俺はこの「手」で世界を救う!
第2話
「参ったな……」
俺は未だに痛む頬を抑えながら、呟いた。
アナは先日7歳になった。村人に割り振られる仕事の関係で、週に一度会うことができるかどうかなので、誕生日を祝うことはできなかったが。
それでも、アナは俺に会いたくて朝早くから来たのだろうことは想像がつく。偶発的な事故だったとはいえ、先ほどの出来事を後悔した。
父さんと母さんは、畑の様子を見にもっと早くから家を出た。俺は昨日の狩りの成果で、今日は昼まで休みをもらえたため、こうしてアナと会う機会を得られたわけだが……
「よっと。よし、追いかけるか」
こうしてはいられないと、俺は床から立ち上がった。久し振りに出会えたのに、このまままた何日も会えないというのはマズい。しっかりと謝っておかなければ。そして、昼までアナのやりたいことに付き合ってやろう。
俺は、アナの胸の感触を思い出し、アナも女の子なんだなあと少し感心しながら、家を出た----
★
外に出、アナの家がある方向へ走る。
アナの住む家は、村の中で一番大きい家、つまり村長宅だ。アナにはお兄さんがいるので、アナがその後を継ぐというわけではないが、この小さな村の中では一応偉い人の部類に入る。
父さんはアナにはヤケに遜った態度で接するが、そこまでしなくても、と俺は思う。まあ、行商人はコネが大事らしいので、その癖が未だに抜けないだけだろう。
そう、アナは一応偉い人だし。
そんな女の子とどうして仲がいうのかというと……おっと、そうこうしているうちに、アナを見つけた!
だが、俺は走り寄ろうとして立ち止まった。
何故ならば、アナの横には見知った男性、この村の村長が立っているからだ。更に周囲に奇妙な空間が出来ており、その外側を何人かの村人が、村人がぐるりと囲んでいたからだ。お前ら、仕事はどうしたんだ?
それに、アナと村長の目の前には、金属でできた防具--恐らく鎧--を、全身にまとった男性が立っていたからだ。あんな鎧なぞを着た人を見たのは、三年前のあの出来事以来だ。
つまり、村人達は村長とアナ、鎧の人を囲むようにしている。俺は、いつもは必死に働いているその手を止めて、こんなに人が集まるなんて只事ではないと思い、立ち止まった足を再び動かしその円へと向かった。
「----ということで、クロンくんを、……へと----」
「だがあの子は----から、今連れて行かれると----」
近づいてみると、俺の名前を出して、村長と鎧の人が何か話をしていた。よく聞こえないため、さらに近づく。
すると、アナが俺に気づき走り寄ってきた。
「クロン、クロン!」
「あ、アナ?」
俺のもとへと来たアナは、まだ泣いていた。え、さっきのアレのこと、そんなに怒っているのか?   参ったなあ……
「アナ、その、さっきは----」
「クロン!   クロンが、クロンが、居なくなっちゃうのー!」
「え?」
俺は謝ろうと、アナの肩を手で持った。だがアナはその手を払い、必死な様子でそう叫んだのだ。
俺が、居なくなる?
「アナ、俺はここにいるぞ?」
「でも、でも……!」
アナが何を言っているのかわからなかった俺は、アナに問い返した。だがアナは、クロンが、つまり俺が居なくなるだの、遠くへ行っちゃうだのを繰り返すばかり。正に取り乱した様子だ。
その姿を目の前にオロオロしてばかりの俺のもとに、先程の鎧の人が近づいて来た。なんだ、もしかして、俺がアナの胸を触ってしまったことがそんな大ごとになったのか?
