俺の幼馴染が勇者様だった件

ラムダックス

第203話 ※その3


「むふ〜、美味しいのじゃ〜」

「だね! 五大陸に住んでいる魚たちともまた違う種類がたくさんいて面白いですっ」

ドラゴン姉妹が、よく焼けた魚にかぶりつく。

「うん、きっとこれから行く大陸にも、まだ見たことのない生き物がいると思う。それにしても今更だけどまさか、外にまだまだ広い世界が広がっているとは思っても見なかった」

「ええもぐ。私たちの住む五つの大陸が、世界の全てだと思っていたものねもぐ。あの海域よりも外は例え抜けることができても世界の果てが続いているだけだともぐ。昔から言い伝えられていたのもあるわごくん」

ベルの方は、程よい大きさに切り刻んだイカの足を頬張っている。毒味もきちんとして普通のイカと同じように食べられると分かったので今日は大儲けだ。

あのイカを倒し、浜辺でみんなで楽しくバーベキュー。折角なので、ヤツだけではなくこの島周辺に棲息する様々な海の幸をとり一緒に焼いている。
またそれだけではなく俺が個人的に保存していた肉なども持ち出しているため、魚に飽きた者や元から苦手だという者も満足げな様子だ。
あ、もちろん流された水着もきちんと回収して、今は全員着替えている。痴女が五人もいたら目のやり場にも困るからな、うん。別にもうちょっと見たかったなぁとか思ってないぞ?!

「ずっと空を飛んでおってもただ疲れるだけ。こうしてゆっくり休息を取るのも大事なことじゃ」

「ええ、でもここを過ぎたらまた長旅ですね、ドラゴンの皆様には引き続きお世話になります」

「気にするな、人間の娘よ。お主もこやつの婚約者なのじゃろう? ならば、ワシとて無下にするわけにはいかん。なんだかんだと言いつつも孫たちもヴァンに懐いておる様子、エンシェントドラゴン族も引きこもってばかりいる時代ではなくなってきておるのかも知れんのぅ」

エンドラの爺さんは、年齢によらぬ健啖家振りを発揮している。この分ならまだまだ長生きしそうだな。

エンデリシェもその横で控えめではありつつも一定のペースで食している。イカのことを除いても、女子勢に混じって結構長いこと遊んでいたしお腹が空いていたのだろう。
出会った当初は控えめで身体もあまり強そうには見えなかったが、俺の側室になると決まったからにはと毎日少しずつではあるが時間の合間を縫って鍛錬をしているようなのだ。ベルも俺も、それにその仲間も魔王を倒してからと色々な事件に巻き込まれることが多い。ならば自分も少しでも、とただ守ってもらうだけの女になりたくないと言っていた。
まあ、俺たちの旅について来られるかどうかは別として、本人がやる気を見せているところに水を差す必要もない。それに、領地--つまりはナイティス騎士爵領--へ来た後は色々と働いて貰うこともあるだろう。一度滅んだ村を復興させるというのだ、ただでさえ人手が少ないのだから、体力があるに越したことはない。

「それにしても、まさかあんな方法でイカを倒すなんてね。ちょっと思ったんだけど、ヴァンなら魔法で幾らでもどうにかできたんじゃない? 態々剣を使って触手を切っていたけれど、私たちを気にしながらも使える魔法はあったと思うし」

「ああ、うん。まあそれも後から気づいたんだが、あの時はみんな捕まってしまったのに焦っていたし、それに……」

「それに?」

「は、裸が見えていたから、直視し辛かったというのも……」

と俺が渋々言うと、周りにいる女性陣が一斉に顔を赤くする。

「あぅ、今思えば、あの時ヴァン以外の人にも見られていたんだよね? エンドラ様ももしかして」

「ううん? ワシか? ワシは今更そんなものに一々興奮したりはせんよ。この歳になると、情欲よりも知識欲や里のことを考える方が大事じゃからな。それよりかは、騒ぎに気付いて駆けつけた他の使節団員やら護衛の兵やらの方が気にしておったのではないかの」

