俺はこの「手」で世界を救う!

ラムダックス

第25話


「……ここは……?」

体にだるさを感じながらもゆっくりと目を開ける。目で辺りを見渡す限り俺は木造の建物のベッドに横たえられているようだった。
もしかして、第八騎士団の分舎に着いたのか?
俺は……確かハエの魔物を倒して、あのヴォルフェヌスの時のように意識を失ったのだったか。

「……起きたの?」

と、声がする。そちらに頭を動かすと、ベッドの横に誰かがいるのが見えた。

「あ……プッチーナ?」

ベッドの横に座っているのは、プッチーナだった。

「クロン、大丈夫?   起きられる?」

プッチーナが俺の顔を覗き込んで話しかけてきた。まだ変声機をつけているようだ。

「ああ……」

俺は上半身を起こし、部屋をぐるりと見渡す。ここはいくつかのベッドが並べられた寝室のような部屋だった。

「プッチーナ、ここは?   それと、今はいつ頃か教えてもらえるか?」

恐らくは分舎にいるのだと思うが。それと二つめの質問は、俺がヴォルフェヌスを倒した後一週間意識不明だった、と言う出来事があったからだ。

「……ここは第八騎士団の分舎、その仮眠室。今は、あのハエに襲われた時から3日経った」

3日!?   3日も寝たきりだったのか。一週間7日よりはマシだが、それでも数回異能スキルを使うだけでこうなってしまうとは……

「仮眠室って?」

「……騎士団員さんたちは交代勤務だそう。その間に寝るための部屋」

「なるほど」

いちいち自宅に帰るわけじゃあないんだな。そりゃそうか、いつでも出動できるようにしとかないといけないだろうからな。

「その騎士団の方達は今どこに?   それと、フォーナ様やランガジーノ様、それにプッチーノさんは。何よりハエの魔物は!?」

そうだ、ハエの魔物は結局どうなったんだ?   3日も経ってるんだったら、何かしら対策されていてもおかしくはないが。

「質問が多い、ちょっと待って」

「あ、ごめん……」

プッチーナは一つ息をつく。

「まず、ハエの魔物は撃退された。ランガジーノ第三神子殿下は、その発生源と発生理由について調べている」

「そうか、いなくなったのか、良かった」

まだあちこちで戦っていたなら、すぐにでも助けに入らなければ、と思っていたところだ。

「クロンがスキルを使った後、倒れてしまったから、私が看病していた。目が覚めて良かった」

プッチーナは少し微笑む。

「そうか、プッチーナきみが。ありがとう」

俺も笑顔でお礼を言う。そういえばヴォルフェヌスの時は、アナが世話をしてくれたのだったな。同じように何度も同年代の女の子に看てもらうだなんて、嬉しい偶然もあるもんだな。

「……どうも。それで話を続けるけど、フォーナ様は、一度お邸へ戻られている。皇都中が被害にあったみたいで、子爵家のお邸も……」

プッチーナが俯く。

「えっ、そんな!」

子爵区画まで襲われていたのか!

「……詳しい被害はまだわからない。フォーナ様は三日の間一度も戻られていないから」

「そうか……わかった」

大きな被害がないと良いが。少し話をしたくらいだったが、家臣や侍女の人たちはみな良い人たちだった。
だが、すでに一人、御者の男の子が殺されてしまっている。今目の前にいるプッチーナはその子と仲良しだったらしいが、悲しみに暮れているはずのプッチーナの心の中は覗けない。
看病までしてくれて、こうして俺の質問に答えてもらっていることはとてもありがたい。

「……次。おに……兄は、プッチーノは生きている。貴族街を魔物を倒して回っていたらしい。ほんと、無茶なことをする人。ハエにやられて戦闘員が全滅した貴族の邸から侍女を保護してきてた」

「全滅!?   恐らくその屋敷だけじゃ無いのだろう、皇都は相当被害を?」

プッチーノさんが無事だったことは嬉しいが、あのハエの魔物のせいでそんな大変なことになっているだなんて。
しかもいまは春の一月、新年の季節だ。人々がお祭り気分で緩んでいるときに起こった出来事。皇都全体が物理的なもの以外にも相当な被害と衝撃を受けたはずだ。

