俺の幼馴染が勇者様だった件

ラムダックス

第238話


「ここは……」

目を覚ました私はぼんやりとしつつも起き上がります。

「やあ」

「ひゃっ」

すると、後ろから突然声をかけられ、思わず悲鳴を上げてしまいました。

「あ、あの、あなたは……?」

その声の主人がいる方を振り向くと、そこには座布団の上に座る白い物体が。ええと、あれ? この姿形、『コトコト様』ですよね?

「僕? 僕の名前は『グチワロス』、まあ一言でいえば地球の神をやらせてもらっている存在だよ」

「神様、であらせられますか」

突然大きく出た相対者に、少し惚け気味にもう一度問いかけてみます。

「うんうん、信じられないのも仕方がないよねえ、普通、お詣りをしたりはあるけれど本当に神様がいるだなんて心から信じている人はいないもんね? でも実際、今目の前にいるんだからとりあえず僕は存在するということでいいんじゃないかな?」

「は、はあ、そうですね」

ゆったりとした、どちらかといえば物腰の低い言い方にも関わらず、有無を言わせぬ強制力のようなものを感じます。神力とか、威光とか、その手のものでしょうか?

「とにかく座りなよ、ずっと立ったままじゃあ忙しないでしょ?」

「ありがとうございます、それではお言葉に甘えて」

神様の対面に座る。ちゃぶ台を挟んで畳と座布団を下に敷いていると、あの世のはずなのにまるでまだ日本にいるかのように感じてしまいます。実際にはもう、私の身体はグチャグチャになってしまっているのでしょうが……

「ん? どうしたんだい急に」

「い、いえ、すみません。少し思い出してしまいまして」

「家族や友人のことをかい?」

「はい。もう、二度と会えないんだなと思うと……」

私の瞳からいつのまにか自然と涙が流れてしまいます。どうしても叶えられない望みなのでしょうが、もし可能ならばまたあの平和な日常に戻りたい、そう思ってしまうのはおかしなことでは有りませんよね?

「うんうん、悲しいよねえ。わかるよ、僕も何億人という人間を見てきたけれども、皆やっぱり一番に思うのはもう誰とも会うことができないという変えようのない事実なんだよね。いかに僕が神様といえども、死んだ人間を同じ世界に生き返らせることはできないんだ。すまない」

「いえ、当たり前でしょう。死んだはずの、それもバラバラ死体になった人物が急に命を取り戻しても気味悪がられるだけなのは容易に想像がつきますから」

「有りえないことを受け入れたくない心は、人間が持つ防衛機制という立派な機能だ。それによって己の精神が狂うのを防いでいるわけだから。だから、その話題に関しては誰も悪くないとしか言いようがない」

「はい、理解しています」

漫画や小説などでは、たまに人が生き返ったのをみてよく戻ってきたね、と喜ぶシーンは多いのですが、現実にそれが起きても待っているのは面倒ごとばかりでしょう。遺産や保険はどうなるのかとか、行政上の扱いはどうするのかとか、家族や知り合いだけではなくご近所などからどう見られるのかとか、その手の問題が多々発生してしまうのですから。

「でも」

「はい?」

神様ーーグチワロス様の身に纏う雰囲気が急に変わります。私も反射的に思わず背筋をピンと張って伸ばします。

「同じ世界ではもう無理だけど、新しい世界でやり直すことはできるよね? だって知り合いもいなければ、身分の問題もない。全く新しい命が一つ生まれ落ちるだけなのだから」

「はあ、まあ、そうかもしれませんが」

新しい世界……おそらく輪廻転生などとは違いますよね? 全く別の、地球とは違う世界で生まれ変わる。果たしてそれはどのような感覚なのでしょうか、与太話だとしても気にはなります。

「だよね? んじゃあそういうことで」

「えっ!? な、ま、待ってください!」

ノータイムで返事を返した神様が手をかざすと、私の全身が急に光り出します。まさか、本当に来世が!?

