俺はこの「手」で世界を救う!

ラムダックス

第26話


「……一体どう言うことですか?   戦争って……」

ガルムエルハルト様から告げられた命令を、俺は頭で飲み込めないでいた。

「……戦争??   なんで??」

プッチーナもいきなりの衝撃的な発言に戸惑っているようだ。

「うむ、いきなり言われてもわからないだろう。まず、前提から話そう。この国の北方には、ミナスティリアス帝国という国がある。この国の北方は山脈で囲まれているため、山頂を点として線でつなげ、帝国と明確な国境線を引いていた。ここまではわかるな?」

「はい」

北方……?   北方って!

「あ、あの、ガルムエルハルトさま!」

「まて!」

俺の考える最悪の事態に陥っていないか聞こうとするが、大声でそれを制された。

「クロンくんの聞きたいことはわかっている。だが、まずは最後まで話を聞いてくれ」

「……わかりました」

「……どうしたの、クロン?」

プッチーナが俺の肩に手を置いてそう聞いてくる。

「嫌……なんでもない」

「プッチーナさんも、話を続けて良いかな?」

プッチーナはコクリと頷く。

「帝国は兵を出し、その国境を越境した。と同時に、我が栄えある神皇国に無謀にも宣戦布告を行ったんだ」

山を越えたことは間違いないようだ……俺はどんどん嫌な妄想が広がって行く。

「センセンフコク?」

「ようはこれから戦争をしますよって通告をしてきたのだ」

「何故、わざわざ知らせてきたのですか?   いきなり兵を出した方が有利だと思いますが?」

これから喧嘩しにいきますといちいち戦う相手に知らせるなんておかしな話だ。

「クロンくんは、戦争とはどういうものだと思う?」

「戦争ですか?   ……よくわかりません。国と国との戦いというイメージですが」

「それは戦争の目的の一部だ」

「一部?」

兵を出して戦うことが、戦争の目的というわけじゃないのか?

「……クロン」

「ん、なに?」

プッチーナが話しかけてきた。

「……何故そもそも戦争が起こるの?」

「何故って……多分、相手の何かが欲しいからだろ?」

村にいた頃は、動物同士の縄張り争いのことを村の人たちは戦争と呼んでいた。俺の戦争のイメージも、それをそのままでっかくした国同士の縄張り争いだ

「……その通り。じゃあ、何故戦わなければいけないの?」

「それは、喧嘩は勝った方が自分の方が強いんだぞ、と言い張れるからじゃない?」

「まてまてクロンくん、戦争とは外交の延長線上なんだ。ただの喧嘩ではない。戦うことで、話し合いで解決しないことに決着をつけるんだよ」

「外交の、延長線?」

外交ってあれだよな、国同士の交流のことのはずだ。戦争が交流?   よくわからなくなってきた。

「国は利益を求める。勿論栄えある神皇国もそれは同じだ。今上陛下のめいを賜り、国益を得る、つまりは国や国民が暮らしやすくなるように、他の国と話し合いをするんだよ。勿論、親善といって、仲を深める目的の外交もある。でも主要な目的は、他国から利益を得ることなんだ。商売と同じだよ」

外交は商売、か。なんとなくわかってきた。国民全員が益を受けとることができるような、他の国との大きな商談を国が代表してやるんだな。

「互いに利益を求めると、どうなる?   例えば、どちらの国もあの土地が欲しい!   といって譲らなかったら」

「話し合いをすればいいと思います」

「その話し合いでも解決しなかったら?」

「……無理やりいうことを聞かせるとか?」

「その通りだ。戦争とは、武力をもって相手にこちらの主張を通させるんだよ。だから、外交の延長線上というわけだ。ああ、さっき喧嘩といったが、そう考えると喧嘩とも言えるな。喧嘩というにしては規模の大きすぎる気もするが」

「それと、センセンフコク?   とはなんの関係が?」

「国同士が戦う以上、沢山の兵が出るし、お金もかかる。それはわかるね?」

「はい」

「だから宣戦布告を行なって、『今から戦いを始めます、宜しいですね』と相手の国に知らせるのだ。外交の延長線上ということは、戦争にも一応の礼儀が求められる。自ら行う戦が正当なものであると主張するには、正当な手続きを経て戦いを始めた方がいいに決まっているからな」

そう言われると、センセンフコクの理屈はわかる。

「それに戦争は当事者以外の他の国にも知らせるのが通例だ。帝国は周りの国に今から神皇国と戦いますので行方を見守ってくださいと伝えているだろう。同時に、手出しは無用とも。他の国に参戦されると、もし勝った場合その国と益を分け合わないといけなくなる。帝国も多額の費用を出している以上、少しでも多くモト・・を取らないといけないからな」

「その一連の流れが、戦争には必要なのですね」

「その通りだ。で、肝心の帝国の目的だが……恐らくはこの国そのものだろう」

「国そのもの!?   帝国は、神皇国を手に入れようとしているんですか!」

「……まさかそこまでなんて」

プッチーナも知らなかったようで驚いている。

「そうだ。そして君の疑問に繋がる」

帝国の戦争の理由が、あの村に?

