妹が『俺依存症』を患った件

ラムダックス

第67話 決意新たに


「お兄ちゃん、私のこと見捨てるの?」

真奈は一気に涙目になり、俺のことをジッと見つめてくる。

「嫌、そんなことはしない。絶対に『俺依存症』を治してみせる」

妹に、そして流湖に向かっても宣言つもりでそうはっきりと言い切る。

「その覚悟はすごいと思う。でも百パーセント治る保証なんてどこにもないよね? だって真奈ちゃんが恐らく世界で初めて、この病気に罹ったんだよ? 伊導くんに妹さんが他にいなければだけど」

「そんな妹はいない。いるのは真奈だけだ」

「じゃあなおさら、治療法も確立しておらずしかも普通の病気と違って伊導くんが麻薬のように必要になってしまう。そんな病気だとわかっていながら真奈ちゃんを見捨てなければならないことになった場合。どう判断するのかはっきりと今ここで宣言できる?」

「そういわれると……」

流湖の奴、痛いところをついてくる。俺だってその可能性を考えたことが無いわけじゃない。『伊導お兄ちゃんのことが好き好きすぎて脳がアヘアヘしちゃうのおおおおお病』は流湖の言う通り真奈が世界で初めての罹患者だろうし、何年後に治るのかもわからない。

出来るだけ早く『俺フェロモン』の依存から脱却させようとはしているが、わかっていることもまだ少なく、手探りの状態だ。薬があるわけでもなく、少しずつ俺のいない状況に慣れさせないととも思う。



「……ねえお兄ちゃん、私お兄ちゃんがいなくても平気にならないと、やっぱり困るよね?」



真奈は寂しそうに笑う。

何をやっているんだ俺は、俺は妹にこんな顔をさせるために流湖の話を聞いているわけじゃない!

「流湖、すまないが今日は帰ってくれないか。勝手を言ってすまないが、真奈と二人きりで話をしたいんだ」

「お兄ちゃんっ?」

「そう……私がいたらできない話なんだね」

「ああ」

「あはは、なんだかフラれた気分だな〜。まあそりゃ真奈ちゃんの方が大事だよね」

「ああ」

「……あはっ。じゃあね、二人とも」

流湖は一筋の涙を見せ、部屋を出て行った。

そうしてお互い数分無言の時間が続き。

「…………ねえ、流湖先輩、お兄ちゃんと結婚しようって話をしようとしたんじゃない?」

「恐らくはな」

真奈の言う通りのことを俺も想像した。だから、これ以上ここにいてもらっても互いに辛くなるだけだから、出て行ってもらったのだ。流湖の気持ちに応える気はないとはいえ、不必要に傷つけることもない。

流湖はあのまま話をさせていると、きっとどこかのタイミングで『私と付き合えば真奈ちゃんも一緒にいていいし、なんなら三人でお付き合いしてもいいんだよ?』とでも言うつもりだったのだろう。そしてそのまま一生を添い遂げることに瑕疵はないとも。

だが俺はそんな安易な解決方法は選ばない。きちんと真奈の依存症を治して、それからの恋愛ごとは未来の俺に任せる。後回しとも言うが、今の俺にとっては恋愛というものはそれくらいの優先順位ということだ。

「だが、真奈。何度も言うが、俺は真奈を見捨てたりはしないし、その病気を治す努力も惜しまない。まだまだ辛いことも沢山あるだろうし、流湖の言った通りにいつ治るかなんてわからないというのは事実だ。だが、それでも当人である真奈が着いて来てくれないことには、いくら俺が頑張ろうとも限界がある。どうだ、やる気はあるか?」

俺は会えて悪戯小僧のような不敵な笑みを意識し、真奈に問いかける。

「……うん、当たり前だよ! 私が逃げるわけないじゃない? それともお兄ちゃんこそ、この伊勢川真奈のことを信用していないんじゃない?」

真奈も釣られてか、笑みを浮かべそう言い切ってみせた。

「そんなことないぞ、俺の世界で一番大事な妹さ」

「何それ、妹は私だけじゃなかったの?」

「いやいや、世の中のあらゆる兄が妹に向ける愛情に勝っているという意味さ」

「なにそれ、プロポーズ??」

「な、なんでそうなるんだよ」

「うふふふっ、じゃあ私も、お兄ちゃんのことは世界で一番素敵なお兄ちゃんだと思ってるから、お互い頑張ろうね?」

「おう、最高の兄と最高の妹。この二人で乗り越えられない障害なんてないさ」

「そうだね。でもやっぱり告白に聞こえてしまうなあ……」

「あのなあ」

と反論しようとすると----




「本当は、世界で一番素敵なお兄ちゃんじゃなくて、世界で一番素敵な男性だと思ってるよ? 伊導くん♡♡♡」




----っっっっ!!