「……ハエの魔物は男性より女性の方を襲いやすかったみたい。兄が助けに入った騎士爵家も、当主は頭を吸われて殺され、六人の侍女のうち五人が孕まされて、蛆を産んだ時にお腹が破裂して死んだって言ってた……」

「孕まされて?   蛆を、あのうねうねしたやつをってこと?   魔物と、しかも虫であるハエと?」

「……私に聞く?」

プッチーナが睨んでくる。

「あっ、ごめん……女の子に聞くことじゃなかったな」

俺は頭を下げる。だが全く想像できないし、まあそれが本当ならなんと可哀想で残酷な死に方だろうか。普通に殺された方がまだましだ。いや、死ぬことにマシな状況なんてないだろうけどさ。

「……無神経は、嫌われる。気をつけて」

プッチーナはベッドから起き上がった俺と同じくらいの身長なため、見下されている気はしないが、圧を感じる。プッチーナなりに考えて注意して暮れているのだろう。

「はい……」

「……それで、騎士団の人が待ってる。副長さんなんだって」

副長?   それって

「ガルムエルハルト様?」

「そう、そんな名前の人。ボンバーがなんとか」

やっぱりそうだ。

「わかった、いまどこにいらっしゃるんだ?」

「……えと、確か執務室かな」

「執務室ね。今から行くよ……あっ!」

俺は足を横に持ち上げ地面に下ろし、立ち上がろうとする。が、少しふらついてしまう。

そして、プッチーナに抱きついてしまった。

「…………むう、重い」

「ご、ごめんっ!」

慌てて離れる。今度はちゃんと立てた。

「……大丈夫、ここに運んでくるまでずっと寄っ掛かられていたから、それ自体に抵抗はない。むしろそっちの体調こそ、大丈夫?」

プッチーナは本当に気にしていないといった様子でそう聞いてくる。

「あ、ああ。なんとか」

「……そう。執務室はこっち」

「う、うん」

俺は今の出来事をさらりと流されたことに少し驚く。
と同時に、最後まで御者の子の話題を出さなかったことに少し不安を覚えた。






----三日前、ハエの魔物襲撃と同時刻

<グリムグラス神皇国首都ソプライワード
天上宮殿グリムグラセス五階・秘匿会議室>

会議室の手前から奥に向けてロの字を縦長にしたように並べられた机には、右に三人、左に二人。計五人の男が座っている。

「悠長に構えている暇はないぞ?   遠征の為の兵を揃えなければ」

右の机の、一番奥に座る男が言う。

「だがまずはこの皇都を御護りすることが最優先」

その左隣に座る男が反論をする。

「帝国が攻めてくるのはもはや確定的。兵よりもまずは陛下の避難場所を早急に選定しなければ」

更に左隣、右の机の一番手前扉側に座る男が言う。

「なに、この皇都が滅びる前提で話しておられるのか、卿は?」

左の机の一番奥に座る男が食いつく。

「その通り、不敬千万ですぞ。それにそう悲観的にならずとも、我が栄えある神皇国には、八もの騎士団が存在するのだ」

そう言い、右隣、つまりは左の机の真ん中に座る男が議論を手で制す。男は続ける。

「更にアウズ殿下も今は皇都にいらっしゃる。我々神皇国民の未来を託すお方なのだ、老中である我らがお助けしないでどうする?」


「アウズ殿下は既に北方へ出られた」


と、扉を開け一人の男が部屋に入ってきた。

『大老様、お待ちしておりました』

五人の男達は椅子から立ち上がり、跪いて声を揃えて言う。

「うむ、座るが良い」

「御意」

男達は、部屋に入ってきた一人豪華な衣装を着た男が扉側、部屋を入ったすぐに配置されている左右の机の間に挟まれている机に座ったのをみると、各自座り直した。

「……さて、皆の不安も理解できよう。皇都が襲われ、更に北方からは帝国の宣戦布告。このタイミング、偶然ではあるまい」

「やはりそうでしたか」

老中のまとめ役である、右の机の一番奥に座る男が五人を代表して会話する。

「大老様、北方ということはアウズ殿下は帝国を討ち倒しに?」

「嫌、違う」

大老と呼ばれた、後から入ってきた男。男は何か情報を持っている様子が。

「では、殿下はなにを?」

まとめ役が疑問を口にする。それに、大老が重苦しい口調で答えた。


