私は頭を下げ懇願する。

「フォーナ様……」
「そんな」

クロンとエレナは悲しそうな声を出す。だが悲しいのは私も同じだ。
ふと、先ほどからプッチーナが黙っていることに気がついた。私はそっちを見る。と、プッチーナが珍しく怒っているように見えた。

「……違う」

え?

プッチーナは、変声機を切ったのか、急に地声になる。

「貴方は、私の知っているフォーナ様じゃない!   アンナファーナ・デュ・フォーナはもっと強い人のはず!」

プッチーナはベッドのすぐそばまで来て私の顔の前に二本足でそり立つ。

「何を考えているのか、教えて!   きっと、心が苦しいはずです。全部ぶちまけなさい!」

プッチーナにしては珍しく、強い命令口調だ。

しまった!   今のプッチーナは変声機をつけていない!   ということは----


「--死にたい」

「え?」

「死にたい。生きたくない。皆が、皆が助けを求めてくるから。辛い」

気付いた時には、私は自分の心情を吐露していた。

「夢の中でも、起きていても、死んでしまった皆が『助けて、苦しい』と声をかけて来て……どうしようもないのに、私の頭を支配して、止まらない……」

知らずうちに涙まで溢れ出していたようで、私の顔が濡れていく。

「……苦しい。せめて、一言言いたい。ごめんなさいと。独りよがりなのはわかっています、でも今はただ、謝らせて欲しい」

そんなことで心が晴れるとも思わないが、でももし死ぬならば最後に、先に死んで行った家臣たちにお詫びお礼の言葉を告げたい。最後まで一緒にいられなかったこと、そして今までたくさん支えてくれて来てくれたことを。

「……わかりました!」

「エレナさん?」

顔を上げると、エレナが手をぐっと握って何か決心した顔をしている。

「私が、会わせて差し上げます!   その死んでしまった家臣の方に!」




私達は庭に出て来た。目の前には、瘴気が溢れてはいけないということで焼却処分した家臣たちの骨がある。家族の元に返すにも、どう説明していいかわからず数日放置してしまっていた。

エレナはその骨が入った棺桶に向かって両手をかざしている。一体何を始めようというのだろうか。

椅子に座る私の横には、クロンとプッチーナが、後ろにはプッチーノを筆頭にした家臣たちがずらりと並んでいる。

「<〜〜〜〜〜〜〜〜、出でよ魂、その身に宿る死者の意思よ!>」

エレナが何かを唱えた後、そう叫ぶ。と、棺桶たちが光り輝き、青白い光が浮き出て来た。

「……あ、貴方たち!!」

『おおっ!』

浮き出た光は、死ぬ前の家臣たちの姿そのものだった。青白く光っていて、宙に浮かび半透明だが、確かに殺された家臣たちの顔だ。

「フォーナ様、こちらへ」

エレナが自分の目の前、棺桶の前に立つように指示する。

「え、ええ。わ、わかりました……」

私は椅子から立ち上がり、クロンとプッチーナに支えられながらゆっくりとその場に向かう。
実のところ、最初は庭に出てくるつもりはなかった。のだが、四日間の絶食で体力が落ちたのか、思ったより抵抗できなくズルズルと庭まで連れ出されて来たのだ。今もこうして支えてもらわないとフラフラするくらいだ。水は先ほど飲んだため、掠れていた声は少しは元に戻ったが。

「<……死者よ、己の主人に何か言うことはあるか?>」

エレナさんが家臣たちに声をかける。家臣たちは一斉に私の方を見た。

何を言われるのだろうか?   どう責められても受け入れる準備はできている。私は家臣をますます死なせた不出来な主人なのだから。

<ありがとうございました>
<感謝しております>
<最後までお役に立てたことを誇りに思います>
<ご主人様が生きておられてようございました>
<あの日の朝、私の料理を褒めてもらえて嬉しかったです-->

なんと、家臣達は私のことを非難するどころか、次々と感謝の言葉を伝えて来た。

「ど、どうして!?   私は貴方達を死なせてしまった!   主人として、貴族として失格だ!」

<そんな方はありません!>
<そうです、悪いのはあのハエです!>
<寧ろフォーナ様が邸におられなくてよかった>
<その通り、あんな集団で来られたら……>

「いや、でも、その!」

<……フォーナ様!>

「は、はいっ!」

私が反論しようとすると、家臣の一人が前に飛び出して来た。私はびっくりして固まってしまう。

<フォーナ様は何も悪いことはされていません。私達は、フォーナ様と共にあり続けます。生きていた時も、これからも、それは変わりありません。どうか、ご自分のことを責めないでくださいませ>

もう一人、近づいてくる。

<その通りです。感謝こそすれど、批判することなど微塵もありません。フォーナ様にお仕えできた時間、死んでも一生の宝物です!>

更に、もう一人が。

<フォーナ様は、前だけを向いて生きてください。死んでしまった私たちのことは、その、たまには思い出してくださると嬉しいですが、どうかお気になさらずに。今生きている者のために、そして栄えある神皇国のために尽くされればいいのです。それを支えるのが、我々家臣の勤めなのですから>

<天国でその勇姿を見守らせていただきます。フォーナ様ならば間違いなくきっと、素晴らしい貴族様になられると思いますよ?>

<フォーナ様、万歳!   栄えある神皇国に栄光あれっ!>

「……そんなっ……みんな……!」

私は涙を必死に堪える。皆の姿を目に焼き付けるために。泣くのはその後だ。

「そろそろ時間です。フォーナ様、よろしいですか」

「え、ええっ。みんなのすがた、見られて良かったです、ありがとう、エレナっ」

「いえ、それでは!   <死者よ、安らかに眠れ……>」

エレナさんは再度、棺桶に向かって両手をかざす。棺桶が光り始め、家臣達の姿が薄くなり始めた。

<<<どうか、お元気で>>>

家臣達は最後、空中で揃って臣下の礼をとる。私はそれに返礼をする。

家臣の青白い姿が、天に登っていく。私は皆の姿が見えなくなるまで、礼をし続けた。


          

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