真奈は耳元でそう囁くと、ユニットバスに向かってタタタと走り去って行った。

「……なんだよ、今のは反則だろ」

耳元で囁く真奈の声は、今までに女性から受けたどの告白の言葉よりも、甘美に聞こえた。



そうして次の日。起きるとすでに真奈はいなかった。気まずかったのか、それとも単純に用事があったのか。

結局あの後は変に甘い空気が流れており、互いに無言で寝てしまったため、あの言葉が最後の会話となっている。

思い出すだけでも顔が熱くなる。真奈は妹真奈は妹真奈は妹真奈は妹真奈は妹真奈真奈!!!!!

「はあ、早く行かないと」

そうして準備をし、外に出ると、階段の下で流湖がカバンを逆手に持ち待ち構えていた。

「る、流湖か。おはよう」

「うん、おはよう」

やはり彼女はどことなく気まずい雰囲気を漂わせている。言い過ぎたと思ったのか、それとも俺に追い出されたのを根に持っているのか。

「伊導くん、一緒に登校しよ」

「ああ」

昨日の今日だから流石に遠慮するかとも思ったが、断ると逆に意識しているように思われるかもしれないので素直に誘いを受けることにした。

「…………」

「…………」

だがやはりというべきか、通学路では終始無言だ。

そうして10分ほど歩き、俺の家を通り過ぎたあたりでようやく流湖が口を開いた。

「あの、昨日はごめんなさい。色々と言いすぎちゃった」

「ああ、うん。もういいさ。真奈とも話し合って、今後の方針確認もできたし。むしろ一度立ち止まるいい機会になったかもしれない」

「そっか、そんなら良かったけどね」

「うん。流湖はなんともないのか? その、父さんやばっちゃんの件なんかは……」

いつまでもあの件でのギスギスを放置しておくわけにもいかないので、敢えて俺から訊ねる。

「まだちょっとびっくりしているかな。だってぶっちゃけ頭のどこかでは、伊導くんと真奈ちゃんは付き合えないんだからって安心していたところがあるし。その常識をぶち破る人が出てきて、しかもそれが皆伊導くん達の血縁だなんて」

「お、おう、そうだな」

流湖の言う通り、珍しいであろうパターンが二通りも揃ってしまうとは。もしかすると真奈が俺のことを好きなのも、そういう血縁だからかもしれない。
じゃあ俺は? と聞かれると……今はなんとも言えないのが正直だ。実際、最近真奈のことを女として意識してしまう機会が少しずつ出てきたように思えるし。

「でも、それが正しいわけじゃないからって私は思うよ? 一人っ子だからこその意見なのかと知らないけれど、兄妹は兄妹であるべきだし、それぞれにきちんと将来の相手を見つけるべきだと思う」

「一人っ子じゃなくても、そうおもうのが当たり前なのは確かだよ。流湖がおかしいわけじゃない」

「ふふん、フォローありがとう。でも伊導くん。一つ忠告しておくね」

「ん、なんだ?」

流湖は立ち止まり、身体ごと俺の方を向く。

「どれだけ頑張っても叶わない恋ってあるように、どれだけ拒否をしていても叶ってしまう恋ってあると思うの。運命の強制力っていうか、世界の修正力っていうか。とにかく、そういう概念は存在すると思うんだ。伊導くんも、いつか必ずそれに巻き込まれることになると思う。勿論、その相手が私であったら嬉しいんだけどね? だから今は澄ました顔をして恋愛なんてしないって言ってるけど、きっとそのうち私の言っていることがわかる日が来ると思うよ」

「え、ああ……」

「だから、それ相応の心の準備はしておいた方がいいって話。真奈ちゃんの病気のことも大事だけど、"自分の人生に呑み込まれないように"気をつけてね! じゃあ私は先に行くから〜!」

そう言うと流湖は早足で歩き去り、前方にいる友達らしき生徒と話をしながら遠くに離れて行ってしまった。

「……運命の強制力、世界の修正力、か」

俺はその言葉が妙に頭に残り、その日の授業が覚束ないのであった。

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