「先ほど山を境に領土を分けているといったが、この国境線は三十年前に定められたものだ。それで君のいた村は、国境付近を開発するために作られた村の一つなのだ。比較的新しい村だったため支援はそれほどされていなかったはずだが、山脈一帯を開発することで帝国を牽制。ようはまた戦争が起きないように、ここは栄えある神皇国の領土であることを主張していたんだ」

「……クロンの村が……ふーん」

俺の村がそんな役割を担っていただなんて全然知らなかった。父さんや母さん、それに村長も、皆その事実は知っていたのだろうか?

「あの、それで村は!」

俺は聞きたかった質問をする。

「ああ。そこは安心してほしい。今回帝国軍が越境してきたのは、君の村とは離れた、開発の進んでいる村だ。だが安心してくれといっても、我が栄えある神皇国が襲われているのは事実だ。そこで話は最初に戻る」

よ、よかった!   じゃあ、父さん母さんは無事なんだ!   安心して力が抜けかける。
だが俺はすぐに、これから何を言われるのだろうかと身構える。

「戦争に行けといった。だが今すぐというわけではない」

え?

「……当たり前。戦争にはやり方というものがある。兵をぶつけて終わりじゃない」

「そうなのか」

百人と百人がばーんと剣を打ち合わせて戦うようなものだと思っていた。

「戦法というものがある。まあそういう難しい話は置いとこうじゃないか。戦争は何年にも渡って行われるものだ。前回の、その山の国境を定めることになった領土争いは、二十年も続いたものだった。私が生まれる前から行われていたというわけだ」

二十年!   そんなに続くものなのか。

「クロンくんには、まずは予定通り学園に入って色々と勉強をしてもらう。半年後、半年後だ。それまでに準備をして置いてくれ」

ガルムエルハルト様はそういって、話を切り上げた。








<ザザンガ=ザンザ山脈北西>

「ぜんたーい、とまれっ!」

号令が掛かり、集団が停止する。その足並みは寸分の狂いもなく揃えられている。

「命令あるまで待機!」

ザッザッ。兵士達は号令と共に一斉に左足を肩幅まで開き、手を後ろに回し休めの格好をとる。
号令を掛けていた兵は上官へ報告をしに行く。

「師団長、全隊到着いたしました!」

伝令係が師団長に伝える。

「うむ、ご苦労。しばし待機を」

「はっ!」

伝令係は命令を受け兵士たちのもとへ戻る。師団長は、師団集結を伝えに上官へ報告しに天幕へと向かった。



「軍団長、第六師団、到着致しました!」

師団長が片手片膝をつき跪いた姿勢でそう述べる。軍団長と呼ばれた男は一つ頷いた。

「ご苦労、ソートス師団長少将。このあと作戦会議が始まるゆえ、私は拠点へ向かう。兵達に休憩を支持し、君もすぐに来るように」

「はっ!   ご配慮感謝申し上げます」

師団長改め、ミナスティリアス帝国南方方面軍隷下第一軍団隷下第六師団'師団長である少将ソートスは、立ち上がると師団へ命令を伝えるために早歩きで戻った。




「軍団長、司令官!   ここにただいま!」

師団長は命令を伝えた後、第六師団到着前に既に造られていた、神皇国侵攻のための簡易司令部である建物に入る。その中に設けられた会議室に入るやすぐさま跪坐いた。
帝国軍は上下関係がはっきりしており、いかなる場合であっても規律を守ることを厳しく求められるのだ。

「おお、よくぞ参った、ソートス少将!   よし、これで六師団が一軍団、計十二万人か。偉大なる皇帝陛下は一体どれだけの兵をお貸し下さるのか、あんな神皇国の辺境なぞ余裕で吹っ飛びそうだわい」

司令官と呼ばれた小太りの男は、顎髭を撫でながらそういって笑う。
今回の神皇国侵攻は帝国としてかなり力を注いでいる大規模な作戦だ。
そのため師団の上である軍団の、さらに上である方面軍の司令官を務めるガナリタ大将も指揮に参加していた。

「誠、仰る通り。我らが偉大なる帝国軍はその行先全てを陛下へ献上してこそ存在意義があるというもの。陛下から承った兵を必ずや生かさなければ」

ソートスより先に戻ってきていた第一軍団長であるボットーリ中将は、司令官の言葉を持ち上げるように頷きながら言う。

「正に光道一閃でございまするな」

まっことその通り」
「……陛下の威光は全てを穿つ」
「正に神か」
「偉大なる帝国に栄光あれ!」

別の師団長が言った光道一閃、皇帝の御光みひかりが国の未来を照らすと言う意味の言葉に皆が賛同する。
今回の神皇国侵攻の指揮系統は、六師団の各師団長とそれを束ねる軍団長、そして方面軍司令官の八人によって構成されていた。

