俺の幼馴染が勇者様だった件

ラムダックス

第191話


----数時間前、ファストリア王国王都オーネ、王城内謁見の間にて

「ーーでも、そう上手くはいかんかった。後に『聖域』と呼ばれることになる場の準備が整い、遂に行使をした保存魔法に、ヒエイが巻き込まれてしもうたんや」

魔法の暴走か。保存魔法自体は、ミュリーがいつか使っていたようにそこまで珍しい魔法ではない。ただ、先程陛下がおっしゃってたように、それを長い時間行使しようとすればするほど、当然必要魔力は跳ね上がる。
さらには、生き物の状態を"保存"するという行為は無謀にも程があるのだ。それに加えて保存魔法はその行使する対象の範囲が大きければ(広ければ)、それもまた必要魔力量が増加する。高度な知的生命体である人間とドラゴンを対象にし、それだけでなくソレが存在する空間ごと状態保存するなんて、果たしてどれだけの力が必要なのか。考えるまでもなく無謀な挑戦だということはわかるだろう。

「暴走に気がついた時はもう遅かった。見守っていたヒエイの身体ごと、保存魔法は成功してしまった・・・・・・。わっちらは少しでも労力を抑えるために、魔法をかけたあとは状態を固定、つまりは動けなくして見かけ上は眠ったままのように見えるようにしたんやけど……それでも上手くはいかんかったみたいやなあ」

「ということは、"ヒエイ陛下"としてこの今場でお話されているその身体は」

「そう。数千年前、エンジュの娘として生まれたヒエイの体そのままということやな」

「そんなことがありえるのかっ。伝承に記される程の生き物であるドラゴンならまだしも、せいぜい八十年生きれば珍しい方の人間が、数千年も生きながらえるなど……不老不死は太古の昔から人間が追い求める究極の魔法の一つであった。それを、事故のような形で実現してしまったというのか?」

レオナルド陛下も珍しく、大きな驚きを表される。

仰るとおり、俺でも知っている有名な歴史なのだが、人類が古くから追い求めてきた『不老不死』、『最強の力』、『尽きぬ富』は数多の学者が成し遂げようとして見事に失敗してきた歴史がある。それぞれ『保存魔法』、『身体強化』、『錬金術』として体系化されてきはしたが、未だ人々が夢見た水準には程遠いのが現実だ。
それほど高度なことを、偶然とは雖成し遂げてしまったことが広まれば、乞い求める人が溢れかえるだろう。なるほど、だから。

「そうや。やけど、それが今までなぜばれなかったか? お察しの通り、呪国が鎖国体制を敷いたからやな」

「貴国の他国に対する閉鎖的な態度は、それが故であったわけか」

「だけどそれだけでは、隠し切ることは出来ないのでは? 流石に数千年も同じ元首が居座る国など、いくら外交を制限したところで必ず何処かから情報が漏れるはずだ」

マリネ女史が当然の疑問を呈する。

「なるほどマリネ卿は海の外からやってきた民、実情を知らないのも無理はないだろう。確かに今の話と矛盾するかもしれないが、呪国は他国同様にヒエイ陛下以前にも数多の指導者を輩出してきているのだよ。だがそうなると、私も同じ疑問を抱く。一体どのようにして、その御身を隠し通してこられたのか」

レオナルド陛下が訊ねられる。

「うん、その答えは、少し奇妙なものになっていてな。話を戻すけど、わっちらはその『場』の中に閉じ込められてしまった。しかし、このヒエイの身体は直接の影響を受けはしたが、そもそも保存魔法で指定していた範囲の外にいたため、どういう原理かはともかく時の流れを止める効果だけ受けてしもたんや。さっき言った通り、わっちらは身体ごと保存状態にしたから、場に拘束されてしまいもうどうすることもできひんようになってしもた。ヒエイはそこまで優れた子やなかったっていうのもあるし、万事休すや」

魔法を発動できる唯一の存在であるドラゴンの身体も、その精神が入っているエンジュさんの身体も使用不可になった。ドラゴンですら命の危険がある真の保存魔法を使えるものはどこにもいない。更にはヒエイさんまで巻き込んでそっちの問題まで生まれてしまった。

「わっちらは慌てた。身体は動かへんけど精神や思考は動くから余計にな。やけど、あの娘はそれでも諦めることなく一つの提案をしてきた。それが、わっちの残ったもう半分の精神をあの娘にやったよう、ヒエイの精神と合体させることやった。そうしたら、少なくともわっちは自由に動ける身体が手に入ると」

でもそんなことをしたら、ドラゴンの身体を捨ててしまうのも同義なのでは? それに、今までの話を聞く限り、エンジュさんだけ閉じ込めたまま平気でいられるとは思えない。きっと自分も責任をとって、ドラゴンと人間エンジュの身体半々ずつのまま『場』に閉じ込められていようとするはずだ。

「でも今お主はこうしてワシらと話しているではないか。例えもう半分の精神をそのヒエイとやらに移したところで、今まで雲隠れしていた理由にはならんぞ?」

「当然、わっちも最初は拒否したよ? だって、エンジュを置いてけぼりにして、わっちだけ外の世界でのうのうと生きるなんてできひんやん。例え意識の半分はあの娘と一緒に居られたとしても、あの娘は二度と外の世界を拝めへん訳やから」

俺が思った通りの考えを持ったようだ。では、ここからどのような展開で、今こうしてヒエイさんの身体に憑依することになったのだろうか。陛下の話は最初っからオカルトじみた話ではあったが、きっとそこに今回の話のキモがあるはず。

