俺の幼馴染が勇者様だった件
第233話
そして夜中。パーティもいよいよお開きになり、複数の女性とダンスをしたり、物怖じしない首長達の挨拶の応対をしたりと、個人的には楽しむというよりもほとんど業務を消化するような会となってしまった。ダンスはともかくとして、どうして今世の自分の倍以上生きているようなおっさんたちの応対を笑顔でしなければならないのか、今更ながら辟易する。
「ヴァン、お疲れ様」
「お疲れ様です、アナタ」
「ですね。よく頑張られたと思います」
侯爵別邸に戻り、屋敷の主人とまた軽く会話をして、さらにブラウニーくん達の相手をした後、ようやくあてがわれている部屋に戻る。
すると、彼女らも疲れているだろうに、真っ先にベル、サファイア、エンデリシェの順に労ってくれた。
「ありがとう、みんなもお疲れ様。特にベルとエンデリシェが会議の場までついて来てくれたことには本当に助かったよ」
俺は会議の内容に基本口出しをしない(当然どこかの国の領主ではないため当たり前だ。治る土地もまだ確定していないのにあれこれと言えるはずがない。力こそパワーとよくいうが、人と人の間には拳ではどうにもならない関係というのがあるのだ)ため、時折話がこちらの話題に傾いた時も率先して反論してくれた。そのおかげで一部誤解が解けたところもあるため一日目にして既に大助かりだ。
「私も出来れば一緒に居たかったのですが……」
「仕方ないわよ、ドラゴン枠だもの」
「ど、ドラゴン枠!? 確かにその通りではありますが……ベルさん手厳しいですね本当」
「事実を述べたまでよ」
「まあまあ、喧嘩しないでくれよ」
隙あらばマウントを取ろうとする正妻殿にも困ったものだ。
「……ところで、なんであなたまでここにいるわけ?」
「えっ? 何か悪いか?」
ベルが目を向けたのは、もう一人の相室者。ポーソリアル共和国元大統領の娘であるマリネ=ワイス=アンダネトだ。いや本当になんでここにいるの!?
「一通り戦後の交渉が整ったから、私も呼ばれているのだ。三日目からはポーソリアルとの各国の交渉の結果を報告するからな、その時に代表者として私とシャキラが参加することになっている」
「そのシャキラさんは?」
この部屋にはいつも綺麗にてかり良く整えられている金髪をたなびかせている参謀サンの姿はない。
「ああ、あいつは最終調整中だ。まさか我々も二人きりで来たわけではない。選りすぐりの部下もきちんと連れて来ている」
「へ、へえ……」
じゃあ尚更なんでここにいるのだろうかこの人は。何かポーソリアルを代表しての話があるとかならわかるが、この分だと完全に私的な用事の様におもえる。
「それで、マリネ様は何故この部屋にいらしたのでしょうか?」
エンデリシェが少し不満げに訊ねる。仲間内でない相手に対してこのような顔をするのは珍しいな。
「そんなの決まっている、私がヴァンくんに逢いたいからだ!」
その怒りのオーラを向けられた相手は全く悪びれる様子もなく堂々と答える。
「いやいやいや、マリネ、確かに俺たちは付き合うことになったけれども、少なくともこの会議が終わるまではあまり接触しないようにって決めたはずだが? 俺だって変な噂を立てられたら困るし、そっちに対しても嫌な勘ぐりをされ交渉を破棄してくる国が出てくるかもしれないって説明しただろ?」
ただでさえポーソリアルはこの四大陸のほぼ全ての国家の敵なのだ。例え和平交渉が締結されたとしてもすぐにその蟠りが解消されることはあり得ない。ならば、現時点で国の顔であるシャキラさんとマリネには、あの領地での逢瀬以降は許可を出すまで親しくしないよう取り決めたのだが……
「そうは言っても、同じ国の、しかも同じ街の同じ屋敷に泊まっているのだから、この中でなら顔を合わせるくらい問題ないだろう? どうせヴァンくんも色々と策を張り巡らせているだろうし」
「まあ確かに防諜を防ぐために幾つかの魔法を用いているけど。というかこの侯爵閣下の別邸に泊まっているって!?!?」
