俺の幼馴染が勇者様だった件

ラムダックス

第78話


「この声、スラミューイなの!?」

ベルと一緒にあたりを見回すが、それらしき姿はどこにも見当たらない。

「いえ、お二人ともアレをっ!」

ミュリーが指差すのは、先ほど出来上がった不気味な人肉オブジェだ。しかし微動だにしていなかったはずのそれは、いつの間にかゆっくりと動き出していた。

「動いて……どういうこと? スラミューイの分身とやらの効果が残っているのかしら?」

>いやいや、違うよォ〜。これは僕自身、僕の肉体だよォ?<

オブジェは手に当たる部分をフリフリと横に振り否定するような素振りを見せる。

「なにを言っている?」

嫌な予感がする。まさか、まさか。

>僕の本当の能力は、触手を唸らせることなんかじゃない。その肉体をのっとって自由に操る力なのさァ!<

つまり、先ほどの少女も本当は……! くそっ、なんでやつなんだ! 人の命をなんとも思っていない、魔族というのはここまで残虐な生き物なのか!?

「ヴァン、さっさとやっつけるわよ。もう村の人たちを元には戻せないかもだけど、せめてその身体を取り戻して弔ってあげないと」

「ああ、わかっている。これ以上みんなを凌辱されて溜まるものか!」

「ですね! 人の命を弄ぶ者は魔族であろうとなかろうと、神が許すはずはありません!」

>無駄に威勢の良いこと言ってるけど、いつまでその余裕な態度が維持できるかなァ? 僕にかかれば、こんなこともできるんだよォ?<

「えっ?」

スラミューイは少なくとも二十メートル以上(だいたいルビードラゴンを縦にしたくらい)はあるオブジェを操り、その表面をボコボコと湧き上がらせたかと思うと、人の上半身をあちこちから出現させた。

>痛"い"よ"ォ"<

>ヴァンの裏切り者ォ!<

>勇者はなにもしてくれなかった!<

>お兄ちゃん助けてェ<

>お前のせいだお前のせいだお前のせいだ<

「み、皆んな、どうして?」

それは、見知った村人たちの顔を持っている。喉を潰されたような声で口々に俺たちに向かって思い思いの言葉を叫ぶ。

「よく見て! きっとスラミューイが勝手に喋らせているだけだわ。みんなもう生きてはいないし、第一そんなこと思っていないはずよ!」

「た、たしかに。すまないベル、まだ動揺してしまっていたようだ。もう大丈夫だから」

>どうですかねェ。僕はなにも弄ってはいませんよ? 皆さんきっと助けてくれなかったあなたたちを恨んでいるんですねェ<

「くっ、卑怯な!」

「そうよ、耳を傾ける必要はないわ。私たちはそんな安っぽい手で騙されはしないんだから!」

「そうです。その死者に対する冒涜、魔族だなんだという以前に同じ生き物として間違っています! 貴方には罪悪感や死生観というものは持ち合わせていないのですかっ」

ミュリーも珍しく激昂した様子だ。神聖教会の巫女として許されないところがあるのだろう。それでなくても、一度は顔を合わせた人々がこのような下劣な行為に利用されているのだから怒るのも当たり前だ。
俺もさっきの衝撃を引きずっていたのか一瞬困惑してはしまったが、勝手に彼らの言葉を代弁するなんてこれ以上許されることではない。さっさとその肉体を解放してあげないと……!

「ヴァン、アレ使える? 身体はもう平気なの?」

「勿論だ。無理はしていない、ミュリーのお陰である程度は回復したからな。取り敢えず一発当ててみるしかないか」

俺は『浄化の光』を右腕に出現させる。

>おおっとォ〜、来ましたねその厄介な光ィ! しかしそう簡単にやられはしませんよォ?<

オブジェスラミューイは腕をぶんぶんと振り回した後、その巨体にも関わらず地面を揺らしながら大きくジャンプをした。

「避けてっ!」

急いで回避をすると、今まで立っていたその土地に着地してき、その衝撃で小さなクレーターができるほど大きく地面をへこませた。
危ない、やはりそれ相応の質量があるようだな。下手に食らうと一発でお陀仏なのは間違いない。