「……帝国を滅ぼしにだ」









「久しぶりだな、クロンくん!   座ったままですまないが、まあ話を聞いてくれ」

執務室とやらへ向かうと、部屋の奥にある机にガルムエルハルト様が座っていた。相変わらず、椅子に座っていても圧を感じるほど大きい人だ。

「はい、ガルムエルハルト様」

俺とプッチーナは臣下の礼をとる。

「二人とも、やめてくれ。今はそんな気を使う余裕はないだろう。なにせ、この栄えある神皇国の首都が魔物に襲われたのだから。我々騎士団がいたというのに、被害の拡大を食い止めることができなかった」

ガルムエルハルト様は苦々しいといった様子で口にした。

「ではお言葉に甘えて……ガルムエルハルト様、まず、俺たちは少なくともこの騎士団に助けられました。俺は気絶していたのでその時の状況は詳しく知りませんが、避難を受け入れてくださったようで感謝しています」

俺は頭を下げる。ランガジーノ様が一緒だったとはいえ、何日間も保護してもらったのだ。騎士団の人たちも忙しかったろうに。

「いいや、君こそそのスキルで同行人を助けたのだろう?」

ガルムエルハルト様が微笑む

「はい、最後は気絶してしまいましたが……」

ハエを全て倒すことができずに力が抜けた時はどうしようと思ったものだ。


そう言えば、意識が闇に落ちる直前、誰かがスキルを使う声が聞こえたような気がする……あれはなんだったのだろうか?


「その歳で強力なスキルを連発したのだ。戦闘系のスキルは魔力を多く使うものが多い、やはり君は特別な力があるようだ」

スキルは基本体内に蓄えられている魔力を消費して発動する。魔力の保有量は人によって差があるが、魔力を多く含むほど魔法やスキルを何回も使えたり、威力が強力になったりする。
魔力は使いすぎると体調が悪くなる。そして限界まで使うと、意識不明になることがあるのだ。さすがに死ぬことはないらしいが、使いすぎたぶん回復するのに時間がかかる。俺も今もし魔物に襲われたら、スキルを使えない可能性が高い。

俺はそうならないためにスキルを制御する方法を学園で学ぶはずだったのだが、まさか既に二回も実戦経験をしてしまうとは。運がいいのか悪いのか。俺の魔力量は測っていないのでわからない。入学式の後、身体測定が行われその時に測る予定なのだ。
入学式はきちんと執り行われるのだろうか?

それに特別な力と言われても、入学時点で四十位だし、俺自身このビームというスキルがそこまで使い勝手がいいとは思わない。直線で飛んで行くため、先日の馬車の上のように狙いにくい場所があるし、あのハエの魔物のように集団でいる相手全てに当てるのも難しい。急な回避をされて隙ができるのも問題だ。ここら辺ももう少し上手く制御できるようになれば良いのだが。

「そんな、買い被りすぎですよ」

「……クロンが特別?」

と、プッチーナが小さな声で呟いた。いつも小さな声がさらに小さいため、隣にいる俺でもギリギリ聞こえたくらいだ。

「そう言うな。君と君の力と期待したからこそ、ジーノ様もゆう……コホン、学園生として招待したのだ。その想いを汲み取ってもらいたい。ま、九歳の子供にあれこれ求めても仕方ないとは思うが」

「……クロンって、本当に何者?」

プッチーナは今度は普通に聞こえる声でつぶやく。そんなに驚いたのだろうか?

「プッチーナさん、だったな」

ガルムエルハルト様が今度はプッチーナに話しかける

「……はい」

「クロンくんは将来有望だ、今のうちにツバ・・をつけておいたほうがいいぞ?」

そう言ってニヤリと笑う。

「……考えておきます」

プッチーナは俺のことをちらりと見た後、そう返答した。二人は一体なんの話をしているんだ?

「さて、本題に入ろう」

空気が一気に引き締まる。

「クロンくん」

ガルムエルハルト様の顔もきりりとしたものになり、その目に力が宿る。

「はい」



「君には、戦争に行ってもらう!」



「……はい?」


          

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