「君が今から行く世界には『ドルガドルゲリアス』という女神がいるから、存分に頼ってくれていいよ〜」

「グチワロス様、そんな、まだ心の準備がっっ」

「大丈夫大丈夫、なんとかなるさ〜」

白い神様はいつのまにかちゃぶ台の上に現れていた湯飲みをすすりながら呑気にそう答えられます。私、どうなってしまうのでしょうか!? 己のうちに急速に不安が拡大していきます。

そしてそのまま、目の前が真っ白になりーーーー



「ーーーーこんにちは」



次の瞬間には、もうすでに別の空間に立っていました。

先ほどの和風な雰囲気ではない、ヨーロッパの古代建築物を思わせる神殿のような建物の入り口が目に入ります。十数段の階段を地面とし、幾本もの柱が等間隔で並び立つ。屋根は三角で、建物全体は細かな装飾に至るまで光り輝く白で統一されています。
汚れを一切感じさせない純白。そんな巨大建築物の前には、これまた清楚で『美しい』の一言を体現したような女性が、手を前で合わせ佇んでいます。

「ここは……」

「ここは、私が管理する世界、『ドルガ』のコントロールルームとでも言えばよろしいでしょうか? まあ簡単に言えば、私の執務室ですね。どうぞ中へお入りください。うふふ、そんな緊張なさらなくても結構ですよ」

女性は、同性の私からみても見惚れる可愛らしい笑顔を見せ、手で神殿の方を指されます。話の流れから推測するに、この方が先ほどグチワロス様がおっしゃっていた女神様なのでしょうか? もし違うのだとしても、これほどのお綺麗な方を女神と崇めるのになんら抵抗はありません。そのくらい、同じ女性としての格の違いを感じてしまいます。

そして、その女神様の後をついていくと、神殿の中はやはり神殿でした。そうとしか表現のしようがありません。外周と同じく大きくて太い柱が何本も並び、高い天井には宗教画でしょうか、これまた巨大な絵画が一面に。窓は採光をするためのものと、ステンドグラス調のものが交互に張り付けられています。

そのまま歩いていき、一番奥の壁。その少し手前には、床から天井まで届こうかというほどのオブジェが。誰かを象った彫刻なのですが、ローブを全身に纏い杖を持っている老人に見えますね。どことなく、威厳と言いますか、地球で言うキリスト像のような畏った神秘さが表れています。

そんな像のさらに手前には、ボウルのような形をした器が。この器は全面が金箔で装飾されており、白い空間の中に眩いばかりの輝きをもたらしています。何もない『無』のなかに、ビッグバンのかけらを垂らす、そんな熱く激しいオーラを感じます。いいえ、これは……漏れ出ている、のでしょうか?

「あら、気が付かれましたか? そうです、この器の中には世界が入っています。貴女が生きていた地球みたいに、別の世界が。世界は、それ自体がオーラを発します。この私が管理する異世界『ドルガ』はまだまだ若い世界、このようにエネルギーが有り余っているのですね」

「世界がこの中に、ですか? 申し訳ありませんが、信じられませんっ。だって、地球ですらあれだけ大きいのに、太陽系や、銀河や、星団や……とにかく、数百億光年もある世界そのものをこんな器に収められるものなのでしょうか?」

「むつかしいことをいうのね、うふふ。そんな理屈っぽく考えなくても大事ですよ、"そういうもの"なのですから」

「そういうもの、ですか」

おそらくは何事も割り切りが大事だと、そう仰りたいのでしょうね。

「そう、ここに今存在するから、ここにある。貴女もそうではないのかしら? 死んだはずだけれど、ここに今いるってことは、やっぱり存在はしている。それとも死という概念が分からなくなりました! なんていうのかしら」

悪戯っぽく笑う女神様。わざと煽るように言っているはずなのに、ムカつきはしない。むしろ、気安く話しかけられるようにそうしているのだという、人柄(神柄?)が垣間見えるようです。

「ごめんね、長話をしてしまって」

「いえ、こちらが問い掛けたことですから」

「そう? では、改めて。ようこそ新たな世界へ! 私はこの世界を担当している『ドルガドルゲリアス』です、よろしくお願いしますねっ?」

「はい、こちらこそ」

お互いに丁寧に頭を下げ、異世界で暮らすためのレクチャーが始まります。











「うう、ん、ここ、は?」

「あ、はじ、め、ちゃ……」

「!! 凛!」

「おい、しっかりしろよ、凛っ!!!」

「ううっ、は、ハジメちゃん、なの?」

「そうだ、凛。俺だ! 大丈夫か? 痛みは?」

「痛み? そう、私たちは確か……いやぁっ!」

「落ち着け、凛、俺はここにいるから、な?」

「ふえぇ、うええぇんっ、怖いよ、死にたくないよ、ハジメちゃん!」

「ほら、暖かいだろ?」

「うん、ハジメちゃんだ……ぐすっ」

「ふう……それで、ここは一体どこなんだ?」



「ーーーーやあ、二人とも」



「「!!??」」

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