俺の幼馴染が勇者様だった件
第82話
「ひええええ! もう一匹きたぞおおおおお!!」
「かまええええ!! かまえええええええ!!」
「うわあああ、もう死ぬんだああああ!」
王城の中庭は阿鼻叫喚となっており、城を囲むように設置されている外壁の周りにも沢山の市民が詰めかけている。
時折怒号や鳴き声のような叫び声も聞こえてくる。
そして城の周りをぐるぐると飛び続けているそのドラゴンは、ルビードラゴンとは正反対の全身が真っ青な姿をしている。
翼から爪が出ているのではなく、腕と翼がそれぞれ独立したタイプのようだ。そして青ドラゴンはこちらに気づくと、急に一直線に向かってきた。
「うおっ!?」
「きゃっ」
「ルビちゃん避けて!」
「<いや、まてい!!>」
だがルビードラゴンはこちらに相手が向かってきているにも関わらず、むしろそちらに向かうように飛び続ける。
「何してるんだ!?」
「<ふむ……なるほどな。もう少し話をしてみる!>」
「えっ?」
そして二匹ともちょうど中庭の上空、お互い十メートルくらい離れたところで静止をした。
「な、なに?」
「まさか、知り合いとか?」
「見た目からは確かに似たところも感じますが……どうなんでしょう」
皆で議論をするが、俺たちが話したところでどうせすぐにわかることだろうとその成り行きを見守ることとする。
そして十分ほどした後、ルビードラゴンが念話を飛ばしてきた。
「<皆心配せんでも良い。実はこちらに近づいた時から誰かということはすでに分かっておったからの。詳しい事情を聞いたところ、やはりそうであったようじゃ>」
「というと?」
「<うむ。まず、こやつは我の妹であるサファイアドラゴンじゃ!」
「「「妹!?」」」
ルビードラゴン……いや、ルビちゃんの妹ということは、もしかして家出してきたという彼女を探しに?
でも何故王都へ来たのだろうか?
「妹さん、ということはあのドラゴンもエンシェントドラゴンの子孫ということになるのですか」
「こんな短期間で複数のドラゴンに遭遇するとは、私の人生はどうなっているのでしょう……」
お母様も半ば自嘲気味だ。
「ルビちゃん、一先ずどこかに降りない? このままだと騒ぎをいつまでも大きくし続けるわよ」
「<む、それもそうじゃな。妹にも至急伝える>」
そして二匹は合意に達したのか、中庭の人がいないスペースへ順に降りる。周りの兵士たちが風圧でまた慌てふためくがここまで来たらもう後はひたすら説明するだけだ。
サファイアの後ルビーがおり、俺たちもその背中から2時間ぶりくらいの大地へと降り立った。
「包囲! 包囲いいいい!」
するとガチャガチャと音を立てながら、近衛騎士の一団が俺たちを取り囲む。
同時にルビちゃんとサファイアちゃんも人間形態へと変わり、殆ど瓜二つの女の子二人が現れた。
「これは……勇者パーティの皆様?」
「一体何事ですかっ! まさか我らに反旗を翻して!?」
「そんなわけないでしょ! ちょっと落ち着きなさいよあなたたち。騒がせたのは謝るけれど、とにかくこちらに害意はないわ」
「責任者の方はいますか? きちんと説明いたしますので。それと、勇者様と筆頭巫女の治療も頼みたいのですが、神聖教会に連絡をとっていただけますでしょうか?」
「えっと……」
「おい、お前行ってこい」
「はっ」
一旦連携が取れたことでようやく落ち着きを取り戻せたのか、指揮官と思わしき騎士が部下に命じて伝令を出す。
「そちらの少女らは……先ほどドラゴンから変身したように見えましたが?」
代表となる騎士が前に出てくる。こいつは確か、第三部隊長だったはずだ。俺も国軍の指導官をしているときに何度か会話をしたことがある。基本俺の存在をよく思っていなかった彼らの中においてまだ好意的な方だった人物だ。
「久しぶりだな、バロメフェイス」
「ああ、久しぶりだなヴァン君」
「君付けはやめてくれって何度も言っているだろう」
「いやいや、すまない。やはりどうしても息子に思えてしまってな」
バロメフェイスは古くから王家に仕える近衛騎士の家系だ。
