俺の幼馴染が勇者様だった件

ラムダックス

第185話


「むむっ!?」

「誰だ!」

「この場にみすみすと侵入者だとっ」

突然目の前に現れた女性に対し、近衛達が慌てて詰め寄る。槍や剣を突き出し、今にも斬りかからんばかりの雰囲気だ。

「まあまあ慌てなさんなやあんさんたち。わっちは別に怪しいもんやありまへん。なあレオナルドはん」

「その通りだ。皆のもの、落ち着け。この方はエンジ呪国の国家元首であらせられるヒエイ=コカゲ陛下だ」

相変わらず少しだらしのない和服チックな装束の着方をしているヒエイ陛下は、センスを顔の前で広げてレオナルド陛下に気楽な雰囲気で話しかける。
国家元首によって他の国家元首に対する態度はまちまちであるが、女王陛下は基本砕けた接し方をするお方のようだ。

「むむ、きたか……」

そしてエンドラがそう呟くと、そんなヒエイ陛下のことを睨みつけながら彼女の前まで歩いて行く。

「おお、じぃじか! まだ生きてたんやなあんた!」

…………んん?

「何を言うかっ。お前の方こそ、こんなことをしよってっ。人間の世界に深入りをし過ぎ、今では文字通り国家そのものを動かす存在とまでなっているではないか! 我々エンシェントドラゴン族は不必要に世界に干渉しない。その原則を忘れたとは言わせんぞ?」

「でもあんたの方もその少年やらに興味本位で手を貸したって風の噂で聞いたんやけど。それに孫達も随分と仲よぅしてもろてる見たいやん?」

「それは、ワシが判断してのこと。我ら一族も含めたこの世界全体の存続に関わる大きな問題へ立ち向かうための一助になればと思ったまで。それに、こやつらは力を悪用するような輩ではないと確信しておる。お主の完全に自分勝手な振る舞いと一緒にするでない!」

「おおこわっ、いややわぁ」

「えっ?」

なぜか急に既知の仲であるかのような会話を繰り広げた後、ヒエイ陛下は怖い顔をするエンドラの視線を遮るように、俺の背中に回ってムギュリと抱きついてきた。当然、その大きなメロン様が押し付けられるが、それよりも俺はこの状況が気になって仕方がないぞ。

「あの、お二人はもしかして知り合いで?」



「知り合いも何も……其奴とワシは、元夫婦だったのじゃ!!」



「……え?」

夫婦、だと? この食えない感じのあるおばさ--お姉さまと、明らかに数千年は生きているであろう老齢竜がパートナーだったって? そんなの信じられるわけがない。もしそれが本当だとすれば、ヒエイ陛下も人間の寿命を遥かに超えた化物じみた存在になってしまうぞ。

「それは、どういうことだろう。私にも説明してもらえないだろうか?」

レオナルド陛下も当然ご存知なかったようで、場を代表して自ら訊ねてくださる。因みにマリネ女史は展開についていけないのか、はたまたヒエイ陛下のキャラに度肝を抜かれているのか、周りの官僚や兵達と同様半分ほど口を開けたまま突っ立っている。
ちょっと可愛い、他意はない。

「うむ、良かろう。それは数千年前、まだワシがピチピチのイケメンドラゴンの頃じゃった……」

「ちょいちょい、ちょい待ちいな爺さん? そんなところから話する気なんか。子供に言い聞かせるお伽話ちゃうねんから、チャチャっと要点だけ伝えたればええんちゃうか」

「何をいう。正確に伝えなければ誤った受け取り方をされてしまう可能性があるではないか?」

「何ごまかそうとしてんのか大体察せるけどなぁ。みなさん、これは簡単な話やで。そこの爺さんがわっちのことを放って置いて浮気したっちゅうだけの話やねん。そして当時の夫、つまりそこのアホドラゴンに呆れたわっちは今の呪国がある土地に移り住んだ。以上、簡単な話やろ?」

ヒエイ陛下は何故かドヤ顔で片手を腰に当て、もう片手でセンスを広げてエンドラを見下すようなポーズをとる。

「んん? 少し、よろしいか?」

陛下が何か気づかれたようで、訊ねようとなされる。

「なんや、なんでも聞いてええで。ここであったが数千年目。この爺さんの恥ずかしい話なら幾らでも教えたるわ」

「貴様っ」

いつも悠然としているエンドラも、慌てているのか怒っているのか、人間味溢れるといえばおかしな表現にはなるが珍しい様子を見せている。

「まあ、お二人とも。私が聞きたいのは、ドラゴンであるというヒエイ陛下が人間の子を為せるのか、ということだ。つまり、貴国のホノカ殿下はドラゴンの血が流れているのか、それとも本人自体ドラゴンであるのか。もしそうだとすれば、我が国としても貴国に対する態度を考え直さなければならなくなる。西と東、双方からドラゴンの勢力に挟まれることになる可能性があるのだからな」

