俺の幼馴染が勇者様だった件

ラムダックス

第128話 ※第三者視点(敵視点)




----南大陸西北端、ガジド峡国沖。ポーソリアル共和国遠征軍主力戦艦『レッセンチメント』にて



「おい、本当にこれでいいんだろうな?」

「ええ、ワタクシの作戦に間違いなど起きようがありませんわ?」

「ふうむ……お前はどうも信用ならん」

「貴方は疑り深い性格のご様子で」

「当たり前だろう。急に現れたと思ったら、瞬く間に元首様に取り入るなんて、普通なら詐欺か恐喝かを疑う」

「そんなそんな、ワタクシはあくまでも御国のためを思って行動しております。百パーセント、皆様のために働かせていただいておりますよ?」

「んんん……」

主力戦艦の中心区画の一つとなる司令室。その部屋の奥にある椅子に座っているのは、『大統領』からこの船及び『中央地方』侵攻作戦を任されている軍務大臣。

その任に就いているは、ポーソリアルに古くからいる貴族の家系、アンダネト家の長女にして跡取娘であるマリネ=ワイス=アンダネトである。
因みに、今の大統領はそのアンダネト家の当主。つまり彼女は、大統領の大切な一人娘でもあるのだ。

マリネは、目の前でその鉄でできた硬い床に仰々しく膝をつく女性の姿を見下みおろすようにチラリと目に入れ、そっとため息をつく。

「ならば、今一度問おう。なぜ、さっさと各を占拠しに行かないのだ? なぜ南側にある島だけ抑えてその後何もしないのだ?」

「それはですね、お嬢様」

「お嬢様はやめろと言っているだろうっ」

「これは失敬。今はマリネ司令官でしたね」

跪く女はクスリと笑みを溢すと、その右目を覆うように伸びた濃い紫色に染められたフカムラサキ髪を一瞬触り、再び話し出す。

「何度も説明しております通り、敵の動きを探るためですよ」

「『ヒーロー』、だったか? 私は、あの『制度』はどうにも気に入らん。なぜ神に示された人間が、その実力がどうであれ人類最強という名目でもてはやされるのだ?」

「そういうしきたりであります故。それにこの地方のヒーローは、我々の知っているソレではなく『勇者』と呼ばれ実際に人間としては常軌を逸した実力を兼ね備えているということは、何度もご説明申し上げています」

「わかってるわかってる、細かいことは気にしない性格でな」

「それ、ご自分でおっしゃるようなことなんですかねぇ……」

髪長女は苦笑いをする。そのどことなく暗いオーラを出す見た目に構わず感情表現は豊かなようだ。

「そして細かいことを申し上げますと、我々がいう島も、彼らは島ではなく大陸と呼んでいることもわかっています」

「ふうん、なるほど。井の中の蛙という奴か?」

「まあ、続く『大海を知らず』という言葉を直喩すればですが。ともかく、勇者とみられる存在が未だに出てきていない以上、ジワリジワリと相手の首を真綿で締めるように精神的肉体的に追い詰めていき、最終手段として勇者が出てきたその時、一気呵成に攻め入る。そうしなければ、何の策もなく無鉄砲に各島に攻め入れば、各個撃破の危険性が残ります故」

女は立ち上がると、ゴマをするような仕草でそう何度も言い聞かせたはずのことを説明する。この司令官は頭自体は悪くないが、少し猪突猛進気味なところがあるのが困ったところだ、と内心ため息を吐く。

だがそれも、己の目的のために必要な我慢なのだと自分に言い聞かせ、その少し大きめな口を曲げ再び媚び諂うような笑みを浮かべる。

「なあ、そもそも、その勇者って私たちがそこまで警戒するような相手なのか? スパイの情報は確かなんだろうな?」

「ええ、間違いはありません。何せあの魔王を倒したということですから。それなりの力を持っていると考えて然るべきでしょう」

「ううむ、それは確かにその通りだが……」

彼女らがやってきた南にある大陸・・にも、魔王と呼ばれる存在がいた。
その魔王は最新技術を用いつつ各国が保有戦力の八割を対魔王戦争に注いでなんとか倒せたほどの相手であった。