「私は援護をします! ベル様は攻撃で牽制を、ヴァン様はその光を出来るだけ人間の急所と思われる場所に当ててください! これだけの構造物、動かすための核が必ず存在するはずです!」

「ああ、わかった!」

「ええ! 行くわよっ」

>ほうほう、流石に馬鹿って訳じゃなさそうだねェ。ならば僕の方も、少し本気を出させてもらおうかなァ<

オブジェスラミューイはその右腕をドリル型に変形させると、反対の腕の丸まっているその先っぽを変形させ数十本の触手を生えさせた。

>キヒイイィィィィ!! シネェェェェ!!<

ドリルは俺を、触手がベルとミュリーをそれぞれ攻撃する。

「くらえっ」

オレはその攻撃を避けず、むしろドリルに光を当てるように正面切って対峙する。

>……ヴァン、やめるんだ<

「えっ」

--しかし、その先っぽに突如、お父様の顔が生えてきた。

「い"っ!!」

一瞬躊躇してしまったせいか、ドリルに光を当てることは叶わず、逆に肩を抉られてしまう。

「ヴァンっ! きゃあっ」

「べ、ベルっ」

俺がその勢いで吹き飛ばされたのを見たベルはこちらを一瞬見たときにその光景が目に入ってしまったのか、俺と同じく反撃の手を止めてしまい触手に薙ぎ飛ばされてしまった。

「お二人ともっ」

「あつっっ……!」

「いつぅ、大丈夫よ」

肩から右胸にかけて抉れたように穴が開いているのがわかる。ベルの方はなんとか受け身を取れたのか擦り傷で済んだようだ。

>ほっほゥ、人間というのはなぜかくも弱いのか。身内の顔が目の前に現れたくらいで攻撃の手を止めてしまうとはァ、笑止千万とはこのことですねェ!<

オブジェスラミューイは嘲笑うかのようにケタケタと不気味な声をこだまさせる。

「ごめん、二人とも。俺の心が弱いばかりに!」

「ううん、そんなことないわっ。誰だって目の前に死んだはずの親の顔が現れたらびっくりするわよ、気にしちゃダメよ」

「そうです。相手はそのような所も加味して搦手を使ってきているのですから。ヴァン様はとにかく治療を!」

「ああ、すまないミュリー、ベルも」

女の子二人に慰められるなんて情けなく思ってしまうな。もっとしっかりするんだ俺、こんなことで迷惑をかけてどうする。今はなにが起きても無駄な考えはしないよう肝に銘じておかないと。

>おやおやァ、それはちょっと読者の受けが悪いシナリオですねェ。もっと男らしく精神をしっかり保ってもらわないと怒られてしまいますよォ?<

「な、なにを言っている!」

>いェいェいェいェいェいェいェいェ。ただの独り言ですよォ。ま、なよなよした男が嫌われるのは魔族の世界でも同じですからねェ<

「ヴァンを魔族なんかと一緒にするんじゃない! 彼は本当に強い人間なのよ。一時の見てくれだけで判断できるような甘い男じゃないわ!!」

「べル……」

「そうです。いくら惑わすようなことを言おうとも、私たちがそれに負けることはありません。勇者パーティを舐めないことですねっ」

「ミュリー……ごめん、こんな庇うような真似をさせちゃって。そう、大丈夫。俺はあんな奴には負けない。さっさとクソ語尾野郎を片付けてやろうぜ!」

いい加減しっかりするんだ俺。もうすぐ十七歳になるというのになにをへばってるんだ? もっと己の中にある自分を確かに保たないと。ベルの横に並び立つと決めたじゃないか。いつまでもこうして守られているようじゃ、まだまだパートナーなんて名乗れないかな。

などと自嘲ぎみたことを考え、肩を押さえつつも立ち上がる。

「もう一度かかってこい、スラミューイ! 今度こそ物言わぬ肉塊にしてやる!!!」

          

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