「ああ、なぜかその侯爵が率先して誘致してくれてな。最初は皆一緒にということだったのだが、君が言う通り流石に双方にとって良いことはないと言うことで、私だけ泊まらせてもらうことにしたのだ」
んんん、なぜピラグラス侯爵が、敵国の要人を止めることによって利益を得られるのか? 同派閥から訝しげに見られるのはわかり切っているし、敵対派閥からも詰められる未来が待っているのは簡単に推測できる。
「まあ私も細かい話はシャキラに任せているから、何か疑問があればあっちに訊ねてくれたら助かる。私としては、こうしてヴァンくんの近くに居られるだけで幸せいっぱいだ……❤︎」
「あ、その、う……」
新しい恋人はピタリと俺の腕にくっつきしなをつくる。
「はいそこまで〜」
「おおお、おい、ちょ、おいっ!? 何をするのだあああれえええ〜〜!!」
すると、俊敏な動きで俺から彼女を引き離したベルが、そのまま部屋の外に連れ出そうとする。それを見たサファイアが扉を開け、エンデリシェは俺のことを後ろからギュッと抱きしめて拘束してくる。
「お、おやすみなさい…………?」
聞こえていないだろうマリネに対して半ば呆けた感じで就寝の挨拶を送る。一体何だったんだ、でも顔が見られたのは素直に嬉しい。そんなに時は立っていないが、それでもあと少しで今回の戦争に対する最後の大舞台が待ち受けているのだ。もう関係各国とは和平の締結をしたので今更ひっくり返すような愚かな国はないと思うが、それでも少なくない誹謗があげられるのは目に見えている。少しでも心の支えになれたら嬉しく思う。
「ふう、全くヴァンもヴァンよ? 隙を見せすぎ! もっとコントロールしなきゃ」
「いやコントロールったって、俺たちは恋人であり将来の夫婦なんだぞ? そんなペットか調教馬みたいな扱いしなくても」
「ダメよ、ダメ! 貴方はもはや一貴族の枠を超えてしまっているのよ。この世で最強の存在と言っていいあのエンシェントドラゴンに、王族からの降嫁。さらには勇者である私と、使いようによっては国一つを支配できるような立場にあるんだから。そして当然、その恩恵を享受しようと考えている悪辣非道な輩がニコニコ顔で擦り寄ってくる。その時に、どんなことをネタに揺すられるかわかったもんじゃないってことも」
「それは……その通りだ、この件に関しては俺が悪かったな」
ベルが説明した通り。会議の場では俺に批判的だった国々も、今日はまだしも明日から水面下で擦り寄ってくるだろう。実際、パーティ会場でも人目を気にしてではあるが、それとなく感触を確かめようとして来た奴らは何人もいた。その誰もが、当然俺と友達になるため……なんてことはなく、"『ヴァン=マジクティクス』を名乗っているらしい"俺に対する唾つけだった。
金を持っているわけでもなく、権力を持っているわけでもない。だが、この武力を取り込むことができれば違いなく他国より何歩も先んじることができる。俺も甘く見られたものだなとは思うが、相手からすればせいぜい十八の若造。女や金でも差し出せばそれだけで与し易いと考えていてもおかしくない。
「ヴァン様が謝ることではありませんよ」
「ですです、落ち込まないでください、アナタ」
「うん、ありがとう二人とも」
「そうね。わかっている顔をしているから、アイツの動きを監視しておけばなんとかなりそうね。今のところその二人も暴走しそうにないし」
「そんなことしませんっ。ベルさんには旦那様ーーヴァンさんとくっつけてくださった御恩がありますから」
「私も、ヴァン様を悲しませるような行為は致しませんわ」
「そう、でもじゃあ貴女は何故後ろから抱きついているのかしら?」
「それはそれ、これはこれ、ですわ♪」
お姫様の顔を浮かべ勝ち誇るように言い切るエンデリシェを見て、ベルは地団駄を踏んだのだった。
          
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