「でも、あの娘はわっちが思っていたのとは全く違うことを言い出した。自分は無視してでも、わっちに外の世界で生き続けてほしい言うたんや。確かに、やろうと思えば残った魔力を使って精神を外に持ち出すことはできる。その場合はもうドラゴンの体に戻るほどの魔力は手に入らへけどな。それにヒエイ自身は何が起こっても大丈夫やと言ってるけど身体にどんな影響を及ぼすかわからへん、やからしばらくの間は今までしたこともないような大喧嘩になったわ」

お互いがお互いのことを想うが為に、言い争いになった。幾ら愛が深かろうとも、譲れない部分があればそうなることもあるだろう。俺とベルだって、似たような喧嘩をしたことはあるしそうなった理由がなんとなくわかるのだ。

「ドラゴンの肉体なんて正直どうでも良くなっていたわっちやったけど、エンジュ一人に辛い思いをさせるのはどうしてもどうしても嫌やった。けど多分、あの娘の方も同じことを思っていたんやろなあ。そんな話し合いを進めるうちに、エンジュはなんと、わっちが言うことを聞かへんかったら自ら精神を断つとまで言い出したんや。当然たいそう驚いたで。わっちが自由を受け入れへんのやったら、死ぬって言い出したんやからな」

お、重すぎる……一人の娘のために強大な魔法を行使したドラゴンも相当だが、自分の肉体のみではなく意志を消失させると脅しをかけてまで外の世界で生きるようパートナーを諭すとは。相当な想いの強さでないと出てこない発想だ。

「そしてそれが、エンジュの最後通牒やった。そっから一歩も押しも引きもせえへんあの娘は、わっちが今まで見たことがないような頑固さやったで? 喧嘩という形ではあったけど、新たな一面を見られたのは驚き半分嬉しさ半分やった。それほどまでに、わっちのことを愛してくれていたんやと再確認もできたから」

「それで、結局はどうなったのじゃ? 話が長いぞお主」

「もう、せっかちな爺さんやなぁ? そんなんやから未だに独り身なんやで」

「な、なんだと!?」

「ま、まあまあ。それで、おばあさまはどう返事をされたのですか?」

「見れば分かるやろうけど、ヒエイの身体に入り込むことを認めた。だって、死ぬとまで言われて拒否できひんやん。わっちはその時は死なれたら二度とあの娘とお話も何もできひんようになってしまうと思うと怖くなったから受け入れたんやけど、今にして思えばそれはわっち自身のわがまましか考えてなかってんね。エンジュの方は、自分自身を犠牲にしてまでもわっちの今後を考えてくれたけど、わっちの方はあの娘のことを考えずに自分のしたいことを中心に反論していたんやから。そういう点は、あの娘のことを愛し切れてへんかったんかもしれんわ」

難しい話だ。窮屈であっても一緒にいたいという想いは、一見すれば相手のことを考えた想いかもしれない。しかしその実は、自分がその人と一緒にいたいというただの我儘だったと。
そしてその相手の方は、自分を犠牲にしようとも、例え一緒にいられなかろうとも、パートナーが少しでも助かる道を選んだと。

「でもそれは、そのエンジュ氏の方も貴殿のことを蔑ろにしていたのでは? 貴殿はそう言うが、エンジュ氏もエンジュ氏で貴殿の想いを無碍にするような考えを言っている。相手のことを本当に尊重する気があるなら、相手の言い分をしっかりと聞き、理解し、妥協案を見出していくべきだろう」

だが、マリネ女史の言うことも、一理ある。結局はお互いの理想を押し付け合っているだけではないかと、そういう意見だろう。

「だがそれは、堂々巡りでもある。相手のことを考えてとはいうが、それもまた結局は己の推測に過ぎない。特に今回の場合は、互いが互いに相手の立場を思いやった結果の押し付け合いとなっている。善意の押し付け合いは、妥協案を見出そうとすれば逆に拗れる場合も多いのだ」

と、レオナルド陛下が仰る。

ううん? 一体何が正しいのかわかなくなってきたぞ。

「まあ、あんさんがた色んな考えがあるやろう。けど一つ言えることは、わっちはエンジュに根負けたしという事実がのこったっちゅうことや。押し切られてしもうたわっちは、もちろん渋々やったけどドラゴン体に残っていた半分の精神を、ヒエイの、つまりこの身体の中に移した。唯一救いやったんは、本来ならば魔力も精神も失った故に死体になるはずやったドラゴンの身体が、保存魔法によって仮死状態に近い状態のまま保持されることになったことや」

「それじゃあ、お婆様のお身体は今もその当時のまま?」

そうや。そして、わっちの精神は半々に別れはしたけどそっくりそのまま今も残ってる。最初はエンジュの言うことを聞いて大層後悔したけれど、後々よく考えたらこれでいつかまた暴走した保存魔法を解除できるかもしれないという希望が残ったことに気がついた。もしかすれば、あの娘もその前提でわっちに外に出るよう促したんかもしれんな」

乗り移ったヒエイさんの身体には保存魔法がかけられており、おそらくは大変長いこと存在し続ける。その中に入っているドラゴンの精神もまた、身が滅びるまでの存在が保証されている。それはつまり、いつかまた、人の手かその他の種族の手かはわからないけど、保存魔法を完璧に扱える時代が訪れるのをその目で見る可能性が少しでもできたことを意味するわけだ。

「さて、ここからまた話が進むわけやけど、わっちの身体、ようはヒエイの身体が残ったままどうやって呪国の体制が維持されてきたかやな。そして、ホノカ、あの娘が生まれた経緯も」

          

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