俺の幼馴染が勇者様だった件

ラムダックス

第247話


ーーーー俺の名前はヴァン=マイオ=ファストリア。

……しかし、この名前は本当の俺の名前ではない。

なぜかというと。

「お兄ちゃん……ハジメちゃん」

「なんだ?」

「私も二年後ちゃんと入学するから、それまで待っていてね?」

「ああ、わかっているさ。でもここではよっぽどのことがなければ王族である俺が退学にされることはないだろうし、成績だって悪いわけじゃない。ベル……凛がやって来た後も今と変わらない生活ができるはずさ」

「うん、楽しみにしているわ」

こうして妹ーーベル=マイア=ファストリアと共に地球の日本からこの世界に転生した身であるからだ。つまるところ異世界転生、しかも王族という極めて高貴な身分にである。
しかし、高貴なのは肩書だけであった。立場に付随するはずの様々な特権や名誉までは神様は与えてくれなかったようなのだ。



ーーーー側室。つまりは王の二番目の妻の子として生まれた俺たち二人は、その生まれる前の経緯から"側室の子"であった。
俺の場合はエイリ兄さん、つまり現王族の次男を正室が妊娠したことにより手持ち無沙汰・・・・・・になった父たる王が側室を望んだことにより孕んだ長男。そしてベルに至っては正室とのセックスに飽きたが故に久しぶりに行為を為した結果、子まで成した故の存在。俺たち二人ともが元々が『ついで』であるのだ。
そんな俺たちは王位継承権。次代の王となる権利を破棄している。というのは俺たち二人が直接そう宣言したわけではなく、母親に当たる側室が子供を争いに巻き込まない事を約束にそう宣言したからだ。父たる王も争いのタネが減り国内の治安や人心への影響を減らすことができるために快諾した。
というわけで現在の俺たちは放蕩貴族も同然の生活をしているのだ。

しかしひとつだけ、王族として生まれ落ちたからには避けては通れない人生のレールというのがある。それが『王立学園』に通学しきっちりと学業を修めるという慣しだ。十歳になると(顔パスとは言え)試験を受け、己の実力を確かめた上で何を学ぶのかを改めて定める。試験は学科別なので、自分に合った学科を予め見出しておくのもよし、己の才能に欠けて取り敢えず好きなところを受けてみるのもよし。
しかし点数が低かったら成績順に振り分けられるクラスで一目瞭然、大衆の目に晒されることとなるので王族の恥さらしと罵られるリスクもある。学園は十歳から十八歳の終わり、ようは十九歳になる年度までの九年間通い続けることとなる。その間退学することは絶対に許されないし、嫌気が差して逃げ出そうものなら地の果てまでその手のものが追いかけてくるという噂があるくらいだ。

ともかく、王族として生き続けたいなら避けては通れない道である。俺たち二人とも、今の生活に特に不満があるわけではない。休日には寮制で届け出が必要とは言えこうしてベルに会いに行けるし、ベル自身も俺と将来同じ学科に入るんだと息巻いているくらいだ。
当然俺たちのことをよく思わない周りは色々と言ってくる。王位継承争いと、王宮内の人付き合い(貴族内での評判と言い換えたほうが適切だ)は全く別の問題。妹とは言え女だし、まだ婚約者もいない同士のしかも未成年がベタベタと近づきすぎだとか、その手の"ありきたり"な批判は耳にしない日はないくらいだ。

一方で、俺たちもそんな貴族の陰口を加速するような真似をしてもいる。しかしそれは恥じることではない。何せ同じ王族の女性と仲良くしているだけなのだから。
その相手の名前は、エンデリシェ=メーン=ファストリア。この国の第三王女に当たる人だ。王族全体としては六番目の子であり、さらに序列で言えば元から側室である俺を抜かすので五位となる。しかしそんな序列五位の妹様もまた一癖も二癖もあるあるヤツなのだ。
それは、俺たち同じく王位継承権を放棄していること。しかも親から言われたなどではなく、自ら判断したことなのだ。さらにそれを下した歳が五歳と来たら、もう何を考えているのか、物事を理解していない子供の思いつきではないのかと散々に叱られていたのが記憶に残っている。

