俺の幼馴染が勇者様だった件
第206話
三日後。ようやくひとまずの交渉体制が整ったというので、俺たちは一同、大統領府のあるポーソリアル共和国首都ディスカブールへ向かった。
その移動手段は愛称で『マジレール』と呼ばれる列車のような乗り物、『双方向高速魔術軌道』だ。これは、ケーブルカーや井戸のように魔力の回路を二台の列車一組で利用するもので、等間隔に設置された駅を行き来しそのセットの列車は中央の駅ですれ違うこととなる。これにより省魔力が可能というわけらしい。詳しい仕組みはよくわからない(当然機密なので教えてもらえなかった)がこういうところでも技術の進歩の差を感じる。
----確かに、これだけ高度な生活をしていれば、俺たちのことを未開部族の野蛮人と蔑む声が上がってもおかしくはない。地球でもあったことだが、先進的な文明を持つ民族が他の民族を支配し開拓するという行為は人間が人間として生きていく以上必ずどこかの時点で起こりうる事象なのかもしれない。人は善意を持って生きているが、『余計なお世話』という熟語がある通りにその善意が暴走すれば向けられた方にとっては害でしかない場合も往往にしてあるのだ。
そしてその中央駅は丁度首都になる。通常ここフィッシャリンからディスカブールまでは途中途中の停車を含んで二日で到着する。何せポーソリアルの国土はこの大陸の上下を貫いているらしく、その長さは縦五千キロ、横六千キロにもなるという。
最高時速百五十キロほどで移動するマジレールは百キロ間隔で存在する駅に停車時間も含め一時間ごとに到着する。俺たちが利用する路線は丁度この国の中心を縦に貫く形で建設されており、一日で最大十八駅停車するため中央駅には一日半、実質二日で到着するわけだ。
ちなみにこの大陸の縦の長さも五千キロ、横の長さに関しては三万キロも有るらしく、丁度大陸の中心に存在するこの国によって大陸は左右に分断されているとのことだ。マジレールはその全土に建設されており、いわゆる私鉄にあたる会社もあるといい国有も含め総延長は既に五十万キロに及ぶという。それでもまだ全計画の半分にも満たないというのだから、この国にとってどれほど重要な交通手段となっているかがわかる。
そして俺たちはその『特等編成』に乗った。これは三日に一本しか発車しない編成となっており、値段相応のサービスを受けられるため高級なものの人気があるという。俺たちはそのうちの客車一両(特等のマジレールは先頭車両を除き客車は十両編成だ)を占有させてもらっており、ポーソリアルがこちらをどのような扱いをしようと考えているか察することは容易だ。
なお特等編成は停車する駅が少なく運行スピードも速いため数ある編成の中で一番ここから首都までの所要時間が少ない。通常二日かかる旅路は丸一日にも満たないということだ。停車駅が少なく所要時間も短い、車内サービスも充実している。そのため値段が高くなっているわけだな。
「へえ、これがマジレールかあ」
「中々な大きさじゃな」
駅に向かい、その姿を目にする。見た目は蒸気機関車そのものだ。しかし、一つ違うところがある。蒸気を吐き出す煙突がないことだ。その代わり、先頭車両の上部にアイロンの取手を外してそのまま伸ばしたような形のタンクが引っ付いている。
それは車両後部に連結されている運転席まで続いており、何らかの魔法装置であることが伺えた。マジレールというくらいなのだから、例のマジケミクによって発展していった工学が利用されているのだろう。見た目が蒸気機関車と同じなのは偶然なのか、それとも人の想像力の必然なのか。
「お姉ちゃん、あんまり近づくと危ないよっ。馬車よりも速いって言うし、轢かれたら大変だよ」
「まあワシらが轢かれたところでせいぜいかすり傷程度じゃろうがな」
エンドラが孫可愛がりか無理やりな擁護をする。ルビちゃんはマジレールに余程興味津々なようで、プラットフォームから落ちそうなほど身を乗り出し観察している。まるで初めておもちゃを手に取った子供のようだ。イアちゃんがそんな姉が線路に落ちないよう頑張って支えている。
「ほら、早く乗るわよ。目的を忘れたらここまで来た意味がないでしょ」
「うむ、わかっておる」
迎えに行ったベルに渋々連れられたルビちゃんを伴って客車に乗り込む。俺たちが乗るのは先頭車両の次、客車では一番前だ。前方が展望席となっており、そこから後ろは計五室の個室となっている。マジレールは左側通行なため廊下は左側だけについており、個室内右側の窓からは外の景色が堪能できるようになっていた。
「どう割り振る?」
「そうね、とりあえず私とヴァンは一緒でいい?」
「おうよ」
各個室は二人部屋だ。しかもベッドだけではなく寛げるスペースもついている。そう、マジレールの車両は一つ一つが地球にいた頃では考えられないほど大きいのだ。
というのも、マジレールは基本直線に敷かれている。リニア新幹線のように出来るだけカーブが少なくなるよう路線設計がなされているのだ。しかも日本と違い山がほとんどなく平地が続くためトンネルを掘る必要もない。故にこのような車体を運行することができるわけだ。
「私たちも二人で」
「りょーかいなのじゃ」
「では私は一人で」
「ワシもそうなるかのう」
というわけで計四室が埋まり。最後の一室は警備のものが詰め、また和平交渉のための残った事務処理や最終確認会議をするための部屋とした。因みにマリネさんは違う客車で兵士たちに見張られている。そこは立場上捕虜なので仕方がないな。
「ん、ちょっと待って」
「え?」
そして各々が個室に入ろうとしたとき、ベルが待ったをかけた。
「折角だし、ヴァンはエンデリシェと一緒になりなさいよ。たまには譲ってあげるわ」
「ええっ!? ベ、ベル、いいの!?」
「なによそんな顔して。天地がひっくり返ったみたい」
「い、いえ、だってその……私はアレですから」
「側室だから? 別にいいじゃない。今までは私がヴァンのことを独占しすぎたのだから、エンデリシェにも機会を与えないと不公平だわ」
「うぅ、でも、ふ、二人きりだなんて……」
元王女様は、恥ずかしそうに顔を赤らめながらこちらをチラチラと伺う。
「ま、まあその、いいんじゃないかたまには? ベルがいいって言うなら、俺からわざわざ反論することもないし。陛下のご判断とはいえ俺の側室になった以上邪険にすることはないだろう」
本音ではいきなりの話に驚いているし、ベルがエンデリシェにこんな"チャンス"を与えるなんて何を考えているのかわからず怖くもある。しかしここで断れば男が廃ると言うものではないか? 浮気はもうしないと誓ったが、嫁公認ならば二人きりになったとしても悪いことをしている、とはならないはずだ。
「じゃ、じゃあ……本当にいいのよね?」
「うん、頑張ってね〜」
ベルは内心どう思っているのか、しかし笑顔でエンデリシェに手を振る。大変珍しい機会ではあるが、"側室"とゆっくり話す時間もなかなか取れなかったから俺からしても良い提案ではある。
そして四部屋に別れた後、俺とエンデリシェは二人きりで首都に着くまでの間個室に篭ることとなった。
          
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