「…………後で男どもの記憶消しておいて良いかな」

ベルが顔を真っ赤にして口元を笑顔でぶるぶると震わせ握り拳を作る。

「ふ、不可抗力だろ? 俺もベルの裸が他の男性に見られるのは嫌だけど仕方がなかったと思うぞ、うん」

「ううーん? 何か擁護していない? ねえ、情けかけてない? 今後もう一度同じ状況になった時の言い訳作りじゃないでしょうねっ!」

「そそそんなんじゃないよベルっ。俺はいつだって紳士さんっ!」

「どの口がいうのだか……」

と、命の危険を回避しつつ、楽しい楽しい休息の時間は過ぎていった。










「おい、ヴァンくん、少しいいか?」

「はい?」

後片付けも終わり、俺の建設した宿泊施設に入った皆があらかた寝静まった後。一人海岸で黄昏ていると、上着をはおったマリネさんがやってきた。

「よっと。ふう、夜風にあたるのは気持ちがいいな」

「ええ、そうですね……で、話はなんでしょうか」

「ううん? 全く、君の中にはムードという言葉はないのか。普通こういう場面では星空を見ながらいい雰囲気になるものじゃないのか?」

敵国の元司令官殿は雲一つない空に浮かぶ数々の輝きを見遣りながらそう愚痴る。

「マリネさんって意外と乙女チックなんですね」

「それはどういう意味だ、私が女らしくないと言いたいわけか?」

「いえ、別にそういうわけでは。ただ、なんというか、いつもサバサバしているのになあと思っちゃって。マリネさんには向こうでのいい人とかいないんですか?」

「んー、そうだな。一言でいえば、いない。……少し話をしてもいいか」

「ええ、もちろん」

俺は三角座りから少し体勢を崩し、足を伸ばして背中を倒し両手を地に付き支えとする。

「私は幼い頃から政治家の父やその背中を支える母の姿を見ていたから、普通の家庭とはまた違う環境で育った、と思う。両親とも私のことを愛してくれてはいたが、一方でどこか現実主義なところもあり、特に使えない人を容赦なく切り捨てる父の姿には恐れすら抱いていた」

マリネさんはふう、と一つため息を吐く。

「今思えば、母も父に捨てられまいとして必死について行っていたように思う。かく言う私も、選挙演説のマスコットとして連れ回され利用されたこともあれば、平気で何週間も帰って来ない両親の代わりに子守やらに世話をされていたこともあった。ようは、どこかで歪んでいたのだ、私の家は」

「愛情はあったけれど、それを利用されてもいたと」

「ああ。そして父が大統領になってから、父の様子は一変した。母に対する態度もどんどんと冷たくなっていき、逆にあの女を重宝するようになっていったのだ……」

「あの、それってもしかして……」

「ああ、今思えば、いわゆる浮気というやつだったのだろう。ふふ、笑えるよな、父親は家族愛を利用し終わった途端、別の女と関係を保ったのだから。そして母の方はそんな父に何も言わなかった。さもそれが大統領夫人として当然の態度であるかのように」

そんな環境であれば……

「私も、人並みの恋に憧れはしたさ。これでも女なのだ、政略結婚をするものもいたが、普通に恋仲になる同年代の子も当然たくさんいた。その横で私は、有力政治家の娘としてある意味で高嶺の花と見られ続けていた。いつしか、その憧れも消え失せていった。いや、そうではないのかな。諦めた、と言った方が正しいかもしれない」

「それは、悲しい話ですね。環境が人を変えてしまうことは多々あることでしょうが、家族を大事に思うほど周りからの目も変わっていく。政治家の娘という立場を拒否することだってできたはずでしょうに、それでもマリネさんはご両親の支えになることを選んだ」

「ああ。だからこんな女が出来上がってしまった。元から気質も備えていたのだろう、軍人として登用された時もすんなりと受け入れられたしな」

「それも確か、お父上の……大統領の命だったのですよね」

「それすらもあの女の差し金というのがムカつくところだがな。でもこれでスッキリしたよ、君に話ができてよかった。自分の中でモヤモヤしていたモノにようやく整理がついたよ」

「そうですか? お役に立てたなら光栄です」

マリネさんはこちらを見てうなずくと、立ち上がってパンパンッとお尻についた砂を払う。

「うむ。そこで、もう一つ話があるのだが……」

「え? な、なんでしょう」

彼女が手を伸ばしてきたので、俺はそれをとって座っていた地面から起こしてもらう。しかしなぜか、そのまま掴んだ手を離そうとしない。




「----私は、君のことが、好きだ!」




「………………えっ?」

「なぜ、と聞かれると具体的には言葉に言い表せられないが……ともかく、一度諦め心の奥底へ消え去った"恋心"というものが、あの時君に助けられ共に行動するようになってから再燃したのだ。これは嘘偽りなき私の気持ち。だから、受け取ってくれっっっ!」

「ちょ、まっ--」

その不器用な口づけは、少し塩の香りがした。

          

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