……だが、そうではなかった。エンデリシェは五歳にして、既に己の置かれている状況を理解し切ってしまっていたのだ。ほとんど勝ち目のない次代の王の椅子はキッパリと諦め、その代わりにある程度の自由を保障してもらう。さらに困ったことに、それを伝えたのは侍女などを通してではなく直接父たる王に対してというのだから、どれだけ肝が座っているのかという話だ。下手をすりゃ打ち首になっても何らおかしくない案件、たった五歳の、命の軽重すら判別のつかない幼女がスラスラを言葉を並べ立てる様子は、今でもたまに話題に上るほどの有様だった。
その場に同席していた兄弟たちも皆、関心と呆れと恐怖をない混ぜにしていた。王宮ではその一件以来、本当はエンデリシェが一番素質があるのではないか、王国始まって以来の才女に成長するのではないかという声が一気に高まった。

しかし他に既に遅しにも過ぎる、既に宣言してしまったものはひっくり返せるものではなく、これは王たる父であろうとも覆すことのできない絶対の取り決め。落胆の声を漏らすのは、己の立場足下を固め切れていない官吏や貴族。一方安堵するのは、既に他の兄弟のバックについていた官吏や貴族。そして強力なライバルが自ら土俵を降りてくれた恩恵を受ける兄弟当人たち。彼女の宣言によって、良くも悪くも王城は今も引っ搔き回されたままとなってしまっている。



「まあ、エンデリシェもまさかの首席入学だったしな。あそこまで賢いとは思わなかったが、入学式でのやはり凛とした態度が好評なようだ。実際に見たわけではないけど、想像はつく」

「ふーん、ヴァンはエンデリシェのことが気に入ってるんだ」

「い、いや、何で急にそんな話に並んだ!? 飛躍しすぎだろう!!??」

「ふーん、ふーん、ふーーーーん」

「あの、ベルさん? 凛ちゃん、何を怒っているのかな〜〜……?」

「そうだ、もうしばらく会うのはやめましょう」

「え? はっ!? 急にどうして?!」

「いいから聞いて、別にエンデリシェのことは……全く関係ないとは言わないけれど。貴方がそばについていてあげないとどうなることか、きちんと考えているの? 王立学園の中は貴賎なし、つまりあの娘には善人悪人関係なくいくらでもすり寄る機会があるということ。王城でのパーティのように、誰がどんな順番で喋るかという昔からの不文律は存在しない。あるのは、学園内での地位だけ。そしてその地位をどうみるかは……」

「また個人の思想によるというわけか」

エンデリシェのことが気に入らなければ、決闘制度を利用しその主席入学をした才女様のカシラを引っ叩くことも可能だ。そうでなくとも、間接的に貶めたり、逆に利用するだけ利用するような輩も出てくる。そんなのは人間社会が存在する以上どこも同じ話だ、しかも学園内では最大九歳差の男女が狭いエリアで寮生活を送っているし、中等院両隣の敷地には高等院、探究院の敷地も隣接しており、将来の有望株に唾をつけようと画策する輩も出てくるだろう。

では、そんな彼女を誰が守るのか。同じ王族は信用できない、同級生同窓生もどこまで信用信頼していいのかわからない。唯一の安心材料なのは、バディの相方が入手した情報によるといいとこのお嬢様でかつ性格も悪くないというくらいか。

「んー、なるほど、俺が陰ながら見守るしかない、ということか」

「そうよ。エンデリシェはヴァンのように頻繁にお城に抜け出しに来たりはしないでしょうし、そういう時にいかにして彼女を保護するかがとても大切になるわ。近衛兵だって侍女だって万能な存在じゃない。最終的に発言権を持つのはやはり地位が上の人間、そしてその親族学生。けれどその点で言えば貴方は、学園内で今現在唯一エンデリシェと対等の立場にいられる人間なのよ」

「そう、だな。わかったよ、でも別に抜け出しているわけじゃないんだな」

「そう、じゃあどうして毎回毎回申請書に出たら目を書くのかしら?」

「でたらめじゃないし! ちゃんと仕事してるし!」

「本当? 怪しいわねえ、休日はいつも私と一緒にいるくせに」

「い、いたら悪いのかよ? お前は俺のことが嫌いなのか?」

「そんなこと言ってないわよ。その逆だからこそ、せめて真っ当に生きてほしいだけよ、それくらい願うのもだめなのかしら?」

「うっ」

目をうるうるさせ、こちらを見上げてくる妹様。俺はそんな前世からの腐れ縁に対してイマイチ強く出られないのであった……

          

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