本人にもゆくゆくは跡取りとなるはずだった息子がいたのだが、魔族との戦争において故郷が被害を受け亡くなってしまった。その息子さんと雰囲気が似ているからと俺によくしてくれていたため、近衛騎士の中でも個人的に好感度の高い人物だ。
ただ、いつまでも俺のことを君付してきて辞める気配がないためいい加減呼び捨てにしてほしいのだが、何故かなかなか聞いてくれない。確かに俺の方が随分と年下とはいえ一応身分的には対等な立場以上の間柄なはずなのに……
「彼女は、二人ともがドラゴンの頂点に君臨するというエンシェントドラゴンの子孫だ」
「エンシェントドラゴンの! かの勇者様ですら手を焼いたという伝説の生き物ですか! まさかそのような存在にも家族がいたとは。でもここにいるということは、もしかして以前公爵閣下との決闘騒ぎの時に現れたという例の従えたドラゴンで?」
その発言を聞いた周りの騎士達が一瞬ザワッとする。
なんだ、あの一件はそんなふうに伝わっているのか。ドラゴンは野放しになっていないと安心させるために敢えて流した情報っぽいな。
ん、そうか。どうも他人事のような発言だと思ったら、あのときは別の騎士部隊が謁見の間にいたから、ルビちゃんの顔を知らないんだな。
近衛騎士団には三つの部隊が存在する。
常に王族や王城敷地内重要施設の警護を二十四時間交代で行う第一部隊。
その他の施設や外回りの警護をする第二部隊。
何かあったときに集団で即応するための待機部隊である第三部隊。
バロメフェイスはそのうちの第三部隊の長なので、今こうして相見えているわけだ。
以前謁見の間にいた者たちは、第一部隊の隊員ということになるな。
「我はこやつらに服従などしておらん! 人間よ、浅はかな発言は命取りになると思えっ!」
ルビちゃんは彼の物言いに不満があったのか、先が千切れたままの尻尾をピンと斜め上に張って怒り出す。
「は、はあ、すみません」
「どうどうルビちゃん、後でクッキー奢ってあげるから、ね?」
「む、本当か?」
「ええ、だからとりあえず話を進めさせてくれるかしら?」
「……仕方ないのぉ、今後は気をつけるのじゃぞ? 人間」
このような姿を見ると、手懐けられているのもあながち間違いじゃないと思うのだが、ルビちゃんはそれでいいのか?
いつか気づいたときに俺たちを逆恨みしなければいいのだが……
「こほん。それで、皆様はどうしてここへ? かの魔王を倒した皆様が教会に助けを求める位ですので、相当な出来事があったと思われますが? それに赤い方のドラゴン様は事情は理解しましたが、青い方のドラゴン様は何故我々を襲ってきたのでしょうか? 近衛としては、ことと次第によってはいくら勇者パーティの皆様といえども剣を交えることも辞しませんが」
バロメフェイスはその四十目前とは思えない若々しい顔をキリリとさせながら問うてくる。いかにも、王族と王城、そしてこのファストリア王国の存続を第一に考える近衛騎士の幹部らしい発言といえよう。
「ええ、そのことなんですが……とりあえず、色々と立て込んでいることが多いので順に整理していきたいと考えています。一先ずは、国王陛下に機密事項になりうる情報を至急お伝えしたいのですが取り次ぎは可能でしょうか?」
ドルーヨが代表して答える。ルビちゃんとサファイアちゃんのことは騒がせたとはいえあくまで身内の話であるので、まずはスラミューイのことについて早く伝えなければならないだろう。
「機密事項、ですか。その口ぶりからすると、やはり何か重大な事情をお持ちのようですね。わかりました、至急取り次ぎをさせます。おい、お前行け」
「はっ!」
近衛騎士がまた一人、伝令に走る。
「さて、ともかくは一旦城の中へ。ですが念のために監視だけはつけさせていただきます、ご容赦を」
「構いません」
「ええ、騒がせたのは事実だしね」
「すまないな、朝から色々と苦労をかけた」
「お、お邪魔します……緊張するわ」
「せめてビスケットを」
「ちょっとお姉ちゃんっ、恥ずかしいよっ!」
そして一人一人騎士に囲まれながら、ようやく入城することができたのだった。
          
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