俺の幼馴染が勇者様だった件

ラムダックス

第113話


「えっと、すみませんどちら様でしたっけ?」

「何を言っている? まさか先ほどまで会話していた相手の顔も覚えていないのか?」

「す、すみません」

誰だったっけ? 本当に記憶にないのだが……

「ええと、私も途中から記憶を失ってしまっているので存じ上げないのですが、どうやらヴァンさんやベルと親しい関係のようで。実際に私が気絶した後、この治療院まで運んでくださったのです」

「治療院? ということはここはどこなんですか?」

俺たちはベルの隠れ家とやらでイケナイことをして、その後……んんー、ここからが思い出せないんだよな、何か大切な話をしたはずなんだが……目の前の茶髪の少女も見覚えがあるようなないような、しかし名前すら浮かんでこないので人違いかもしれない。

「ええ、ここはどうやらバリエン王国のようなのです。私も立ち入るのは初めてでしたので、よくは知りませんが、確か勇者パーティのミュリー様の地元でもありましたね」

「ああ、そうだったな」

ミュリーはバリエン王国の神聖教会支部である神殿に務める筆頭巫女という役職を持っている。
ということは、ベルの隠れ家はバリエン王国内のどこかに存在したと考えていいだろう。

それにバリエン王国はこの世界の東側にある大陸最大の国家。東大陸は、現在ファストリア王国軍が東回りで北に向かって魔族の残党討伐に向かっているその道中にあるはずだ。

「すみません、お手数おかけしましたようで、ありがとうございます、助かりました。正直、何で気を失っていたのか全く記憶がなくて……お礼などはどうしましょうかね」

「…………構わん。気にするな。私も、ちょっと困ったことになったからこうして暇を持て余しているからな」

「困ったこと?」

「ああ、実は何故かこの世界に閉じ込められ、外に転移することが……と言っても今のお前にはわかりそうもない。身寄りもないしお礼の代わりに当面同行させてもらえれば助かるのだが?」

「は、はあ、それくらいならもちろん。ですが、現在俺たちの仲間はここじゃなくて、本拠地である中央大陸のファストリア王国にある治療院で入院しているんです。まずは彼らと合流しなければなんですが。そうだ、ベルは!」

転移をする必要がある、と考えたところで、彼女のことを思い出す。

「あ、ベルなら横で寝ていますよ、ご安心ください」

「ほ、本当ですか」

と、エンデリシェが指す隣のベッドを、仕切りとなっているカーテンを避けて様子を伺う。

「良かった……ベル」

そこには、仰向けで静かに寝息を立てる婚約者の姿があった。

俺たちはイチャコラしていただけのはずだが、しかしその後とても大変な目にあった気がするのだ。なのでベルが無事であったことを死にかけた恋人がなんとか助かったというくらいの安堵を持って受け入れた。

何があったかそれすらも全く思い出せないが、思い出そうと頭をひねると、とにかく何か重大な秘密を抱え、経験したことの無い荒事を体験した気がしてきた。ううーん、本当になんだったっけ……頭の中に柵があって、それ以上乗り越えられないという、確かに記憶には存在するのにそれを思い起こせないもどかしさだ。

「ん……ヴァン……?」

「!! ベル、気がついたのか!」

「ええ……ここは?」

「ああ、どうやらバリエン王国にある治療院らしい。この女性がエンデリシェを含め助けてくれたんだと」

「あ、そうなんですか、ありがとうございます」

と、起き上がったベルは茶髪のレンジャーに頭を下げる。

「お前もなのか?」

「え?」

「お前も記憶が無いのかと聞いている」

「は、はあ、そう……ですね? 私たち、なんでここに寝転んでいるんだっけ?」

「そうなんだよな、俺も君の隠れ家で色々シた後、その直後からの記憶が一切ないんだ。何か急を要する事柄に関わってきたと思うんだが、それが何かもまた思い出せなくてな」

「そうだわ、確かに私たちはとてつもない秘密を抱えていたはず……そんな気がする。でも、気がするだけだわね……どうして思い出せないの?」

「わからない、わからないから余計と困惑してるんだ。あるはずのものがないことになっている違和感が気持ち悪い」

「ええ、ヴァンの言う通りだわ。でも今すぐに思い出せそうにないわ。とにかくまずはここから出なきゃ」

「ああ。あ、そうだ、貴方のお名前は?」

「ん、私か? ミナスだ」

「ミナス……っっつ!」

「!! ヴァン、大丈夫!?」

その名を聞いた瞬間、ピリリと脳内に電流が走る。

ミナス……神……カオス? カオスとはなんだったか?
俺は事故死した後この世界に転生して、そしてベルが実は勇者だって……あ、転生する前に神様と話をした気がするな。
なんでお名前だっけか? 確か、ど、ど----