「ふん、何が偉大なる帝国だ」

だが、会議室のさらに奥、布で仕切られた小部屋からこれらの意見に反するような言葉が聞こえてきた。

「誰だ、そんなことを言う奴は!」

ソートスが小部屋に隠れている不届き者に向かって叫ぶ。だが小部屋の返事はこない。

「……みな、どうしたのだ?   何故あそこにいる奴を引っ張り出さない!   偉大なる皇帝陛下に向かってなんたる!」

ソートスは他の軍団長に向かって反応が鈍いことを問い詰める。だが軍団長達は渋い顔をして俯いたままだ。

「……ソートス君、やめたまえ」

司令官が後ろからソートスの肩に手を置く。が、ソートスは後ろを振り向きその他を振り払った。

「ヘルモエウ司令官、恐れながら進言致します。あの不埒者を今すぐ臨時軍法会議に!   顔も見せず畏れ多くも偉大なる皇帝陛下を貶めるような発言をするなど言語道断!」

ソートスはガナリタ・ヘルモエウ大将を怒り顔で睨みつける。と、その時。

「そんなに見たきゃ見せてやるよ、ほら」

遮られていた布が捲られ、一人の男が姿を現した。軍団長達と司令官はすぐさま両手両膝を地面につけ、頭を下に向け跪坐く。
ボットーリは現れた男の姿を見た瞬間頭が真っ白になり跪坐く事ができなかった。

何故なら、現れたのは。

「……第五皇子殿下……」

「ふん、流石に顔は知っていたのか。俺の声と言葉遣いを聞いたらわかりそうなものだがな」

「……い、いえ、その、い、今のは!……」

ソートスも慌てて両手両膝を床につく。

「今のはなんだ?」
「きゃっ!   もうっ!」

第五皇子と呼ばれた男は抱えていた裸の女をベッドに投げ捨て立ち上がり、ソートスの目の前まで来る。

「ま、まままさか皇子殿下がそのようなことを仰せられるとは全く見当もつかず!   誠に申し訳ございません!   何卒、何卒!」

ソートスは額がめり込むのではないかというくらい頭を下げ床に付け必死に謝る。

「何を謝る事がある?」

「え?」

ソートスは顔を上げる。と、第五皇子はニヤリと口元をあげた。

「……死人に口無し、という言葉は知っているな?」

瞬間、部屋の空気が凍りつく。

「……あ、ああああ、あのそののののの」

ソートスはガタガタと身体を震えさせ何か懇願するように第二皇子の顔を泣き顔でみる。が、第五皇子は全く動じない。

「どうした、死ぬのは怖いか?」

ソートスはどう答えて良いか迷い言葉に詰まる。と、すかさず司令官ガナリタが会話に割って入った。

「殿下、私共は軍人であります。死ぬ覚悟はいつでもできております!   ですが、それは敵と戦って死ぬ誉ゆえ。何卒お許しを」

ガナリタは膝を擦りソートスの許までやって来る。そして既にめり込んでいそうなソートスの頭を上から手でさらに押し付け、自身も床に額を付けた。
周りの師団長、そしてボットーリ軍団長も頭を下げる。今ここで師団長の一人を失うのはまずい。皆それをわかっているからこそこうして一緒に謝るのだ。

すると、先ほどベッドに投げ捨てられた女が立ち上がり歩いてき、しゃがんでソートスと目線を合わせた。

「……ねえ、女は知ってる?」

「え?」

ソートスはいきなりなんの話かと戸惑いを隠せない。

「だ、か、ら!   女よ女。ヤッたことはあるの、ねえ?」

「……あ、ありませんっ!」

「あら〜そうなの!   ねえ、ホアンダラ」

「ん、なんだ?」

第五皇子ことホアンダラは立ち上がった女と視線を合わせる。

「この男、頂戴!   あなた、何歳なの?」

「さ、三十五歳であります」

「へえ。随分と童顔なのね」

女は舌をペロリと唇に這わせる。

「頂戴って……まあ、いいだろう。お手柔らか・・・・・にな」

ホアンダラはやれやれと首を振ると、会議室を出て行ってしまった。

「……あ、あの、私めはどうすれば!」

ソートスは一連の会話を呆然と聞いていたが、自身が今すぐ処刑されるわけではないことを確認するため女に声をかける。

「うーん、取り敢えず、遊ぼっか!」

「へ?」

女はそう言って、ソートスの手を引っ張り会議室を出て行った。


          

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