聞くところによると、未だ出てきていないこの地方の勇者は、小隊規模の編成であの魔王を討伐してしまったという。
もし本当にそんなことが可能なのであれば、確かに警戒に警戒を重ねても足りないくらいではあるが。と、マリネは思い直す。

出てきていない理由はいくつか考えられるが、一番あり得るのはまだそこまで相手が追い詰められていない、つまりは最終兵器を投入するほどの状況まで陥っていない可能性である。
ならば、この女のいう通り、無理に侵攻をして戦力が分散したところで虎の尾を踏むよりも、干上がる寸前のもう後には戻らないところまで相手を追い詰め、その後全戦力を持って虎の巣穴を破壊し尽くした方が効率が良いだろう。

だが、マリネとしてはさっさと侵攻を終わらせ、国に手柄を持ち帰りたい心境でもある。長旅で疲れているのもあるし、何より今回の侵攻には一応の大義名分が存在するのだ。
それを為せれば、もうこの地方に止まる理由もなくなる訳ではないのか、と。



そこをややこしくしている問題がもう一つあるのだ。それが裏の目的である、この地方をポーソリアルの植民地とするというもの。

表の理由は、『奴隷制度なんて前時代的なものを容認している各国はおかしい。改めるつもりがないなら武力を持って制す』ことと、『そうなっているのもこの地方全域が文明社会として未成熟なままであるからだ。我ら先進国が正しい人間社会の有様というものを叩き込んでやる』というものである。

最初は予定通りに事前調査で判明していた『ロンドロンド首長国連邦』なる国に侵攻した。そして案の定、各国も我らに歯向かうような姿勢を見せたため、プラン通りに戦域を広げその暫定的な支配地域を増やしていったわけだ。

実際現地では、我らの技術がすでにもたらされているところもあり、まるで初めてお菓子を食べた子供のようなはしゃぎっぷりだという。ならばこの大義名分も案外ただのお題目ではなくなってくれるかもしれない。

マリネは大統領の命によりこの地に赴きはしたが、本来はまだ十八歳という"お年頃"である。その軍事的なセンスを父親に見出されこうして若くして司令官の任に就いているわけではあるが、ホームシックにもなるし、何より船旅はお肌にも悪い。

また、母国も魔王討伐による戦費の拡大により財政が貧弱だ。『南大陸』の中では一番の大国であるとはいえ、こうして植民地政策に打って出るのは博打に近い面もある。この地に眠っているであろう様々な資源を回収することができれば、母国の復興にも大きな営業を及ぼすのは確実。

ならばこそ、全域をその手中に納めずとも、一部地域の支配にとどまったとしても表と裏の両方の目的を果たせるのだからいいんじゃないか、とマリネは思っているのだ。

一介の乙女としての側面と、国を想う気持ち。その両方が早く国に帰るべきだと言っている。







しかし、髪長女はボオッと遠くに視線を据えながら考え事をしている上司の姿を見つつ思う。



マリネはまだまだ知らないことが多すぎるのだ。

人というものは、一度甘い汁を吸えばまた欲しくなるもの。しかも前に摂取した量の何倍をもだ。
一旦帰ったとしても、また声が大きくなり、再びこの地に赴いて戦域をさらに拡大する羽目になるのは確実。
それをわかっているからこそ、効率的かつ短期間で集中的に攻め入りさっさと全域を支配してしまうべきだと、髪長女は何度も進言している。



--さらにさらに、この作戦には『裏の裏』の目的まで用意されている。それを分析すれば、コトは既にポーソリアル一国に収まる範疇では無くなっているということなのだ。



流石に細かい事情を全て話してしまうのは、いくら大統領の娘だといえ拙い。裏の裏まで知らせてしまうと、この娘は何をしでかすかわからない怖さがある。

なのでふんわりとした言い方しかできないのだが、そういうところが余計とマリネの気持ちをやきもきさせていることに女は未だ気付いていなかった。

          

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