「お二人とも、お医者様をお連れしましたよ」

「----ん、エンデリシェ、外に行ってたのか」

「はい。念のため観察してもらいませんと」

「ああ、ありがとう。すみません、どうやらお世話になったようで」

「いえいえ! 私たちこそ、かの有名な勇者ベル様にお会いできましたこと感無量でございます。それでですね、診察をする代わりと言ってはなんですが……領主様がお会いになりたいと仰っておりまして」

治療を担当しているのだろう、神官が申し訳なさそうにそう述べる。

「領主、ですか? すみません、ここはそもそもどこなんでしょうか?」

「はい、ここはバリエン王国の首都である、バリルエという街です。面会されるのは、バリエン王国国王であらせられます」

「ああ、あの……ミュリーのお父様だったわね」

「会ったことあるのか?」

「ええ、一度だけだけどね。それも短時間だけだったし。国に入る御目通りみたいなものだったから」

「なるほど」

「そうなのです。ですので今回は、ゆっくり話をしたいと。次いでに娘のことも気になると仰せでして。ところで他のお仲間の皆様は今どちらへ?」

「ええとそれは……ねえヴァンっ、娘……ミュリー達も連れてきた方が良いわよね?」

するとベルがこそこそと内緒話を持ちかけてくる。

「かもな。だってあんなことをした後に偶然ここにいましたって言えるわけないだろう。あくまで旅の途中に少しトラブルがあった程度にしておくべきだ」

「ええ、そうしましょう。こほん、すみませんが、転移をしなければなりませんので、診察が終われば数分だけ時間をもらえますか?」

「ええ、構いませんが。何せお二人、いやお三人が運ばれた時は何故ここに身分のある方が怪我をした様子で急に沢山、と少し騒ぎになりましたし。何か事情がおありなのでしょう?」

「ええ、ご理解いただけ恐縮です。詳しくは話せませんが、ともかくパーティのみんなはある理由から別行動になってまして」

「かしこまりました。では城のものにもそう伝えておきます。また、準備ができましたらお知らせ下さい」

「はい」

そして俺とベルの診察を手早く終えた神官は、もう大丈夫だと太鼓判を押したので、ベルはファストリア王都オーネに手渡し。

そして予定通り数分後、騒ぎが大きくならないよう待機していた治療院の裏庭に、ジャステイズやミュリーなど他の五人を連れて戻ってきた。

「ヴァン、大丈夫か? ベルも、二人とも急にいなくなって大騒ぎだったんだぞ?」

「ごめんなさい、また理由は話せるだけ話すから、今は謝罪だけということで勘弁してください、お願いします」

「俺からも、すまなかった。だがちょっとプライベートというか、話をするにはここは不適切だから」

「そうなの? まあ、二人のことだし無事だとは信じていたけれど」

「うむ、気にするな、なのである。ベルがこちらに転移してきた時も、無事であることは伝えられた故王城の騒ぎも間も無く収まるであろう」

やはり案の定、俺たちが急に王都から姿を消したことは騒ぎになっていたようだ。
ベルの突飛もない行動に若干呆れはするが、あれは陛下も少々やり過ぎなのではと思わざるを得ない。

「はい、私まさかこのような形で故郷の土を踏むとは思っていませんでしたが、嬉しい気持ちはありますので」

「あのスラミューイなどという奴もそうでしたが、魔族の勢力がどれくらいの実態であり、彼らがどこで何をしているかいまだに全容が掴めていません。他の国との情報の共有も大事でしょう。あ、ファストリアに対しては僕たちが簡易的なものではありますが報告をしておきましたのでご安心を」

皆、大体何があったのか察している様子だ。俺はまだしも、ベルとは伊達に長く濃い付き合いをしていたわけではなさそうだ。だがそれってつまり皆んなには痴情のもつれってことバレてることになるよな? 恥ずかしい……

「ところで、そちらの少女はどなたであるか?」

と、デンネルがエンデリシェの隣に立つミナスと名乗った少女に顔を向ける。

「私はミナス……まあ、なんというか、成り行きでこの三人を助けたのよ。勇者パーティの皆さんということで良いのよね?」

「ええ、よろしくお願いします」

と、軽い自己紹介を互いに終え、その後やってきたバリルエ城の官僚に出迎えられ皆で国王との面会に赴いた。

          

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