俺の幼馴染が勇者様だった件
第35話
「ヴァン、大丈夫!?」
「ううっ……えっ?」
俺は顔を庇うために咄嗟に挙げた両腕を、恐る恐る降ろした。するとこには
「ベル?」
「ヴァン、良かった。良かった……」
「うおっ!」
ベルが抱きついてきた。
「べル、何でここに?」
「王都にいたら、凄い音がして……魔法が使われるのを感じたから、急いで転移してきたの」
「そう、だったのか」
まさか20kmも離れている王都にまで雷の落ちる音が届いていたとは。やはり防御魔法を展開しておいて良かったな。
「ヴァン、大丈夫なのか!」
ベルの後ろから声がした。ジャステイズだ。
「ああ、大丈夫だ。皆も来たのか」
「少々心当たりがあってな。胸騒ぎがしたのだ。それで皆で慌ててこちらへと転移してきた」
「うん、私があいつに向かって内側へ防御魔法を展開したから、何とかなったの。転移してきたらあいつが自爆しようとしていたんだもの、びっくりしたわよ」
エメディアさんはいつの間にか俺に対して敬語じゃなくなっていた。そうか、エメディアさんのお陰もあって俺は助かったんだな。
「そうだったのですか。エメディアさん、本当に助かりました、ありがとうございます。ジャステイズ、胸騒ぎって?」
「……こちらの話だ」
「うん?   ……そうか、わかった」
ジャステイズが含みのある言い方をする。だが、今は問い質しても意味が無いだろう。取り敢えず、テナード侯爵の安否を--
「何でこんなことしたの!」
ベルが俺の顔を見ながら怒鳴り始めた。
「え?   何でって……」
「死ぬかもしれなかったんだよ!   何で一人で戦っているの!   国軍は?   騎士団は!」
「嫌、一人でいけるかなと……」
「そ、そんな訳ないでしょ、もうっ!   ふぇぇん……」
遂に泣き出してしまった。俺は慌てて頭を撫でて落ち着かせる。
「べ、ベル、泣くなよ……ごめん」
「本当にごめんだよ。ぐすっ」
「ベル……」
俺はベルのことを優しく抱き締める。
「ヴァン?」
「そうだよな、俺はもう俺一人のものじゃない、ベルのものでもあるんだ。心配させてごめんな?」
「ヴァン……え、えへへ」
ベルが泣きながら照れている。相変わらず器用なやつだ。
「ぐっ……」
俺がベルのことを抱き締めていると、デンネルさんがテナード侯爵を片手で引きずってきた。
「ヴァン殿、こいつが目的か?」
「ええ、そうです。テナード侯爵、この国でもかなりの重鎮です」
「侯爵!」
デンネルさんの横にいたドルーヨさんが驚いて声を上げた。
「そうです。侯爵位を持つ彼が、反旗を翻したのです」
「反乱……ですか?」
ドルーヨさんが珍しく怖い顔をする。
「え?   ええ、そうですが」
「そう、そうですか……」
ドルーヨさんは顎に手を当てて何やら考え事をし始めた。
「……ドルーヨさん?」
「やめておけ、今は止まりませんぞ」
デンネルさんが無駄だといった様子でそう言った。
「はあ……?」
考え事をすると止まらなくなるタイプなのだろうか?
「ヴァン、ヴァン、離して」
胸元から声がする。
「え?」
「は、恥ずかしいから……」
ベルは泣き止んだようで、今度はもじもじしだした。
「あっ、ごめん!」
俺は慌ててベルのことを解放する。
「あっ……」
ベルが一瞬哀しそうな顔をした。ドキッとするからやめてくれ……
「こほん、ヴァン君、それでこれからどうするの?」
エメディアさんが少し呆れた様子で聞いてきた。
「えー、取り敢えずはテナード侯爵を起こさないと……そういえばミュリーさんはどこに?」
俺の魔力がそろそろ心配なので、回復担当であろうミュリーさんにテナード侯爵を起こしてもらおうと思ったのだが、何故かこの場にいない。
「ミュリーならあそこに」
ジャステイズが前方を指す。するとミュリーさんが何やら魔法を使っていた。
「ミュリーさんは何を?」
「アンデッドになった兵士の様子を見ているのですよ。全体ではアンデッド状態が溶けても、魔法に弱い兵の幾らかは闇魔法の残滓によってまだアンデッドから抜け出せていない者がいますから」
エメディアさんが答えた。成る程、確かに25万人もいれば少しはそういう者が出て来てもおかしくはない。旅の中で得た知識なのだろう。ということは、今まで何回か大規模な戦闘も経験したということか。魔物狩りや犯罪者の鎮圧程度しかしたことが無い俺とは大違いだ。大元の知識があっても経験則に及ばないことがあるのは何にでもあり得る。
「どうしようか……」
「ヴァン、私が起こすよ?」
ベルが自分がテナード侯爵の意識を取り戻させると言っていた。
「いいのか?   こんなところでむやみに力を使っても」
「大丈夫。任せて」
そう言ってベルはテナード侯爵に向かって回復魔法をかけた。顔についている擦り傷なども治っていく。
「ううっ……」
そして暫くした後、テナード侯爵が薄っすらと目を開けた。
「だ、誰だ……?」
テナード侯爵は掠れた声でそう呟く。
「テナード侯爵、貴方には反乱の疑いが掛かっています」
俺は寝惚け眼なテナード侯爵に向かって宣言した。すると、
「!   貴様ら、国軍か!?   まさかもう情報を!」
テナード侯爵は起き上がり、腰の剣に手をかけた。
「落ち着いて下さい。貴方の負けです」
ベルもテナード侯爵に向かって投降するように促す。
「何っ?   兵は!   カオスの奴はどこに行った!」
「ちっ……」
ベルが小さく舌打ちをした。え、何?
「カオス!   契約と違うぞ!   戻ってワシのことをぐおっ!?」
テナード侯爵が怒鳴っている最中にいきなり苦しみだした。
「何だ!?」
俺は思わず後ずさる。
「ヴァン、落ち着いて!」
「ぐふおっうおっ!」
テナード侯爵はのたうち回りながら訳のわからないことを叫び続ける。
「ぬおおおおおオオオオオ!」
そしてテナード侯爵の身体が肥大し、あちこちからボコボコと筋肉が膨れ上がった。
「グふゥっ、フぅッ……」
テナード侯爵は最早人間ではなくなっている。額からは二本の角が生えている。これは、オーガ……なのか?   だが顔は間違いなくテナード侯爵だ。
「おロカなにんゲンドもよ。まゾくはマだあきらメテはいなイぞっ!   てハジメニ、オマエカラダ!」
テナード侯爵だったものは多重音声のような声でそう叫び、俺に向かって肥大した拳を振り下ろしてきた--
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