なるほど、もっともな疑問だ。更に後半の、聞きようによっては脅しとも取れなくもないご発言も、ファストリアの立地を考えれば当然のこと。
西のフォトス帝国。東のエンジ呪国。更には、俺たちに帯同しているルビちゃんたちも。もしドラゴンの勢力が人間に害をなす事態となれば、挟み撃ちに加えて王国内部から大打撃を与えられる可能性もあるのだ。俺としては今ではこれだけ仲良くなれたルビちゃんたちがそんなことをするとは思いたくないが、ドラゴンと人間が敵対した場合彼女たちが俺たちを見捨て縁を切ることも万が一の確率でありうるのだし。

「それは……こやつは今、ドラゴンの肉体を捨て精神体となっておるのじゃよ」

「精神体?」

どういうことだ?

「その通りや。わっちのこの身体はわっち自身のもんやない。元々一人の人間であったその魂に宿り、人格を入れ替わっているだけなんや」

「ええっ!?」

「そんなことが……可能なのか? ドラゴンとは一体全体どんな存在なのだ。こんな摩訶不思議な生物がいるだなんて、戦に出る前は全く想像も付かなかった」

マリネ女史はドラゴンを見るの事態がこの五大陸に来てから初めてなようで、特にこの部屋に来てからは驚きっ放しだ。
しかし驚いているのは俺たちも同様だ。同じ星の元に生きている生き物だと言っても、その生態全てを把握することなんて到底不可能なことだ。

「性格には、人間の性格と、わっちの性格の半々が融合したような存在と考えてくれたらええ。頭ん中に二人の人間が同時に存在しているようかもんやね」

つまり二重人格? とは少し違うか。リアル脳内会議のようなものなのかな。

「代々、わっちの建てた国には『祈祷術』っちゅー魔法みたいなものが受け継がれてきた。それは、魂をわっちと同化させる代わりに、元々わっちが持っていた能力の幾ばくかを人間の身体に差し渡すっちゅうもんや、ここまでええかえ?」

「はい」

「まあ」

「うむ」

「じゃあ続けるで。その祈祷術は、わっちが最初に仲良うなったある女の子が使ったのが元なんや。ま、その子が呪国の建国者ってことになってるんやけど。その子は、ドラゴン強者として畏怖されていたわっちに捧げられた生贄やってん。最初はもちろんたいそう怖がられたもんやけど、話しているうちにどんどんと打ち解けていって。気がつけば、その子もとうにおばさんになるくらいまで時が過ぎとった」

これ長くなるやつかな。でも、しっかりと聞いて置いた方が良さそうだ。

「そしてある時その子は言った。『一生一緒にいられたら嬉しいのに』と。そこでわっちはその子と協力して持てる力を使って本当に一緒にいられるようにした。それがさっき言うた祈祷術。そしてそれをのちの人間が発展させた『印術』っちゅう独自の技術によって、エンジ呪国は他の国とは毛色の違う場所になっていったんや」

「印術、か……我々も、魔法を独自に発展させてきた。しかし、まさかドラゴンの技術を人間が発展させてきた国があったとは。"世界は広し"とは真を言い表した言葉だな」

マリネ女史がポツリとこぼす。
少し、聞いたことがある。なんでもエンジ呪国は俺たちが使う技とは違うものを使えると。なるほど、元を辿ればドラゴンが創りだしたものだったんだな。

「祈祷術は一子相伝の技術として綿々と受け継がれてきた。やけど、その性質上呪国は他国との交流をあまり行わず、内に籠もってちまちま発展してきた。さっき言うたとおり元々はわっちがあの子と仲よう過ごすための技を元にして作られた国な訳やからな、わざわざその技術を外に知らしめる必要もなかったわけやし」

呪国は成り立ちからして超引きこもりの永世中立国みたいなものだということか。

「やけど、いつまでも一緒におられる訳やあらへん。初めはあの子の生まれ故郷から発展していった集落は次第に国となり、そしてその国も国として明確に定められていく中で、どうしても一つの問題が起きた。それが、後継者問題や」


          

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