三年前に見た鎧の人は、ここら辺一帯を治める領主様の町から来た騎士様だった。もしかして、今度は俺を捕まえるまでに来たのでは……
そんな想像をしてしまう。そして鎧の人は俺の目の前、アナのすぐ後ろに立ち止まった。
ゴクリ。何を言われるのだろうか、俺は思わず身構えた。
「失礼、君がクロンくんかな?」
鎧の人は綺麗な金髪で、目は透き通るような青色だった。そして鎧は見たこともないような豪華な装飾が施されており、腰らへんにはこれまた装飾が施された鞘に収められた立派な剣を吊るしている。
「は、はい、そうですが……」
俺は、ドギマギとしながらも、父親に教えられた処世術を思い出しながら返答した。すると、鎧の人の目がキラリと光ったような気がした。
「そうか、そうか。君がクロンくんか!   なるほどなるほど。よし、では行こうか!」
鎧の人は腕を組み笑顔で頷く。そして何を納得したのか、一言、そう言った。
「行く?   ど、何処へですか?」
どこに行くというのだろうか?   俺は素直に問う。すると鎧の人は一段と笑顔を深くし、答えた。
「皇都だ」
「コウ、ト?」
「そうだ。栄えある我がグリムグラス神皇国が首都、皇都ソラプイワードだ。そこへ君を招待したい」
グリムグラス神皇国……は、俺の住む国の名前だ。皇都というのはよくわからないが、ソラプ何ちゃらは父さんから聞いたことがある。この国の中心地だとか。
だが、俺をそこへ招待する?   こんな片田舎の寂れた村の少年を?
自分で言うのもなんだが、俺は自分のことをそんなところへ行けるような凄い人間だとは思わない。まあ、ちょっとした”技”は使えるが。
「でも、俺なんかが行っていいところじゃないんじゃ」
ちらりとアナのことを見る。アナは下を向いてしまっているので、表情がよくわからない。村人は俺たちを取り巻くように少し遠ざかったところで様子を伺っている。
とそこへ、村長がやってきた。
「クロン」
「村長」
村長は少し太っている真面目なおっさんだ。俺が生まれる前に前村長の後を継いだ。アナのお父さんであり、その縁もあってか俺はわりかし仲良くしてもらっている方だと思う。
村長は、鎧の人を手のひらで指し口を開いた。
「クロン、こちらの方は、皇都からいらした騎士様だ。お前の腕を見込んで、皇都で修行させてくれるとおっしゃっている」
「修行?   なんの?」
やっぱり、騎士様だったのか。でも、領主様の町ではなくて、わざわざ国一番の町からやって来るだなんて。それに修行って、何のためにするんだ?
「そう、クロンくん。君のその能力はこの村に置いておくにはとても惜しい能力だ。皇都には君のような素晴らしい力を秘めている子たちを育てる学校、学園というものがあってね、そこへ入学してもらいたいのだよ」
「ガクエン?   能力?   勉強をしに、わざわざその皇都まで行くんですか?」
学校は、大きな町には大抵ある建物らしい。この村のように少し賢い大人から生活の合間に必要なことを教えてもらうのではなく、先生と呼ばれる人に教えることを職業にしている人から、沢山のことを一日中学ぶ所だ、と父さんから聞いたことがある。
それに力を秘めているって、俺が?   何の力を?
「そうだ。だが、ただ勉強をしに行くのではない。その体に秘められた強大な力を国のために、愛する人を守るために、最大限使えるように努力する場所だよ」
「愛する人を守る……」
頭の中に三年前の出来事が蘇る。あの時はまだ相手が弱かったから良かった。だがもし、もっと強い敵が現れたら、俺は果たして……
「クロン、お前はその歳で村のためによく働いてくれている。アナとも仲良くしてくれて私は嬉しい。私としては----」
「クロンくん、すぐにとは言わない。今日一日待ってあげよう。明日の朝、答えを聞くよ。皇都へ行くのか、それともこの村で一生を過ごすのかをね!   じゃあ、また。村長、すみませんが、お話の続きを」
「……そうですね、では参りましょうか。クロン、そういうことだ。ゆっくり考えなさい。私としては……コホン。お前たちも、仕事に戻るのだ、いいな!」
村長は、未だに下を向いたままその場に佇むアナを一瞬みやり、すぐに視線を村人たちにむけ、仕事に戻るよう指示しながら、騎士様を連れて村長宅へと戻って行った。
「……俺に、本当にそんな力があるのだろうか?」
俺は、目の前のアナを見ながらそう呟く。
「クロン……」
すると、アナは下を向きつつも、手を差し出してきた。俺はその手を握り、右手に少し冷たいアナの手を感じながら、自宅へと歩み始めた。
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